Quantcast
Channel: 更新情報 --- 東工大ニュース | 東京工業大学
Viewing all 4086 articles
Browse latest View live

グローカルサマースクール2021 「高齢社会のケア」をテーマに開催

$
0
0

東京工業大学は、学問分野を問わずに世界規模の課題について考える3日間の集中プログラムを「グローカルスクール」として2019年夏から開いています。「グローカル」とは、ローカルでの優れた技術や発想をグローバルに展開していく発想を意味しています。主な参加者は大学院の学生ですが、他大学の学生や留学生も参加できます。

2021年夏のグローカルサマースクールは「人によりそうを形にする — 高齢社会のケア」をテーマとして9月13日から15日までオンラインで開催しました。
海外から参加できるよう日本時間で午後5時以降に行い、東工大からは博士後期課程8名、修士課程2名の計10名が参加しました。

第1日(9月13日)グループワークと特別講演

グループワークと特別講演が行われました。スクールの運営にあたる環境・社会理工学院 社会・人間科学系(リベラルアーツ研究教育院)金子宏直准教授による講義の後、参加者は、事前に作成した自己紹介ポスターを紹介し、専門分野や好きな魚のペーパークラフトを示しながら交流しました。

参加者は、ZOOMのブレークアウトルームでグループに分かれ、事前に選択した調査課題について話し合いました。各グループの代表者がグループごとの議論を参加者全員に報告した後、全員で高齢化社会と介護について自由に討論しました。

特別講演では、朝日新聞社編集委員の浜田陽太郎氏が、介護現場の現状と介護現場に導入されている最新テクノロジーについて解説しました。世界の健康・医療に関連して、浜田氏はビル・ゲイツ氏へのインタビューも紹介しました。

介護現場の紹介
介護現場の紹介

特別講演の浜田氏と学生との質疑
特別講演の浜田氏と学生との質疑

第2日(9月14日)特別講演

特別講演が2つ行われました。
第1講演では、一橋大学大学院経済学研究科・佐藤主光教授が高齢化社会の進行で介護と医療の予算が急増している実態を説明し、必要な対策をデータに基づいて解説しました。

介護保険について講演する佐藤一橋大教授
介護保険について講演する佐藤一橋大教授

学生の質疑に答える佐藤一橋大教授
学生の質疑に答える佐藤一橋大教授

第2講演は、福島県立医科大学の岡﨑裕司教授が、高齢者が転倒して寝たきりになるメカニズムと実際の骨折治療の映像資料を紹介し、予防法について解説しました。

骨折治療と寝たきりの予防の講演
骨折治療と寝たきりの予防の講演

学生との質疑に応じる岡崎福島県立医大教授
学生との質疑に応じる岡崎福島県立医大教授

グローカルサマープログラムでは、グループごとにテーマを決めて最終プレゼンテーションを行います。プレゼンテーションでは、説明のポスターと立体的なモデルを共同作業で作成します。2日間の講演の後、グループごとにプレゼンテーションの打合せをして、コミュニケーションツールを使いグループワークに取り組みました。

第3日(9月15日)最終プレゼンテーション

最終プレゼンテーションには、審査にあたる井村順一副学長(教育運営担当)が参加しました。

最終プレゼンテーションは、各グループが10分間の持ち時間で、メンバー全員が交代でアイデアを発表しました。発表後、10分間の質疑も行われました。

ポスターを使ったプレゼンテーション

ポスターを使ったプレゼンテーション

審査の結果、「高齢者の孤立を解消し介護従事者が働きやすい介護都市のアイデア」を提案したグループに、グローカル賞が授与されました。受賞したグループは工学院機械系博士後期課程2年のワン・ウェイチェンさん、環境・社会理工学院イノベーション科学系博士後期課程1年の小松祐さん、環境・社会理工学院融合理工学系修士課程1年の二木恵さんの3名です。
井村副学長は、「すぐには実現できない大きな構想を立てることも大切である」とコメントしました。

表彰を待つ参加者

表彰を待つ参加者

最後に、井村副学長は総評で、今回のプログラムでグループワークや協働作業について学んだことを活かして、積極的に、国際プログラムや共同研究に参加してもらいたいと述べました。

各グループの最終報告の概要は、グローカル・グローバル・スクールのウェブサイトで公開する予定です。

このサマースクールは、金子准教授が運営し、国際プログラム経験のある2名の博士後期課程学生ボランティア、ジェローム・シラさんと宮田智美さんがグループワークのファシリテーションを担当しました。

井村副学長による総評
井村副学長による総評

お問い合わせ先

グローカルスクールデスク

E-mail : contact@ggs.shs.ens.titech.ac.jp


リーダーシップ教育院がオフキャンパスと異分野研究の報告会を開催

$
0
0

東京工業大学リーダーシップ教育院(ToTAL)は8月26日、リーダーシップ・オフキャンパス・プロジェクトおよびリーダーシップ・異分野研究プロジェクトの報告会をオンラインで行いました。リーダーシップ教育院の登録生2名のほか、リーディング大学院の教育課程に所属する学生4名の計6名が発表しました。リーディング大学院の学生は環境エネルギー協創教育課程(ACEEES)、情報生命博士教育課程(ACLS)とグローバルリーダー教育課程(AGL)に所属しています。リーダーシップ教育院の報告会は2021年3月に続き、2回目の開催です。学生・教職員50名以上が参加しました。

リーダーシップ・オフキャンパスプロジェクトは、学生自身が計画し、東工大のキャンパスから離れ、国内外の企業、大学、NGO/NPOや研究機関等に概ね3ヵ月滞在し、実施します。コロナ禍において、海外でオフキャンパスプロジェクトを履修することが困難な学生や、国内の機関であっても受入先との調整がつかない学生のために、2021年4月よりリーダーシップ・異分野研究プロジェクトの授業を立ち上げました。学生が自身の専門とは異なる東工大の研究室でリーダーシップ・オフキャンパスプロジェクトに代わる授業を履修できるプロジェクトです。両プロジェクトは、リーダーシップ教育院におけるリーダーシップ教育や、各教育課程やコースでの専門教育を通して身に付ける能力と知識を実社会で実践・試行するものです。プロジェクトを通じてさらに何を学ぶべきかを見極め、その後の学修計画に反映させることを目的としています。

報告会に参加した発表者、学生、教員ら

報告会に参加した発表者、学生、教員ら

報告会の冒頭では、リーダーシップ・オフキャンパスプロジェクトおよびリーダーシップ・異分野研究プロジェクトを担当する工学院 機械系の店橋護教授より、2つのプロジェクトの概要と実績や成果について説明がありました。その後、6名の発表者が1人8分程度で、プロジェクトを通して行った研究や、コロナ禍においてプロジェクトを計画・実行する際に直面した難しさなど学びや経験についてプレゼンテーションを行いました。発表に続くQ&Aセッションでは、これからプロジェクトを履修する予定の学生を中心に質問が挙がり、プレゼンテーションでは語られなかった内容についても各発表者が説明しました。

発表を行った学生は以下のとおりです。 ※所属は当時

プレゼンテーション発表者

安田貴信さん(ACLS)

  • 所属:
    生命理工学院 生命理工学系
  • 派遣先:
    国立研究開発法人理化学研究所(神奈川県)
  • 実施期間:
    2021年5月 - 2021年7月

亀田恵佑さん(ACEEES)

  • 所属:
    物質理工学院 応用化学系
  • 派遣先:
    本学 平井・笹部研究室(工学院機械系) ※異分野研究プロジェクト
  • 実施期間:
    2021年5月 - 2021年7月

シ・ウギさん(ACEEES)

  • 所属:
    工学院 情報通信系
  • 派遣先:
    中国科学院上海微システムと情報技術研究所(中国)
  • 実施期間:
    2020年12月 - 2021年3月

グエン・アイン・ホアン・ゴクさん(AGL)

  • 所属:
    工学院 情報通信系
  • 派遣先:
    ミラノ工科大学(イタリア) ※オンライン履修
  • 実施期間:
    2020年12月 - 2021年3月

三成映理子さん(ToTAL)

  • 所属:
    環境・社会理工学院 融合理工学系
  • 派遣先:
    国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(茨城県)
  • 実施期間:
    2021年4月 - 2021年7月

三好亮暢さん(ToTAL)

  • 所属:
    理学院 化学系
  • 派遣先:
    一般財団法人ファインセラミックスセンター(愛知県) ※オンライン履修
  • 実施期間:
    - 2021年6月(約300時間超) ※新型コロナウィルスの影響により、開始済みの研究プロジェクトをオフキャンパスプロジェクトとして履修

お問い合わせ先

リーダーシップ教育院(ToTAL)

E-mail : total.jim@total.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3755

微生物叢中のゲノム配列を長く正確に決定する新手法 未知の種や変異株のゲノム配列決定を促進

$
0
0

要点

  • 微生物叢中のゲノム配列決定用ソフトウェア「MetaPlatanus」を開発
  • 実データのテストで、全長に近い微生物ゲノム配列を多く決定することに成功
  • 従来手法より効率的に未知の種や変異株のゲノム情報を収集できる可能性

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の梶谷嶺助教と吉村大大学院生(研究当時)、伊藤武彦教授の研究グループは、国立遺伝学研究所の野口英樹特任教授と豊田敦特任教授、九州大学の後藤恭宏助教と林哲也教授、久留米大学の奥野未来助教と小椋義俊教授、香川大学の桑原知巳教授と共同で、微生物叢[用語1]中のゲノムの新規配列決定[用語2]を行う情報解析手法を開発した。

本研究で開発されたソフトウェアである「MetaPlatanus(メタプラタナス)」はDNAシークエンサー[用語3]の読み取り結果を受け取り、既知の参照配列に頼ることなく元の微生物ゲノム配列を決定する。この工程では、異なるタイプのDNAシークエンサーのデータを同時に活用し、微生物種ごとの配列の特徴を検出して誤った配列接続を防ぎつつ新規配列決定を行う。

実データを用いたテストでは、MetaPlatanusは従来手法と比較して、全長に近い微生物のゲノム配列を多く決定することに成功していた。本ソフトウェアの活用により、未知の種や変異株のゲノム配列決定が促進されると期待される。

本研究成果は英科学誌「Nucleic Acids Research(ニュークレイク・アシッド・リサーチ:核酸研究)」にて2021年9月27日に公開された。

背景

微生物叢に含まれるメタゲノム[用語4]の新規配列決定を行うことで、多くの生物学的に重要な知見が得られている。例としては、世界中のヒト腸内に多量に存在するウイルス(crAssphage=クラスファージなど[用語5])、培養例が無い細菌の巨大系統群(CPR群)、真核生物の起原の鍵を握るアスガルド古細菌[用語6]の発見などがある。

また、既知の配列と違いが大きい変異株ゲノムを調べる際にも新規配列決定は有効である。メタゲノム解析の発展はDNAシークエンサーの技術革新に後押しされており、様々な機種が登場しているが、一度に読み取れる配列の長さや正確性について、それぞれに長所と短所が存在する。既存の新規配列決定用ソフトウェアについても、時おり異なる生物種のゲノム配列を誤ってつなげてしまう、長い配列を決定することができないといった問題が生じていた。

研究内容と成果

本研究グループは、微生物叢中のゲノム配列を長く正確に決定する情報解析手法を新規開発した(図1)。開発したソフトウェアであるMetaPlatanusはDNAシークエンサーの読み取り結果を受け取り、既知の参照配列に頼ることなく元の微生物ゲノム配列を決定する。本手法では、ショートリード[用語7]ロングリード[用語8]のDNAシークエンサーのデータを同時に活用している。

新規機能の例としては、微生物種ごとの配列の特徴(読み取り配列量、部分文字列の出現頻度情報など)を検出して誤った配列接続を防ぐことが挙げられる。それに伴い、計算途中で用いるデータ構造が単純になり、読み取りDNA配列量が少ない微生物についても積極的に配列をつないでいくことも可能となる。

ヒトの腸内および口腔内の実データを用いたテストでは、MetaPlatanusは従来手法と比較して、全長に近い真正細菌[用語9]のゲノム配列、ウイルスの配列、タンパク質コード遺伝子[用語10]を多く決定することに成功した。さらに、存在量が多くその後の解析でも重要な細菌のゲノム配列が、従来手法では極めて断片的にしか決定されないケースも発見されていたが、本手法ではほぼ全長の配列が得られていた(図2)。

図1 開発手法(MetaPlatanus)の模式図

図1. 開発手法(MetaPlatanus)の模式図

図2 MetaPlatanusでのみ全長近くのゲノム配列が決定できた例 ヒトの口腔内サンプルに対する結果。対応する生物種はレンサ球菌であるStreptococcus salivarius[用語11]で、今回のサンプル内で多量に存在していると推定される。配列決定の結果が分断されている場合、対応する図中の線も途切れる。近縁株の参照配列は、大まかな配列の正確性を見積もるために表示。

図2. MetaPlatanusでのみ全長近くのゲノム配列が決定できた例

ヒトの口腔内サンプルに対する結果。対応する生物種はレンサ球菌であるStreptococcus salivarius[用語11]で、今回のサンプル内で多量に存在していると推定される。配列決定の結果が分断されている場合、対応する図中の線も途切れる。近縁株の参照配列は、大まかな配列の正確性を見積もるために表示。

今後の展開

開発された手法は他の動物の腸内や体表面、土壌、海水など様々な微生物叢の研究に応用可能である。単離培養[用語12]に成功した微生物種は全体のごく一部と言われており、メタゲノムの新規配列決定は引き続き新種ゲノムの収集に有効と考えられる。現状のメタゲノム研究では、多くがゲノムの一部分である遺伝子領域を単位として進められているが、本手法を用いて全長に近いゲノム配列を得られれば、各生物種(株)の進化の軌跡、代謝経路の全体的な構造などを考察する上で有用である。また、多様性の高い病原菌の変異情報を集める手段として有効である可能性もある。なお、本手法でもゲノムの全長を決定できないケースは多くあり、完璧な方法とは言えない。論文発表により多くのサンプルへの適用とデータ蓄積が進み、開発が継続的に進むことが期待される。

付記

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「微生物叢と宿主の相互作用・共生の理解と、それに基づく疾患発祥のメカニズム解明」領域における研究開発課題「高完成度ドラフトゲノム構築による種内変異レベル解像度のメタゲノミクス」(研究開発代表者:梶谷嶺、課題番号:JP16gm6010003)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:JP16H06279(PAGS)、JP15H05979、JP18K19286、JP19H03206、JP20K15769、JP21K19211)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 微生物叢(びせいぶつそう) : 多数の微生物を含んだ環境。微生物群集、マイクロバイオームとも呼ばれる。

[用語2] ゲノムの新規配列決定 : ここでは、短いDNAシークエンサーの読み取り配列をコンピューター上でつなぎ合わせ、元の長いゲノム配列を決定することを指す。de novoアセンブリとも呼ばれる。

[用語3] DNAシークエンサー : DNA配列を読み取る機器。一度にゲノムDNAの全長配列を決定することはできない。

[用語4] メタゲノム : 微生物叢に含まれる生物のゲノム情報の総体。

[用語5] crAssphage(クラスファージ) : メタゲノム解析により初めて存在が確認されたウイルス。多くの人々が腸内に保有していると報告されている。

[用語6] アスガルド古細菌 : 古細菌(アーキア)と呼ばれる系統に属する微生物。動物や植物を含む生物の系統(真核生物)と共通する性質を持つことが注目されている。

[用語7] ショートリード : 安価に大量のDNAを読み取ることができ、結果配列の正確性も高いが、一度に読み取れる配列は短い(数百塩基対)タイプのDNA配列読み取りの方式。

[用語8] ロングリード : ショートリードと比較して、一度に飛躍的に長い(数千~数万塩基対)配列を読み取れるタイプのDNA配列読み取りの方式。ただし、読み取り結果の正確性やコストではショートリード方式に劣る。

[用語9] 真正細菌 : 微生物の系統の1つ。大腸菌など、~菌と一般に呼ばれるものの多くは真正細菌である。バクテリアとも呼ばれる。

[用語10] タンパク質コード遺伝子 : タンパク質を作る元になるゲノムDNAの一部。タンパク質は生体内で様々な機能を担う。

[用語11] Streptococcus(ストレプトコッカス サリバリウス) : レンサ球菌と呼ばれる真正細菌の1種。ヒトの口腔内に多く存在する。

[用語12] 単離培養 : 微生物を元の生息環境から分けて、人工的な環境(培地など)で育てること。

論文情報

掲載誌 :
Nucleic Acids Research
論文タイトル :
MetaPlatanus: a metagenome assembler that combines long-range sequence links and species-specific features
著者 :
Rei Kajitani, Hideki Noguchi, Yasuhiro Gotoh, Yoshitoshi Ogura, Dai Yoshimura, Miki Okuno, Atsushi Toyoda, Tomomi Kuwahara, Tetsuya Hayashi and Takehiko Itoh
DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 伊藤武彦

E-mail : takehiko@bio.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3430 / Fax : 03-5734-3630

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

BSプレミアム「コズミックフロント」に奥住聡准教授と玄田英典准教授が出演

$
0
0

10月21日放送予定のNHK BSプレミアム「コズミックフロント~海の起源をめぐるミステリー」に、東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の奥住聡准教授と地球生命研究所(ELSI)の玄田英典准教授が出演します。
当番組は、科学者たちが辿り着いた壮大な宇宙にまつわる真実を、迫力の映像とともに案内する科学番組です。
今回は、地球に生命をもたらした海はなぜ誕生し、存在し続けているのかについて、最新の研究をもとにその謎に迫ります。

奥住准教授のコメント

奥住准教授

地球は「水の惑星」と言われていますが、海が覆っているのは地球のほんの表面だけで、海が地球全体の重さに占める割合は約0.02%しかありません。一方で、もし地球に何桁も多い量の水が存在していたら、地球に我々の暮らす陸地は無かったかもしれません。今回取材いただいた番組では、海もあり、かつ陸もあるような地球の水の量がいかに絶妙かということについて、太陽系の形成理論の観点からお話ししました。

玄田准教授のコメント

玄田准教授

「地球の海の起源」について解説させていただきました。正直、海の起源、まだわかっていなことだらけなんですよね。そんなことをディレクターさんに言うと、「そこをなんとか、ズパッと言い切ってもらえますか?」と言われ、「わかっていないものは、わかっていないんですよ!」と突っぱねる。どんな放送になっているか、すごく楽しみであり、ドキドキもしております。

番組情報

  • 番組名 : NHK BSプレミアム「コズミック フロント」
  • タイトル : 海の起源をめぐるミステリー
  • 放送予定日 : 2021年10月21日(木)22:00 - 23:00
  • 再放送予定日 : 2021年10月27日(水)23:45 - 翌0:45

関連リンク

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

岡山県産鉱物「逸見石」が示す新奇な磁性 特徴的な結晶構造が量子力学的なゆらぎを生み出す

$
0
0

要点

  • 岡山県で産出する逸見石(へんみいし)が量子力学的なゆらぎ[用語1]の強い反強磁性体[用語2]であることを、放射光や理論計算、極低温物性測定を用いて発見しました。
  • 放射光X線回折実験[用語3]により、逸見石が従来の報告とは異なる結晶構造を持つことが分かりました。
  • 今回決定した結晶構造が、量子力学的な特徴の出現の鍵になることを突き止めました。
  • 量子力学の効果が強く現れる低次元磁性体は、量子コンピュータなどへの応用が期待されています。

概要

日本ではこれまで140種類を超える多くの新鉱物が発見されていますが、サンプルの稀少さから、固体物理学の視点で物性研究をした例は多くありません。東京工業大学 科学技術創成研究院の東正樹教授、重松圭助教(以上2名は神奈川県立産業技術総合研究所併任)、東北大学 多元物質科学研究所 山本孟助教、坂倉輝俊助教、木村宏之教授らの研究グループは、岡山県高梁市布賀鉱山で産出する逸見石が量子力学的なゆらぎの強い磁性体であることを、放射光や理論計算、極低温物性測定を用いて発見しました。高い精度で結晶構造を解析できる放射光X線回折により、逸見石が従来の報告とは異なる結晶構造を持つことが明らかとなりました。今回決定した結晶構造と理論計算から、逸見石は量子力学的なゆらぎが強く現れる磁気スピン格子の性質を持つことが分かりました。この発見は、稀少さのために磁性研究の舞台に上がることが少なかった「日本産新鉱物[用語4]」に注目するという、新しい視点を持った研究成果です。
本成果は10月13日(米国時間)にPhysical Review Materials誌でオンライン公開されました。

同研究グループには他に、岡山大学 異分野基礎科学研究所Harald O. Jeschke特任教授、東北大学 壁谷典幸助教、落合明名誉教授、野田幸男名誉教授、福井大学 遠赤外領域開発センター、石川裕也助教、藤井裕准教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所 佐賀山基准教授、岸本俊二特別教授が参加しました。

背景

太古からの地球の活動により作られた天然鉱物は、人工的に合成された無機固体結晶と比較しても多様な結晶構造を持ちます。結晶構造の多様性は物質の示す性質の多様性に繋がるため、天然鉱物の示す磁性は古くから物質科学者たちの興味を集めていました。我々はその中でも、日本産新鉱物に注目しました。我が国では今までに140種類を超える多くの新鉱物が発見されています。しかしサンプルの稀少さから、固体物理学の視点で物性研究をした例は多くありませんでした。

逸見石は世界でも岡山県高梁市の布賀鉱山でのみ産出する代表的な日本産新鉱物です。化学式はCa2Cu(OH)4[B(OH)4]2で示され、濃紺やすみれ色を呈する美しい結晶が見られます [図1]。磁性を担う二価の銅イオン(Cu2+)が歪んだ二次元正方格子を作ることから、低次元性を持つ磁性体として注目しました。量子力学の効果が強く現れる低次元磁性体は、量子コンピュータ[用語5]などへの応用が期待されています。

図1 天然の逸見石結晶

図1. 天然の逸見石結晶

研究手法と成果

本研究では、逸見石が量子力学的なゆらぎの強い磁性体であることを、放射光や理論計算、極低温物性測定を用いて発見しました。結晶構造の詳細を調べるため、天然の逸見石サンプルを用いてKEKの放射光実験施設フォトンファクトリーのビームラインPF BL-14A[用語6]およびPF BL-8B[用語7]において、放射光X線回折を行いました。このデータを用いた精密な結晶構造解析により、逸見石が従来の報告とは異なる結晶構造を持つことを明らかにしました[図2(a)]。今回決定した結晶構造とそれに基づく理論計算から、逸見石は量子力学的なゆらぎが強く現れる磁気スピン-1/2二本足はしご系[用語8]と正方格子系の中間の性質を持つことが分かりました[図2(b)]。磁化測定および極低温までの比熱測定を行ったところ、逸見石は反強磁性相互作用[用語9]を持つものの、ゼロ磁場中においては絶対温度0.2 度と極低温まで、スピンが整列する磁気秩序が起こらないことが分かりました。逸見石の結晶構造と磁気スピン格子の幾何学的な特徴で生じる量子力学的なゆらぎが、磁気スピンの秩序化を抑制したと考えられます。

(a)本研究で決定した逸見石の結晶構造。aとcは結晶軸を示す。

(b)逸見石の磁気スピン格子の幾何学的な特徴。実線は強い反強磁性相互作用、破線は弱い反強磁性相互作用を示す。

図2.
(a)本研究で決定した逸見石の結晶構造。acは結晶軸を示す。(b)逸見石の磁気スピン格子の幾何学的な特徴。実線は強い反強磁性相互作用、破線は弱い反強磁性相互作用を示す。

研究の意義と今後の展開

この発見は、稀少さのために磁性研究の舞台に上がることが少なかった「日本産新鉱物」に注目するという、新しい視点を持った研究です。今後、日本産新鉱物の多様性に注目することで、驚くような物理現象の発見が期待されます。

付記

本研究の一部は、KEK 放射光共同利用実験課題(2019G566)、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所共同利用研究、東電記念財団研究助成、並びに科学研究費補助金「若手研究 19K15280」の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 量子力学的なゆらぎ : 熱ではなく量子力学的な効果によって磁気スピンがゆらぐこと。絶対零度においてもスピンがゆらぐものは量子スピン液体と呼ばれ、近年注目を集めている。

[用語2] 反強磁性体 : 結晶中で隣接する磁気スピンが反平行に並んだ物質。

[用語3] 放射光X線回折実験 : 結晶構造を調べる手法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を測ることで原子の並び方や原子間の距離を決定する。この実験を行ったフォトンファクトリーは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)のつくばキャンパスにある放射光施設。

[用語4] 日本産新鉱物 : 日本において初めて確認された鉱物。

[用語5] 量子コンピュータ : 量子力学を計算過程に用いることで、理論上は現在のコンピュータと比べ、圧倒的な処理能力を持つとされる次世代コンピュータ。

[用語6] PF BL-14A : 4軸回折計を備えた、世界最高精度・確度のX線回折実験が可能なビームライン。

[用語7] PF BL-8B : 大型IPデバイシェラーカメラを備えた、汎用性と高精度を両立したX線回折実験が可能なビームライン。

[用語8] 磁気スピン-1/2二本足はしご系 : スピン1//2の磁性イオンが、足が二本のはしご状に並んだ磁気スピン系。代表的な量子スピン系として知られる。

[用語9] 反強磁性相互作用 : 隣接する磁気スピン同士が反平行に並ぼうとする力。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Materials
論文タイトル :
Quantum Spin Fluctuations and Hydrogen Bond Network in the Antiferromagnetic Natural Mineral Henmilite
著者 :
Hajime Yamamoto, Terutoshi Sakakura, Harald O. Jeschke, Noriyuki Kabeya, Kanata Hayashi, Yuya Ishikawa, Yutaka Fujii, Shunji Kishimoto, Hajime Sagayama, Kei Shigematsu, Masaki Azuma, Akira Ochiai, Yukio Noda, and Hiroyuki Kimura
DOI :

お問い合わせ先

東北大学 多元物質科学研究所

山本孟

E-mail : hajime.yamamoto.a2@tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5355

取材申し込み先

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室

E-mail : press.tagen@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5198

岡山大学 総務・企画部広報課

E-mail : www-adm@adm.okayama-u.ac.jp
Tel : 086-251-7292

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

高エネルギー加速器研究機構 広報室

E-mail : press@kek.jp
Tel : 029-879-6047

福井大学 経営企画部 広報課

E-mail : sskoho-k@ad.u-fukui.ac.jp
Tel : 0776-27-9733 / Fax : 0776-27-8518

神奈川県立産業技術総合研究所 研究開発部

E-mail : rep-kenkyu@kistec.jp
Tel : 044-819-2034 / Fax : 044-819-2026

酸化物に圧力を加えて、熱電変換における電気伝導率と熱起電力のトレードオフ問題を解決 熱電変換出力を2桁増大

$
0
0

要点

  • LaTiO3に人工的に圧力を加え、絶縁体から金属状態へ変化させることで、高性能な熱電変換材料を開発
  • 電気伝導率と熱起電力の両方を同時に増加させ、熱電変換出力が2桁増大
  • 従来の理論を超えて熱電性能を大きく向上させる新技術として期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授、神谷利夫教授、元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らの研究グループは、熱から電気を取り出す熱電変換[用語1]材料の性能を高める妨げになっている、電気伝導率と熱起電力のトレードオフ状態を解消させる技術を開発し、熱電変換出力因子[用語2]を2桁増大させることに成功した。

廃熱として捨てられることの多い熱エネルギーの有効活用に向け、効率の良い熱電変換を行うには、電気を通しやすい性質を持ち、温度差を与えた時により大きな電圧を発生させる性質を兼ね備えた熱電材料が必要になる。しかし前者の「電気伝導性の高さ」と後者の「電圧=熱起電力の大きさ」にはトレードオフの相関があり、熱電材料の性能を向上させる限界となっていた。

本研究では、モット絶縁体[用語3]の酸化物であるLaTiO3に人工的に圧力を加え、絶縁体から金属に変化させると、この2つが両立することを発見した。同物質に圧力を加えると、電荷の移動を担うキャリア[用語4]の濃度であるキャリア濃度[用語5]が減少して熱起電力が大きくなると同時に、キャリア濃度が減る以上にキャリア移動度[用語6]が大幅に高まることで電気伝導性も増大するため、トレードオフの関係を破ることが明らかになった。

この発見は化学的に安定な酸化物の熱電性能を大きく向上させる新しい指針に繋がり、今後、熱電変換が汎用的なエネルギー源として普及することが期待される。

研究成果は「Advanced Science」誌に10月21日付(現地時間)で掲載された。

背景

近年、先進国では、消費されているエネルギーのうち約6割が未利用のまま廃熱として捨てられている。このような廃熱を電気エネルギーとして回収し、再利用することを可能にする熱電変換は、温暖化の抑制や省エネに寄与する技術として注目を集めている。

これまで変換性能の高い熱電材料としては、ビスマス・テルル化合物などの金属カルコゲン化物が知られてきたが、毒性元素を含む点や熱的・化学的な安定性に問題があり、大規模な社会利用への障害になっている。一方、酸化物は高温・空気中においても安定であることから、メンテナンスフリーの熱電変換素子への応用が期待されるが、金属カルコゲン化物と比べて、熱電変換性能が低いという問題があった。

熱電変換では、電気を通す金属などの導体、あるいは半導体といった熱電材料に温度差を与えることで材料内に電位差、つまり熱起電力としての電圧を発生させて熱を電気に直接変換する(図1左)。熱電変換で得られる電気出力は、温度差によってどれだけの熱起電力=電圧が得られるかを表す指標である「ゼーベック係数:S」の2乗と、「電気伝導率:σ」との積である出力因子「S2×σ」で表される。つまり、熱電材料の「ゼーベック係数:S」を大きく、かつ、「電気伝導率:σ」を高くすることができれば、電気出力は大きくなる。

熱電変換材料のSとσはキャリア濃度に依存するため、これまで、不純物を添加してキャリア濃度を調整し、出力因子を最大化させる方法が一般的にとられている(図1右)。しかし、熱電材料に関する従来の簡単な理論モデルでは、キャリア濃度を増やしてσを高くするとSが小さくなる「トレードオフの関係」が存在するため、大きなSと高いσを両立させることはできず、大きく性能を上げることができないという問題を抱えていた。

(左)熱を電気に変換する熱電変換素子の構造。(右)電気伝導率σとゼーベック係数Sにおけるトレードオフの関係。キャリア濃度を増やしてσを増加させても、Sが減少するため、出力因子に上限が現れる。

図1.
(左)熱を電気に変換する熱電変換素子の構造。(右)電気伝導率σとゼーベック係数Sにおけるトレードオフの関係。キャリア濃度を増やしてσを増加させても、Sが減少するため、出力因子に上限が現れる。

片瀬准教授らの研究グループでは、組成がランタン-チタン-酸素の酸化物LaTiO3に対して、「不純物を添加することによって電気特性を変える」という従来の方法ではなく、「人工的に圧力を加えることで電気特性を変える」という新たなアプローチを通して、このトレードオフの相関を破ることを目指した。

研究の手法と成果

「モット絶縁体」の性質を生かした、新たな性能向上アプローチの検討

LaTiO3は、「モット絶縁体」と呼ばれる電気絶縁体であり、電荷の移動を担うキャリアが存在するにも関わらず、電子と電子の電気的な反発力が強いために電子が動けなくなって局在化し、電気を通さない絶縁体となっている。

最近の量子力学に基づく第一原理計算[用語7]によると、このLaTiO3に圧力を加えた場合、電子の局在性が弱まって電子が移動しやすくなり、絶縁体から金属へ変化することが予測されていた。

モット絶縁体には、「電気伝導率:σ」は小さいが「ゼーベック係数:S」は大きいという特徴がある。一方金属は、σは大きいがSは小さいという逆の性質を持っている。そこでLaTiO3に圧力を加え、絶縁体から金属へ変化する境界の状態に置くことができれば、大きなSと高いσを両立させ、高い出力因子を実現できるのではないかと考えた。

薄膜と基板の結合を利用した、LaTiO3への圧力印加

LaTiO3を絶縁体から金属へ変化する状態に保つために、LaTiO3の極薄膜を異なる大きさの格子定数[用語8]を持つ基板上に作製することによって、LaTiO3に人工的な圧力を加え、歪みを制御した。

LaTiO3は図2のようなペロブスカイト型結晶構造を取っている。基板面に対して垂直方向の格子定数をc、面内方向の格子定数をaとすると、歪みがない状態ではcaの比「c / a比」は1.0である。

ここに歪みを与えるべく、パルスレーザー堆積法[用語9]を用いて、LaTiO3の薄膜を格子定数の異なるペロブスカイト型酸化物基板上にエピタキシャル成長[用語10]させたところ、c / a比を0.992の引張歪みから1.023の圧縮歪みまで制御することができた。さらに、LaTiO3薄膜の厚みを100 nmから4 nmまで極薄化させることによって、最大でc / a = 1.034の大きな圧縮歪みを与えることに成功した。

薄膜と基板の格子定数の違いを利用し、LaTiO3に格子歪みを加える。格子定数の小さい基板を使うことで、薄膜に対して、面内方向に収縮し、面直方向に伸長する圧縮歪みを加えることができる。

図2.
薄膜と基板の格子定数の違いを利用し、LaTiO3に格子歪みを加える。格子定数の小さい基板を使うことで、薄膜に対して、面内方向に収縮し、面直方向に伸長する圧縮歪みを加えることができる。

さまざまな歪みを加えた、LaTiO3の熱電変換性能

続いて、上記でさまざまな歪みを与えたLaTiO3において、熱電変換材料としての性能の決定要因となる電気伝導率とゼーベック係数の測定を行い、歪みの度合いが出力因子にどのような影響を与えるのかを確認した。

図3aは、室温における電気伝導率とゼーベック係数が、LaTiO3薄膜のc / a比に対してどのように変化するかを示したものである。赤丸の「電気伝導率:σ」に関しては、c / a比の増加に伴って大きく増加し、歪みを与えてないLaTiO3バルク結晶に比べて最大で3桁程度増加することが分かった。ただし、青四角の「ゼーベック係数:S」に関しては、圧縮歪が小さいc / a < 1.028の領域では減少してしまうという、従来のトレードオフの関係に従っていることが明らかになり、図3bに見られるように、出力因子も2.4 μW/mK2を超えなかった。

一方、c / a比が1.028を超える領域では、ゼーベック係数Sが正から負に反転したことから分かるように、電荷の移動を担うキャリアが正孔(p型半導体)から電子(n型金属)に変化した。c / a比が更に増加すると、σとSの両方が同時に大きく増加した。その結果、大きな圧縮歪みを加えたn型LaTiO3では、トレードオフの相関を破ることができ、σとSの両方が増加することで、バルク結晶に比べて出力因子を2桁増加させることができた。

室温における、LaTiO3薄膜の歪みc / aに対する (a) 電気伝導率σとゼーベック係数S、(b) 熱電出力因子の変化。青色で示す領域はp型伝導、赤色で示す領域はn型伝導を示している。(c) ゼーベック係数Sとキャリア濃度の関係。

図3.
室温における、LaTiO3薄膜の歪みc / aに対する (a) 電気伝導率σとゼーベック係数S、(b) 熱電出力因子の変化。青色で示す領域はp型伝導、赤色で示す領域はn型伝導を示している。(c) ゼーベック係数Sとキャリア濃度の関係。

σとSのトレードオフが破れる起源

図1右で説明した従来の簡単な理論モデルにおいては、「電気伝導率:σ」も「ゼーベック係数:S」もキャリア濃度で決まり、Sの絶対値はキャリア濃度の増大に伴って減少する。

今回の研究で得られた、c / a比の異なる複数のLaTiO3薄膜のゼーベック係数とキャリア濃度の関係を図で示すと図3cのようになり、この関係は従来の簡単な理論モデルで説明できるものであった。

一方、図4で示された電気伝導率とキャリア移動度の変化を見ると、金属化・n型化した領域では、圧縮歪みが大きくなるとキャリア濃度は下がるものの、移動度はそれ以上に2桁も増大することが分かった。

従来の理論モデルでは、「移動度はキャリア濃度に依らず一定である」と考えられていたため、「キャリア濃度が下がるとSは大きくなるものの、σは下がってしまう」というトレードオフの関係は絶対的なものだと捉えられていた。しかし今回の研究により、圧縮歪みを加えたLaTiO3ではキャリア濃度が下がることによってSが大きくなると同時に、キャリア濃度の減少以上に移動度が大きく増大することでσも増大し、トレードオフの関係を破ることが可能なことが明らかになった。

その原因についても、第一原理計算により解明することができた。c / a比の小さい領域では、電気伝導を担うチタン(Ti)の3d軌道が分裂してp型のモット絶縁体になっている(図4左上図)。一方で、c / a比が大きくなる、つまり、圧縮歪が大きくなると、Ti同士の距離が近づき、分裂していたTi 3d軌道が混合することで、電子が動きやすくなり、移動度が大きくなることが分かった。

LaTiO3薄膜の電気伝導率σとキャリア移動度μの関係。青色で示す領域はp型伝導、赤色で示す領域はn型伝導を示している。上図は、p型LaTiO3とn型LaTiO3の電子構造を比較している。

図4.
LaTiO3薄膜の電気伝導率σとキャリア移動度μの関係。青色で示す領域はp型伝導、赤色で示す領域はn型伝導を示している。上図は、p型LaTiO3とn型LaTiO3の電子構造を比較している。

今後の展開

本研究では、人工的な圧力の付加による格子歪みの制御を通して、熱電材料の性能を制限するトレードオフの関係を打ち破り、熱電出力因子を大きく増大させることに成功した。これにより、化学的に安定でありながら、従来は熱電材料としては実用化されていなかった酸化物においても、高性能な熱電材料として利用できる道が見いだせた。

今後は、酸化物の熱電性能をより大きく向上させていくことによって、熱電変換が汎用的なエネルギー源として普及していくことが期待される。

謝辞

この成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(JPMJPR16R1)により助成されたものである。

用語説明

[用語1] 熱電変換 : 電気を通す金属などの導体や半導体の一部に熱エネルギーを加え、温度差を与えることによって電圧を発生させ、そこから電気エネルギーを取り出す技術。

[用語2] 熱電変換出力因子 : 熱電変換材料の変換効率を計る尺度の一つ。温度差 1℃あたりに発生する熱起電力であるゼーベック係数の 2乗と、電気伝導率の積で表される。

[用語3] モット絶縁体 : 一般的な絶縁体では、電荷の移動を担うキャリア(電子および正孔)が非常に少ないために電気を通さない。一方、電荷の移動を担えるキャリアが多数存在していても、電子間の電気的な反発力が大きいと、電子がお互いを避けるように局在化し、電気を通さない絶縁体になる。このような絶縁体をモット絶縁体と呼ぶ。

[用語4] キャリア : 半導体中において電荷を担い、電流を生む粒子。負の電荷を持つ電子と、電子が抜けて正の電荷を持つようになった孔(あな)である正孔がある。

[用語5] キャリア濃度 : 半導体中において導電性を生じるキャリアである電子、または、正の電荷を持つ正孔の濃度。半導体に添加する不純物の種類によって、電子が伝導するn型と、正孔が伝導するp型のどちらになるかを制御したり、不純物の量によって、電子と正孔のキャリア濃度を変えることができる。

[用語6] キャリア移動度 : 物質中で電荷の移動を担うキャリアである電子や正孔の動きやすさの指標。単位電圧あたりのキャリアの速度で定義され、移動度が大きいほど電気伝導率が上がる。

[用語7] 第一原理計算 : 量子力学の基本原理に基づいた計算。この手法を用いると、物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、構造の全エネルギーを計算でき、結晶や分子の構造や安定性なども予測可能になる。

[用語8] 格子定数 : 結晶を構成する最小のユニット(単位格子)の大きさ。

[用語9] パルスレーザー堆積法 : 原料物質に対して紫外パルスレーザーを照射し、蒸発気化させながら基板上に堆積させることによって、原料物質の薄膜を成長させる合成法。

[用語10] エピタキシャル成長 : 単結晶基板結晶の上に、結晶方位を合わせて薄膜結晶を成長させる技術。格子定数がわずかに異なる基板上に高品質な結晶を成長させることで、薄膜面の内部の方向に数万気圧に相当する圧力を加えることができる。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Science(アドバンスド サイエンス)
論文タイトル :
Breaking of thermopower–conductivity trade-off in LaTiO3 film around Mott insulator to metal transition
(和訳:LaTiO3薄膜のモット絶縁体-金属転移近傍における、ゼーベック係数と電気伝導度のトレードオフの破れ)
著者 :
Takayoshi Katase1,2,*, Xinyi He1, Terumasa Tadano3, Jan M. Tomczak4, Takaki Onozato5, Keisuke Ide1, Bin Feng6, Tetsuya Tohei7, Hidenori Hiramatsu1,8, Hiromichi Ohta5, Yuichi Ikuhara6, Hideo Hosono8, and Toshio Kamiya1,8,*
(片瀬貴義1,2,*、ホー シンイ1、只野央将3、トムザック ジャン4、小野里尚記5、井手啓介1、フェン ビン6、藤平哲也7、平松秀典1,8、太田裕道5、幾原雄一6、細野秀雄8、神谷利夫1,8,*
所属 :

1. 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

2. 科学技術振興機構 さきがけ

3. 物質・材料研究機構

4. ウィーン工科大学 物性研究所

5. 北海道大学 電子科学研究所

6. 東京大学 工学系研究科 総合研究機構

7. 大阪大学 基礎工学研究科

8. 東京工業大学 元素戦略研究センター

DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 片瀬貴義

E-mail : katase@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5314

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

力を受けると蛍光性分子を放出する有機過酸化物を開発 圧縮すると蛍光を発する高分子フィルムに展開

$
0
0

要点

  • 力を受けると蛍光性の低分子を放出する有機過酸化物を開発
  • 蛍光性がない分子骨格から蛍光性分子を放出するメカニズムを解明
  • 開発した有機過酸化物を利用した力学応答性高分子材料の作製に成功

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の大塚英幸教授とLu Yi(ルー・イー)大学院生(博士後期課程3年)らの研究グループは、相模中央化学研究所の巳上幸一郎主任研究員(研究当時)と杉田一特任研究員(研究当時)と共同で、力を受けると蛍光性分子を放出する有機過酸化物の開発と、それを利用した力を受けると蛍光を発する高分子フィルムの作製に成功した。

プラスチックやゴムに代表される高分子材料は、私たちの生活にとって欠くことのできないものである。近年、より安心・安全な高分子材料の設計に向けて、どの程度の力が高分子にかかっているかを可視化できる新素材の研究開発が精力的に行われており、応力検知、破壊機構の解明、危険予知、寿命予測などへの応用が期待されている。一方、有機過酸化物は、他の共有結合よりも弱い-O-O-結合を有する不安定な有機物であり、その結合切断によって生成する反応活性種を利用した反応は、有機化学や高分子化学分野で頻繁に利用されている。

本研究で開発した有機過酸化物は、高温でも安定であると同時に、すり潰しや圧縮などの力に対して選択的に応答性を示し、高感度に検知可能な蛍光性の分子骨格を放出する。その放出メカニズムは、さまざまな対照実験と分析技術、さらには計算化学を駆使して解明された。この有機過酸化物は高分子材料中に簡便に導入でき、得られた高分子材料でも圧縮による蛍光性分子の放出によって力を可視化することに成功した。

なお、本研究成果は米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society誌」に10月5日付けでオンライン掲載され、Supplementary Coverに選出された。

背景

プラスチックやゴムに代表される高分子材料は、加工が容易で、軽量かつ柔軟といった特性があることから、私たちの生活に必要な製品に使用されており、広く普及している。近年、より安心・安全な高分子材料設計に向けて、どの程度の力が高分子にかかっているかを可視化できる新材料の研究開発が精力的に行われており、高分子材料の応力検知、破壊機構の解明、危険予知、寿命予測などへの応用が期待されている。

研究グループは、こうした次世代機能をもつ高分子材料の設計に利用可能な機能性分子骨格として、有機過酸化物に着目した。有機過酸化物とは、一般的な共有結合よりも結合解離エネルギー[用語1]が低い-O-O-結合を有する有機物(R-O-O-R)である。この結合の切断によって生成するラジカル[用語2]と呼ばれる反応活性種(R-O·)が関与する化学反応は、有機化学や高分子化学分野で頻繁に利用されている。本研究では、有機過酸化物中の-O-O-結合の周囲にベンゼン環やフルオレン骨格[用語3]を適切に配置することで、化合物が安定化することに加えて、力学的な刺激によって蛍光性が発現することを見出し、そのメカニズムの解明を目指した。さらに力学応答性分子骨格としての有用性と、高分子材料への展開の可能性を検討した。

研究成果

今回、大塚教授らのグループは、-O-O-結合の周囲にベンゼン環やフルオレン骨格を適切に配置した有機過酸化物(図1A)を合成し、この分子骨格をボールミル[用語4]処理によってすり潰すと、蛍光性の分子である9-フルオレノン(図1A)が放出されることを実験的に明らかにした(図1B)。また、さまざまな対照実験や分析技術、さらにはDFT計算[用語5]を駆使して、この蛍光性分子放出のメカニズムを解明することに成功した。

図1 (A)本研究で開発した有機過酸化物と9-フルオレノンの分子構造、(B)有機過酸化物粉末のボールミル処理前後の写真(下段は365 nmの紫外光照射時)
図1
(A)本研究で開発した有機過酸化物と9-フルオレノンの分子構造、(B)有機過酸化物粉末のボールミル処理前後の写真(下段は365 nmの紫外光照射時)

解明されたメカニズムを踏まえて、開発した有機過酸化物骨格を網目状高分子[用語6]へ導入することを検討した。その結果、高分子合成に頻繁に利用されているラジカル重合法[用語7]を用いれば簡便に導入できることが明らかとなった。これにより得られた有機過酸化物骨格を有する網目状高分子に対してボールミル処理を行ったところ(図2)、時間の経過とともに蛍光強度の上昇が観測された(図3A)。さらに、高速液体クロマトグラフィー測定[用語8]により、すり潰し後のサンプル中に9-フルオレノンが検出され、時間の経過とともに生成量の増加が確認された(図3B)。

図2 有機過酸化物骨格を有する網目状高分子から9-フルオレノンの放出
図2
有機過酸化物骨格を有する網目状高分子から9-フルオレノンの放出
図3 (A)有機過酸化物骨格を有する網目状高分子をボールミル処理した後の固体蛍光スペクトル変化(時間はボールミル処理時間)、(B)ボールミル処理後の溶媒可溶部の高速液体クロマトグラフィーのクロマトグラム(増加しているピークは9-フルオレノン由来)
図3
(A)有機過酸化物骨格を有する網目状高分子をボールミル処理した後の固体蛍光スペクトル変化(時間はボールミル処理時間)、(B)ボールミル処理後の溶媒可溶部の高速液体クロマトグラフィーのクロマトグラム(増加しているピークは9-フルオレノン由来)

さらに、同じ網目状高分子フィルムを別に作製し、これに図4のようにH型の金属片を強い力で押し付けると、圧縮された部分からのみ蛍光分子が放出されることも確認された。有機過酸化物骨格を高分子に混合しただけのサンプルでは、同様の蛍光は観測されなかったことから、高分子骨格中に有機過酸化物骨格が直接連結されることで、分子鎖を介して有機過酸化物骨格に力が効率的に伝わり、蛍光性分子の放出に繋がったものと考えられる。

図4 有機過酸化物を導入した高分子フィルムにH型の金属片を押し付ける実験の模式図と圧縮前後の写真(それぞれ右側の写真は365 nmの紫外光照射時)
図4
有機過酸化物を導入した高分子フィルムにH型の金属片を押し付ける実験の模式図と圧縮前後の写真(それぞれ右側の写真は365 nmの紫外光照射時)

得られた高分子フィルムを100 ℃に加熱しても蛍光性を示さなかったことから、今回開発した有機過酸化物は力学的な応答性だけでなく、十分に高い熱安定性も有することが確認された。

今後の展開

これまで有機過酸化物は、その構造中の-O-O-結合の切断によって生成する反応活性種を利用した反応が、有機化学や高分子化学分野で数多く利用されてきた。今回、力学的な刺激によって蛍光性分子を放出する力学機能性を開拓できたことで、蛍光性分子のみならず、機能性分子(香料や薬剤など)の放出という有機過酸化物の新たな用途を探索できる可能性が示された。また、今回開発した有機過酸化物は、その優れた熱安定性からさまざまな高分子に簡便に導入できる。今後は、この新たな高分子材料設計アプローチがどの程度の汎用性をもつかを検証するとともに、本研究の成果を基盤として、高分子材料設計の新戦略に関する学術研究も加速させていく。

付記

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 :
「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明」(研究総括:伊藤耕三 東京大学 教授)
研究課題名 :
「動的共有結合化学に基づく力学多機能高分子材料の創出」
研究代表者 :
大塚英幸 東京工業大学 教授
研究期間 :
2019年10月~2025年3月

用語説明

[用語1] 結合解離エネルギー : 特定の共有結合を切断するのに必要なエネルギー。

[用語2] ラジカル : 不対電子(電子対にならない電子)を持つ原子や分子。

[用語3] フルオレン骨格 : 右に示す化学構造を有する芳香族系の有機分子骨格。

フルオレン骨格

[用語3] フルオレン骨格 : 右に示す化学構造を有する芳香族系の有機分子骨格。

フルオレン骨格

[用語4] ボールミル : 微細な粉末を作る装置で、金属などの硬質のボールと、対象となる材料を容器にいれて回転あるいは振動させることで、材料をすり潰す。

[用語5] DFT計算 : 化学で用いられる計算手法の一種。密度汎関数理論に基づく。

[用語6] 網目状高分子 : 高分子鎖が互いに連結された三次元構造を有する高分子で、力を加えると特定の場所に力が集中しやすいという特徴がある。

[用語7] ラジカル重合法 : 高分子を合成するための代表的手法の一つで、反応活性が高い中性ラジカル種を成長末端とする方法。

[用語8] 高速液体クロマトグラフィー測定 : 分析対象となる物質を溶媒(移動相)に溶解し、高圧下でカラム(固定相)中を流すことで、物質と固定相との親和力の違いから流出時間が異なることを利用して高感度分析を行う測定。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Mechanochemical Reactions of Bis(9-methylphenyl-9-fluorenyl) Peroxides and their Applications in Cross-Linked Polymers
著者 :
Yi Lu, Hajime Sugita, Koichiro Mikami, Daisuke Aoki, and Hideyuki Otsuka
(Lu Yi、杉田 一、巳上 幸一郎、青木 大輔、大塚 英幸)
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

教授 大塚英幸

E-mail : otsuka@mac.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2131

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

相模中央化学研究所 広報部

E-mail : scrc@sagami.or.jp
Tel : 0467-77-4112 / Fax : 0467-77-4113

秋入学の留学生歓迎イベント「オンラインウェルカムコーヒーアワーズ」を開催

$
0
0

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の日本語セクションは、東工大に留学した新入生を歓迎するイベント「ウェルカム・コーヒー・アワーズ」を10月1日、オンラインで行いました。コロナ禍以前は対面で実施していましたが、春の開催に続き今回も、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、オンラインで2部に分かれて行いました。合計で70名を超える新入留学生や活動を支援する先輩留学生、日本人学生が参加し、交流を楽しみました。

先輩留学生との日本語会話練習

先輩留学生との日本語会話練習

イベントでは3つのテーマ別にオンライン上でグループを分けました。新入留学生は「先輩学生との日本語の会話練習」「日本語授業受講に関する日本語の先生との相談」「東工大国際交流学生会(SAGE)メンバーとの交流」のテーマの中から、それぞれの関心に沿ってグループを選んで参加し、交流を楽しんでいました。また、第1部では井村順一副学長(教育運営担当)、第2部ではリベラルアーツ研究教育院の山元啓史教授が新入生へ向けたお祝いのメッセージを述べ、参加者全員で新入留学生を歓迎しました。

山元教授との会話を楽しむ新入留学生
山元教授との会話を楽しむ新入留学生

イベントの最後に、オンラインでスライドを共有し、感想を書きあいました。そこでは、「楽しかったです」「日本にはまだいけないですが今回のパーティーでみんなと話し合うのはうれしかったです」「日本語をべんきょうしている友だちにあえてうれしかったです」などが見られました。

イベントの感想をみんなで共有

イベントの感想をみんなで共有

担当教員から

今回も、東京工業大学に入学後も来日が叶わない新入生の留学生がたくさん参加してくれました。限られたオンライン空間ですが、東京工業大学での教職員や先輩留学生、日本人学生が新入生の皆さんを歓迎し、留学生活を応援していることを少しでも体感してもらえたとしたら、とてもうれしく思います。入学おめでとうございます。

(リベラルアーツ研究教育院 小松翠講師)

リベラルアーツ研究教育院

リベラルアーツ研究教育院 ―理工系の知識を社会へつなぐ―
2016年4月に発足したリベラルアーツ研究教育院について紹介します。

リベラルアーツ研究教育院(ILA)outer

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

リベラルアーツ研究教育院日本語セクション

E-mail : nihongospace@js.ila.titech.ac.jp


新方式ライダーの開発に成功 連続光の相関を制御、高速振動の分布検出が可能に

$
0
0

要点

  • 従来の光測定では、長距離の測距と振動分布の検出を同時に行うことは困難であった。
  • 本研究では、連続光の相関制御により測定を行う「相関領域ライダー」を開発し、測距と高速振動の検出を同時に行うことに成功した。
  • 将来的には、流速分布測定への応用を通じ、感染症対策への貢献が期待される。

概要

東京工業大学の中村健太郎教授は、横浜国立大学の理工学部4年生 清住空樹さんと水野洋輔准教授、芝浦工業大学の李ひよん助教らとの共同研究で、光相関制御型の新方式ライダーを開発し、100 kHzの高速振動を検出することに成功しました。測距と高速振動検出を同時に行うことは従来の方式では困難でしたが、本方式では連続光の干渉の性質を巧みに制御することで実現可能となりました。このライダーにより空気の流れを可視化できる可能性があり、部屋の換気効率の測定やマスク周辺の乱流等の検出を通じ、感染症対策への貢献が期待されます。

本研究成果は、2021年10月21日(現地時間)に国際科学雑誌「APL Photonics」のオンライン版に掲載されました。なお、本研究は、科学研究費補助金(課題番号20J22160、 20K22417、 21H04555)の支援を受けたものです。

研究背景・成果

振動検出技術は、自動車部品などの特性解析や構造物の異常検知など、様々な分野で需要が高まっています。一般に、振動検出技術として光測定が使われますが、その中でもドップラーシフトを利用することで測定を行うレーザードップラー振動計[用語1]が主流です。しかし、この手法では測距が想定されていないため、測定レンジが短い、高速な測定位置の切り替えが難しい、などの問題点を抱えていました。そこで、長距離の測距と振動検出能力を備えたセンサーの実現が望まれています。

このような背景の下、本研究では、光干渉の性質(光の相関)を巧みに制御することで、長距離の測距と振動検出を同時に行うことのできる「相関領域ライダー」を開発しました。そして、その性能実証として、100 kHzの超高速振動測定に成功しました。

提案手法の原理

ライダー[用語2]で測定を行うには、測定対象にレーザー光を照射してその反射光を分析する必要があります。相関領域ライダーでは、その反射光を参照光と干渉させます。このとき、レーザー光に周波数変調[用語3]を施すことで、反射光と参照光が強く干渉する点「相関ピーク」が形成されます。相関ピークは測定点として機能し、相関ピークと重なった点からは詳細な情報を取得することができます。例えば、相関ピークと重なった測定対象が振動している場合は、その周波数や振動波形を測定することが可能です。

提案手法の原理

相関ピークの位置は、レーザー光の変調パラメータによって自在に制御することができます。よって、複数の測定対象が広範囲に分布している場合でも、相関ピーク位置を掃引することで測定をすることが可能です。

提案手法の原理

実験1:測距の実証

相関領域ライダーによる測距を実証するため、レーザー光の空間出射口からの同一直線上の12 cm、 25 cm、 41 cmの地点にビームスプリッタおよびミラーを設置し、0 cmから48 cmの区間で反射率の分布を測定しました。正しい位置での反射が強くなっており、測距能力が示されました。

測距の実証

測距の実証

実験2:振動検出の実証

相関領域ライダーでの振動検出が可能であることを実証するために、30 kHzで振動する振動発生装置の波形と周波数を測定しました。反射光パワーの時間変化から波形を測定し、その波形に対して周波数解析を行い、振動周波数の特定を行いました。正しい周波数(30 kHz)にピークが現れたため、振動検出能力も示されました。なお、論文中では100 kHzでの実証も行いました。原理的にはさらに高い周波数も測定可能です。

振動検出の実証

振動検出の実証

今後の展開

相関領域ライダーの応用展開として、流速分布測定が期待されます。空気中に存在する粒子の振動や動きをとらえることにより、空気の流れを可視化することができると考えられます。これにより、部屋の換気効率や、マスクの周りの乱流等を測定することができるようになり、感染症対策にも貢献できる可能性があります。また、生体信号の非接触センシング(脈拍、呼吸、心臓の微細振動・鼓動など)に応用できる可能性もあります。

用語説明

[用語1] レーザードップラー振動計 : 測定対象が振動している場合、ある特定の周波数の光を入射させると、物体の振動によりドップラーシフトを受け、反射光の周波数が変化します。この変化を測定することにより振動測定を行う装置を「レーザードップラー振動計」といいます。

[用語2] ライダー(LiDAR: Light Detection And Ranging:光検出と測距) : 測定対象に光を照射しその反射光を解析して、測定対象までの距離を測定する技術。近年、自動運転の支援技術として注目を集めていますが、それ以前から地質学での地形把握や気象学での大気リモートセンシングなど、幅広い分野で活用されています。

[用語3] 周波数変調 : レーザー光の周波数を変化させること。本実験では、レーザーの駆動電流を直接変調することで実現しています。

論文情報

掲載誌 :
APL Photonics(2021年 10月21日 オンライン版)
論文タイトル :
Pilot demonstration of correlation-domain LiDAR for high-speed vibration detection
(高速振動検出のための相関領域ライダーの実証)
著者 :
Takaki Kiyozumi, Tomoya Miyamae, Kohei Noda, Heeyoung Lee, Kentaro Nakamura, Yosuke Mizuno
(清住空樹、宮前知弥、野田康平、李ひよん、中村健太郎、水野洋輔)
DOI :

お問い合わせ先

横浜国立大学 大学院工学研究院 知的構造の創生部門

准教授 水野洋輔

E-mail : mizuno-yosuke-rg@ynu.ac.jp
Tel : 045-339-4276

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

教授 中村健太郎

E-mail : knakamur@sonic.pi.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5090

芝浦工業大学 工学部 情報通信工学科

助教 李ひよん

E-mail : hylee@shibaura-it.ac.jp
Tel : 03-5859-8257

取材申し込み先

横浜国立大学 総務企画部学長室 広報・渉外係

E-mail : press@ynu.ac.jp
Tel : 045-339-3027

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

芝浦工業大学 経営企画部 企画広報課

E-mail : koho@ow.shibaura-it.ac.jp
Tel : 03-6722-2900

研究者・留学生向け英文メールニュース「Tokyo Tech Bulletin No. 63」を配信

$
0
0

Tokyo Tech Bulletin(トーキョーテックブリテン)」は、東京工業大学の研究成果やニュース記事、学生の活動などを紹介し国内外へ広く配信する英文メールニュースです。この度、Tokyo Tech Bulletin No. 63が発行されました。

メールでの配信をご希望の方は申込フォームからご登録ください。

SPECIAL TOPICS

New Student Ambassadors share latest Tokyo Tech vibes through blogs

New Student Ambassadors share latest Tokyo Tech vibes through blogs

Fifteen Tokyo Tech students from 11 countries and regions were appointed as the latest Student Ambassadors in academic year 2021. They share their thoughts on research at Tokyo Tech, the challenges of learning Japanese, the support system around them, and various other topics on their Blog.

Masao Takeyama - At the atomic level - Innovating metallic materials to withstand high temperatures and pressures

Masao Takeyama - At the atomic level - Innovating metallic materials to withstand high temperatures and pressures

Masao Takeyama - At the atomic level - Innovating metallic materials to withstand high temperatures and pressures FACES: Tokyo Tech Researchers, Issue 41: Uncovering iron's untapped potential as a high-temp material for power plants and jet engines.

Insights into US-Japan innovation

Insights into US-Japan innovation

In the heart of Tokyo, and just a short train ride away from Shibuya Crossing, is Tokyo Institute of Technology, one of Japan's top universities for science and engineering. Tokyo Tech is now looking beyond the country's borders, recently opening a hub in Berkeley, California. Called Tokyo Tech ANNEX Berkeley, its purpose is to promote research collaboration with academic and industry institutions in the United States.

Fostering a mindset for creating new value

Fostering a mindset for creating new value

Fostering a mindset for creating new value - Tokyo Tech Entrepreneurship Development Programs: Helping students learn to take decisive action, cooperate with others, and create new value — key skills for any organization.

Research

Breaking Ammonia: A New Catalyst to Generate Hydrogen from Ammonia at Low Temperatures

Breaking Ammonia: A New Catalyst to Generate Hydrogen from Ammonia at Low Temperatures

Ammonia, a carbon-free resource can be split into nitrogen and hydrogen gas with the help of metal catalysts like Nickel (Ni). However, these reactions often require very high operating temperatures. Now scientists from Tokyo Institute of Technology (Tokyo Tech) have developed a highly efficient calcium imide (CaNH)-supported Ni catalyst that can decompose ammonia at temperatures 100°C lower than what conventional Ni catalysts require. This promising new catalyst can get us closer to sustainably producing hydrogen fuel.

Primitive phase separation processes can be applied to engineering and applied science

Primitive phase separation processes can be applied to engineering and applied science

Phase separation, which is one process that produces protocells (i.e., primitive compartments), is not just important on early Earth but can also be applied to various applied sciences in the modern day, ranging from biotechnology to synthetic biology to engineering. Scientists from ELSI, Tokyo Tech lay out various modern systems relevant to engineering and applied sciences that utilise phase separation phenomena that may have been relevant to the origin of life as well.

Study Explores Remarkable Negative Thermal Expansion Seen in Layered Ruthenates

Study Explores Remarkable Negative Thermal Expansion Seen in Layered Ruthenates

A formerly unnoticed monoclinic distortion in Ca2RuO4 explains its enormous negative thermal expansion (NTE) over a wide range of temperatures, discover researchers from Tokyo Tech. The work promises a different route for the design of unconventional NTE materials, with applications in engines, thermal barrier ceramics, and precision instruments, among other things.

Novel Beamforming Network Solution for Single Layer Printed Circuit Board Implementation

Novel Beamforming Network Solution for Single Layer Printed Circuit Board Implementation

Current beamforming networks (BFNs) based on which next-generation wireless systems are designed require multiple circuit layers for implementation, which increases costs. Scientists at Tokyo Institute of Technology (Tokyo Tech) and the European Space Agency have now introduced a novel matrix topology for a BFN that reduces the number of layers BFNs typically need. This paves the way for cheaper and more efficient next-generation wireless systems.

New insights into early Earth's minerals and today's low-cost catalysts

New insights into early Earth's minerals and today's low-cost catalysts

Iron sulfide minerals may have supported multiple redox conversions necessary for the origin of life. To fully discover the catalytic potential of iron sulfide minerals, a greater understanding of the electrochemical properties (the electron flow to and from iron and sulfur) and the interconversion of different structural forms of iron sulfide is necessary. A research team lead by ELSI, Tokyo Tech PI Shawn McGlynn discovered a unique iron sulfide phase occurring transiently during iron sulfide maturation. This finding helps to understand how minerals form, how electrons may have flowed during early catalysis and gives us new insight into using these materials as low-cost catalysts in industrial processes.

In the spotlight

Tokyo Tech Bulletinは英語で配信を行っていますが、コンテンツは一部を除いてすべて日英両方で掲載しています。

お問い合わせ先

総務部 広報課

E-mail : publication@jim.titech.ac.jp

プラスチックを肥料に変換するリサイクルシステムを開発 プラスチックの廃棄問題と食料問題の同時解決に向けて

$
0
0

要点

  • 植物を原料としたプラスチックをアンモニア水で分解し、肥料となる尿素に変換するリサイクルシステムを開発
  • リサイクルシステムで生成した尿素が植物の成長促進につながることを実証
  • プラスチックの廃棄問題と人口増加に伴う食料問題の同時解決にも期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の阿部拓海大学院生、青木大輔助教(科学技術振興機(JST)さきがけ研究者兼務)、大塚英幸教授らは、東京大学 大学院農学生命科学研究科の神谷岳洋准教授、京都大学 大学院工学研究科の沼田圭司教授らと共同で、植物を原料としたプラスチック[用語1]をアンモニア水で分解することで、植物の成長を促進する肥料へと変換することに成功した。

日常生活に欠かせないプラスチックは、現在70%以上が廃棄されている。廃棄問題への対策が急がれる一方で、依然需要は大きく、地球環境の保全とプラスチック利用を両立させる革新的なリサイクルシステムの開発が望まれていた。

青木助教らは、カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート)[用語2]をアンモニアで分解する過程で生成する尿素[用語3]が、実際に植物の成長促進につながることを証明することで、プラスチックを肥料に変換するリサイクルシステムを実証した。

プラスチックを出発原料まで戻して再利用するケミカルリサイクル[用語4]の研究は精力的に進められているが、「分解過程で生成する化合物を植物の成長を促進する肥料として活用する」という本リサイクルシステムのアイデアは、これまでにないものである。またアンモニア水を加熱するだけで反応を促進でき、簡便なプロセスで実現できるため、普及すれば産業界への波及効果も大きい。このリサイクルプロセスは幅広い分子骨格に適用できることから、今後、サステナブル[用語5]な材料創製とそのリサイクルにつながると期待される。

研究成果は10月28日(現地時間)に王立化学会誌「Green Chemistry(グリーンケミストリー)」に掲載された。

図1 本研究の概念図

図1. 本研究の概念図

背景

日常生活に欠かせない高分子材料(プラスチック)は、その70%以上が廃棄されており、材料のリサイクルは15%以下にとどまっている。プラスチックを出発原料まで戻して再利用する工程はケミカルリサイクルと呼ばれ、古くから研究が進められてきたが、廃棄プラスチックのリサイクル効率を飛躍的に高めるまでには至っていない。

現在は、SDGs[用語6]が掲げる循環型社会の構築に向けて、プラスチックの処理コストの改善や効率の向上はもちろん、従来のリサイクルプロセスに付加価値を持たせた新しいリサイクルシステムの開発が求められている。

経緯

20世紀初頭にハーバーとボッシュが確立したアンモニアの合成法(ハーバー・ボッシュ法)[用語7]は、「空気からパンを作る」と形容されるほど画期的な発明であった。この方法で合成されるようになったアンモニア(NH3)は、小麦などを育てるための化学肥料(尿素)に変換され、食料の生産量を飛躍的に高めた。青木助教らの研究グループは、カーボネート結合を有するプラスチック(ポリカーボネート)がアンモニアと反応して、化学肥料である尿素に変換されることに着目した。本研究ではプラスチックをアンモニアで分解することで生じる「尿素」を肥料として利用して、植物の成長を促進させるという、新しいリサイクルシステムの構築を目指した(図2)。

図2 カーボネート結合のアンモニア分解

図2. カーボネート結合のアンモニア分解

研究成果

カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート)は、アンモニアで完全に分解することで「モノマー[用語8]」と「尿素」へと変換できる。バイオマス資源であるイソソルビド[用語9]をモノマーに用いて合成されるポリカーボネートは、以下の理由から、新たに開発するリサイクルシステムを実証する上で理想的なプラスチックだといえる。

1.
高い耐熱性や、優れた機械的強度、透明性を有するエンジニアリングプラスチック材料として期待されており、リサイクルの需要が大きい。
2.
肥料として働く尿素とグルコース(糖)由来のイソソルビドに分解できる。
3.
アンモニアによる分解反応は、加熱するだけで促進でき、高価な触媒を必要としない。

リサイクルシステムを実証するために、イソソルビドを原料として、高分子の主鎖骨格中(繰り返し単位中)にカーボネート結合を有するポリカーボネート(PIC)を合成した(図3)。次に、PICをアンモニアで分解し、その反応溶液の経時変化について調査した。PICにアンモニア水を加えた反応溶液の外観は、はじめは不均一な白色の溶液であったが、徐々に均一な溶液へと変化し、24時間後には完全に均一な溶液になった(図4)。

図3 本研究の概要

図3. 本研究の概要

図4 反応溶液の外観の経時変化

図4. 反応溶液の外観の経時変化

次に、カーボネート結合の分解に伴って生成する尿素の生成量や、分解生成物を多角的に評価した。その結果、反応時間が進むにつれてポリマー中のカーボネート結合の切断が起こり、分子量の低下が確認されるとともに、尿素の前駆体が安定な中間体として生成することがわかった。最終的には、PICを尿素とイソソルビドへと完全に分解できることが明らかになったが、その分解には室温において1ヵ月かかった。そこで、アンモニア濃度や反応温度の影響を検討し、反応条件を最適化することで、PICを6時間以内に尿素とイソソルビドへと完全に分解することに成功した(図5)。

図5 反応時間に対するカーボネート結合の残存量と尿素の生成量

図5. 反応時間に対するカーボネート結合の残存量と尿素の生成量

その後、PICを分解することで得られた分解生成物(尿素とイソソルビドの混合物)を用いて、シロイヌナズナ[用語10]の生育実験を行った(図6)。その結果、ポリカーボネートを分解して得られた尿素が肥料として働くことが明らかになった。また興味深いことに、PICの分解生成物を用いた場合、市販の尿素とイソソルビドを1:1で混合したものに比べ、シロイヌナズナの成長を促進することが明らかとなった。

PICの分解生成物中の尿素とイソソルビドの混合比は、分解反応の過程で一部脱炭酸が進行するため0.7:1となる。今回の結果から、イソソルビドと尿素が適切な比率で混合されていることで、シロイヌナズナがより効率よく窒素栄養を吸収している可能性も示唆された。

図6 シロイヌナズナを用いた育成実験

図6. シロイヌナズナを用いた育成実験

今後の展開

今回実証したポリカーボネートのアンモニア分解反応は、高価な触媒が必要なく、簡便な操作で行えることから、工業化も期待できる。一方、ヨーロッパの肥料産業団体(Fertilizers Europe)によると、アンモニア合成法の発明から1世紀以上が経った今日でも、尿素に代表される窒素肥料によって生産された食料は世界人口の50%を養っている。本研究で実証したリサイクルシステムは、出発原料である糖(イソソルビド)を再生するだけでなく、植物の成長を促進する尿素を与えられる点がメリットである。今後ポリカーボネートの基本骨格やトポロジーを変えることで、所望する機能・物性を発現しつつ、肥料へとリサイクルできるシステムの社会実装を目指す。研究チームでは、本リサイクルシステムが、「プラスチックの廃棄問題」と「人口増加による食料問題」を同時に解決する革新的なシステムへと昇華されることを期待している。「プラスチックからパンを作る」面白い未来が見えてきた。

付記

今回の研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ

研究領域 :
「トポロジカル材料科学と革新的機能創出」
(研究総括:村上修一(東京工業大学 理学院 教授))
研究課題名 :
「空間結合を創る高分子トポロジー変換反応を鍵とした異種トポロジーの融合」
研究者 :
青木大輔(東京工業大学 物質理工学院 助教)
研究実施場所 :
東京工業大学
研究期間 :
平成30年10月~令和4年3月

用語説明

[用語1] 植物を原料としたプラスチック : 再生可能な生物由来の資源(バイオマス資源)を原料にしたプラスチック。一般的なプラスチックは石油を原料に作られているが、植物を原料としたプラスチックは、トウモロコシやサトウキビなどの植物を原料にして作られている。石油のように枯渇することはなく、温暖化の原因とされる二酸化炭素の排出も抑えることができる。

[用語2] カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート) : モノマーと呼ばれる単位分子が、カーボネート結合を介して連続して結合することで得られる高分子の総称。石油由来のビスフェノールAをモノマーとして得られるポリカーボネートは、耐熱性や透明性に優れることからエンジニアプラスチックとして広く用いられている。

カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート)

尿素

[用語3] 尿素 : 1分子あたりの窒素原子含有率が高く、植物の葉や茎を育てる化学肥料として古くから農業で使用されている。無機化合物から初めて合成された有機化合物でもある。

[用語4] ケミカルリサイクル : 使用済みの資源を、そのままではなく、化学反応により組成変換した後にリサイクルすること。高分子材料をモノマーや少数のモノマーがつながったオリゴマーに戻してから再度重合することで、元の高分子材料や新たな高分子材料として再生する方法である。

ケミカルリサイクル

[用語5] サステナブル : Sustainableは「持続する(Sustain)」と「できる(able)」からなる言葉で、「持続可能な」という意味。地球の環境を壊さず、資源も使用しすぎず、美しい地球を維持しながら生活し続けていこうという呼びかけ。

[用語6] SDGs : Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称。2015年の国連サミットで採択されたもので、国際的な開発目標。

[用語7] アンモニアの合成法(ハーバー・ボッシュ法) : フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュが1906年に開発した方法。鉄を主体とした触媒を用いて、空気中の窒素を水素と直接反応させてアンモニアを生産する方法。

N2+3H2→2NH3

[用語8] モノマー : 高分子(ポリマー)を構成する低分子の単位分子。モノマーを連続して結合するとポリマーが得られる。

[用語9] バイオマス資源であるイソソルビド : 再生可能な生物由来のモノマーの一つで、グルコースを化学変換して得られる。イソソルビドをモノマーに用いて得られるポリカーボネートは、石油資源(ビスフェノールA)から得られるポリカーボネートに匹敵する耐熱性、機械的強度、透明性を有する。

バイオマス資源であるイソソルビド

[用語10] シロイヌナズナ : 通称ぺんぺん草。成長速度が速く、室内で容易に栽培でき、多数の種子がとれることから、植物のモデル生物として生育試験に広く用いられる。

論文情報

掲載誌 :
Green Chemistry
論文タイトル :
Plastics to Fertilizers: Chemical Recycling of a Bio-based Polycarbonate as a Fertilizer Source
著者 :
Takumi Abe, Rikito Takashima, Takehiro Kamiya, Choon Pin Foong, Keiji Numata, Daisuke Aoki, and Hideyuki Otsuka
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系(JST さきがけ研究者兼務)

助教 青木大輔

E-mail : aoki.d.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2560 / Fax : 03-5734-2131

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

嶋林ゆう子

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3526 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

東工大主幹の提案がJSTのSTARTスタートアップ・エコシステム形成支援に採択

$
0
0

東京工業大学は10月25日、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)による2021年度研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム(START)大学・エコシステム推進型「スタートアップ・エコシステム形成支援」に採択されました。

東工大主幹の提案がJSTのSTARTスタートアップ・エコシステム形成支援に採択

START大学・エコシステム推進型「スタートアップ・エコシステム形成支援」とは

内閣府が2020年7月に認定した「スタートアップ・エコシステム拠点都市」において中核となる大学・機関に対し、起業家精神(アントレプレナーシップ)を有する人材の育成とスタートアップ創出に一体的に取り組み、活動を行うための事業です。大学から生まれる優れた技術シーズの実用化やアントレプレナーシップを有する人材の育成を強力に支援し、コロナ後の社会変革や社会課題解決につながる社会的インパクトの大きいスタートアップが持続的に創出される体制を構築することを目的としています。

また、本事業は「スタートアップ・エコシステム拠点都市」における取組との連携により大学を中心としたエコシステムの形成に向けた活動に対し支援され、大学を含む最低5機関以上の複数機関が連携してプラットフォームを形成し、1拠点都市あたり1プラットフォームのみの申請が認められます。

本学が申請した事業「Greater Tokyo Innovation Ecosystem(GTIE)」においては、本学、東京大学、および早稲田大学を主幹機関として、80を超える幹事自治体、共同機関および協力機関とともに、スタートアップ・エコシステム拠点都市である東京コンソーシアムの事業として申請し採択されました。

Greater Tokyo Innovation Ecosystem(GTIE)の概要

GTIEは、国際競争力の強化、スタートアップの創出や成長、Greater Tokyo(首都圏)の経済の持続的な発展を実現し、また、エコシステムによるイノベーションを社会に実装し、地域に還元する活動を行うことを目的とした「スタートアップ・エコシステム 東京コンソーシアム」に参画する、大学と地方公共団体、大学発イノベーションの取組を様々な形で支援する民間機関が結集して進めるプラットフォーム事業です。

本学は、共同主幹機関である東京大学および早稲田大学、並びに幹事自治体、共同機関および協力機関と協力しながら事業に定められる次の各実施項目を推進して参ります。

  1. 1. 起業活動支援プログラムの運営
  2. 2. アントレプレナーシップ人材育成プログラムの開発・運営
  3. 3. 起業環境の整備
  4. 4. 拠点都市のエコシステムの形成・発展
  • 主幹機関:東京工業大学、東京大学、早稲田大学
  • 幹事自治体:東京都、横浜市、川崎市、つくば市、茨城県、渋谷区
  • 共同機関:計13機関(大学および民間起業支援機関)
  • 協力機関:計63機関(大学等、自治体、民間企業、金融機関・VCおよび海外機関等)

GTIEのビジョン

GTIEのビジョン

お問い合わせ先

環境・社会理工学院 教授 辻本将晴

研究・産学連携本部 ベンチャー育成・地域連携部門

E-mail : venture@sangaku.titech.ac.jp

多摩美術大学、一橋大学と連携して価値創造人材育成プログラム「Technology Creatives Program(通称テックリ)」を2022年度から開講

$
0
0

2021年度文部科学省の「大学等における価値創造人材育成拠点の形成事業」で、東京工業大学が事業責任大学となり、多摩美術大学、一橋大学と連携して推進する「Technology Creatives Program(通称テックリ)」 が選定されました。

本館外観

Society5.0の到来や人口減少、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大など変化が激しく不確実性の高まる時代においては、企業も個人も変化に柔軟に対応し、知識やスキルを身に付け、不断に能力を向上させていくことが求められています。特に個人においては、組織の規範に縛られすぎず、自由に個性を発揮しながら付加価値の高い仕事を行うことが期待されており、機械やAIでは代替できない、創造性・感性・デザイン性・企画力などの価値創造スキルを育成することが必要です。

本事業は、エンジニアとデザイナーが価値創造スキルを身に着け、先端技術を活用して社会共創の機会をつかむプログラムの開発と拠点の形成を目的としています。

社会人を対象とする約6ヵ月間のプログラムでは、テクノロジー、アート・デザイン、ビジネスの全方位指導体制を通じて価値創造人材に必要な能力育成とネットワーク構築を図ります。

開講場所は、東京工業大学大岡山キャンパスと多摩美術大学上野毛キャンパスを中心に展開し、2022年7月からプログラム履修募集を開始する予定です。

内容およびスケジュール等の詳細案内は東京工業大学のウェブサイトで随時お知らせします。

お問い合わせ先

社会人アカデミー事務室

E-mail : jim@academy.titech.ac.jp

生体内で安定して機能するアスタチン-211標識法を開発 より有効で安全な核医学治療への応用に期待

$
0
0

概要

東京工業大学、千葉大学、大阪大学放射線科学基盤機構、量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所の共同研究グループは、生体内で安定して機能するアスタチン-211(211At)[用語1]を用いる新しい標識法を開発しました。211Atはがんやバセドウ病などの治療で行われる核医学治療[用語2]への応用が期待されるアルファ線[用語3]という放射線を放出する原子であり、これまでに211Atを結合した様々な放射性薬剤が開発されています。しかし、従来の薬剤では生体への投与後に、211Atが脱離してしまうことに伴う正常組織への放射能集積が観察されており、副作用が懸念されていました。本手法により211Atと炭素の結合が安定化されたことから、今後より有効で安全な治療薬剤の開発への応用が期待されます。

本研究成果は、2021年10月28日(木)午後7時(日本時間)にJournal of Medicinal Chemistry誌に掲載されました。

背景

核医学治療では、放射性核種を結合(標識)した放射性薬剤を生体に投与し、標的部位に集積後放出される放射線によって治療を行います。核医学治療では、従来ベータ線[用語4]が使用されてきましたが、近年、より効果的で副作用の少ない治療として、アルファ線を使用する治療法が注目されています。アスタチン-211(211At)は臨床応用が期待されているアルファ線を放出する核種の一つであり、同族元素であるヨウ素と類似した化学的性質を示すことから、放射性ヨウ素標識薬剤の薬剤設計を基にして種々の211At標識薬剤の開発が研究されています。放射性ヨウ素は核医学画像診断に汎用されており、211Atと放射性ヨウ素を組み合わせることで、ラジオセラノスティクス[用語5]が可能となります。

しかし、生体内で安定した放射性ヨウ素の標識手法を211Atに応用した場合であっても、薬剤から211Atが脱離していました。脱離した211Atは、胃や甲状腺、脾臓などに集積することが知られており、このことにより正常組織における副作用が懸念されます。また、標的部位に集積した薬剤から211Atが脱離し、標的部位から流出することで治療効果が減弱することも懸念されます。このため、安定した211At結合分子を構築するための標識法の開発が望まれていました。

研究成果

研究グループは、2つの水酸基(-OHで示される構造)を有するネオペンチル構造[用語6]を利用して標識した125I(図1中の1)、及び211At標識化合物(図1中の2)が、生体内で安定であることを明らかにしました。まず、125Iによってネオペンチル構造を標識した3種の化合物について、脱ハロゲン化を引き起こす生体分子存在下での安定性を検討しました(図1)。その結果、脱ハロゲン化因子として働くシトクロム-P450[用語7]存在下では、2つの水酸基を有する125I標識化合物のみが高い安定性を示しました。また、求核置換反応により脱ハロゲン化を引き起こす内因性求核性分子[用語8]存在下では、3種の125I標識体はすべて高い安定性を示しました。本結果をもとに、211At標識化合物のそれぞれの条件下での安定性を検討した結果、211At標識化合物も同様な高い安定性を示すことを明らかにしました。

異なる組み合わせの置換基を導入した3種類の放射性ヨウ素標識モデル化合物の安定性を検討、最も安定していた化合物の構造(図中の1)を211Atに展開し(図中の2)、その生体内における安定性を検討した。
図1.
異なる組み合わせの置換基を導入した3種類の放射性ヨウ素標識モデル化合物の安定性を検討、最も安定していた化合物の構造(図中の1)を211Atに展開し(図中の2)、その生体内における安定性を検討した。

続いて、211At標識化合物のマウス内での安定性を検証するために、標識化合物の体内動態を検討しました。まず、従来法で作製した211At標識化合物では、胃などの臓器に高い集積が観察されました(図2左赤線)。125I標識化合物では、このような集積は観察されませんでした(図2左青線)。さらに、尿中成分を分析することにより、尿中の放射能のほとんどは脱離した211Atであることを明らかにしました。一方、新しい標識法で作製した211At標識化合物では、胃などにおける集積量は非常に少ないことを明らかにしました(図2右赤線)。マウスの尿中からは脱離した211Atは観察されませんでした。さらに、対応する125I標識体と類似した体内動態を示すことも明らかにしました(図2右青線)。以上より、新しい標識法により生体内でも非常に安定的な211At標識化合物を合成できることが示されました。

2種類の標識法で作製した211At、及び放射性ヨウ素標識モデル化合物をマウスに投与した後の胃への集積(赤:211At 、青:放射性ヨウ素)。ネオペンチル構造を利用して作製した211At標識モデル化合物の集積量は低値であったが(右)、従来法で作製したモデル化合物では胃に高い放射能が観察された(左)。

図2.
2種類の標識法で作製した211At、及び放射性ヨウ素標識モデル化合物をマウスに投与した後の胃への集積(赤:211At 、青:放射性ヨウ素)。ネオペンチル構造を利用して作製した211At標識モデル化合物の集積量は低値であったが(右)、従来法で作製したモデル化合物では胃に高い放射能が観察された(左)。

今後の展望

本研究では、2つの水酸基を有するネオペンチル構造を使用した211At標識法により生体内でも安定した211At結合分子を構築できることを実証しました。今後、この211At標識法を応用することで、より有効で安全な核医学治療用薬剤の開発につながることが期待されます。また、本検討では、211At標識体と放射性ヨウ素標識体が類似した体内動態を示したことから、対応する標識薬剤の組み合わせによるラジオセラノスティクスへの応用も期待できます。

研究プロジェクトについて

本研究は、千葉大学グローバルプロミネント研究基幹、科学研究費助成事業(19K08222)の支援により遂行されました。また本研究で使用した211Atは、科学研究費助成事業(16H06278)の助成を受けた短寿命RI供給プラットフォームによって供給されました。

関連特許情報

WO 2019/151384 A1

用語説明

[用語1] アスタチン-211(211At) : 原子番号85のハロゲン元素であるアスタチンの放射性同位体の一つです。半減期が7.2時間と臨床応用に適しており、安定同位体の鉛-207に壊変するまでにアルファ線を1回放出します。国内において複数の研究機関で製造実績があり、核医学治療への応用が期待されています。

[用語2] 核医学治療 : 体内に放射性核種を投与し、がんなどの標的部位に集積した後に放出される放射線によって治療を行う治療法のことです。標的部位に選択的に集積する性質を有する分子に放射性核種を結合(標識)した放射性薬剤、または放射性核種自体が標的に集積する性質を有する場合は、それ自体を放射性薬剤として使用します。

[用語3] アルファ線 : アルファ線は、その到達範囲が細胞数個分(0.1 mm未満)と非常に短く、ベータ線よりも選択的にがん細胞などの標的細胞を傷害します。また、その短い飛程において局所的に物質に非常に大きなエネルギーを与えることから、ベータ線よりも高い治療効果が期待できます。このような特徴から近年、アルファ線による核医学治療の利用が世界的に進められています。

[用語4] ベータ線 : エネルギーが高く、細胞を障害可能であることから、従来核医学治療に用いられてきた放射線です。その到達範囲は数mm程度であり、正常組織への影響は比較的少ないとされています。

[用語5] ラジオセラノスティクス : 同一、または体内動態が非常に類似した診断用、及び治療用放射性薬剤を用いて、診断と治療を一体化して行う医療や考え方のことです。患者個々の画像診断情報を基に治療を行うことができる他、治療効果の判定やその後の治療戦略の構築にも有用となります。

[用語6] ネオペンチル構造 : 化学式 (CH3)3C-CH2- を母体とする構造であり、この構造にハロゲンを導入した場合、生体内脱ハロゲンの原因の一つである求核攻撃に対して高い安定性を示します。本研究では、3つあるメチル基の一つに2-ニトロイミダゾール基を導入したモデル化合物を作製し、検討に用いました。また、求核性分子による代謝以外に、シトクロム-P450によって代謝されることで生体内脱ハロゲンされる機構も想定されました。そこで、残り2つのメチル基に異なる組み合わせの置換基を導入した3種の放射性ヨウ素標識モデル化合物を作製し、シトクロム-P450代謝試験を実施しました。

[用語7] シトクロム-P450 : 薬物の代謝に関与する代表的な酵素群の総称のことです。

[用語8] 求核性分子 : 自身は電子豊富であり、電子密度の低い原子に対して反応する性質を示す分子のことです。ヨウ素が結合した炭素は求核性分子の攻撃を受けやすい原子の代表例です。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Medicinal Chemistry
論文タイトル :
Neopentyl glycol as a scaffold to provide radiohalogenated theranostic pairs of high in vivo stability
著者 :
Hiroyuki Suzuki, Yuta Kaizuka, Maho Tatsuta, Hiroshi Tanaka, Nana Washiya, Yoshifumi Shirakami, Kazuhiro Ooe, Atsushi Toyoshima, Tadashi Watabe, Takahiro Teramoto, Ichiro Sasaki, Shigeki Watanabe, Noriko S. Ishioka, Jun Hatazawa, Tomoya Uehara, Yasushi Arano
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

千葉大学大学院薬学研究院

上原知也

E-mail : tuehara@chiba-u.jp
Tel : 043-226-2896

千葉大学大学院薬学研究院

鈴木博元

E-mail : h.suzuki@chiba-u.jp
Tel : 043-226-2898

東京工業大学 物質理工学院

田中浩士

E-mail : thiroshi@cap.mac.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2471

取材申し込み先

千葉大学 広報室

E-mail : koho-press@chiba-u.jp
Tel : 043-290-2018

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

大阪大学 研究推進部研究機構支援課総務係

E-mail : kensui-shien-soumu@office.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6105-6117

大学院新入生向けガイダンスおよび大学院新入留学生歓迎レセプションを実施

$
0
0

東京工業大学学生支援センターは9月22日と9月25日の2日間、大学院課程新入生を対象とした学修に関するガイダンス、および留学生の新入生を対象とした生活とキャリアプランに関するガイダンスと歓迎レセプションを実施しました。

ガイダンスは、異なる日程・時間帯で合計4回にわたって行い、そのうち3回はオンラインで、1回は9月22日にTakiPlazaのイベントスペースにて対面で開催しました。対面ガイダンスの終了後、留学生の新入生のための歓迎レセプションもあわせて開催しました。

大学院課程新入生ガイダンス

「学修コンシェルジュによる大学院新入生ガイダンス」では、9月に大学院に入学する全新入生を対象に、履修の仕組みや学修プログラムを90分間で紹介しました。日本語と英語の両方でそれぞれ1日に1回ずつ、2日間で合計4回実施しました。これに加え、9月の新入生の大部分を占める留学生のために、日本での就職活動やキャリアプランを説明する15分間の「キャリアガイダンス」も行いました。さらに、英語で実施するガイダンスでは、日本での生活に役立つ情報を20分で紹介する「生活支援ガイダンス」も行いました。

計4回のガイダンスには延べ317名が参加しました。オンラインで実施した3回には、24の国と地域からの参加があり、その大半はまだ日本に入国していない留学生が居住国から参加しました。

東工大の大学院課程は他大学から入学する学生が半数以上です。「学修コンシェルジュによる大学院課程新入生ガイダンス」では、他大学からの入学者も学内進学者も、大学院の教育カリキュラムを理解したうえで、学修・研究活動を自らスムーズに行えるよう、大学院の履修システムや学修プログラム・教育課程、就職活動・留学・経済的支援などに関する情報や、各種相談窓口などを紹介します。ガイダンスの後半では、学生支援センターに所属する現役大学院生のTA(学修コンシェルジュ・ジュニア)3名が、それぞれ大学院での研究生活の実体験を紹介しました。

大学院現役学生(学修コンシェルジュ・ジュニア)による学修と研究のアドバイス

大学院現役学生(学修コンシェルジュ・ジュニア)による学修と研究のアドバイス

大学院現役学生(学修コンシェルジュ・ジュニア)による学修と研究のアドバイス

大学院現役学生(学修コンシェルジュ・ジュニア)による学修と研究のアドバイス

「キャリアガイダンス」と「生活支援ガイダンス」は今回の新たな取り組みです。学生支援センターの学修コンシェルジュ窓口が、キャリア相談窓口、留学生相談窓口と連携して行いました。
キャリアガイダンスでは、キャリアアドバイザーが今後のキャリア、特に日本での就職において参考となる情報を紹介しました。
生活支援ガイダンスでは、日本での健康保険の仕組み、病院のかかり方やごみの出し方など、留学生が日本で生活するうえで必要な知識や役に立つ情報を紹介しました。

留学生のための生活支援ガイダンス

留学生のための生活支援ガイダンス

9月22日に開催した日本語と英語のガイダンスには、益一哉学長がスペシャルゲストとして参加しました。歓迎のメッセージに続き、新入生から寄せられた質問に回答するQ&Aセッションを実施しました。Q&Aセッションでは、「学長先生は大学院時代どのように研究生活を過ごしていましたか」「東工大の強みと弱みを教えてください」「日本で留学生活を送る留学生へのアドバイスをお願いいたします」など、様々な質問が寄せられました。

新入生からの質問に益学長が回答
新入生からの質問に益学長が回答

新入生からは、先輩の経験が参考になった、疑問・質問がある時にどこに行けば答えを得られるのかがわかってよかった、などの感想がありました。

参加後のアンケートから

  • 俯瞰的な観点でのアドバイスがあってよかった。単位取得や研究などについて効果的かつ効率的に進めていきたい。
  • 良いテンポで必要な情報を紹介いただき、ありがとうございました。特に先輩のご経験を共有いただいた部分が、大変参考になりました。
  • 東工大生活や大学で相談できる窓口を知ることができて、良いスタートを切ることができた。
  • 説明が明確だった。初めて知る情報がたくさんあったが、私が知りたい情報に関してどこで答えを見つければいいのかがガイダンスで紹介されていた。また、学修コンシェルジュなどの各種相談窓口など手厚い支援があることを知ることができた。

留学生歓迎レセプション

9月22日の英語によるガイダンス後、新入留学生のための「留学生歓迎レセプション」を開催しました。このイベントは、学生支援センター未来人材育成部門による「未来人材応援プロジェクト」の一環であり、困難な状況の中、日本に入国して東工大での学生生活をスタートさせようとしている新入留学生を教職員と在学生が歓迎し、留学生と日本人の学生が交流できる場を設けようと企画されたものです。

レセプションには、2021年秋入学の新入留学生12名とともに、融合理工学系国際人材育成プログラム(GSEP)の2020年春入学の2年生と2021年春入学の1年生合わせて14名が参加しました。また、Taki Plaza Gardener(タキプラザ・ガーデナー、Taki Plazaを運営する学生団体 以下TPG)、東京工業大学国際交流学生会(SAGE)の代表メンバーと在学生の10名のサポートにより、留学生と日本人学生の対面での交流が実現しました。

参加した留学生の国籍は、中国、タイ、インドネシア、ベトナム、マレーシア、インドで、イベントに申し込みをした学生の国籍を含めると、英国、バングラデシュ、カンボジア、オマーンと多岐にわたりました。

レセプションは理学院 化学系の屋嶋悠河さん(修士課程2年)の元気の良い司会で開会しました。学生支援センター長の岡村哲至副学長(学生支援担当)は、英語で留学生に歓迎のあいさつをし、「自国を離れて日本に暮らすことは大変かもしれないが、世界有数の大学である東工大で有意義に学び、友情を深めてほしい」と述べました。

次に、江戸時代から続く長唄三味線方・杵屋佐吉家の現家元長男である杵屋浅吉さんが、歌舞伎十八番の「勧進帳」から抜粋で長唄三味線を演奏されました。演奏の合間には、事前に配布した歌舞伎解説の資料をもとに、勧進帳について説明をしていただきました。演奏の最後には、「皆さんが日本で歌舞伎座に行ったり、三味線を聴く機会があったら、今日のことを思い出してください。」とのメッセージをいただき、歌舞伎の長唄三味線を初めて聴いた留学生からも大きな拍手がありました。

留学生に歓迎の挨拶をする岡村センター長
留学生に歓迎の挨拶をする岡村センター長

歌舞伎十八番の勧進帳から長唄三味線を披露する杵屋浅吉さん
歌舞伎十八番の勧進帳から長唄三味線を披露する杵屋浅吉さん

長唄三味線の余韻も冷めやらぬ中、留学生は9つのグループに分かれ、「グループ懇談」が行われました。TPGとSAGE の代表学生が1人ずつグループに入って懇談を英語で補助しました。留学生は自己紹介や日本に来て驚いたことなどを話したり、連絡先を交換したりと、お互いを知り合うことが出来た様子でした。

グループ懇談の様子

グループ懇談の様子

留学生歓迎レセプションでも、益学長による留学生とのQ&Aセッションが行われました。
学長は留学生から事前に集められた「学長にとって成功とは何ですか?」や「人生の意味とは何ですか?」というような質問に、自身の経験も含めて英語で丁寧に答えました。

「学長Q&A with留学生」で質問に英語で答える益学長
「学長Q&A with留学生」で質問に英語で答える益学長

参加した留学生へのささやかなお土産として、事前調査で留学生に人気のあった「柿の種」、東工大3色フリクションボールペン、東工大シンボルマークの入ったフィナンシェ、緑茶ペットボトルを配りました。お土産は、一般社団法人蔵前工業会からの支援で実現しました。

学生支援センター未来人材育成部門の支援窓口

  • 学修コンシェルジュ:各種ガイダンスやTaki Plaza(大岡山キャンパス)・すずかけ台図書館(すずかけ台キャンパス)での相談窓口を運営しています。相談窓口では、日本語・英語・中国語での履修相談・学修相談を実施しています。さらに、LINE公式アカウントでの修学関連の情報発信(現在は学士課程対象)や、イブニングセミナーの開催、理工系教養科目チュータリングの提供など、学生に対する様々な支援を提供しています。
  • 留学生相談窓口:留学生が東工大での留学生活を順調に送れるように、Taki Plazaで生活・暮らしに関する質問・相談に対応しています。
  • キャリア相談窓口:専門のキャリアアドバイザーが、大岡山・すずかけ台それぞれの窓口(予約制)で進路に関する情報を提供しています。また、就職活動に関する基本的な質問への回答やハウツー的なアドバイスをするなど、進路全般の相談に応じています。

お問い合わせ先

学生支援センター未来人材育成部門

E-mail : concierge.info@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2760


可視光全域を利用できるレドックス光増感剤を開発 低エネルギーの光によりCO2を還元

$
0
0

要点

  • 近赤外線を含めた可視光の全波長領域を利用できる前例のないレドックス光増感剤を開発
  • 光のS-T吸収(励起三重項状態への直接遷移)が可能なオスミウム錯体を用いたレドックス光増感剤
  • CO2を、化学原料として有用で、またクリーンエネルギーである水素の生成と貯蔵に用いることのできるギ酸に還元

概要

東京工業大学 理学院 化学系の玉置悠祐助教、入倉茉里大学院生(研究当時)および石谷治教授は、新たに合成したオスミウム錯体[用語1]を用い、従来は利用不可能であった近赤外線を含む可視光[用語2]の全波長領域を利用しながら二酸化炭素を還元できる光増感剤[用語3]を開発した。太陽光をより有効に活用しながら二酸化炭素を資源化する新たな光触媒[用語4]システムの創出に成功した。

今回、中心金属であるオスミウムに結合する有機分子(配位子)を工夫することにより新たに合成されたオスミウム錯体は、光増感剤として励起[用語5]する際、励起三重項[用語6]状態へ直接遷移するS-T吸収[用語7]を行うことが可能な性質を持つ。そのため可視光をすべて吸収でき、生じる光励起状態の寿命が比較的長く、優れた還元力を示すという、レドックス光増感剤[用語8]として多くの優れた性能を有していることが確認できた。さらに、このオスミウム錯体をルテニウム錯体触媒と組み合わせて用いることで、可視光のどの波長を照射した場合でも光触媒反応が進行し、二酸化炭素を水素の貯蔵物質や化学原料として有用なギ酸[用語9]へと還元できることも明らかになった。このオスミウム錯体を用いることにより、これまで利用できなかった長波長領域も含め、太陽光のエネルギーをより有効に利用した人工光合成システムの開発が可能となる。

研究成果は、9月28日に英国王立化学会誌「Chemical Science」速報版に掲載された。

背景

緑色植物は光エネルギーを受けることで、二酸化炭素と水から酸素と炭水化物を生成する。このように光のエネルギーを利用して炭素固定を行う光合成を、光触媒などを用いて人工的に行ういわゆる人工光合成は、光をエネルギー源とした二酸化炭素の還元資源化や、クリーンエネルギーである水素を水から発生させる手法としても、大きな注目を集めている。

光触媒を用いた人工光合成においては、太陽光を有効に利用することは非常に重要である。当初の光触媒は、太陽光のうち数%に過ぎない波長のごく短い紫外線を利用したものだったが、やがて太陽光の主成分であり、より波長の長い可視光線のうちの短波長部を利用できるものが開発された。

同時に、光触媒反応において光の吸収を担当するレドックス光増感剤の研究も進んでいる。現在最も良く用いられているレドックス光増感剤が利用できるのは550 nmより短波長の光で、地表面での太陽光の14%に限られるが、800 nmまである可視光の全波長領域を利用できれば、太陽光の40%を利用できることになる。

本研究グループの玉置助教、石谷教授らは、長年レドックス光増感剤や、二酸化炭素を還元する金属錯体光触媒の研究を行ってきており、その過程で、今回の研究のきっかけとなるS-T吸収を活用する方法を見出した。今回の研究では、これを発展させることによって、可視光全域を吸収できるレドックス光増感剤の開発を目指した。

研究の手法と成果

レドックス光増感剤の吸収できる波長範囲を、従来の中心金属や配位子の軌道エネルギーをコントロールする方法で長波長化しようとすると、吸収が長波長化すると励起寿命が短くなるという副作用のために、レドックス光増感剤として機能しなくなってしまう。そこで本研究では、S-T吸収を行うことができるオスミウム錯体の配位子を工夫することによって新たな光増感剤を開発した。通常、量子力学的な制約により、光増感剤が光を吸収した直後には励起一重項のみが生成する。しかし、このオスミウム錯体は、長波長側の可視光を吸収し、基底状態[用語10]から直接、励起三重項状態へ遷移することが可能である。この性質を活用することで、今回用いた配位子との相互作用により可視光全域が利用でき、しかも励起寿命が十分に長いレドックス光増感剤の開発に繋がった(図1グラフ部分)。

図1 オスミウム錯体の可視吸収スペクトル(グラフ部分)、およびオスミウム錯体を光増感剤として用いた二酸化炭素還元光触媒反応(右上)
図1
オスミウム錯体の可視吸収スペクトル(グラフ部分)、およびオスミウム錯体を光増感剤として用いた二酸化炭素還元光触媒反応(右上)

これまでに報告されているレドックス光増感剤は、エネルギーが小さい可視光の長波長部の光を照射しても光触媒反応を起こすことができなかったが、こうして合成されたオスミウム錯体は、比較的長寿命の励起状態と強い還元力を併せ持っていることから、可視光全域を吸収しながら、太陽光の光をより有効に利用できるレドックス光増感剤として機能する。

さらに、この励起三重項状態のオスミウム錯体を、ルテニウム触媒(Ru(CO))と組み合わせて用いることによって、どの波長の可視光を照射しても、二酸化炭素を、クリーンエネルギーとして注目を集める水素の貯蔵物質や化学原料として有用なギ酸へと還元されることも分かった(図1右上部分)。

今後の展開

本研究において、可視光全域を利用できるレドックス光増感剤によって二酸化炭素の資源化が可能であることが実証された。反応の効率がまだ低いため、さらなる性能向上が必要であるが、太陽光をより有効に利用しながら、エネルギー問題へ対応できる人工光合成の新しいシステムが構築できる道が開かれることになった。

用語説明

[用語1] 錯体 : 金属元素や金属類似元素を中心とし、周囲に非金属原子や非金属原子団が立体的に結合してできた物質。

[用語2] 可視光 : 人間の目に見える波長400 nm-800 nmの光で、太陽光の主成分。

[用語3] 光増感剤 : 光を吸収することによって励起状態となり、触媒へと電子を注入する役割を果たす物質。触媒が、この光増感剤から電子を受け取ることによって、光触媒反応が開始される。

[用語4] 光触媒 : 触媒とは、化学反応を起こす物質と同時に存在することで、反応速度を加速または遅滞させながらそれ自身は変化しない物質。光触媒とは、照射された光を吸収することによって化学反応を促進する触媒としての機能を持った物質のこと。

[用語5] 励起 : 原子や分子が外からの光を吸収することによって、エネルギーの低い状態からエネルギーの高い活性状態に移行すること。

[用語6] 励起三重項 : 光を吸収した分子は、含まれる電子の状態により、光吸収に関与した2つの電子の電子スピンの向きが異なる励起一重項と同じ向きの励起三重項の2種類に分類される。一般的に、励起三重項が持つエネルギーは励起一重項より小さい。

[用語7] S-T吸収 : 原子や分子が光を吸収した際、直接、励起三重項を生成できる光吸収のこと。SはSinglet(一重項)、TはTriplet(三重項)の略。

[用語8] レドックス光増感剤 : 触媒に電子を注入することで、二酸化炭素還元の反応を開始させる光増感剤。レドックス(redox)とは還元(Reduction)と酸化(oxidation)の語幹部分の合成語。

[用語9] ギ酸 : 二酸化炭素の還元生成物で、その分子式はHCOOHである。貯蔵や輸送の困難な水素の貯蔵源、化学原料として注目されている。

[用語10] 基底状態 : 原子や分子が光などを吸収する前のエネルギーが低い状態。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Development of a panchromatic photosensitizer and its application to photocatalytic CO2 reduction
著者 :
Mari Irikura, Yusuke Tamaki, Osamu Ishitani
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

教授 石谷治

E-mail : ishitani@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2240 / Fax : 03-5734-2284

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

NHK BSプレミアム「ヒューマニエンス」に伊藤亜紗教授が出演

$
0
0

11月4日放送予定のNHK BSプレミアム「ヒューマニエンス〜潜在能力」に、東京工業大学 科学技術創成研究院 未来の人類研究センター長でリベラルアーツ研究教育院の伊藤亜紗教授が出演します。

当番組は、不確かで不思議な存在である人間の真の姿に迫っていく科学番組です。今回は人間の持つ「潜在能力」の秘密を探ります。

取材では、伊藤教授の著書「目の見えない人は世界をどう見ているのか」(光文社新書)の中にも登場した木下路徳さんとともに大岡山キャンパスを歩きました。

伊藤教授のコメント

人間にはさまざまな潜在能力があると言われますが、その人がその能力を開花させるに至った背景には、しばしば切実な思いや止むに止まれぬ必要性があったはずです。私は、そうした人それぞれの人生の物語の重要性についてコメントしました。番組では目の見えない人の感覚の働き方について脳科学の観点から分析がされるそうで、楽しみです。

伊藤教授

番組情報

  • 番組名:NHK BSプレミアム「ヒューマニエンス」
  • タイトル:潜在能力〜やわらかさという"脳力"〜
  • 放送予定日:2021年11月4日(木)20:00 - 20:59
  • 再放送予定日:2021年11月8日(月)23:45 - 翌0:44

関連リンク

リベラルアーツ研究教育院

リベラルアーツ研究教育院 ―理工系の知識を社会へつなぐ―
2016年4月に発足したリベラルアーツ研究教育院について紹介します。

リベラルアーツ研究教育院(ILA)outer

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

組織の細胞集団に潜む幹細胞のエピゲノム解析手法を開発 がん組織の精密プロファイリングに成功

$
0
0

要点

  • 分子の移動度を評価する統計モデルを組み合わせることで、幹細胞のように多数派細胞に埋もれた少数派細胞も含めて組織全体のエピゲノム情報を解析できる新たな解析技術を開発した。
  • 3 mm×3 mm×10 μmの小さな組織切片1枚から高感度かつ高精度なエピゲノム情報が取り出せる。
  • 従来法より細胞の損失が少なく、細胞にストレスを与えにくい。

概要

筋肉や肝臓といった組織は、多様な種類の細胞から構成され、異なる役割を持つ細胞同士が協調的に働くことで、その機能を実現します。組織を構成する細胞の種類は、遺伝子の組み合わせで決定され、エピゲノムがその組み合わせ方を司ると考えられています。これまでの組織のエピゲノム解析は、幹細胞[用語1]など組織中の少数派細胞の情報が、多数派に埋もれてしまうことが課題となっていました。

九州大学生体防御医学研究所の大川恭行教授、前原一満助教、東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの木村宏教授らは、一辺3 mm厚さ10 μm程度の小さな組織切片に含まれる少数の細胞集団から、高感度かつ高精度なエピゲノム[用語2]情報を抽出する技術を発表しました。この技術は、これまで同グループが発表してきた「クロマチン挿入標識(Chromatin Integration Labeling: ChIL)法(ChIL-seq)」を基礎として、今回さらに組織をターゲットとした解析法を開発しました。

本研究グループは、高感度なChIL-seqの技術と、遺伝子発現を司る分子の移動度を評価する統計モデルを組み合わせ、埋もれた幹細胞の活性化情報を検出する新たな解析技術を開発しました。さらに本技術は、様々なステージの乳がん組織のプロファイリングに有用であることも示しました。この解析技術を使うことで、組織再生や再生医療の応用に必要な幹細胞や、組成が多様ながん組織などの詳細なメカニズムの解明が期待されます。

本研究は、東京工業大学科学技術創成研究院細胞制御工学研究センター(木村宏教授ら)、東京大学定量生命科学研究所(胡桃坂仁志教授ら)、公益財団法人がん研究会がん研究所(斉藤典子部長ら)の研究グループとの共同研究で行われました。

本研究成果は、2021年11月3日(水)午前12時(中央ヨーロッパ時間)に欧州科学雑誌「Molecular Systems Biology」で公開されました。

(参考図)研究成果の概要:高感度なChIL-seqと統計モデルを組み合わせ、 多数細胞に埋もれない組織のエピゲノム解析を可能にした。

  • (参考図)
    研究成果の概要:高感度なChIL-seqと統計モデルを組み合わせ、 多数細胞に埋もれない組織のエピゲノム解析を可能にした。

背景

筋肉や肝臓といった組織は、幹細胞から分化した多様な種類の細胞から構成され、異なる役割を持つ細胞同士が協調的に働くことで、その機能を実現します。組織を構成する細胞の種類は、遺伝子の組み合わせで決定され、DNAやDNAに結合するタンパク質の化学修飾などの「エピゲノム」がその組み合わせ方を決めていると考えられています。大規模なエピゲノム解析は、国家プロジェクトレベルで世界中で進められ、ゲノムのわずか2%と言われる遺伝子に該当する領域の外にある非コード領域の機能的要素が次々と明らかになってきました。上記のプロジェクトでも採用され、業界のスタンダードとなっていたエピゲノム解析法ChIP-seq[用語3]は、解析に数百万~数千万の多量の細胞数を必要とします。さらに、組織のエピゲノム解析では、組織が多様なタイプの細胞の混合物であるため、アンバランスなサンプリングを避けることができません。すなわち、幹細胞など数が限られた、しかし関心の高い細胞の情報は、他の多数の細胞の情報に埋もれてしまいます。たとえ、近年発展の目覚ましい単一細胞解析であっても、細胞の単離(組織から剥がして分取)が必要なことがほとんどで、細胞のロスや、ストレスが避けられないなど、「全細胞を対象としたエピゲノム解析」は非常にハードルの高い課題でした。

研究の内容

本研究グループは、同グループが2019年に発表した少数細胞エピゲノム解析法ChIL-seqを新たに組織のエピゲノム解析法として改良を行い、遺伝子発現の制御因子(RNA Polymerase II[用語4]やヒストン修飾)の移動度を評価するデータ解析手法を組み合わせることで、組織中の埋もれた幹細胞の活性化情報(エピゲノム情報の変化)を検出する新たな解析技術を開発しました。提案した方法は、一辺3 mm程度の小さな組織切片1枚(数千程度の細胞が含まれる)を使って、組織全体のエンハンサー、転写因子[用語5]、および転写が活性化した遺伝子の同定に十分な感度、特異性、再現性を持つことを示しました。組織に特化したChIL-seqは、蛍光付き抗体による組織中のタンパク質局在の可視化といったマイクロスケールの解析と、ChIP-seqより少ない細胞数(1/10,000程度)を用いて、ナノスケール(遺伝子解像度)で全ゲノム領域を対象とする網羅的解析が両立できる随一の解析手法と言えます。

従来の遺伝子発現やエピゲノムデータ解析は、ゲノム上に検出されるシグナルの量(高さ)に注目した定量的な解析が多く行われてきました。高感度かつ高精度なChIL-seqのデータを活用することで、遺伝子周囲のシグナルの「量」と、右肩上がり/下がりなどシグナルの分布形状を表す「形」の情報がより詳細に評価できます。今回の論文では、これら「量」と「形」の情報を取り出す統計モデルを作ることで、組織に占める細胞集団のサイズと、遺伝子活性化の強度情報が個別に得られることを示しました(図1)。すなわち、組織の組成(集団サイズ)のバイアスを受けない遺伝子活性情報が得られることになります。

エピゲノムシグナルの量と形の分離による組織中の細胞集団プロファイリング:シグナルの量と形の変化を見ることで、特定細胞集団の増減や遺伝子の転写活性化を見出すことができる。TSS、TESは遺伝子の先頭と末端(転写開始点と終了点)を示す。

図1
エピゲノムシグナルの量と形の分離による組織中の細胞集団プロファイリング:シグナルの量と形の変化を見ることで、特定細胞集団の増減や遺伝子の転写活性化を見出すことができる。TSS、TESは遺伝子の先頭と末端(転写開始点と終了点)を示す。

さらに、本解析法は、希少なため多量の細胞の入手が難しく、細胞の組成が多様なため解析の難しいがん組織(乳がん)のプロファイリングにも有用であることを示すことができました(図2)。

ChIL-seqによる乳がん組織のプロファイリング:ステージIIBの乳がん組織切片(左上、Origene社より購入)、RNA Polymerase II(赤)の切片上の局在(左下画像)、およびゲノム上のRNA Polymerase IIの局在(右側グラフ;代表的な乳がんマーカー遺伝子周囲)を示した。

図2
ChIL-seqによる乳がん組織のプロファイリング:ステージIIBの乳がん組織切片(左上、Origene社より購入)、RNA Polymerase II(赤)の切片上の局在(左下画像)、およびゲノム上のRNA Polymerase IIの局在(右側グラフ;代表的な乳がんマーカー遺伝子周囲)を示した。

今後の展開

ChIL-seqは、これまで組織を対象としたエピゲノム解析の標準的な手法であったChIP-seqに代わるものとして大きな可能性を秘めています。組織切片上のタンパク質の局在から分かる空間情報と、ゲノムワイドな情報を組み合わせることで、分子~細胞スケールの局所的相互作用の全体である組織の謎に迫ることができると考えています。現代は、情報技術と実験技術両者の相互発展の大きな潮流の只中にあります。この計測・数理科学の相互の発展を通して、新しい生命像や世界の捉え方が生まれることを期待しています。

謝辞

本研究の成果は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)研究領域「数学と情報科学で解き明かす多様な対象の数理構造と活用」における研究課題「生命現象の定性的理解を支援するデータ解析技術の創出JPMJPR2026(研究代表者:前原一満)」、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業( CREST )研究領域「統合 1 細胞解析のための革新的技術基盤」 における研究課題「細胞ポテンシャル測定システムの開発JPMJCR16G1(研究代表者:大川恭行)」、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)研究領域「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」における研究課題「組織特異的ゲノム構造の再構築技術の開発JPMJPR19K7(研究代表者:原田哲仁)」、文部科学省科学研究費新学術領域研究「クロマチン潜在能JP18H05527(領域代表者:木村宏)」、日本学術振興会科学研究費JP19H04970, JP19H03158, JP20H05393, JP18K19432, JP19H03211, JP19H05425, JP20H05368, JP18H05534, JP20H00449, JP18H04802, JP18H05527, JP19H05244, JP17H03608, JP20H00456, JP20H04846, JP18H05527, JP17H01417、日本医療研究開発機構研究費JP19am0101076、JP20am0101076、JP19am0101105、JP20ek0109489h0001、九州大学情報基盤研究開発センター研究用計算機システム 重点支援制度、九州大学生体防御医学研究所共同利用・共同研究などの支援により得られたものです。

用語説明

[用語1] 幹細胞 : 組織や器官を構成する分化した細胞の元となる細胞。多能性を持つ胚性幹細胞やiPS細胞などがよく知られているが、特定の細胞にのみ分化するような成体幹細胞も存在する。これらの幹細胞は存在量が少なく、その解析が難しい。

[用語2] エピゲノム : 後天的なゲノム制御情報。DNAの塩基配列に加えて、DNAそのものやDNAに強く結合するヒストンの化学修飾(ヒストン修飾)などにより、遺伝子の発現が制御される。エピゲノム情報を解読することにより、種々の細胞内で使われる遺伝子と使われない遺伝子がどのように区別されるか、調べることができる。

[用語3] ChIP-seq(クロマチン免疫沈降シーケンス法) : 解析のターゲットとなるタンパク質が結合した位置の近くのDNA配列を取得することで、ゲノム中のタンパク質結合位置を網羅的に同定することができる方法。

[用語4] RNA Polymerase II : 遺伝子のDNA配列を読み取り、コピーであるmRNAを作る(転写する)ためのタンパク質。

[用語5] 転写因子 : 特定のDNA配列に結合し、遺伝子の発現を制御するタンパク質の総称。転写因子が結合するゲノム領域は、機能や制御される遺伝子からの距離に応じて、プロモーターやエンハンサーと呼び分けられている。

論文情報

掲載誌 :
Molecular Systems Biology. 2021
論文タイトル :
Modeling population size independent tissue epigenomes by ChIL-seq with single thin sections
著者 :
Kazumitsu Maehara, Kosuke Tomimatsu, Akihito Harada, Kaori Tanaka, Shoko Sato, Megumi Fukuoka, Seiji Okada, Tetsuya Handa, Hitoshi Kurumizaka, Noriko Saitoh, Hiroshi Kimura, and Yasuyuki Ohkawa*
DOI :

お問い合わせ先

九州大学 生体防御医学研究所

教授 大川恭行

E-mail : yohkawa@bioreg.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-642-4534 / Fax : 092-642-6526

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

教授 木村宏

E-mail : hkimura@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5742

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ 舘澤博子

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3526 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

九州大学 広報室

E-mail : koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-802-2130 / Fax : 092-802-2139

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京大学 定量生命科学研究所 総務チーム

E-mail : soumu@iqb.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-7813 / Fax : 03-5841-8465

がん研究会 広報課

E-mail : ganken-pr@jfcr.or.jp
Tel : 03-3570-0775 / Fax : 03-3520-0141

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

シミュレーションでスケートボードの技の力学的メカニズムを解明 効率的な指導やボード開発への応用に期待

$
0
0

要点

  • スケートボードの基本的なトリック(技)である人とボードが一緒にジャンプする「オーリー」の力学的メカニズムを独自のシミュレーション技術により再現。
  • ボードが浮き上がるのは、スケーターの後足の踏み込み時に、てこの原理によりボードの重心が上向きの速度を持つため。
  • 効率的なトリックの習得や指導、さらにはボード開発への応用が期待される。

概要

東京工業大学 工学院 システム制御系の中島求教授と、同系修士課程の千田陽平大学院生(研究当時)の研究グループは、スケートボードの最も基本的なトリック(技)の一つである「オーリー」の力学的メカニズムを解明した。

バイオメカニクス(生体力学)[用語1]スポーツ工学[用語2]などを専門とする中島研究室では、人や人を含むシステムの諸問題の解明に向けて多角的な研究を進めている。

今回、分析を行ったスケートボードの技であるオーリーは、人とボードが一緒にジャンプする技で、スケーターのジャンプとともに、ボードも足に吸い付いているかのように浮き上がる。中島教授らは、光学式モーションキャプチャ[用語3]によって実際のスケーターのジャンプをデータ化した上で、独自のシミュレーション技術により、シミュレーション空間内でジャンプを再現。スケーターの足部、ボード、地面のそれぞれに作用する力や速度を算出して詳細に分析した結果、ボードが浮き上がるのは、スケーターの後足の踏み込み時に、てこの原理によりボードの重心が上向きの速度を持つためであることが分かった。

未解明であった技のメカニズムをシミュレーションで解明した本研究により、これまで感覚頼りであったトリックの習得や指導における効率向上、さらにはトリックを行いやすいボードの開発などへの応用が期待される。

本成果は電子英文学術誌「Mechanical Engineering Journal」に10月15日に掲載された。

背景

中島研究室では、システム工学や機械工学の視点に基づき、人や人を含んだシステムの問題の解明、さらにその解決を目指し、バイオメカニクス(生体力学)、スポーツ工学、バイオロボティクス[用語4]福祉工学[用語5]分野の多角的な研究に取り組んでいる。

本研究では、国際的スポーツイベントなどでの日本選手の活躍によって大きな注目を集めながら、そのトリック(技)の力学的メカニズムがまったく解明されていなかったスケートボードの基本的な技の一つ「オーリー」を取り上げた。

オーリーでは、スケーターがジャンプをするとともに、ボードも足に吸い付いているかのように浮き上がる。スケートボードではスノーボードと異なり足とボードはつながっていない。にも関わらず、なぜそのようなことが可能なのか。これまで、科学的にこの現象の説明に取り組んだ研究は存在していなかった。そこで当研究グループでは、モーションキャプチャとシミュレーション解析により、この現象を力学的に解明しようと試みた。

研究の手法と成果

中島教授らはまず、実際のスケーターがオーリーのジャンプを行う様子について、多数の赤外線カメラを使って計測する光学式モーションキャプチャシステムによってスケーターの足部の運動データを取得した。

続いて、ボードについての運動方程式からボードの動きを時々刻々求めるシミュレーションモデルを独自に構築し、そのモデルに、計測した足部運動データを入力してやることにより、シミュレーション空間上においてオーリーの動きを再現。再現されたシミュレーション空間中でのオーリーにおいて、スケーター、ボード、地面それぞれに作用する力を算出し、スケーターとボードと地面の間で、どのような力のやり取りがなされているのかを詳細に分析した。

以下の図が、シミュレーションによって再現されたオーリーのジャンプの様子である。

図1 シミュレーションにより再現されたオーリーのジャンプ(横から見た図。画面左側から右側に進行)。

図1. シミュレーションにより再現されたオーリーのジャンプ(横から見た図。画面左側から右側に進行)。

1.
ジャンプ前の滑走状態(図1a)。図の左から右へと進行している状態のスケートボードとスケーターの足部分を表す。
2.
滑走状態から前足(右側)を浮かせ、左側の後ろ足を踏み込むことによって、てこの原理によりボード全体が上向きの速度(黒い直線の矢印)を得て、反時計回りの回転を始める(図1b)。このとき回転の中心は後輪にある。
3.
後輪を中心としてスケートボードが回転し、ボードの前輪が高く上がる(図1c)。この過程で後ろ足がボードから離れる。
4.
続いてすぐ、テール(ボード後端)が地面に当たる。この衝突によってボード全体が浮き上がり、同時にボードの回転運動の中心が後輪からテールに変化するが、最初の上向きの速度は保たれる(図1d)。
5.
この上向きの速度でボード全体は上昇を続け、最終的にボードが完全に空中に浮きあがる(図1e)。このとき前足がボードに接触し、ボードの角度が調整されることにより、ボードが水平に近くなり、あたかも足にボードが吸い付いているように見える。

以上が、モーションキャプチャで得たデータをもとに、シミュレーションによる解析を行った結果解明された、オーリーのジャンプのメカニズムである。

また、分析からは、オーリーを成功させるためには、後ろ足で十分な速度をつけて踏み込むことに加え、テールが地面に衝突する前に、ボードの回転運動を阻害しないよう、前足だけでなく後ろ足もボードから離れていることが必要であることなども明らかになった。

動画

今後の展開

今回、オーリーの力学的メカニズムが解明されたことにより、初心者がこの技を習得するにあたっても、より効率的な練習や指導が可能になると考えられる。すなわち、これまでは現場や動画で見た上級者のトリックの様子を参考に、いわば見よう見まねで練習を行っていたところが、動き全体の仕組みを理解した上で、どの段階が正しく行えていないかまで自分で把握できるようになり、より短期間での習得が可能になると考えられる。またスケートボードの指導者も、メカニズムに基づいて理論的な指導が行えるようになる。さらにスケートボード開発企業にとっては、よりトリックを実現しやすいボードを新たに開発することも可能になるであろう。

用語説明

[用語1] バイオメカニクス(生体力学) : 機械などの人工物に適用されていた力学の視点を、人間や動物といった生体に応用する学際的な研究分野。運動や日常の動作など、さまざまな対象について力学解析を行い、傷害など人間に起こる問題の予防や解決、また人が用いる道具や機械の開発設計を行う。

[用語2] スポーツ工学 : 従来は生理学や体育学の視点からの研究がほとんどだったスポーツに対し、工学の視点からアプローチする研究分野。主な利用目的はスポーツ用具の製品設計だが、そのための基礎研究として工学の視点からスポーツを行なう人間自身の研究も行なわれている。

[用語3] モーションキャプチャ : 3次元における人間や動物などの動きを取り込み、デジタルデータ化する手法のこと。動作主体の頭、手足、関節などに印やセンサーを付け、磁気や光などを使って動きを連続的なデータとして取り込んでいく方法などがある。

[用語4] バイオロボティクス : 生体の動きをロボットで模倣して生体自身の研究に役立てたり、それにヒントを得て新しい形態・構造・機能を持ったロボットを開発する研究分野。

[用語5] 福祉工学 : 障碍者や高齢者などのQOL(Quality of Life)を向上させるための道具・装置・機械を開発する研究分野。

論文情報

掲載誌 :
Mechanical Engineering Journal
論文タイトル :
Simulation study to elucidate the mechanism of ollie jump in skateboarding
著者 :
Motomu Nakashima and Yohei Chida
DOI :

工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に発足した工学院について紹介します。

工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 システム制御系

教授 中島求

E-mail : motomu@sc.e.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-2586

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ペンギンが翼をしなやかに変形させ、効率よく泳ぐメカニズムを解明 ペンギン型水中推進ロボットへのバイオミメティクス応用に期待

$
0
0

要点

  • 長崎ペンギン水族館にて、羽ばたいて前進遊泳するペンギンを最大14台の水中ビデオカメラで同時撮影。取得した動画により、世界で初めてペンギン遊泳の3次元運動解析を行い、推進力発生メカニズムを解明。
  • ペンギンの翼が羽ばたき中に曲げ変形することを初めて計測し、その曲げ変形が推進効率を約80%向上させることを流体力学計算により推定。
  • ペンギンを模倣した、しなやかな羽ばたき翼による新しい水中推進ロボットへの応用に期待。

概要

東京工業大学 工学院 機械系の原田夏輝大学院生(修士課程2年)と田中博人准教授らは、ペンギンが水中で羽ばたいて前進する様子を長崎ペンギン水族館にて最大14台の水中ビデオカメラで同時撮影し、世界初の3次元運動解析を行って推進力発生メカニズムを明らかにした。

ペンギンは左右の翼を複雑に動かして推進する。その3次元運動解析には、水中で多方向から同時に広範囲を高解像度で撮影する必要がある。その困難さから、これまでペンギンの羽ばたき遊泳の3次元運動解析が行われたことはなく、遊泳中の翼がどのように動き、どのように推進力が生まれるのか、その詳細は明らかではなかった。

本研究により体と翼の詳細な動きが初めて明らかになった。その結果、翼の打ち上げと打ち下ろし[用語1]が、それぞれほぼ等しい推進力を発生することが分かった。さらに、翼が打ち上げ中に曲げ変形することを発見し、これが推進効率を約80%向上させることを流体力学計算により推定した。

今回の研究結果は、俊敏な水中遊泳(旋回や加減速など)を可能にするペンギンの翼の複雑な動作メカニズムの解明や適応進化の理解に貢献するもので、今後、ペンギンの羽ばたきを模倣(バイオミメティクス、生物模倣)することで、推進効率の良い水中ロボット開発にも役立つことが期待される。

この研究成果は、Journal of Experimental Biology 電子版にて、現地時間11月3日に掲載された。

研究成果

原田夏輝大学院生と田中博人准教授らは、長崎ペンギン水族館の協力の下、羽ばたいて前進するジェンツーペンギンの3個体を最大14台の水中ビデオカメラで撮影した。取得した画像を用いて3次元運動解析を行い、翼(よく)と胴体の運動および翼変形を計算した(図1)。また、翼の縮小模型を3Dプリンタで製作して、回流水槽で翼模型の流体力を計測し、ペンギン翼の流体力学的な翼特性を取得した。これらの遊泳中の運動と翼変形および翼特性を統合して、遊泳中に翼が発生する流体力を計算し、推進力(前進方向の力)の発生メカニズムを調べた。

図1 水槽内にチェーンと浮きで構築した計測空間(左)と、取得した画像上での羽ばたき1周期中の解析部位の軌跡と翼形状の例(右)。
図1
水槽内にチェーンと浮きで構築した計測空間(左)と、取得した画像上での羽ばたき1周期中の解析部位の軌跡と翼形状の例(右)。

その結果、ペンギンの翼は、打ち上げと打ち下ろしが、それぞれほぼ等しい推進力を発生することが分かった。これは、空中を飛翔する鳥が打ち下ろし時に打ち上げ時よりも大きな力を発生するのとは異なる。

また翼は、打ち上げ時に下向き(腹側)に大きく(20度以上)曲がることが分かった(図2(左))。打ち下ろし時の曲げ変形は、上向き(背側)で小さかった(約10度)(図2(右))。

図2 正面から見た打ち上げ中の翼形状(左)と打ち下ろし中の翼形状(右)の例。
図2
正面から見た打ち上げ中の翼形状(左)と打ち下ろし中の翼形状(右)の例。

さらに、翼の曲げ変形がある場合と、翼の曲げ変形仮想的に無くして平坦にした場合とで、発生する推進力と効率を比較した(図3)。その結果、翼の曲げ変形は、推進力をほぼ保ったまま推進効率を約80%向上させた。これは、しなやかな翼の変形が、水中での効率的な羽ばたき推進に貢献することを示唆する。

図3 ペンギンに働く力の打ち上げ中の平均(A)、打ち下ろし中の平均(B)、および打ち上げと打ち下ろしの1周期の平均(C)(黒矢印:体の質量と加速度から計算した全体の力。赤矢印:翼の運動から計算した、翼が発生する流体力。青矢印:翼が曲げ変形しないと仮定して計算した、翼が発生する流体力)。曲げ変形が無いと仮定した場合の翼の流体力(青矢印)は、打ち上げと打ち下ろしでの下・上方向の成分は増加するが(A, B)、1周期での前進方向の成分(推進力)は若干減少するため(C)、推進効率が低下する。
図3
ペンギンに働く力の打ち上げ中の平均(A)、打ち下ろし中の平均(B)、および打ち上げと打ち下ろしの1周期の平均(C)(黒矢印:体の質量と加速度から計算した全体の力。赤矢印:翼の運動から計算した、翼が発生する流体力。青矢印:翼が曲げ変形しないと仮定して計算した、翼が発生する流体力)。曲げ変形が無いと仮定した場合の翼の流体力(青矢印)は、打ち上げと打ち下ろしでの下・上方向の成分は増加するが(A, B)、1周期での前進方向の成分(推進力)は若干減少するため(C)、推進効率が低下する。

動画

背景

ペンギンは水中遊泳に適応して進化した鳥類であり、翼を羽ばたかせて推進する。これまでペンギンの遊泳については、野生環境での生態が数多く調査され、速い遊泳速度や深い潜水深度などの優れた遊泳能力が知られてきた。しかし「翼は水中でどのように動き、どのように推進力が生まれるのか」という推進メカニズムの研究は数少なく、理解は限定的だった。また「翼は変形するのか?変形は推進に影響するのか?」という疑問への答えは、未知だった。さらに「なぜ鳥類(ペンギン)が水中に進出して繁栄できたのか」という生物学的な問いに対しても、推進メカニズムに不明点が多かったために、答えは明確ではなかった。

今後の展開

今回の研究で明らかにした前進遊泳での推進メカニズムに基づいて、ペンギンが旋回や加減速などの俊敏な遊泳を実現するメカニズムの研究に展開したい。さらに、ペンギンの羽ばたきを模倣(バイオミメティクス、生物模倣)した俊敏で効率的に泳ぐ水中遊泳ロボットへの応用が期待される。

用語説明

[用語1] 打ち上げと打ち下ろし : 打ち上げは、腹側から背側への羽ばたき。打ち下ろしは、背側から腹側への羽ばたき。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Experimental Biology
論文タイトル :
Kinematics and hydrodynamics analyses of swimming penguins: wing bending improves propulsion performance
著者 :
Natsuki Harada, Takuma Oura, Masateru Maeda, Yayi Shen, Dale M. Kikuchi, Hiroto Tanaka
DOI :

工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に発足した工学院について紹介します。

工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 機械系

准教授 田中博人

E-mail : tanaka.h.cb@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2114

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

Viewing all 4086 articles
Browse latest View live


<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>