3月3日から10日にかけて、東京工業大学国際交流学生会SAGE(以下、SAGE)が、第9回アジア理工系学生連携促進プログラム「9th ASCENT」を開催しました。本プログラムは「NewSpace~宇宙開発の現状を知る~」をテーマとして行われ、日本を含むアジア圏8ヵ国から学生12名が参加しました。
9th ASCENTの実施にあたっては、一般社団法人蔵前工業会と東京工業大学基金室が後援し、また、一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構(以下、(一財)宇宙システム開発利用推進機構)が企画協力をしました。
ASCENTの概要
アジア理工系学生連携促進プログラムASCENTは、Asian Students Collaboration Encouragement Program in Technologyの略称であり、SAGEが企画・運営を行う1週間の国際交流プログラムです。アジア圏の理工系大学に所属する学生間のネットワーク構築を目的としています。
本プログラムでは、科学技術に関連するテーマを開催年ごとに設定します。参加者はテーマに関連する特別講義を受けることや関連研究、事業を行っている民間企業や研究所、官公庁、学内研究室を訪問することで、テーマに関して理解を深め、ビジネスにおける応用例を学びます。さらに、プログラム中に学んだ内容に基づき、近年アジア各国が抱える問題に対する解決策を少人数のグループで話し合い、最終日に発表会を行います。
各グループはさまざまな国籍のメンバーで構成されるため、文化や習慣の違いに困惑することがあります。しかし、自分たちが見つけた問題に対して議論を交わし、解決策を共に創りあげる経験をすることによって、学生間の強固なネットワークを構築することができます。また、学術的な活動を軸に据えながらも、文化交流会や日本文化研修なども行います。
それらの企画を通して異文化交流や学生間の交流を促進させ、本プログラムが学術的な側面だけではなく総合的な体験の場となることを目指しています。
9th ASCENTの開催
プログラムテーマ:「NewSpace ~宇宙開発の現状を知る~」
NewSpace(ニュースペース)とは従来の政府を中心に据えた宇宙開発と異なり、ベンチャーや異業種参入者により主導される宇宙開発・宇宙利用のことを指します。学術分野を超えて、国境を超えて、身分を超えて、「新」宇宙開発は空前の勢いで発展を遂げています。
9th ASCENTはNewSpaceの中でも特に、衛星データ利用及びリモートセンシング分野に焦点を当て、日本における宇宙データ利用の動向を習得しました。
日本やアジア全体が抱える社会・環境問題を宇宙から収集したデータで解決する糸口を1週間ともに探求し、4つのグループに分かれた参加者たちがビジネスモデルとしてまとめて最終発表会で提案しました。
参加国・人数
インドネシア 1名、フィリピン 2名、タイ 1名、マレーシア 2名、パキスタン 1名、エジプト 1名、中国 1名、日本 3名
スケジュール・プログラム内容
3月3日:キックオフミーティング、ウェルカムパーティー
プログラム初日、キックオフミーティングおよびウェルカムパーティーを開催しました。
SAGEという団体の紹介や、プログラムの予定・狙いを説明した後、アイスブレイク、ミニゲーム、食事会を行いました。各国の参加者たちは初めて顔を合わせましたが、最後まで話が尽きず、大いに盛り上がりました。
SAGEの紹介
参加者同士が歓談
3月4日:開会式、基調講演・特別講義・事前学習発表
この日は、9th ASCENTの基調講演に、内閣府宇宙開発戦略推進事務局の長宗豊和参事官補佐が登壇しました。「身近になった衛星データを使ってビジネス改善」を題に、衛星データのビジネスにおける可能性を広く示唆しました。講演後、ASCENT参加者が活発に質問する姿が見られ、衛星データビジネスへの関心が感じられました。
午後には、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)の布施哲人イノベーションハブ主任研究員をお迎えし、「JAXAの歴史」「イノベーションと宇宙開発」「イノベーションハブの取り組 み」という3つの内容を軸に講演しました。NewSpace時代ではイノベーションを避けては通れないことを強く示しました。
内閣府の長宗参事官補佐による講演
自国の宇宙開発の現状について発表する参加者
また、本学研究・産学連携本部のベンチャー育成・地域連携部門の稲川公裕部門員の特別講義も設けられました。「スタートアップとは何か」という紹介から始まり、理工系のASCENT参加者に技術系ビジネスの方向性、東工大発ベンチャーの現況などを紹介しました。
3つの講義を終えた後、参加者たちが自国の宇宙開発・宇宙利用の現状を巡り、それぞれ5分程度で発表しました。日本、フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、パキスタン、エジプト、中国という8ヵ国の宇宙開発の現状がコンパクトに本セクションに凝縮され、世界の動きを把握するのに最適な場となりました。
JAXAの布施主任研究員を囲んで
3月5日:(一財)宇宙システム開発利用推進機構訪問・特別講義・アイディアソン
講義の様子
この日は(一財)宇宙システム開発利用推進機構を訪問し、リモートセンシングの講義や衛星データの使い方に特化したアイディアソンが行われました。
リモートセンシングに関する講義は、(一財)宇宙システム開発利用推進機構の武田知己主任研究員と中村晋作主任研究員が担当し、衛星に搭載する光学センサーやSAR(合成開口レーダー)センサーの特徴、衛星画像の入手方法、データの応用例を広く紹介しました。
午後のアイディアソンでは、参加者たちがチームになり、リモートセンシングを取り入れた新システムの考案に取り組みました。
- 地震予測システム
- 環境変化探知システム
- 再生可能エネルギー探査システム
- 農業総合システム
という4つのアイディアが提案され、どれもが専門が異なるからこそできる斬新な発想でした。
ポスター制作
ポスター発表
アイディアソン終了後、「メンバーのバラバラだったアイディアを統合するいいチャンスとなった」という声が上がり、とても満足した様子が見られました。
3月6日:JAXA筑波宇宙センター訪問
この日は、「日本で一番宇宙に近い」JAXA筑波宇宙センターを訪問しました。
まず、宇宙飛行士が実際に行っているトレーニングや宇宙食、国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」運用管制室等の見学が行われました。宇宙開発・利用の最先端を目の当たりにし、「やはり宇宙は素晴らしい」と熱くコメントした参加者もいました。
その後、展示館「スペースドーム」を訪問しました。日本の宇宙開発史をたどり、宇宙好きな参加者たちによる熱いコメントや写真撮影が止まりませんでした。「未来をひらく人工衛星」コーナーに展示され、現在大活躍している「はやぶさ2」の1:1模型が特に人気を博しました。
最後に、JAXAショップにも立ち寄り、お気に入りの商品を購入する参加者たちのまぶしい笑顔が見られました。2日間インプットに励んできた参加者にとって、よい気分転換になりました。
ロケット広場で
JAXA見学を満喫する参加者
3月7日:特別講義・ディスカッション・中間結果発表
この日は、JAXA第一宇宙技術部門衛星利用運用センター(SAOC)の加来一哉さんから、リモートセンシングを用いた防災技術をテーマに特別講義がありました。
JAXAの加来一哉さんによる講義
本学のラウィラットさんによる講義
次に、本学環境・社会理工学院 建築学系のラウィラットさん(博士課程2年)による、ディープラーニングとSAR衛星画像の適性を自らの研究結果を交えながら紹介がありました。
2つの特別講義はともにリモートセンシングの応用に踏み込んだ、専門的な講義となりましたが、情報工学を専攻している参加者たちが多いこともあり、画像解析のメカニズムを始め、情報処理について多くの質問が上がりました。
ディスカッションする参加者
午後の部では、最終の発表に備え、チームに分かれてディスカッションの時間を設けました。「いいアイディアにとどまるのではなく、利益を出せるアイディア」という最終発表で課せられたテーマを軸に、熱い話し合いが展開されました。
2時間のディスカッションを経て、中間成果の発表がありました。参加者同士で質疑応答が行われ、内容の不足点、欠点に気付く絶好の機会となりました。
3月8日:文化研修旅行
ASCENT参加者と一緒に浅草・ソラマチエリアを周り、日本文化を満喫しました。
浅草では、参拝、街散策、お好み焼き・もんじゃ焼き、和菓子の食べ歩きなどを体験し、「和」を楽しむことができました。ソラマチでは、スカイツリーに登り、買い物を満喫しました。参加者の中には、自由時間にVR(バーチャル・リアリティー)体験をした人もいました。
浅草雷門で
スカイツリー前で記念撮影
3月9日:文化交流会・メンターフィードバック
午前中に文化交流会が行われました。各国の文化を紹介し、それらを参加者全員で体験するイベントです。各国で有名なお菓子を食べたり、伝統的なダンスや習字などに挑戦したりするなど、普段の生活では体験しない他国の文化に触れることができました。
午後には、中間結果発表で練り上げたビジネス案を本学ベンチャー育成・地域連携部門の稲川部門員に向けて発表しました。ASCENT参加者が全員理工系だということもあり、ビジネス面において弱みを抱えていました。稲川部門員からビジネス視点での指摘を多く受け、この日は夜9時まで全員で最終発表の修正を行いました。
3月10日:最終発表会・送別会
最終発表会では、参加者たちがこの1週間で学んできた知識・アイディアを総動員して、フレッシュなビジネスアイディアに凝縮し発表しました。
チーム1:FRIENDS(フレンズ)
衛星データで再生エネルギー発電所の有力地を探査するシステム「E-VEST(イーベスト)」を提案。クラウドファンディングも取り入れたハイテクなビジネスモデルが観客を惹きつけました。簡潔なスライドづくりも評判でした。
チーム2:G.A.C(ジー・エー・シー)
衛星データを用いて地熱分布を探索し、地震を予測するシステム「G.A.C」を提案。ゼネコン、自治体、地学研究者・研究機構を販売のターゲットとして絞り、明確なビジネスの方向性を示してくれました。
チーム3:SAT-HUB(サットハブ)
マレーシアの農家・政府に、農業に役立つデータを提供するスマホアプリ「Land Advisor(ランドアドバイザー)」を提案。安価な小型衛星を多く飛ばし、衛星コンステレーションで観測を行うなど、技術面についても詳しく述べてくれました。
チーム4:DEEPro(ディープロ)
エジプトにおける不法投棄問題を衛星データとディープラーニングで検出し、関係者に即時フィードバックできるシステム「A-DCS(エーディーシーエス)」を提案。システムのコア技術を明確に示すとともに対象市場も具体的に提示し、とても説得力のあるピッチとなりました。
審査結果は、審査員と観客の合計点で決まる方式を取り、最優秀賞はチームDEEProになりました。実現性が高く、アイディア自体も面白かったと観客から大絶賛されました。優秀賞はチームSAT-HUB、参加賞にはチームFRIENDSとチームG.A.Cが選ばれました。
賞状を手に記念撮影
また、今回はスペシャルゲストとしてみんソラコミュニケーターの前田亜美氏が、みんソラプロジェクトを紹介しました。宇宙ビジネスの民間普及を広めようと宇宙に関して日々勉強しているとのことで、ASCENT参加者への応援もありました。
最終発表会に続いて行われた送別会ではこの1週間の振り返りを行い、それぞれ別れを告げました。
SAGE代表総括
ロー・ジャン・トンさん(環境・社会理工学院 融合理工学系 学士課程3年)
「宇宙産業」を聞くと、ロケットやローバーなど、機器・ハードウェア技術を思い浮かびがちですが、衛星から得られる位置情報や画像情報、いわゆる「衛星データ」の方が、現時点では産業規模が大きいと言われています。画像認識といったデータ解析技術が発達している今、衛星データが秘めているビジネスチャンスは無限とも言えるでしょう。
衛星データの理解、活用、提案を軸に9回目となるASCENTを企画・執行しました。課題や講義の設定に苦労しましたが、(一財)宇宙システム開発利用推進機構の皆さまを始め、多くの方からご協力やアドバイスをいただき、本プログラムを通して衛星データの可能性を参加者たちに実感していただけたように思います。また、参加者の専門・国籍・学年が異なっていることもあり、「環境問題×衛星データ」「遺伝子組換×衛星データ」など、多分野にわたるディスカッションをすることができ、とても有意義な1週間を過ごしました。
今回は運営経験が比較的浅いSAGEメンバーが中心となって9th ASCENTの準備を進めてきました。運営経費調達、参加者のビザ申請、食事の手配、宿泊施設の予約など、大変細かく手間のかかるタスクが多くありましたが、互いに協力しなんとか乗り越えることができました。プログラムを経て、チームとしての結束感が高まったように感じます。
本プログラムにご協力いただいた多くの方や、プログラムの運営に尽力してきたSAGEメンバー、全力でプログラムに取り組んだ参加者たちに感謝しています。
ASCENTはアジア圏の理工系大学に所属する学生間のネットワーク構築を目的とし、今回もプログラムを通じて8カ国からの参加者の間に、深い絆を築き上げることができたように思います。今後もASCENTの開催に向け、SAGE一同努めていきます。