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新しい半導体物質「硫化ホウ素シート」の生成に成功

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概要

硫化ホウ素シートは、ホウ素と硫黄から構成される原子4層の厚みの二次元状に広がった物質で、優れた熱電特性や水素吸蔵特性を示すことが理論的に予測されていました。しかしながら、これまでに実際に合成あるいは観測された報告はありませんでした。本研究では菱面体硫化ホウ素という層状の物質の表面を剥離することにより、硫化ホウ素シートの生成に成功しました。

分析の結果、この硫化ホウ素シートは、ホウ素と硫黄が共有結合した半導体であり、このシートを重ね合わせることで、バンドギャップが最大で1.0 eV(エレクトロンボルト)程度変化することが分かりました。これは、太陽電池やトランジスタなどの電子デバイス部品や、光触媒として用いる上で重要な特性です。さらに、電子の有効質量が軽いという性質を持ったn型半導体であることが計算により示されました。

今後、理論予測されていた熱電材料や水素貯蔵材料としての応用に加え、電子デバイスの半導体部品としての利用や、光触媒としての応用、光に反応するセンサー材料など、幅広い分野への展開が期待されます。

本成果は2021年10月27日(現地時間)に英国科学誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載されました。

研究代表者

  • 筑波大学 数理物質系 近藤剛弘 准教授
  • 東京工業大学 理学院 物理学系 豊田雅之 助教
  • 高知工科大学 環境理工学群 藤田武志 教授
  • 東京農工大学 大学院工学研究院 山本明保 准教授
  • 名古屋大学 工学研究科 徳永智春 助教
  • 高エネルギー加速器研究機構 堀場弘司 准教授

背景

ホウ素化合物はさまざまな安定構造を示すことが知られており、硫黄とホウ素が1:1の割合で構成される硫化ホウ素シートにも安定構造が存在することが理論的に予測されていました。その中には、超伝導を示す物質から半導体となる物質までが含まれており、優れた熱電性能[用語1]水素吸蔵特性[用語2]を示すことも予測されていました。いずれの場合も、原子4層程度の厚みで構成される二次元状に広がった物質であることは予測されていましたが、これまでに実際に合成された報告や観測された報告はありませんでした。

研究内容と成果

本研究では、菱面体硫化ホウ素という層状の物質を剥離することで、硫化ホウ素シートを生成することに成功しました。

スタート物質として選んだ菱面体硫化ホウ素は、これまでに数件しか合成報告のない物質であったため、まず純度の高い菱面体硫化ホウ素の合成条件を調べ、ホウ素と硫黄を原子数比1:1で混合し、5.5 GPaという高圧状態で1,873 Kに加熱したのち室温まで急冷すると、菱面体硫化ホウ素を合成できることを確認しました。また、X線回折[用語3]の解析により、この条件で合成した試料は純度99.2%以上であり、走査電子顕微鏡と電子線マイクロアナライザー測定により、この試料がホウ素と硫黄のみで構成されていることが分かりました(図1)。また、X線光電子分光分析[用語4]第一原理計算[用語5]を用いて、構造やホウ素と硫黄の結合状態を確認するとともに、ラマン分光測定[用語6]からも高純度であることが裏付けられました。さらに、725 Kまでの加熱に対しても安定であることが示されました。

図1 菱面体硫化ホウ素の走査電子顕微鏡(上段)および電子線マイクロアナライザー観察(中段・下段)の結果。黄色は硫黄、緑はホウ素の部分を示す。両者が電子顕微鏡像と同じ形をしていることから、観察している試料が全て硫黄とホウ素で構成されていることが分かる。
図1
菱面体硫化ホウ素の走査電子顕微鏡(上段)および電子線マイクロアナライザー観察(中段・下段)の結果。黄色は硫黄、緑はホウ素の部分を示す。両者が電子顕微鏡像と同じ形をしていることから、観察している試料が全て硫黄とホウ素で構成されていることが分かる。

次に、この菱面体硫化ホウ素を透過電子顕微鏡で観察したところ、剥離された硫化ホウ素シートが試料内に存在していることが分かりました(図2)。このシートは、第一原理計算でも安定であることが示され、図3aのような構造をしています。このシートを重ねていくと、バンドギャップ[用語7]が最大で1.0 eV程度も変化し(図3b)、カソードルミネッセンスという測定や、励起―発光マトリックス測定や紫外―可視吸収分光測定という測定においても、同様の結果が得られました。また、硫化ホウ素シートは、電子の有効質量[用語8]が軽いという性質を持ったn型半導体[用語9]であることが計算により示されました。

図2 (a)菱面体硫化ホウ素の透過電子顕微鏡像。試料から剥離されたシートが中央に見られる。(b)硫化ホウ素シートの透過電子顕微鏡像。A-A‘の間には57個の輝点が観察され、それぞれの輝点間隔の0.18 nm(ナノメートル)が並んでいる原子の間隔(図3aの赤矢印の距離)に対応する。
図2
(a)菱面体硫化ホウ素の透過電子顕微鏡像。試料から剥離されたシートが中央に見られる。(b)硫化ホウ素シートの透過電子顕微鏡像。A-A‘の間には57個の輝点が観察され、それぞれの輝点間隔の0.18 nm(ナノメートル)が並んでいる原子の間隔(図3aの赤矢印の距離)に対応する。
図3 (a)硫化ホウ素シートの構造、および(b)バンドギャップの積層層数依存性。HSE06とLDAは第一原理計算の計算手法の違いを表す。
図3
(a)硫化ホウ素シートの構造、および(b)バンドギャップの積層層数依存性。HSE06とLDAは第一原理計算の計算手法の違いを表す。

さらに、菱面体硫化ホウ素をスコッチテープ法[用語10]により剥離して硫化ホウ素シートのみを作成し、原子間力顕微鏡によって試料を観察すると、剥離前は厚み130 ナノメートル程度であったのに対して、剥離後は厚み1 ナノメートル(原子数層分程度)の非常に薄いシートが観察されました(図4)。また、X線光電子分光により、硫化ホウ素シートは、菱面体硫化ホウ素と同様に、ホウ素と硫黄が共有結合性の結合をしていることが分かりました。

図4 (a)菱面体硫化ホウ素、および(b)これより剥離した硫化ホウ素シートの原子間力顕微鏡観察結果。(c)と(d)は、A-A‘とB-B’の間の試料の厚み(ラインプロファイル)をそれぞれ示している。
図4
(a)菱面体硫化ホウ素、および(b)これより剥離した硫化ホウ素シートの原子間力顕微鏡観察結果。(c)と(d)は、A-A‘とB-B’の間の試料の厚み(ラインプロファイル)をそれぞれ示している。

硫化ホウ素シートを利用したデバイスへの応用例として、物質に当たる光の波長によって電流の発生のオンオフを制御できる光電気化学的スイッチを作製したところ、菱面体硫化ホウ素では可視光の照射でも電流が流れるのに対して、硫化ホウ素シートでは紫外光を照射した場合にのみ電流が流れるという、光スイッチング特性を持つデバイスが得られました(図5)。

図5 (a)菱面体硫化ホウ素および(b)硫化ホウ素シートの光照射による電気化学的光電流応答の照射光波長依存性(20秒ごとに光のOnとOffを切り替えた際の電流の変化)。紫:610 nm以上の波長の光照射、緑:422 nm以上の波長の光照射、赤:400 nm以上の波長の光照射、青:350 nm以上の波長の光照射。菱面体硫化ホウ素では422 nm以上の波長(可視光)の光照射(緑)でも電流が流れている(光照射のOnとOffに応じて電流が変化している)のに対して、硫化ホウ素シートでは350 nm以上の波長の光照射(青)(紫外光の照射)でのみ電流が流れている。
図5
(a)菱面体硫化ホウ素および(b)硫化ホウ素シートの光照射による電気化学的光電流応答の照射光波長依存性(20秒ごとに光のOnとOffを切り替えた際の電流の変化)。紫:610 nm以上の波長の光照射、緑:422 nm以上の波長の光照射、赤:400 nm以上の波長の光照射、青:350 nm以上の波長の光照射。菱面体硫化ホウ素では422 nm以上の波長(可視光)の光照射(緑)でも電流が流れている(光照射のOnとOffに応じて電流が変化している)のに対して、硫化ホウ素シートでは350 nm以上の波長の光照射(青)(紫外光の照射)でのみ電流が流れている。

今後の展開

硫化ホウ素シートは軽い元素からなり、非常に薄く、電子の有効質量の小さいn型半導体であるため、サイズの微小化が求められる電子デバイスにおいて、新しい半導体部品となる可能性があります。特に、硫化ホウ素シートを重ね合わせる枚数を制御することで、バンドギャップを最大で1.0 eV程度も変化させることができます。これは、太陽電池やトランジスタなどの電子デバイス部品や、光触媒として用いる上で重要な特性です。このため、理論予測されていた熱電材料や水素貯蔵材料としての応用に加え、光触媒や電池材料、光に反応するセンサー材料などへの展開も考えられます。

付記

本研究は元素戦略プロジェクト/研究拠点形成型 東工大元素戦略拠点(JPMXP0112101001)、科学研究費助成事業(JP19H01823, JP19H02551, JP19H05046:A01, JP21H00015:B01)、公益財団法人 小笠原科学技術振興財団、MHI Innovation Accelerator LLCの支援の下実施しました。また、一部の測定は高輝度光科学研究センター(JASRI/SPring-8)(Proposal No. 2019A0068)およびNIMS蓄電池基盤プラットフォームで行われました。

用語説明

[用語1] 熱電性能 : 熱を電気に変える性能。

[用語2] 水素吸蔵特性 : 水素ガスを物質内に吸収あるいは物質の表面に吸着させる性質。

[用語3] X線回折 : 物質にX線を照射すると、X線は物質を構成する原子の周りにある電子により散乱される。原子や分子が規則的に並んだ物質(結晶)の場合、散乱されたX線は原子や分子の並び方(結晶構造)に応じて回折パターンと呼ばれる独特な強度分布を示す。この現象を利用して結晶構造を調べることができる。本研究では、大型放射光施設SPring-8 のビームラインBL02B2を用いて解析を行った。

[用語4] X線光電子分光分析 : 物質の表面にX線を照射すると原子の内部から電子が飛び出す現象を利用して、表面の元素とその化学状態を分析する方法。

[用語5] 第一原理計算 : 経験的なパラメータを含むことなく、量子力学の最も基本的な原理に立脚して電子状態を計算する手法。

[用語6] ラマン分光測定 : 物質に光を入射すると光と物質の相互作用の結果、入射光の振動数が変化するという光散乱現象(ラマン効果)を利用し、物質の構造についての情報を得る手法。

[用語7] バンドギャップ : 半導体や絶縁体における電子が存在できないエネルギー帯。価電子帯の最上部と伝導帯の最下部のエネルギー差がバンドギャップのエネルギー。さまざまな電子デバイスに用いられるシリコンでは1.12 eV、ワイドギャップ半導体と呼ばれる窒化ガリウムでは3.39 eVであることが知られている。

[用語8] 有効質量 : 固体中の電子やホールは、真空中の自由電子の質量に対して、見かけ上異なる質量を持っているように観測される。この見かけ上の質量を有効質量という。

[用語9] n型半導体 : 電流の担い手となる荷電粒子が電子である半導体。

[用語10] スコッチテープ法 : 層状構造の物質の表面を、粘着性のテープを用いて繰り返しはがすことにより、原子1層の極薄膜を作る方法。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Materials Chemistry A
論文タイトル :
Crystalline boron monosulfide nanosheets with tunable bandgaps
(バンドギャップが可変な硫化ホウ素ナノシート結晶)
著者 :
H. Kusaka(日下陽貴)†, R. Ishibiki(石引涼太)†, M. Toyoda(豊田雅之)†, T. Fujita(藤田武志), T. Tokunaga(徳永智春), A. Yamamoto(山本明保), M. Miyakawa(宮川仁), K. Matsushita(松下恭介), K. Miyazaki(宮﨑啓佑), L. Li(Linghui Li), S. L. Shinde(Satish Laxman Shinde), M. S. L. Lima(Mariana S. L. Lima), T. Sakurai(櫻井岳暁), E. Nishibori(西堀英治), T. Masuda(増田卓也), K. Horiba(堀場弘司), K. Watanabe(渡邊賢司), S. Saito(斎藤晋), M. Miyauchi(宮内雅浩), T. Taniguchi(谷口尚), H. Hosono(細野秀雄) and T. Kondo(近藤剛弘)
†These authors contribute equally
DOI :

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トポロジカル絶縁体と磁気トンネル接合を集積した次世代不揮発性メモリSOT-MRAMの実証に成功 超低消費電力SOT-MRAMの実用化へ加速

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要点

  • トポロジカル絶縁体と磁気トンネル接合を集積したSOT-MRAM素子を作製。
  • 比較的高いトンネル磁気抵抗効果による読み出しと、トポロジカル絶縁体による低電流密度の書き込みを実証。
  • 電子回路の待機電力を大幅に削減できる次世代不揮発性メモリとして、実用化の加速に期待。

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系のファム・ナム・ハイ准教授と米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校のカン・ワン教授を中心とした国際研究チームは、トポロジカル絶縁体[用語1]磁気トンネル接合(MTJ)[用語2]を集積したスピン軌道トルク磁気抵抗メモリ(SOT-MRAM)素子の作製と、比較的高いトンネル磁気抵抗効果による読み出しおよびトポロジカル絶縁体による低電流密度の書き込みの実証に成功した。

SOT-MRAMは、スピンホール効果[用語3]による純スピン流を用いて、高速で書き込みができる次世代の不揮発メモリ技術である。書き込み電流と電力を下げるためには、スピンホール効果が強いトポロジカル絶縁体を用いることが有望であるが、トポロジカル絶縁体と磁気トンネル接合との集積技術はこれまで確立されていなかった。今回の研究では、トポロジカル絶縁体と磁気トンネル接合を集積できることを示し、読み出しと書き込みの原理動作の実証に成功した。本研究成果により、産業界を巻き込んだ超低消費電力SOT-MRAMの研究開発が加速されると期待できる。

本研究成果は、10月29日付(英国時間)の英国の学術誌「Nature Communications」に掲載された。

背景

現代社会では、様々な情報通信機器(Information and Communication Technology; ICT)が普及しており、2050年にはICT機器の消費電力が日本の全電力量の約60%に上ると予測される。一方で、半導体集積回路の微細化によって、トランジスタの漏れ電流の増大が顕著になり、電子回路の待機電力はすでに消費電力の約50%に達している。無策のままでは、2050年には全電力の約30%がICT機器の待機電力として無駄に消費されるようになってしまう恐れがある。そのため、電子回路の待機電力を大幅に削減できる次世代不揮発性メモリ技術の開発が急務である。

磁気抵抗メモリ(MRAM)はランダムアクセスメモリの一種であり、不揮発性に加えて、高速動作、高い耐久性など非常に優れた特性を持つ。そのため、不揮発性メモリと集積回路の融合に適した技術の最有力候補とされ、世界中で研究開発が盛んに行われている。MRAMの書き込み技術としては、スピン・トランスファー・トルク法(Spin transfer torque; STT)が研究開発され、現在の製品ですでに使われている。このSTT法では、MTJ素子の磁化固定層から磁化自由層にスピン偏極電流を注入し、磁化自由層に磁化反転を起こして、データを書き込む。しかしSTT法には、MRAMの書き込みエネルギーが従来の揮発性メモリよりも1桁大きいという課題が残っている。また、STT-MRAMの書き込み電流が大きいため、サイズの大きなトランジスタを使う必要があり、既存のワーキングメモリであるDRAM並みのビット密度を実現することは難しかった。

研究の経緯

ファム准教授らは、スピンホール効果によって発生する純スピン流によるスピン軌道トルク(Spin orbit torque:SOT)を用いた磁化反転技術に着目した。SOT-MRAMでは、スピンホール効果のスピンホール角(θSH)がθSH>1であるとともに、高い電気伝導性を示すスピンホール材料を開発できれば、メモリ素子の磁化反転に必要な電流を1桁、エネルギーを2桁以上も下げることができる。ところが、工業的によく研究されてきた純スピン流源の重金属(タンタル、プラチナ、タングステンなど)はθSHが0.1~0.4程度と小さい。そこで、重金属の代わりとするため、スピンホール角が大きいトポロジカル絶縁体がスピンホール材料として検討されてきた。しかしMRAMでトポロジカル絶縁体と磁気トンネル接合を集積するには、トポロジカル絶縁体の結晶構造がMRAMによく使われている磁性金属と異なることや、高温プロセスにおけるトポロジカル絶縁体から磁性金属への元素拡散などの問題があり、これまで集積技術は確立されていなかった。

研究成果

共同研究チームはSOT-MRAM素子の作製にあたって、分子線エピタキシャル結晶成長法[用語4]を用いて製膜した(Bi,Sb)2Te3トポロジカル絶縁体、または工業生産に適するスパッタリング法[用語5]を用いて製膜したBiSbトポロジカル絶縁体を下部電極に配置した。さらにトポロジカル絶縁体と似た結晶構造を持つRu(5 nm)を中間層に、その上にCoFeB(2.5 nm)/ MgO(2 nm)/ CoFeB(5 nm)のMTJを製膜した。次に、磁性層のCoFeBを結晶化させるために、250℃~300℃の温度で熱処理を行った。最後に、3端子のSOT-MRAM素子を作製した。

図1(a)と図1(b)には素子の模型と実際の素子の写真を示す。実際のSOT-MRAM素子サイズは4×8 µm2 ~ 100×200 nm2と小さい。図1(c)にファム准教授のグループでスパッタリング法のみで作製したBiSbトポロジカル絶縁体-磁気トンネル接合のSOT-MRAM素子(1×3 µm2)におけるトンネル磁気抵抗効果を示す。この素子は、トポロジカル絶縁体を集積した磁気トンネル接合を250℃で熱処理したにもかかわらず、90%という比較的高い抵抗変化を達成した。また、図1(d)に示すように、スピン軌道トルクによる低電流密度による書き込みに成功した。

この実証実験により、トポロジカル絶縁体と磁気トンネル接合を集積でき、読み出しと書き込みの原理動作ができることを初めて示すことができた。

図1 (a)トポロジカル絶縁体とCoFeB/MgO/CoFeB磁気トンネル接合(MTJ)をを集積した3端子SOT-MRAM素子の模型と(b)実際の素子の写真。(c)スパッタリング法のみで作製したBiSb-MTJ素子におけるトンネル磁気抵抗効果。(d)スピン軌道トルクによる書き込みの実証。
図1
(a)トポロジカル絶縁体とCoFeB/MgO/CoFeB磁気トンネル接合(MTJ)をを集積した3端子SOT-MRAM素子の模型と(b)実際の素子の写真。(c)スパッタリング法のみで作製したBiSb-MTJ素子におけるトンネル磁気抵抗効果。(d)スピン軌道トルクによる書き込みの実証。

今後の展開

今回の研究で、トポロジカル絶縁体と磁気トンネル接合を集積し、原理動作を確認できたため、今後は産業界を巻き込んだ超低消費電力SOT-MRAMの研究開発が加速されると期待できる。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「トポロジカル表面状態を用いるスピン軌道トルク磁気メモリの創製」(研究代表者:ファム ナムハイ、課題番号:JPMJCR18T5)からの支援を受けて実施された。

用語説明

[用語1] トポロジカル絶縁体 : 内部には絶縁体のような状態でありながら、その表面には金属的な伝導状態を有する物質群。

[用語2] 磁気トンネル接合(MTJ) : 磁性体(磁化固定層)/ 絶縁体 / 磁性体(磁化自由層)の三層構造からなる接合で、抵抗が二つの磁性体の磁化の相対的な向きに依存するメモリ素子。磁化が平行な場合、抵抗が小さく、磁化が反平行な場合、抵抗が大きい(これはトンネル磁気抵抗効果と呼ばれる)。従って、抵抗値を測定することによって、1ビットのデータを読み出すことができる。また、磁化自由層の向きを反転させることによって、データを書き込むことができる。

[用語3] スピンホール効果 : スピン軌道相互作用が大きな材料で、電流と垂直な方向にアップスピンとダウンスピンがたがいに逆向きに流れ、純スピン流が発生する現象。この純スピン流を磁化自由層に注入することによって、磁化に働くトルクが発生し、磁化反転を起こすことができる。ここで生じた純スピン流は、垂直(膜厚)方向には正味の電荷移動の代わりに、スピン角運動量を運ぶことができる。

[用語4] 分子線エピタキシャル結晶成長法 : 超高真空下で、材料元素の分子線を基板に照射し、基板上に化学反応を生じさせることで薄膜の結晶成長を行う技術。半導体へテロ構造の結晶成長のために開発された技術であるが、金属やトポロジカル絶縁体など多くの材料にも応用されている。基板温度、成長レート、組成などのパラメータを精密に制御できることから、高品質の結晶成長に最適な方法と言える。

[用語5] スパッタリング法 : 放電によってイオン化された原子を材料のターゲットに衝突させて、材料を物理的に蒸発させる方法。大面積の基板に蒸着できるため、半導体や磁気記録の工業生産に広く使われている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Magnetic memory driven by topological insulators
著者 :
Hao Wu, Aitian Chen, Peng Zhang, Haoran He, John Nance, Chenyang Guo, Julian Sasaki, Takanori Shirokura, Pham Nam Hai, Bin Fang, Seyed Razavi, Kin Wong, Yan Wen, Yinchang Ma, Guoqiang Yu, Greg Carman, Xiufeng Han, Xixiang Zhang, and Kang Wang
DOI :

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飯山市STEAM親子実験教室「micro:bitではじめるプログラミング」を開催

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東京工業大学は、皆さまから寄附をいただいた東京工業大学基金を活用し、小中高校生の知的創造性をはぐくむ「理科教育振興支援(ものつくり人材の裾野拡大支援プロジェクト)」に取り組んでいます。

東工大附属科学技術高校は、10月16日、飯山市・株式会社Tスポットとの共催で「飯山市STEAM親子実験教室」を開催しました。

附属科学技術高校は、2018年度より港区の小学校の児童を対象に、継続的に「STEM親子実験教室」を開催してきました。STEM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)を融合し、実生活に密着した理科系の総合学習であり、近年では、そこにArt(芸術またはリベラルアーツ)の要素を加えたSTEAM教育という形に発展しています。

開会に先立ちあいさつをする中川茂樹附属科学技術高等学校長
開会に先立ちあいさつをする中川茂樹附属科学技術高等学校長

今回は、長野県飯山市において市の小学4年生から6年生を対象にSTEAM親子実験教室を開催し、午前と午後の計2回で合計15組30名の子どもたちと保護者が参加しました。
長野県飯山市の市長・足立正則氏が東工大の卒業生であること、また東工大の卒業生である瀧澤広直氏の経営する株式会社Tスポットのサテライトオフィスが飯山市にあり、そのご縁により飯山市での開催が実現しました。

今回の実験教室は、対面とオンラインを併用するハイブリッド形式で実施しました。長野県内の新型コロナウイルス感染症に関する警戒レベルの状況により、飯山市在住の参加者は十分な感染症対策を施すことで、会場の飯山市企業支援センターに集まることが可能となりました。講師の附属科学技術高校 長谷川大和教諭が東京からオンラインで参加し、児童と保護者は会場または自宅から参加しました。また、児童の学びをサポートするスタッフ(TA)は、東京からオンライン、または飯山市の会場から参加しました。

飯山市の会場

飯山市の会場

実験教室では、micro:bit(マイクロビット)という英国BBC(英国放送協会)で開発されたプログラミング教育用マイコンボードが参加者1組につき2台配布され、それをPCに接続し、子どもと保護者が一緒に仲良くプログラミングしながら、温度センサーや光センサー、加速度センサーを用いたもの、親子で無線通信をおこなうものなど、さまざまな装置を製作しました。これまでに対面で実施した際と同じ課題でしたが、ハイブリッド形式であっても、子どもたちはしっかりとやり遂げることができました。

マイコンボードを掲げる長谷川教諭
マイコンボードを掲げる長谷川教諭

参加した子どもたちや保護者からも高い評価が得られ、充実した飯山市STEAM親子実験教室となりました。

東工大基金

このイベントは東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

附属科学技術高等学校 教諭 長谷川大和

E-mail : science-workshop@hst.titech.ac.jp

物質・情報卓越教育院 2021年度 修士課程学生の成果発表会および産学交流イベントを開催

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東京工業大学物質・情報卓越教育院(TAC-MI)は9月28日に、修士課程学生の成果発表会および産学交流イベントをオンラインで開催しました。第1部は、2021年6月に開催した博士後期課程学生による成果発表会に続く、今年度2回目の成果発表会となります。修士課程の学生21名によるポスター発表を行い、本教育院の連携協力機関である企業の関係者や本教育院のプログラム担当者、協力教員、学生など、学内外から約110名が参加しました。午後の第2部では企業メンターと学生との面談を実施しました。続く第3部では、産学交流イベントとして、本教育院の会員企業25社が本教育院の登録学生に向けて、キャリア教育のための企業紹介を行いました。

当日のプログラム

  • 9:20 - 12:00 ― 第1部 : 修士課程の学生による成果発表会 ~ポスタープレゼンテーション~

  • 13:20 - 14:20 ― 第2部 : 企業メンターと学生との面談

  • 14:30 - 17:10 ― 第3部 : 産学交流イベント ~会員企業によるキャリア教育のための企業紹介~

  • 17:15 - 18:15 ― 第4部 : 全体交流会

第1部 : 修士課程の学生による成果発表会 ~ポスタープレゼンテーション~

第1部の開会式では、物質理工学院の須佐匡裕学院長および物質・情報卓越教育院の山口猛央教育院長が開会のあいさつを行いました。続いて、修士課程の登録学生21名が自身の研究についてのポスタープレゼンテーションを行いました。

今回のポスターセッションはZoomのブレイクアウトセッションを使って実施しました。発表ルームとして11個のブレイクアウトルームを作り、前半10名、後半11名の発表者が各ブレイクアウトルームに分かれ、1人あたり20分3回のプレゼンテーションを行いました。各ルームでは、博士後期課程2年生7名と本教育院の専任教員が司会やタイムキーピングなどを担当しました。

発表学生たちは、参加者が見やすくなるようにポスターを拡大・縮小しながら、工夫して説明を行いました。また、様々な分野の参加者に配慮し、研究の背景、課題、研究成果、情報科学をどのように使ったか、今後の研究の進め方などについて、分かりやすく説明しました。運営面では、ブレイクアウトルーム間にて同期がとれたタイムキーピングが実現し、効率よく発表が進みました。

参加した企業関係者からは「修士課程にしては研究内容・質疑応答を含むプレゼン能力の高さに驚きました」「発表・説明も分かりやすい学生が多く、今後博士課程に進学するに当たって期待が高まりました」などの感想が寄せられました。

成果発表会で発表した修士課程の学生と運営担当の博士後期課程2年生

成果発表会で発表した修士課程の学生と運営担当の博士後期課程2年生

第2部 : 企業メンターと学生との面談

第2部では、企業メンターと修士課程学生との面談を行いました。物質・情報卓越教育院では、企業メンター制度を導入しています。企業の研究、開発、技術、企画、マーケティング等の経験豊富な社員との面談により、学生の視野を拡げると共に、自身の強み弱みを把握し改善へのアドバイスを得るために設けられている制度です。1人の学生に対し、1人の企業メンターがつき、修士課程から博士後期課程までの間、継続的に見守ります。

本教育院では、修士課程の学生は年1回、博士後期課程の学生は年2回程度、企業メンターと面談を行います。学生たちは、午前の成果発表会にて企業メンターの方にポスタープレゼンテーションを見ていただいた上で、研究からキャリアに関することまで様々なアドバイスを受けました。

第3部 : 産学交流イベント ~会員企業によるキャリア教育のための企業紹介~

第3部では、本教育院の会員企業25社が本教育院の登録学生に向けて、企業紹介を行いました。本イベントは、第1部と同様に、Zoomのブレイクアウトセッションを使い、各ルームに分かれて企業紹介を行いました。

学生からは、「多くの企業の紹介に参加することができて、非常に良かった」「少人数で企業の方と対話できるのがとても有意義だった」「各企業で自分の専門分野を生かして活躍できるフィールドがあることを知ることができた」との声が寄せられ、大変好評でした。

会員企業からも、「企業の業務内容や博士のキャリアについて学生から積極的な質問があり、大変よいイベントだった。今後も学生との交流の頻度を増やして欲しい」との感想がありました。

参加企業 25社
AGC株式会社 / 旭化成株式会社 /ENEOS株式会社 / 浜松ホトニクス株式会社 / 出光興産株式会社 / JFEスチール株式会社 /JX金属株式会社 / 株式会社 カネカ / 花王株式会社 / LG Japan Lab株式会社 / 三菱ケミカル株式会社 / 三菱ガス化学株式会社 / 三井金属鉱業株式会社 / 日本電子株式会社 / 日本ゼオン株式会社 / 日産自動車株式会社 / パナソニック株式会社 / 昭和電工株式会社 / 住友電気工業株式会社 / 住友化学株式会社 / 太陽誘電株式会社 / TDK株式会社 / 株式会社 東芝 / 東ソー株式会社 / 東洋製罐グループホールディングス株式会社 (ローマ字アルファベット順)

企業交流イベントは、各企業の事業紹介に加え、企業で求められる人材や企業における博士人材の活躍の場について学生が知ることのできる良い機会となりました。

今後も物質・情報卓越教育では、企業との交流イベントを通して社会サービスの実装を見据え、地球規模の視野を持った産業界が期待する卓越した人材を育成していきます。

「物質×情報=複素人材」を育成する卓越した博士教育

物質・情報卓越教育院は、本学から申請した2018年度卓越大学院プログラム『「物質×情報=複素人材」育成を通じた持続可能社会の創造』が文部科学省に採択されたことにより、2019年1月に設立されました。

本教育院では、複眼的・俯瞰的視点から発想し、新社会サービスを見据え、情報科学を駆使して独創的な物質・情報研究を進める「複素人材」を産業界とともに育成します。

お問い合わせ先

物質・情報卓越教育院事務室

E-mail : tac-mi@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2943

令和2年度・令和3年度 東京工業大学入学歓迎式を挙行

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東京工業大学は11月3日、大岡山キャンパス70周年記念講堂にて、令和2年度・令和3年度入学歓迎式を行いました。

令和2年度・令和3年度 東京工業大学入学歓迎式を挙行

この式典は、新型コロナウイルスの感染拡大によって、令和2年4月、9月、令和3年4月の入学式において多数の学生がオンラインでの参加となったことを受け、感染状況がようやく落ち着いたこの時期に、あらためて令和2年度・令和3年度入学者を歓迎する機会として設けました。
3回に分けて行い、約460名の学生ならびに学長、理事・副学長および部局長が参加しました。

益一哉学長
益一哉学長

水本哲弥理事・副学長(教育担当)
水本哲弥理事・副学長(教育担当)

山田光太郎理学院長
山田光太郎理学院長

植松友彦工学院長
植松友彦工学院長

須佐匡裕物質理工学院長
須佐匡裕物質理工学院長

横田治夫情報理工学院長
横田治夫情報理工学院長

近藤科江生命理工学院長
近藤科江生命理工学院長

中井検裕環境・社会理工学院長
中井検裕環境・社会理工学院長

上田紀行リベラルアーツ研究教育院長
上田紀行リベラルアーツ研究教育院長

久堀徹科学技術創成研究院長
久堀徹科学技術創成研究院長

第1部では、はじめに、益学長からあいさつがありました。壇上に立った益学長は、これまでのコロナ禍での学生の頑張りに対し敬意を表しました。また、東工大のシンボルマーク「窓ツバメ」の意味に触れ、「「工」の字は窓をかたどっており、学窓の意味をも象徴している。「窓」の中でいろいろなことに挑戦してほしい。皆さんが努力した結果は、自身の未来のみならず、国や世界の未来にも通じるものだ。」と激励しました。

続いて、水本理事・副学長からあいさつがありました。

その後、役員・部局長紹介が行われ、第1部の最後に、各部局長から自身の経験談などを交え、歓迎のあいさつがありました。

第2部では、学生への歓迎の意味をこめて、東京工業大学管弦楽団による室内楽演奏会を開きました。弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」より第1楽章、祝典序曲「1812年」、組曲「水上の音楽」よりアラ・ホーンパイプ(Alla Hornpipe)の3曲から各回2曲が演奏され、入学歓迎式は盛況のうちに終了しました。

演奏する東京工業大学管弦楽団(弦楽)

演奏する東京工業大学管弦楽団(弦楽)

演奏する東京工業大学管弦楽団(木管)
演奏する東京工業大学管弦楽団(木管)

演奏する東京工業大学管弦楽団(金管)
演奏する東京工業大学管弦楽団(金管)

令和2年度・令和3年度入学生のみなさん、あらためまして、ご入学おめでとうございます。

お問い合わせ先

総務部総務課総務グループ

E-mail : som.som@jim.titech.ac.jp

11月08日 11:23 お問い合わせ先メールアドレスを修正しました。

超スマート社会で活用する量子科学技術を論じる第4回SSS推進フォーラムを開催

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東京工業大学が牽引する超スマート社会推進コンソーシアム(SSS推進コンソーシアム)は、9月29日「超スマート社会を拓く量子科学最前線」と題した技術フォーラムをオンラインで開催しました。超スマート社会実現に資する量子科学技術の動向を紹介するとともに、パネルディスカッションを通して新たな「気づき」を得ることが目的です。学内外から445名が参加し、量子コンピュータ、量子センサ、量子暗号通信技術の最新情報や具体的な応用例を通し、未来の超スマート社会への展望を論じました。

フォーラムに登壇した参加者(上段左から 白根研究部長、理学院 物理学系の藤澤利正教授、上妻教授、鯨岡研究主務、岩附教授 中段左から、福田特任教授、小寺准教授、西森特任教授、阪口教授、水本理事・副学長 下段左から、米田特任准教授、波多野教授、平原准教授)

フォーラムに登壇した参加者(上段左から 白根研究部長、理学院 物理学系の藤澤利正教授、上妻教授、鯨岡研究主務、岩附教授 中段左から、福田特任教授、小寺准教授、西森特任教授、阪口教授、水本理事・副学長 下段左から、米田特任准教授、波多野教授、平原准教授)

各分野の最先端研究者からの講演

SSS推進コンソーシアムのコーディネーターで、超スマート社会卓越教育院長を務める工学院 電気電子系の阪口啓教授およびSSS推進コンソーシアム事務局長である工学院の福田英輔特任教授からのあいさつの後、5名の講演者が、各専門分野における技術活用について講演しました。

基調講演

量子アニーリングによる量子コンピューティングの現状と課題
~量子アニーリングの現状と課題を分かりやすく解説します~

東工大 科学技術創成研究院
量子コンピュ―ティング研究ユニット 西森秀稔特任教授

量子計算の一つの方式である量子アニーリングの考案者である西森特任教授からは、量子計算の原理と特徴が説明された後、世界的な量子コンピュータの研究・開発状況が示され、ハード・ソフトの両面において今後の発展が期待されると述べられました。

西森特任教授プレゼンテーションより

西森特任教授プレゼンテーションより

講演1

NECにおける量子コンピューティング研究開発
~超伝導量子コンピュータおよびシミュレーテッドアニーリング開発を紹介します~

日本電気株式会社
システムプラットフォーム研究所 白根昌之研究部長

白根研究部長からは、量子技術全体を俯瞰的にまとめたのち、NECにおける量子コンピュータの研究開発についてこれまでの歴史、現状、展望が述べられました。NECでは、国からの支援も受け、誤り訂正機能を実装した量子コンピュータの実用化へ向け研究開発を加速させていることが説明されました。

日本電気株式会社 システムプラットフォーム研究所

白根研究部長プレゼンテーションより

白根研究部長プレゼンテーションより

講演2

超精密航法装置の実装に向けて
~非GPS航法の精度を飛躍的に向上させる最新の研究成果について報告します~

東工大 科学技術創成研究院
量子航法研究ユニット 上妻幹旺教授

上妻教授からは、自分の位置や姿勢を把握する「自律航法」の性能を、量子効果を利用したジャイロスコープによって向上させる方法や、自律型無人潜水機(Autonomous Underwater Vehicle: AUV)への応用などが紹介されました。

上妻教授プレゼンテーションより

上妻教授プレゼンテーションより

講演3

世界最先端を切り拓く東芝の量子暗号への取り組み
~安全・安心社会の実現へ向けた、量子暗号技術の研究開発について紹介します~

株式会社東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所
コンピュータ&ネットワークシステムラボラトリー 鯨岡真美子研究主務

鯨岡研究主務からは、量子力学の原理に基づいて情報通信の安全性が担保された量子暗号(量子鍵配送)について説明されました。東芝では、高速鍵配送、長距離伝送を可能にする量子暗号システムの開発に成功しており、より広域・大規模な量子暗号ネットワークの実現を目指すことが説明されました。

研究開発センター|東芝

鯨岡研究主務プレゼンテーションより

鯨岡研究主務プレゼンテーションより

講演4

ピンクダイヤモンド 超スマート社会での固体量子センサの可能性
~ヘルスケアから車載・産業応用までに至る応用の可能性を紹介します~

東工大 工学院 電気電子系
波多野睦子教授

波多野教授からは、ピンクダイヤモンドの性質を利用した量子センサについて、電子機器のみならず医療への応用を目指して実用的なデバイス化を推進している過程がそれぞれ実証実験例とともに紹介されました。研究開発の現場ではすでに「Society 5.0」技術群の先を見据えており、長期的な発展のためには人材育成が非常に重要であると述べられました。

波多野教授プレゼンテーションより

波多野教授プレゼンテーションより

パネルディスカッション

講演者の西森教授、白根研究部長、鯨岡研究主務、波多野教授と、工学院 電気電子系の小寺哲夫准教授、理学院 物理学系の平原徹准教授をパネリストに迎え、超スマート社会卓越教育院の米田淳特任准教授が司会となり、量子科学の実用化へ向けた現状と課題、および関連する人材育成についてのパネルディスカッションを行いました。

課題として、分野によっては日本が他国と比べて研究開発への投資が遅れている現状が共有されました。中等教育から博士後期課程、インターンシップに至る様々な段階で量子科学と社会的ニーズの両面に接する機会を設けるために、アカデミアと民間企業の協力は不可欠であり、本コンソーシアムがその一端を担うことが再認識されました。また、人材育成については、量子科学教育研究フィールドなどの、超スマート社会卓越教育院とコンソーシアムとの連携は非常に先進的な教育プログラムであるとの言及がありました。

パネルディスカッションの後、コンソーシアム運営委員長の岩附信行教授から、超スマート社会推進コンソーシアムの説明があり、水本哲弥理事・副学長(教育担当)が閉会のあいさつを行いました。

参加者からは、「量子科学の専門家ではなく、少々予備知識がある程度ですが、わかりやすく丁寧にご説明いただきありがとうございました。」「いつも勉強になり、自身の研究開発に非常に役立っています。今後も大いに期待します。」などの感想が寄せられました。

超スマート社会推進コンソーシアム

東工大は、超スマート社会(Society 5.0)の実現を推進する「超スマート社会推進コンソーシアム」を2018年10月に設立しました。参加機関と連携して人材育成から研究開発までを統合した新たな次世代型社会連携教育研究プラットフォームを構築しています。

超スマート社会卓越教育院

修士・博士後期課程を一貫した学位プログラムにより、フィジカル空間技術とサイバー空間技術にとどまらず、量子科学や人工知能などの最先端の科学技術をも融合できる「知のプロフェッショナル」を養成しています。

お問い合わせ先

超スマート社会推進コンソーシアム事務局

E-mail : sss-secretariat@sss.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3625

星野歩子准教授が第11回フロンティアサロン永瀬賞最優秀賞を受賞

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東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の星野歩子准教授が、第11回フロンティアサロン永瀬賞最優秀賞を受賞しました。
一般財団法人フロンティアサロン財団が2011年に設立した永瀬賞は、社会に対して大きく貢献する科学技術の分野で、新しい発想で新分野を開拓する若手研究者に贈られます。将来にわたって未知の領域を切り拓き、その成果が多くの人々に恩恵をもたらすと期待される研究者に贈呈することを目的としています。8月6日(金)の選考会における審査により受賞が決定しました。

毎年9月に帝国ホテルにおいて授賞式を執り行うとともに、約1,000名の高校生を対象に、受賞者による高校生のための特別講義「サイエンスセミナー」を実施しています。新型コロナウイルス感染症の影響により、今年の授賞式・特別講義サイエンスセミナーは、9月24日(金)に株式会社ナガセ本社のスタジオからZOOM(ウェビナー)での収録・配信にて行われました。

授賞式の様子

研究テーマ

細胞が発するメッセージを読み解く未来~人体のSNS #エクソソーム~

受賞コメント

この度、栄誉あるフロンティアサロン永瀬賞最優秀賞を賜りまして大変光栄に感じております。本校元学長であり東京工業大学名誉教授の相澤益男先生、同じく東京工業大学名誉教授柿本雅明先生が選考委員に名を連ねられており、そうそうたる役員の皆様、委員の先生方に今回選出していただきましたことは、身に余る光栄です。

これまでの研究だけではなく、将来への期待も込めて最優秀賞を賜る運びとなったと伺い、今後益々、自身の目指す研究に精進して参りたいと思います。

受賞講演は2,000人を超える東進ハイスクールの高校生へオンラインで行われました。高校生へお話する機会は、自身の初心を思い出すきっかけにもなり、非常に多くの刺激をいただきました。

最後に、本賞の受賞にあたり、ご指導賜りました多くの先生、研究仲間、研究室メンバー、そして家族に心より感謝申し上げます。

星野准教授 星野准教授

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

生命理工学院 星野研究室

E-mail : ayukohoshino@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5139

渡邉学助教が2021年日本熱物性学会「奨励賞」を受賞

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東京工業大学 物質理工学院 材料系の渡邉学助教が2021年日本熱物性学会奨励賞を受賞しました。受賞題目は「規則−不規則合金系の熱力学過剰量に基づいた新たな金属溶液論の展開」です。日本熱物性学会によると、奨励賞は「新しい着想に基づき、将来の発展が期待される研究にとり組んでいる若い研究者を対象とする学会賞」です。2021年は2021年3月31日現在で35歳以下の研究者が対象でした。授賞式は10月26日に芝浦工業大学豊洲キャンパスにて行われ、受賞者には賞状および表彰盾が贈呈されました。

渡邉学助教のコメント

この度は、大変名誉ある日本熱物性学会奨励賞を受賞させていただき、大変光栄に存じます。
研究をご指導・ご協力くださる先生方およびその関係者の皆様に心から感謝申し上げます。

受賞題目である「規則−不規則合金系の熱力学過剰量に基づいた新たな金属溶液論の展開」は、私が学生時代から取り組んでいる研究テーマです。本研究では、従来の金属溶液論で説明することができない規則―不規則変態を生じる合金系の溶融状態に着目し、過剰体積と熱力学関数の相関性に基づく新たな金属溶液モデルを提唱しました。現在は、さらに研究を進め、溶融金属の熱物性、熱力学および電子物性の相関性の解明を目指しています。

このような栄誉ある賞を頂きましたことを心から感謝するとともに、奨励賞の名に恥じぬよう、一層、教育・研究活動に邁進いたします。

渡邉助教
渡邉助教

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

物質理工学院 材料系
助教 渡邉学

E-mail : watanabe.m.cb@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5495


世界初 DNAを用いた自己修復可能な単分子素子を開発 柔よく剛を制す

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要点

  • DNA単一分子を電極に接続した電子素子を開発
  • 素子が破断してもDNAによって自己修復する特性を実現
  • 従来の単分子素子の脆弱性を根本的に解決し、実用化を加速

概要

東京工業大学 理学院 化学系の原島崇徳大学院生(博士後期課程3年)、西野智昭准教授、豊橋技術科学大学 情報・知能工学系の栗田典之准教授らの研究グループは、DNA[用語1]を用いた新たな単分子素子を開発した。

近年、単一の分子を電極に接続し、微小デバイスとして応用する「単分子素子」の開発が盛んに行われている。これまでに、単分子スイッチや単分子トランジスタといった優れた機能性を有する単分子素子が提案されている。一方で、単分子素子は安定性が低く、実用化の大きな障壁になっている。これは外部からの機械的な振動によって単分子と電極の接続が容易に破壊されてしまうことに起因している。外部からの振動を完全に遮断・回避することは現実的に困難であり、有効な解決策がなかった。そこで本研究グループは、機械的なストレスを緩和するとともに、破壊されても自己修復できる革新的な単分子素子を開発した。DNA単一分子をジッパーのように開閉させることで機械的な揺らぎを緩和し、さらに生じた破壊を自発的なDNAの二重鎖形成[用語2]によって自己修復することで、機能を回復させることに初めて成功した。これまで提案されたさまざまな単分子素子に本研究で開発した技術を組み込むことで、その実用化が加速度的に進むと期待される。

本研究成果は2021年10月1日(現地時間)、国際学術誌「Nature Communications」に掲載された。

背景

単一の分子を電極間に接続した単分子素子は、分子エレクトロニクス[用語3]による超微小コンピューターの実現への期待を背景に、微小デバイスや超微量センシングへの応用の観点から注目されている。これまでにダイオードやトランジスタのような優れた機能を持つ単分子素子が多数報告されている。しかし従来の単分子素子は、1 nm(ナノメートル)程度の機械的な揺らぎで容易に破壊されてしまうという根本的問題を抱えていた。分子と電極の結合力を強固にするなどの取り組みがなされてきたが、解決には至っていない。剛直な分子による単分子素子は外部からの機械的なストレスに対応できず、電極との接続が破壊されてしまう。また、1 nm程度の揺らぎは振動により絶え間なく生じ、これを完全に防ぐことはできない。そのため、これまで単分子素子の安定化を根本的に実現できる方策は見いだされていなかった。

研究の経緯

あらゆる物質の機械的な破壊は、最も弱い結合から発生する。単分子素子では、単分子と電極を繋ぐ化学結合が最も弱いため、微小な外部振動でもこの結合が容易に破壊されてしまう。そこで研究チームは、水素結合による弱い結合の集合体であるDNAを単分子素子へ適用すれば、外部から与えられる機械的なストレスはDNAの開裂によって緩和され、単分子と電極の結合を保持できると着想した。

研究成果

本研究では、DNA単分子を横向きに接続した単分子素子(DNAジッパー)を新たに開発した(図1)。この単分子素子では、DNA塩基対が段階的に開裂することによって機械的なストレスを緩和し、分子と金属間の結合を保存できた。さらに、DNAの二重鎖形成によって開裂した構造が自発的に修復されることを見いだした。

図1 DNAジッパーによる単分子素子の図解

図1. DNAジッパーによる単分子素子の図解

実験では、電極に接続したDNA素子に対して、電極間隔を30 nm広げて故意に破壊した後、ジッパーが再生されるかを確認する耐久試験を行った。その結果、DNAジッパーは最大で78回繰り返し復元できた(図2)。これは、電極の引き上げの際に、DNAの二重らせん構造が部分的に保存され、押し戻しの際にDNAの完全な二重らせん構造が回復することによって自己修復するという動作機構に起因する。この機構は、DNAジッパーの開閉の分子動力学シミュレーション[用語4]によっても確認された(図3)。

DNAジッパーの開閉を伴う電気伝導計測。 (a) 走査型トンネル顕微鏡(STM、用語5)の基板と探針にDNAジッパーを架橋させ、電極間距離を広げた際の電気伝導度(用語6)を計測。ジッパーが完全に閉じた状態において高い伝導性が見られた。 (b) DNAジッパーの繰り返し形成の実験手順と、計測された伝導度トレース。ジッパーの閉じた状態に対応する伝導シグナル(青色ハイライト部)が繰り返し観測された。

図2.
DNAジッパーの開閉を伴う電気伝導計測。(a)走査型トンネル顕微鏡(STM)[用語5]の基板と探針にDNAジッパーを架橋させ、電極間距離を広げた際の電気伝導度[用語6]を計測。ジッパーが完全に閉じた状態において高い伝導性が見られた。(b)DNAジッパーの繰り返し形成の実験手順と、計測された伝導度トレース。ジッパーの閉じた状態に対応する伝導シグナル(青色ハイライト部)が繰り返し観測された。

DNAジッパーの開閉の分子動力学シミュレーション。 (a) シミュレーション中の電極間距離と塩基対数の時系列。 (b) 各シミュレーション終了時におけるDNAの構造のスナップショット。

図3.
DNAジッパーの開閉の分子動力学シミュレーション。(a)シミュレーション中の電極間距離と塩基対数の時系列。 (b)各シミュレーション終了時におけるDNAの構造のスナップショット。

つまり、DNAジッパーは塩基対の開裂によって機械的な揺らぎを緩和するだけでなく、優れた自己修復特性によって、破壊された単分子素子を迅速に再生することが明らかになった。従来の単分子素子は1 nm程度の小さな機械的な揺らぎでも容易に破壊されてしまうが、今回のDNAジッパーの開発により単分子素子の機械的安定性は飛躍的に向上した。

今後の展開

本研究では、機械的なストレスを緩和する機構と自己修復機構を備えたDNAジッパーを開発することに成功した。これらの機構をこれまで提案されたさまざまな単分子素子に組み込むことで、単分子素子の実用化につながると期待できる。さらに、従来の単分子素子では導電性の確保のために、使用できる分子サイズに制限があったが、今回開発したDNAジッパーでは使用できるDNAの長さに制約がないことから、本研究は単分子素子の拡張性の大幅な向上ももたらす。これにより、DNA結合タンパク質などのDNAを含むさまざまな生体システムを単分子素子上に構築可能になった。今後は、DNAジッパーをプラットフォームとした、単一分子レベルの感度を持つ新たなバイオセンシングデバイスの開発を計画している。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)「刺激応答性分子探針による界面特性の単一分子スケール計測法の開発」(研究代表者 西野智昭)および特別研究員奨励費「光応答性を有する三端子DNAを用いた単一分子トランジスタの創案と開発」(特別研究員 原島崇徳)の一環として行われた。

用語説明

[用語1] DNA : デオキシリボ核酸の略語。アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の塩基、糖、リン酸から構成され、塩基配列に生体内の遺伝情報が内包されている生体分子。塩基間の相補的な水素結合により、二重らせん構造を形成する。

[用語2] DNAの二重鎖形成 : アデニンとチミン、グアニンとシトシンがそれぞれペア(塩基対)を組むことで2本の DNA から二重鎖が形成される。

[用語3] 分子エレクトロニクス : 物質の最小単位である原子や分子を利用した電気回路を組み立てようとする学術分野。

[用語4] 分子動力学シミュレーション : ニュートンの運動方程式を短い時間間隔で逐次的に解くことにより、原子や分子の運動を予測・再現する手法。

[用語5] 走査型トンネル顕微鏡(STM) : 原子レベルに鋭い探針を物質の表面に近づけ、トンネル電流を精度良く測定することで、表面の原子レベルの構造や電子の状態を観察する顕微鏡装置。本研究では、表面と探針間の距離を精密に操作する用途で使用している。

[用語6] 電気伝導度 : 電流の流れやすさ。電気抵抗値の逆数。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Single-molecule junction spontaneously restored by DNA zipper
著者 :
Takanori Harashima, Shintaro Fujii, Yuki Jono, Tsuyoshi Terakawa, Noriyuki Kurita, Satoshi Kaneko, Manabu Kiguchi and Tomoaki Nishino
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

准教授 西野智昭

E-mail : tnishino@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2242 / Fax : 03-5734-2610

豊橋技術科学大学 情報・知能工学系

准教授 栗田典之

E-mail : kurita@cs.tut.ac.jp
Tel / Fax : 0532-44-6875

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

豊橋技術科学大学 総務課 広報係

E-mail : kouho@office.tut.ac.jp
Tel : 0532-44-6506 / Fax : 0532-44-1270

たくさんの小惑星の衝突が地球の大気と海水の量を決定づけた 地球の炭素・窒素・水の量を再現する形成モデルを構築

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要点

  • 多数の小惑星の衝突によって地球大気の大部分が宇宙空間へと失われたとする仮説を理論モデルで実証
  • 水や有機物の起源とされる小惑星と地球では、炭素・窒素・水の存在比が異なる謎を解明
  • 今後の小惑星リュウグウ試料の分析結果の価値をさらに高める研究成果

概要

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の櫻庭遥大学院生(博士後期課程3年)、太田健二准教授、地球生命研究所(ELSI)の黒川宏之特任助教および玄田英典准教授らは、地球の炭素・窒素・水の量の起源を理論的に研究し、地球の大気と海を同時に再現する地球形成モデルを構築することに成功した。

地球の大気や海水は、はやぶさ2が探査した小惑星リュウグウ[用語1]のようなC型小惑星[用語2]によって供給されたと考えられている。しかし、地球とC型小惑星の炭素・窒素・水の存在比が異なることは大きな謎であった。そこで櫻庭遥大学院生らの研究チームは、天体衝突によって地球が誕生する過程で、これらの元素が大気から宇宙空間に失われる量と地球深部のコア[用語3]へと取り去られる量を詳細に調べた。その結果、地球サイズの惑星の誕生時に必然的に形成されるマグマオーシャン[用語4]への水の溶け込みに加えて、マグマオーシャンの固化後にたくさんの小惑星が衝突することで引き起こされる大気(窒素)の流出によって、現在の炭素・窒素・水の量が自然に再現されることを突き止めた。 

本研究成果は2021年10月22日(英国時間)、国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載された。

背景

地球の大気や海、そして生命の主要構成要素である炭素・窒素・水はどこからやってきたのか?これは太陽系科学・地球科学における最も大きな疑問の一つであり、世界中の太陽系探査や地球外物質の研究を突き動かしてきた。現在最も有力視されている起源は、小惑星帯に多数存在するC型小惑星と呼ばれるタイプの小惑星である。C型小惑星から飛来したとされる炭素質コンドライト隕石[用語5]の分析から、これらの小惑星は炭素・窒素・水を含むと考えられている。

C型小惑星が地球の大気や海の起源であるなら、両者の炭素・窒素・水の存在比は一致するはずである。しかし、実際には地球と炭素質コンドライト隕石の炭素・窒素・水の存在比には大きな違いがある。炭素質コンドライト隕石と比較すると、地球では窒素・炭素・水の順に欠乏の度合いが大きい。この元素存在度の不一致は、地球の大気と水のC型小惑星起源説に残された大きな謎であった。こうした不一致があることから、過去の研究では、炭素質コンドライト隕石と元素組成の異なる仮想的な天体が地球に衝突したとする対案も提案されていた。

研究成果

本研究チームは、地球の大気と海水の量の起源を理論的に研究し、大気と海水を同時に再現する地球形成モデルを構築することに成功した。たくさんの小惑星が衝突することで引き起こされる大気の宇宙空間への流出と、地球サイズの惑星の誕生時に必然的に形成されるマグマオーシャンへの水の溶け込みによって、現在の炭素・窒素・水の量が必然的に再現されることを突き止めた。

地球は多数の天体の衝突によって形成する(図1)。これらの天体衝突のエネルギーによって、形成期の地球はマグマオーシャンに覆われている(図2a)。この時期には、天体衝突によって大気の一部は宇宙空間に流出する。また、重い金属鉄はマグマから分離するが、炭素・窒素・水の一部は鉄とともにコアへと取り去られる。本研究チームは、これらの過程を網羅的に考慮したシミュレーションによって、マグマへ溶け込みやすい水が選択的に地球に残されることを突き止めた(図3a)。しかし、この段階では大気中に窒素が過剰に残ってしまう。

そこで次に、マグマオーシャンが固化し、海が形成された後の地球への天体集積(後期天体集積)に着目した。海が形成された初期の地球では炭素の大部分が炭酸塩鉱物となることで、大気には窒素のみが残される(図2b)。これらの過程を考慮したシミュレーションを行った結果、多数の小惑星の衝突によって大気の7割以上が失われる場合に、現在の地球の炭素・窒素・水の量と一致することを発見した(図3b)。この結果は後期天体集積期に地球に集積する天体サイズに依存し、多数の小さな天体が集積した場合のみ、地球の元素存在度が再現された。

図1. 多数の小天体の衝突によって形成する地球。(Credit: Alan Brandon/Nature)

図1. 多数の小天体の衝突によって形成する地球。(Credit: Alan Brandon/Nature

図1.
多数の小天体の衝突によって形成する地球。(Credit: Alan Brandon/Nature

図2. a: マグマオーシャンに覆われていた形成期の地球。 b: すでに海が存在していた後期天体集積期の地球。(Credit: Sakuraba et al. (2021) Scientific Reports)

図2.
a: マグマオーシャンに覆われていた形成期の地球。 b: すでに海が存在していた後期天体集積期の地球。(Credit: Sakuraba et al. (2021) Scientific Reports

図3. シミュレーションによって得られた炭素・窒素・水(水素)量の時間進化。各線の凡例の数字は、地球が現在の質量の何%に達した時点かを示している。緑色の領域は現在の地球(コアを除く)の元素量である。(Credit: Sakuraba et al. (2021) Scientific Reports)

図3.
シミュレーションによって得られた炭素・窒素・水(水素)量の時間進化。各線の凡例の数字は、地球が現在の質量の何%に達した時点かを示している。緑色の領域は現在の地球(コアを除く)の元素量である。(Credit: Sakuraba et al. (2021) Scientific Reports

今後の展開

本研究で前提とした地球の大気や水のC型小惑星起源説については、JAXAの小惑星探査機はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰った試料の分析が進むことで、さらなる検証が期待される。はやぶさ2はC型小惑星リュウグウから試料を採取することに成功し、2020年末に地球に持ち帰った。この小惑星リュウグウ試料の分析から、C型小惑星と炭素質コンドライト隕石のつながりが確認された場合、その結果は、多数の小惑星の衝突で地球大気の大部分が失われたとする本研究チームの仮説を支持することになる。

さらに本研究チームは、太陽系外の地球サイズの惑星も必然的に地球と似た環境となると予想している。その理由は、前述の水の取り込みに寄与するマグマオーシャンの形成、後期天体集積による窒素に富んだ大気の損失がいずれも、ハビタブルゾーン[用語6]に地球サイズの惑星が形成される過程で必然的に生じるためである。惑星の炭素・窒素・水の量が生命の誕生・維持に与える影響は未解明であるものの、太陽系外の地球型惑星が地球と似た環境になりやすいという傾向は、地球のような環境に生きる生命を探す試みを後押しする結果である。

用語説明

[用語1] 小惑星リュウグウ : C型に分類される小惑星。はやぶさ2が探査し、その試料を持ち帰った。

[用語2] C型小惑星 : 小惑星の分類の一つ。炭素質コンドライト隕石の母天体と考えられている。

[用語3] コア : 地球の最深部に存在する、金属鉄を主成分とする核。

[用語4] マグマオーシャン : 原始地球を覆っていた、溶融した岩石(マグマ)の層。

[用語5] 炭素質コンドライト隕石 : 隕石の分類の一つ。水や有機物を含んでいる。

[用語6] ハビタブルゾーン : 惑星表面に海(液体の水)が存在しうる軌道の範囲。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Numerous chondritic impactors and oxidized magma ocean set Earth’s volatile depletion
著者 :
Haruka Sakuraba, Hiroyuki Kurokawa, Hidenori Genda, Kenji Ohta
DOI :

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星野歩子准教授が全米医学アカデミーのカタリスト・アワードを受賞

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東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の星野歩子准教授が全米医学アカデミー(National Academy of Medicine : NAM)のカタリスト・アワード(Catalyst Award)を受賞しました。

カタリスト・アワードとは、全米医学アカデミーが提唱する「健康長寿に向けた課題解決(Healthy Longevity Grand Challenge : HLGC)」の一環として授けられる賞です。HLGCは、世界各国で進行する高齢化社会の課題解決に資するイノベーション創出を促進するため、優れたアイディアを世界各国から募るもので、2019年から始まりました。3つの段階から成り立っており、第1段階のカタリスト・フェーズ(Catalyst Phase)では、健康長寿の実現に資するシーズとなり得る新しい、革新的なアイディアを世界から約450件選出し、カタリスト・アワードとして授与します。その後、第2段階のアクセラレータ・フェーズ(Accelerator Phase)で、カタリスト・アワード受賞者の中から特に進捗と将来性が認められるものを選考し支援します。2023年に予定されている第3段階のグランド・プライズ(Grand Prize)では、健康寿命の延伸に資するブレークスルー・イノベーションの達成に対して賞を与える計画です。

2021年のカタリスト・アワードの発表は、米国東部標準時間の9月22日にバーチャル・イベントとして行われました。

受賞プロジェクト

健康な老化とアルツハイマー病におけるエクソソームタンパク質分布の年齢依存性の軌跡(Age-dependent trajectory of exosomal protein distribution in healthy aging and Alzheimer's disease)

星野歩子准教授のコメント

星野准教授
星野准教授

全米医学アカデミーによるカタリスト・アワードを賜りまして、非常に嬉しく感じております。
本賞は、米国・イリノイ大学のラヴ・バーシェニー(Lav Varshney)博士とカナダ・モントリオール大学のアレクサンドル・ハンガヌ(Alexandru Hanganu)博士との共同研究によるものです。

彼らとは、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)とニューヨーク科学アカデミー(The New York Academy of Sciences : NYAS)が主催するInterstellar Initiativeという国際科学技術共同研究開発推進事業で出会いました。
世界各国から若手研究者を募り、ランダムに振り分けられたチームが2日間という時間の中で「健康長寿(Healthy Longevity)」に関する医療研究分野の課題解決に向かって取り組む研究テーマを立ち上げるというものでした。

今年はオンラインで開催され、初めて出会う、様々な専門の研究者と自己紹介した後に、我々3人だからできるテーマ決めについてディスカッションする時間は非常に刺激的で新鮮なものでした。AIの専門家であるバーシェニー博士とアルツハイマー病の画像診断や機械学習を専門とするハンガヌ博士、そしてエクソソーム研究を専門とする私で立ち上げた研究内容はこれまでに私が単独で考えてきたプロジェクトを遥かに広げるテーマとなり、今後の展開が非常に楽しみなものとなりました。

今回の賞を糧にますます異分野融合により生まれた本研究を進展できればと思っております。

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三原久和教授が2021年度日本ペプチド学会賞を受賞

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東京工業大学生命理工学院生命理工学系の三原久和教授が、2021年度日本ペプチド学会賞を受賞しました。授賞式は、10月21日に2021年度日本ペプチド学会総会においてオンラインで行われました。

賞について

日本ペプチド学会賞は、日本におけるペプチド研究の進歩、発展に貢献した会員の功績を顕彰するため制定されました。2年に1回、ペプチド研究において卓抜な功績を挙げた研究者に授与されます。

受賞テーマ

「デノボデザインを基軸とする機能性ペプチドの創製」

受賞理由

ペプチド・タンパク質は、特異的な立体構造を形成し、その構造上のアミノ酸の官能基配置に基づく分子認識や機能を発揮します。この立体構造を自在に設計し操作できれば、種々の機能性ペプチドを創出できます。三原久和氏は、αヘリックスやβシートなどの二次構造やその組み合わせの立体構造ペプチドを種々設計・合成し、さらにアミノ酸を置換したライブラリを作成することにより、高機能のペプチドを探索する研究を展開しています。このようなαヘリックスやβシート構造をアミノ酸配列から設計・合成するペプチドのデノボデザイン研究に1980年代の初期の段階から参画し、ペプチドバイオチップの創製とタンパク質や細胞の新規解析システムの構築、自己集合化ペプチドの創製とアミロイド病関連ペプチド及び細胞工学用マトリクス展開、立体構造制御したペプチドライブラリ及び低分子複合化ライブラリの構築等の新規の機能性ペプチドシステムを開拓し、国内外の当該分野の研究をリードしてきています。三原久和氏のこれらの卓越した研究業績と日本のペプチド科学の発展に貢献した業績に対して、日本ペプチド学会賞を授与します。

受賞コメント

三原久和教授
三原久和教授

この度、日本ペプチド学会賞を「デノボデザインを基軸とする機能性ペプチドの創製」の研究題目で受賞することができ、約40年間ペプチド科学に携っているものとして大変光栄です。今回の受賞は、九州大学理学部、九州工業大学工学部、長崎大学工学部、東京工業大学生命理工学研究科および生命理工学院の学生・卒業生・スタッフ全体の成果であり、また研究を支えていただいた先生方、先輩、同僚の方々のご協力とご支援の賜物であり、厚く御礼申し上げます。現在では当たり前の手法となっているペプチドのデザインというコンセプトは、その後のペプチドライブラリの技術とあいまって、従来のアミノ酸置換によるペプチドの構造活性相関研究の方法を大きく転換させる研究手法となっています。加えて、ペプチド・タンパク質の構造解析技術、相互作用分析技術や分子生物学手法、細胞生物学手法を取り入れて、ケミカルバイオロジーや合成生物学、またバイオマテリアル科学の発展に大きく貢献してきています。今後もペプチド科学の発展に貢献できるように努力していきたいと思っています。

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東工大の学生AR開発チームが全国大学ビジネスプランコンテストで最優秀賞受賞

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東京工業大学の学生AR※1開発チーム「CoilSite」(コイルサイト)が10月1日、「Financial DX/SUM全国大学ビジネスプランコンテスト2021」で最優秀賞を受賞しました。CoilSiteのメンバーは、工学院 機械系の細井椋太さん(修士課程1年)と、工学院 電気電子系の水野夏来さん(学士課程2年)の2人です。

CoilSite の細井さん(左)と水野さん(右)

CoilSite の細井さん(左)と水野さん(右)

全国大学ビジネスプランコンテストは、日本のイノベーションを支える重要な柱として、大学や大学発スタートアップのチャレンジの促進を目的とし、2019年より開催されています。2021年は東京大学と日本経済新聞社が主催し、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会をはじめとした団体が後援しました。5G、AI、IoT※2xR※3などの先端技術によって新たに生み出された概念「Share X」をテーマとした事業プランについて全国の大学生から募集し、優れたものに対してビジネス化を支援し、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)への実装を応援するコンテストです。

全国から13の大学生チームが応募し、予選を通過した6チームが本戦に出場しました。本戦は東京都中央区の日本橋三井ホールで開かれ、ファイナリストと審査員が集まりました。発表の様子はライブ配信されました。

審査は解決したい問題の明確な定義+事業の新規性・独創性、市場性・社会インパクト、実現性・全体の整合性、コミュニケーション力・プレゼンテーション力の4つの基準で行われました。
CoilSiteが発表した事業計画案は「スマホARで世界中、街中をCG作品のミュージアムにする」です。明確なビジョン、プロトタイプによって示された実現可能性の高さ、チームの熱意、2025年大阪・関西万博をより良いものにする可能性が評価され、最優秀賞を受賞しました。

事業プランを発表する細井さん(左)と水野さん(右)

事業プランを発表する細井さん(左)と水野さん(右)

CoilSite代表 細井椋太さんのコメント

2025年大阪・関西万博への相乗効果を提案
2025年大阪・関西万博への相乗効果を提案

学内のコワーキングスペースAttic Lab(アティックラボ)で私たちは出会い、Attic Labのチャットグループ内での東工大ベンチャー部門の方からの情報をきっかけにこのビジネスコンテストを知りました。東工大で生まれた出会いからアイデアを形にして最優秀賞という結果までアウトプットすることができました。出会いや挑戦の機会、イノベーションが生まれるこの環境に感謝しております。また、今年受けた「仮想世界システム」という授業の中で行われたワークでもアイデアがブラッシュアップされました。今後も学校の授業でアカデミックな知見を取り入れながら事業を立ち上げていきたいと思います。

私たちは来年、スマホARサービス「CoilSite」を東工大生限定でリリースしようとしています。リリースされた時にはぜひ東工大の学生のみなさんに使ってもらって楽しんでもらいたいです。

※1 AR

Augmented Reality(拡張現実)、実在する風景にバーチャルの視覚情報を重ねて表示することで、目の前にある世界を仮想的に拡張する機能

※2 IoT

Internet of Things(モノのインターネット)、インターネットに接続されていなかった様々なもの(センサー、建物、車、家電製品など)が、ネットワークを通じてサーバーやクラウドサービスに接続され、相互に情報交換をする仕組み

※3 xR

クロスリアリティ、現実世界と仮想世界を融合することで、現実にはないものを知覚できる技術

最優秀賞を受賞したチームCoilSite(中央)

最優秀賞を受賞したチームCoilSite(中央)

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E-mail : media@jim.titech.ac.jp

タンパク質の連続的な合成を保証するリボソーム「トンネル」の役割を発見 新しく作られたタンパク質の長さや大きさで、合成の不安定性を制御する

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要点

  • 負電荷アミノ酸が連続する配列をもつタンパク質は、合成が途中で中断するリスクがある。
  • リボソームの内部の「トンネル」では、新しく作られたタンパク質の長さや大きさによって、タンパク質合成の不安定性を制御していることを発見。
  • 負電荷アミノ酸に先行して合成された新生タンパク質とリボソーム内部の相互作用が、合成中断リスクを抑制することを見出した。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の茶谷悠平特任助教、田口英樹教授、理化学研究所の岩崎信太郎主任研究員らのグループは、翻訳の連続性を破綻させる「リボソーム[用語1]の不安定化」現象について解析し、リボソーム内部の新生タンパク質(新生鎖と呼ぶ)の通り道(「トンネル」)と新生鎖間との相互作用が、翻訳破綻のリスクを抑制していることを見出した。

細胞内装置であるリボソームは、DNAからメッセンジャーRNA(mRNA)に転写された遺伝情報をもとにあらゆるタンパク質を合成する(生命のセントラルドグマ[用語2]における「翻訳」過程)。その際、いわば、タンパク質の設計図であるmRNAは、最初から最後まで連続的に読み取られる必要があり、読み取りが途中で止まってしまうと、タンパク質の「不良品」が生み出されてしまう。こうしたタンパク質の「不良品」を生み出さないためには、mRNAの開始コドンから終止コドンまでの領域を途切れることなく連続的に翻訳できるよう保証することが、生命にとって必須となる。
これまで、細胞内で、タンパク質合成の場となるリボソーム自身が翻訳の連続性に寄与すると経験的に理解されていたものの、具体的にどのようなメカニズムで「翻訳」の連続性が保証されているのかは不明だった。

本研究により、リボソーム内部の「トンネル」において作られた新しいタンパク質(新生ポリペプチド鎖)の長さと大きさによって、「リボソームの不安定化」が免れることがわかった。このメカニズムにより、リボソームは多種多様なアミノ酸配列のタンパク質を途切れることなく合成できる万能性を獲得し、今日に至るまでのタンパク質進化が可能になったものと考えられる。

この成果は、欧州分子生物学機構が発行する専門誌The EMBO Journalのオンライン速報版で10月20日に公開された。

背景

タンパク質は、生命活動を担う必須の物質である。タンパク質は、DNAからmRNAへと写しとられた遺伝情報をもとに、細胞内装置であるリボソームがアミノ酸配列へと変換(「翻訳」と呼ぶ)することで合成される。合成途上にある新生タンパク質(新生ポリペプチド鎖、これを新生鎖と呼ぶ)は、リボソームの大サブユニットを貫通する「トンネル」を通過しながら伸長していく。近年、この「トンネル」を通過して新たに生み出される新生鎖は、そのアミノ酸配列の並びなどによって多様にリボソームの機能を制御し得ることがわかってきている。例えば、本研究グループは過去に、負電荷アミノ酸に富む新生鎖を合成する途上で翻訳が破綻する現象(Intrinsic Ribosome Destabilization:内因性リボソーム不安定化現象、IRDと命名)を発見、その生物学的な意義も含めて報告した。ゲノムの遺伝情報の中にはIRDを誘発しタンパク質合成を途中で止め得るアミノ酸配列が多数書き込まれているが、必ずしもその全てが翻訳を中断するとは限らない。どのような条件でIRDが発生して翻訳を終わらせるのかについて、これまでに解明されていなかった。

研究成果

今回本研究グループはこの疑問を解決すべく、ゲノムの遺伝情報中に存在する負電荷アミノ酸に富む配列でのIRDについて検討を行った。その結果、リボソームが翻訳を開始してすぐに負電荷アミノ酸に富む配列を翻訳した場合、IRDによる翻訳破綻リスクが上昇する一方、ある程度合成が進行した場合にはリスクがほぼ抑制されることがわかった。両者の違いの詳細を、実際の細胞は使わない実験環境下(試験管内無細胞翻訳系)や、翻訳中のリボソームのmRNA上の分布を網羅的に記述する「リボソームプロファイリング」という方法で解析した結果、リボソームを貫通する「トンネル」内を占める新生鎖が長くなるほど、また、リボソームのタンパク質合成の場となる触媒中心付近(「トンネル」の入り口付近)での新生鎖のアミノ酸のサイズが大きくなる(かさ高くなる)ほど、IRDを強く抑制することが明らかとなった。つまり、リボソーム内の「トンネル」において新しいタンパク質(ポリペプチド鎖)が、長く、大きく、新たにできていればいるほど、リボソームは不安定化から免れることがわかった。

IRDを誘発し得る負電荷アミノ酸に富んだ配列は大腸菌をはじめとする原核生物の約半数以上の遺伝子に存在するが、リボソームトンネルと新生鎖の緩やかな相互作用によって翻訳の破綻が抑制されることで、細胞内のタンパク質社会の秩序が維持されているものと考えられる。

新生タンパク質(新生ポリペプチド鎖、新生鎖)によるリボソームの安定化によりタンパク質合成時の連続性が保証される。 リボソームはどんなアミノ酸配列でも連結してタンパク質を合成(翻訳)する必要があるが、負電荷アミノ酸が並んだ配列で翻訳が途中で終了するなどリスクを有する配列もある。リボソームに備わっているトンネル内部を合成途上の新生ポリペプチド鎖(新生鎖)が通過するとき、その新生鎖自身がリボソームを安定化し、翻訳の中断を軽減するメカニズムとなることがわかった。その安定化には、1)トンネル内新生鎖の長さ、2)リボソームの触媒中心付近での新生鎖のアミノ酸のサイズ、という2つのメカニズムが関わる。

図1.
新生タンパク質(新生ポリペプチド鎖、新生鎖)によるリボソームの安定化によりタンパク質合成時の連続性が保証される。
リボソームはどんなアミノ酸配列でも連結してタンパク質を合成(翻訳)する必要があるが、負電荷アミノ酸が並んだ配列で翻訳が途中で終了するなどリスクを有する配列もある。リボソームに備わっているトンネル内部を合成途上の新生ポリペプチド鎖(新生鎖)が通過するとき、その新生鎖自身がリボソームを安定化し、翻訳の中断を軽減するメカニズムとなることがわかった。その安定化には、1)トンネル内新生鎖の長さ、2)リボソームの触媒中心付近での新生鎖のアミノ酸のサイズ、という2つのメカニズムが関わる。

今後の展開

これまで、リボソームが新生鎖を内側に内包する「トンネル」構造を持つ理由について様々な議論がされてきた。本研究で見出した「リボソーム『トンネル』はタンパク質合成が途中で終わるリスクを軽減するために必要である」という知見は、そうした議論に新たな視点をもたらし、リボソームの進化学的理解の一助となる可能性がある。また別の観点として、生物が多種多様なタンパク質をできる限りつつがなく合成するための大前提の1つが明らかになったとも言える。リボソームの「トンネル」がタンパク質合成をコントロールする、このメカニズムをさらに深く理解し、応用することで、これまで困難だった有用タンパク質の大量生産も可能になると期待される。

発表者

東京工業大学

科学技術創成研究院

  • 特任助教 茶谷悠平
  • 助教 丹羽達也
  • 教授 田口英樹

生命理工学院

  • 大学院生(修士課程2年 研究当時) 菅田信幸
  • 大学院生(修士課程2年 研究当時) 伊藤遥介

理化学研究所

開拓研究本部 岩崎RNAシステム生化学研究室

主任研究員 岩崎信太郎

用語説明

[用語1] リボソーム : RNAとタンパク質からなる巨大な複合体でタンパク質の合成装置。リボソームはメッセンジャーRNAの塩基配列を読み取って、遺伝子に書き込まれている遺伝暗号に従って20種類のアミノ酸を選び、特定の順番に繋げていくことにより、タンパク質の鎖(ポリペプチド鎖)を合成する。

[用語2] 生命のセントラルドグマ : DNA→RNA→タンパク質という情報の流れと変換を記述した分子生物学の根幹をなす概念のこと。大きくは、DNAの塩基配列の情報がメッセンジャーRNAに写される「転写」と、メッセンジャーRNA、トランスファーRNA、およびリボソームなどの共同作用でタンパク質を合成する「翻訳」に分かれる。

論文情報

掲載誌 :
The EMBO Journal
論文タイトル :
Nascent polypeptide within the exit tunnel stabilizes the ribosome to counteract risky translation
(和訳:リボソームトンネル内の新生ポリペプチド鎖はリボソームを安定化して翻訳失敗のリスクを軽減する)
著者 :
Yuhei Chadani, Nobuyuki Sugata, Tatsuya Niwa, Yosuke Ito, Shintaro Iwasaki, Hideki Taguchi
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

教授 田口英樹

E-mail : taguchi@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5785

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp

「新たな未来」の実現に必要な技術とは―広域塾、DLab共催オンラインワークショップ―

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研究者たちが描く「新たな未来」を実現するためにはどんな科学技術が必要でしょうか?

東京工業大学は10月25日、未来社会DESIGN機構(以下、DLab)と科学技術創成研究院基礎研究機構 広域基礎研究塾(以下、広域塾)の共催で、オンラインワークショップ(以下、WS)を開催しました。DLabは東工大内のみならず、社会と共にワークショップなどを開催し、ありたい未来社会をデザインすることを目指し活動を続けています。広域塾は、異なる専門分野の研究者同士が自らの学術的興味を探究する、あるいは萌芽的な研究課題を見出す場を提供しています。

開催4回目となる2021年は、「私たちが思い描く未来シナリオを実現するためにはどんな科学技術が必要になるか」をテーマに、18名の塾生が参加し若手研究者が理想とする未来を考えました。理想の未来を実現するためにはどのような研究が社会から求められるのか。また、どのような技術で貢献できるのかを一緒に考え、既存のDLab未来シナリオをアップデートし、理想とする未来社会像を発表しました。

DLabの描く未来社会像

DLabの描く未来社会像

コロナ禍によって前倒しになった未来の先を考える

はじめに広域塾の塾長であり、DLabの副機構長も務める科学技術創成研究院の大竹尚登副研究院長からWSの趣旨について説明がありました。その後、塾生たちは5つのグループに分かれ、コロナ禍によって実現が前倒しされたDLab未来シナリオNo.8「おうち完結生活」について意見を交わしました。前倒しできたこととして「多様な働き方を許容すること」「家での時間のうち、生産する時間が増えた」「人生を新たに考える機会が増えた」「食を中心にオンラインンサービスが普及した」「自宅で過ごす(家族と過ごす)時間が増えた」などの意見が挙がりました。一方で、「対面と同じような人と人とのつながり」「開くエッセンシャルワーカーとの格差」「地方インフラの未整備」「快適さに資する技術は未開発」など、達成できていないことへも塾生たちは思考を巡らせました。

コロナ禍により前倒しされた2040年の未来シナリオ

コロナ禍により前倒しされた2040年の未来シナリオ

「コミュニティを自由に選び、つくれるようになる」未来を実現するには?

次に、DLab未来シナリオNo.4「コミュニティを自由に選び、つくれるようになる」から、実現に向けてボトルネックとなる、もしくはなり得る要素について、マインドマップを使いながら分解して考えを深堀りしました。深堀りしていくなかで、「異なるコミュニティ間の摩擦を解消する」「オンラインにも人権を」「バーチャル体験をリアル体験に近づける・バランスをとる」「コミュニティの保護」など、コミュニティで合意しておきたい多様な価値観や、社会制度などについてお互いの意見を出し合いました。その後、「ホログラムなど、発光体そのものを使った3D表現」「ヒトの動きのデジタルツイン[用語1]」など、既存の技術が今後、発展していく上での実現性、また、塾生の研究領域とも関連付けながら議論は進みました。

オンラインツールを使ったグループワークの様子

オンラインツールを使ったグループワークの様子

アップデートした未来シナリオからバックキャストしてテーマを追究する

WSの最後には、各グループによるアップデート版未来シナリオの発表が行われました。塾生らが新たに描いたシナリオを実現するためには、「発光素材の開発」「デジタルツイン技術」「センサー技術」など、塾生の興味や好奇心に立脚した研究テーマのさらなる探究が期待されます。今回のWSは、既存の未来シナリオを起点とし、そのアップデート版を想像することで、新たな研究テーマを持ち帰ってもらう機会となりました。参加した塾生からは、「自身の研究内容と無理矢理にでも関連させることで研究への理解が深まった。同時に、コストなどの制約条件を度外視したうえで実装された様子を具体的に思い浮かべることができた」との感想がありました。

今後もDLabでは若手研究者をはじめ、社会の人々と共に理想の未来を描き、あらゆる人々が理想とする未来を実現するための活動に取組んでいきます。

用語説明

[用語1] デジタルツイン : 現実世界にある情報をもとに、デジタル空間に現実空間のコピー(双子)を再現する技術。

未来社会DESIGN機構

社会とともに「ちがう未来」を描く
科学・技術の発展などから予測可能な未来とはちがう「人々が望む未来社会とは何か」を、社会と一緒になって考えデザインする組織です。

未来社会DESIGN機構(DLab)outer

お問い合わせ先

未来社会DESIGN機構事務局

E-mail : lab4design@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3619


シアワセモは強い光から逃げずに防御する 4細胞緑藻シアワセモの、近縁藻類とは異なる生存戦略を発見

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要点

  • 強い光は、光合成生物にとって生存に関わる脅威となる。緑藻類の多くは、強い光を感じると泳ぐ方向を変えて逃げる。今回、「4細胞で1個体」の世界最小細胞数の多細胞生物・緑藻テトラバエナ(和名:シアワセモ)は、この泳ぐ方向を変える機能が低いかわりに、強い光エネルギーを熱として捨てる光防御能力が高いことが分かった。
  • 泳ぐのが下手なテトラバエナは、根を張って動けない陸上植物に似た生存戦略をとっていると考えられる。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の丹野明日翔大学院生(研究当時)と同大 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の若林憲一准教授、東京大学大学院 理学系研究科の野崎久義准教授(研究当時)、法政大学 自然科学センターの植木紀子教授らの研究グループは、細胞が4つしかない多細胞緑藻「テトラバエナ(和名:シアワセモ)」が、強い光刺激に対して、近縁の緑藻類とは異なる生存戦略をとっていることを明らかにした。

テトラバエナは繊毛[用語1]を使って水中を泳ぐ、緑藻綱ボルボックス目に属する藻類だ。緑藻などの光合成生物にとって光は重要なエネルギー源だが、強すぎる光は脅威となるため、生存に適した光環境を求めて遊泳する「光反応行動」は、遊泳性をもつ藻類にとって必須である。

研究グループはこれまでに、緑藻綱ボルボックス目に属する藻類であるクラミドモナスとボルボックスが、光刺激に対して、繊毛運動によって走光性[用語2]光驚動反応[用語3]といった光反応行動を機敏に示すことを明らかにした。今回、テトラバエナにも同様の光刺激を与えたところ、驚いたことにテトラバエナは光受容機能が失われており、光反応行動を示さないことが分かった。その一方で、強すぎる光エネルギーを熱にして捨てる能力が非常に高いことを発見した。多細胞化進化の過程で光反応行動の能力を失いながらも、代わりに高い光防御能力を得たことで、自然界で生き残ってきたものと考えられる。

この成果は、PLOS ONEに10月26日にオンライン掲載された。

背景

テトラバエナ(和名:シアワセモ)は、淡水に棲む多細胞緑藻の一種である(図1左)。モデル単細胞緑藻クラミドモナス(和名:コナミドリムシ)によく似た細胞が4つ集まった体制をもつ(図1右)。4つの細胞が合わさっていること、またその形状が幸運の象徴である四つ葉のクローバーに似ていることなどから、「シアワセモ」という可愛らしい和名が付けられた。単細胞緑藻が複数寄り集まった姿ではないかとの議論があったが、2013年にれっきとした多細胞生物であることが証明された(Arakaki et al., 2013 PLOS ONE)。以来、「世界最小細胞数の多細胞生物」として知られている。

図1 テトラバエナの顕微鏡像(左)と模式図(右)。 DOI: 10.1371/journal.pone.0259138より引用して改変。

図1. テトラバエナの顕微鏡像(左)と模式図(右)。

DOI: 10.1371/journal.pone.0259138より引用して改変。

分類上、テトラバエナは緑藻綱ボルボックス目に属する。この生物群は、クラミドモナス型の単細胞の祖先生物が約2億年前に多細胞化し、徐々に細胞数を増やしながら進化してきたと考えられている(図2)。単細胞のクラミドモナスから約1万細胞のボルボックスまでさまざまな細胞数の生物が現存しているため、生きている生物でありながら「段階的な多細胞化進化の歴史」の研究対象になるという、ユニークな生物群である。

図2 さまざまなボルボックス目緑藻。カッコ内は細胞数。

図2. さまざまなボルボックス目緑藻。カッコ内は細胞数。

ボルボックス目緑藻の細胞は、1つ1つはモデル単細胞緑藻クラミドモナスによく似ている。細胞に1つ「眼点」と呼ばれる赤い光受容装置をもち、2本の繊毛(鞭毛とも呼ばれる)を波のように動かして遊泳する。眼点は光を感じると外液からイオンを流入させることで細胞に「光を感じた」ことを知らせる(詳細は、以前の東工大ニュース「藻類の「眼」が正しく光を察知する機能を解明|東工大ニュース」を参照)。光を感じた細胞の繊毛の動かし方が変わることで、緑藻は光反応行動を起こす。クラミドモナスは、2本の繊毛を打つ強さのバランス変化によって走光性を、波の形を変えることによって光驚動反応を示す。一方、ボルボックスは、繊毛を動かす面を回転させること、および球体のどの位置でその反応を起こすかを変化させることによって、走光性と光驚動反応を示す(図3)(詳細は、以前の東工大ニュース「ボルボックスの鞭毛が機能分化していることを発見|東工大ニュース」を参照)。ボルボックスは、多細胞化の過程で、その巨体でも光反応行動を示すことができるように、クラミドモナス型祖先単細胞生物から繊毛の制御方法を変えたと考えられる。

図3 クラミドモナスとボルボックス繊毛制御方法の違い。クラミドモナスは通常は繊毛を平泳ぎのように動かして前進遊泳する。弱い光を感じると2本の繊毛の打つ強さのバランスを変えて遊泳方向を変え、走光性を示す。強い光を感じると繊毛の波の形を平泳ぎ型からドルフィンキック型に変えて光驚動反応(後退遊泳)を示す。ボルボックスは通常各細胞から生える2本の繊毛を両方とも後端方向に向かって打つことで前進遊泳する。光を感じると繊毛を打つ面を回転させるが、その角度は前端で約180度、赤道付近で約90度、後端でほぼ0度と前後軸に沿った勾配がある。つまり、前半球では運動方向をほぼ反転させる。弱い光を感じると光源側かつ前半球の繊毛が反転し、前後軸に対して光源側と反対側で推進力の不均衡が生じ、遊泳方向を変えて走光性を示す。強い光を感じると前半球の繊毛が反転し、前半球と後半球の生み出す力が釣り合って光驚動反応(静止)を示す。
図3.
クラミドモナスとボルボックス繊毛制御方法の違い。クラミドモナスは通常は繊毛を平泳ぎのように動かして前進遊泳する。弱い光を感じると2本の繊毛の打つ強さのバランスを変えて遊泳方向を変え、走光性を示す。強い光を感じると繊毛の波の形を平泳ぎ型からドルフィンキック型に変えて光驚動反応(後退遊泳)を示す。ボルボックスは通常各細胞から生える2本の繊毛を両方とも後端方向に向かって打つことで前進遊泳する。光を感じると繊毛を打つ面を回転させるが、その角度は前端で約180度、赤道付近で約90度、後端でほぼ0度と前後軸に沿った勾配がある。つまり、前半球では運動方向をほぼ反転させる。弱い光を感じると光源側かつ前半球の繊毛が反転し、前後軸に対して光源側と反対側で推進力の不均衡が生じ、遊泳方向を変えて走光性を示す。強い光を感じると前半球の繊毛が反転し、前半球と後半球の生み出す力が釣り合って光驚動反応(静止)を示す。

研究成果

研究グループは、この多細胞化に伴う繊毛制御方法の変遷の初期過程を探るため、ボルボックス目の最初の多細胞種であるテトラバエナがどのように光反応行動を示すのかを調べた。すると、驚いたことに、光を当ててもテトラバエナは全く泳ぎ方を変えなかった。走光性も、光驚動反応も示さなかったのである(図4、動画)。その原因は、眼点にあった。テトラバエナ細胞にもクラミドモナスやボルボックスと同様の眼点は存在するが、光刺激を与えてもイオンの流入を全く起こさなかった。

しかし、テトラバエナは秒単位での走光性や光驚動反応は示さなかったものの、分単位でゆっくりと光に向かって集まる「光集合」と呼ばれる行動を示した。この行動は光合成に依存するが、光合成を出発点とするシグナル経路がどのようにしてゆっくりとした方向性のある運動を生み出すのか、そのメカニズムは謎であり、今後の課題である。

クラミドモナスとテトラバエナの走光性検定実験。それぞれの培養液をペトリディッシュにいれ、右側から眼点の光受容体がよく反応する緑色の光を照射した。クラミドモナスは正の走光性を示して右側に集まるが、テトラバエナは集まらなかった。DOI: 10.1371/journal.pone.0259138より引用して改変。
図4.
クラミドモナスとテトラバエナの走光性検定実験。それぞれの培養液をペトリディッシュにいれ、右側から眼点の光受容体がよく反応する緑色の光を照射した。クラミドモナスは正の走光性を示して右側に集まるが、テトラバエナは集まらなかった。
DOI: 10.1371/journal.pone.0259138outerより引用して改変。

動画1 : 動画開始5秒後にクラミドモナスに弱い光を左から照射した。多くの細胞は遊泳方向を左へ転換、つまり正の走光性を示した。
DOI: 10.1371/journal.pone.0259138outerより引用

動画2 : 動画開始5秒後にテトラバエナに弱い光を左から照射した。個体の遊泳方向転換は見られなかった。
DOI: 10.1371/journal.pone.0259138outerより引用

動画3 : カウンター50でクラミドモナスに強い光を照射した。直後に繊毛の運動波形を変換して後退遊泳、つまり光驚動反応を示した。動画は1/20倍速。
DOI: 10.1371/journal.pone.0259138outerより引用

動画4 : カウンター50でテトラバエナに強い光を照射した。光驚動反応は示さなかった。動画は1/20倍速。
DOI: 10.1371/journal.pone.0259138outerより引用

光合成生物にとって、光はエネルギー源であるが、強すぎる光は脅威になる。例えば、光合成反応が飽和しているときにさらに強い光を浴びると、光合成の反応場において活性酸素種が産生される。これによってタンパク質や脂質などが変性し、やがては細胞死に至る。光合成生物は、この光障害を避けるために多様な光防御システムを備えているが、その1つに、余分な光エネルギーを熱として捨てる熱放散機構[用語4]がある。陸上植物の葉緑体はいつでもこの機構を使うことができるが、クラミドモナスなどの緑藻の葉緑体は、この機構を誘導するタンパク質を発現させるという「下準備」ができて初めて作動する。クラミドモナスやボルボックスが示す光反応行動も、強すぎず弱すぎない適切な光環境に泳いで移動するための光防御システムの一環であると考えられている。

研究グループは、テトラバエナが光反応行動を示さないのは、他の光防御システムが発達しているからではないかと予測し、熱放散機構に着目したところ、テトラバエナの熱放散機構の能力はクラミドモナスよりも顕著に高く、かつ下準備を要せずいつでも発現可能であった(図5)。

クラミドモナスとテトラバエナの熱放散機構。クラミドモナスは常温の弱光では値が低く、低温処理や強光照射などによって機構がONになり、値が高くなる。一方、テトラバエナは温度や光条件を問わずいつでも、かつクラミドモナスよりも顕著に高い値を示した。DOI: 10.1371/journal.pone.0259138より引用して改変。
図5.
クラミドモナスとテトラバエナの熱放散機構。クラミドモナスは常温の弱光では値が低く、低温処理や強光照射などによって機構がONになり、値が高くなる。一方、テトラバエナは温度や光条件を問わずいつでも、かつクラミドモナスよりも顕著に高い値を示した。
DOI: 10.1371/journal.pone.0259138outerより引用

4細胞が横に並ぶ体制になったテトラバエナは、クラミドモナスやボルボックスのように上手に遊泳方向の舵取りをすることができない。そのため、光反応行動を半ば捨て、その代わり、根を下ろしたらその場から動けない陸上植物によく似た「常に熱放散機構ON」という生存戦略をとったと予想される(図6)。このことは、テトラバエナが生息する場所が浅い池や極地の水たまりなど、日光から逃げにくい場所であることとも関係すると考えられる。
光反応行動の生理的意義は、これまではっきりとした証明実験がなかった。今回、迅速な光反応行動を示せないテトラバエナの熱放散能力が高かったことは、光反応行動が光防御システムの一環であるとの考えを強めるものと推測できる。

クラミドモナスとテトラバエナの生存戦略の違い。クラミドモナスは強光を浴びると負の走光性や光驚動反応によって光から逃げ、その間に熱放散機構をONにする。一方、テトラバエナは強光から逃げられない代わりに、常に熱放散機構をONにして備えている。
図6.
クラミドモナスとテトラバエナの生存戦略の違い。クラミドモナスは強光を浴びると負の走光性や光驚動反応によって光から逃げ、その間に熱放散機構をONにする。一方、テトラバエナは強光から逃げられない代わりに、常に熱放散機構をONにして備えている。

今後の展開

他の遊泳性藻類で今回と同様の実験を行うことによって、今回テトラバエナとクラミドモナスの比較で判明した光反応行動能力と熱放散能力の負の相関関係が、他の生物にも適用できるのかどうかを明らかにする。これにより、地球上の重要な一次生産者である藻類の生存戦略の一端の解明につなげる。また、テトラバエナの「常時熱放散機構ON」のしくみを明らかにすることによって、バイオ燃料等を産生する有用藻類を屋外で大量培養する際の効率化に貢献できるものと期待される。

付記

本研究は科学研究費補助金(15H05599, 16H06556, 17K07370, 19H03242, 20H03282, 20K21420, 21H00420, 21K06295)、大隅基礎科学創成財団、ダイナミック・アライアンスの援助を受けて行った。

用語説明

[用語1] 繊毛 : 真核生物細胞から生える毛状の運動する細胞小器官。本数が少なく長いものを鞭毛、本数が多く短いものを繊毛と呼ぶが、本質的には同じものであり、緑藻のものは繊毛と用語統一されつつある。精子のように細胞の推進力を生み出したり、気管上皮のように細胞の周囲に水流をつくったり、生体にとって重要な機能をもつ。ヒト体内には脳室、気管、卵管、精子などに運動性鞭毛・繊毛が存在する。それらの運動異常によって生じる疾患は原発性不動繊毛症候群と呼ばれる。

[用語2] 走光性 : 生物が照射される光に反応して移動する性質。光源方向に近づく場合は正の走光性、離れる場合は負の走光性と呼ぶ。光走性(ひかりそうせい)と呼ばれることもある。

[用語3] 光驚動反応 : 生物が強い光強度変化に応答して、運動を止めたり、運動方向を逆転させたりする反応。光忌避反応と呼ばれることもある。

[用語4] 熱放散機構 : 光合成の反応場である光化学系複合体が、過剰な光エネルギーを浴びたときに複合体を再編し、光エネルギーを熱として発散させる機構。クロロフィル蛍光の非光化学的消光(Non-photochemical quenching)のqEクエンチングとして測定ができる。

論文情報

掲載誌 :
PLOS ONE
論文タイトル :
The four-celled Volvocales green alga Tetrabaena socialis exhibits weak photobehavior and high-photoprotection ability
著者 :
Asuka Tanno, Ryutaro Tokutsu, Yoko Arakaki, Noriko Ueki, Jun Minagawa, Kenjiro Yoshimura, Toru Hisabori, Hisayoshi Nozaki, and Ken-ichi Wakabayashi
DOI :

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「夏の電脳甲子園」第27回スーパーコンピューティングコンテスト開催報告

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「夏の電脳甲子園」として、高校生・高専生が4日間をかけて難題を解くプログラムを作成し、その性能を競う「スーパーコンピューティングコンテストSuperCon(スーパーコン)2021」(以下、スーパーコン)の本選が、8月23日から8月27日にかけて開催されました。

スーパーコンは、高等学校もしくは高等専門学校の高校相当学年の学生からなる2~3人のチームが、スーパーコンピュータを駆使して難問を解くプログラミングコンテストで、これまでは東京工業大学学術国際情報センターと大阪大学サイバーメディアセンターが共同主催として実施してきました。従来は、東日本会場(東工大)と西日本会場(大阪大)に、高校生・高専生チームが集い、コンテスト本選に参加するという形式で実施してきました。新型コロナウイルス感染症拡大により昨年は本選を中止し、今年はリモート形式で実施しました。

今回より、理化学研究所計算科学研究センターが共同主催に加わり、本選では、スーパーコンピュータ「富岳」が使用されました。今回のプログラムの作成では、いかに富岳の特徴を生かして効率よく計算を実行するプログラムを作るかということがポイントとなりました。

今年の本選問題

感染症の流行予測や解析に数理モデルが広く使われている。簡単な数理モデルでは社会をひとつの大きな集団とみなすが、実際の社会は人々が密に接触する集団(たとえば会社や学校、あるいは年齢で分かれたコミュニティなど)がいくつも集まって構成されている。いったんひとつの集団の中で誰かが感染すると、それは集団の中で早く広まるだろう。それに対して、感染症が集団の間で伝わるのはそれより遅いに違いない。しかも、直接つながりがある集団同士では比較的早く伝わるが、間接的にしかつながっていない集団の間では伝わるのに時間がかかるはずである。ところが、集団同士がどのようにつながっているかは簡単にはわからない。 そこで、逆に感染症の伝わりかたから集団同士のつながりかたを推測してみよう。

課題説明

課題説明

課題説明

発表会・表彰式

発表会・表彰式は8月27日に、リモート形式で開催されました。大阪大学の尾上孝雄理事・副学長による開会の辞の後、東工大の益一哉学長から開会のあいさつが行われました。その後、文部科学省研究振興局の杉野剛局長、情報処理学会の高岡詠子教育担当理事、電子情報通信学会コンピュテーション研究専門委員会の増澤利光委員長の来賓あいさつが行われました。

開会の辞を述べる大阪大の尾上理事・副学長
開会の辞を述べる大阪大の尾上理事・副学長

開会のあいさつをする益学長
開会のあいさつをする益学長

続いて、本選課題・審査方法の説明等について、スーパーコン実施委員会委員長である大阪大学サイバーメディアセンタ-の菊池誠教授より説明がありました。結果発表では、1位 チームCitrus(灘高等学校)、2位 チームNPC(N高等学校)、3位 チームNovice(灘高等学校)が発表され、表彰状の授与が行われました。あわせて、学会奨励賞(電子情報通信学会情報・システムソサイエティスーパーコンピューティング奨励賞、情報処理学会若手奨励賞)がチームCitrusに授与されることが発表されました。

本選結果

順位

チーム名

学校名

1

Citrus

灘高等学校

2

NPC

N高等学校

3

Novice

灘高等学校

閉会のあいさつをする理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡センター長
閉会のあいさつをする理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡センター長

発表会・表彰式終了後は、スーパーコン実施委員会メンバーと高校生チームメンバーとの交流会がリモートで実施されました。特に、参加チームの提出プログラムにおける工夫点や「どのようにしてそのようなアイデアを思いついたか?」ということについて、それぞれが1時間以上語り合いました。

お問い合わせ先

スーパーコン21実施委員会

E-mail : sc21query@gsic.titech.ac.jp

ナノスケールにおける有機分子の熱伝導特性の可視化に成功 光・電子デバイス等の高寿命化・高機能化への寄与に期待

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要点

  • 有機分子の熱伝導特性を非破壊的かつ高精度で可視化する新規手法を開発
  • 熱伝導特性が分子構造に依存することを実証し、熱伝導の本質的な理解を促進
  • 電子機器開発等において求められる熱マネージメント制御技術の発展に期待

概要

東京工業大学 理学院 化学系の藤井慎太郎特任准教授、西野智昭准教授、科学技術創成研究院の庄子良晃准教授、福島孝典教授らのグループは、有機分子薄膜のナノスケール領域での熱伝導特性(熱の伝わりやすさ)を走査型サーマル顕微鏡(Scanning Thermal Microscopy(SThM))[用語1]によって可視化して、画像として示すことに世界で初めて成功した。

今回開発されたイメージング手法によって、分子スケールの熱伝導特性が分子の構造や長さに依存することが実証され、ナノスケールでの熱輸送現象の理解が促進されると考えられる。また、既存の表面構造・温度測定手法では、試料と測定部が接触することから損傷が起きやすかったが、本研究で見出された新規手法は非接触で、試料を傷つけることなく高分解能の温度分布測定が可能である。

本研究成果により、微小な電子デバイスの高性能化や熱電エネルギー変換の効率化につながる、高度な熱マネージメント[用語2]技術開発が加速することが期待できる。

本研究成果は2021年10月29日、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載された。

背景

「ナノスケールの領域において、熱はどのように伝わるのか?」という問いは、学術的な観点に加え、さまざまな産業における熱マネージメントの観点においても極めて重要な意味を持ちつつある。例えば、光・電子デバイスは半導体回路において必ず発熱が生じ、動作不安定化にもつながる過剰な発熱は避けるべき大敵である。発生した熱を素早く放熱させられる基板の素材開発や設計が常に求められてきたが、デバイスの大きさがナノメートルサイズ(1ナノメートルは1センチメートルの1,000万分の1の長さ)になったことで、熱の発生や移動の挙動もナノスケールで理解する必要性が高まっている。また、発熱を電気に変換する熱電エネルギー変換技術の開発においては、わずかな熱エネルギーをも効率的に回収・集約して電気エネルギーに変えていくことや、微小な空間での温度差も有効に発電に活用する技術などが重要となる。

上記の技術開発を進めていく上では、ナノメートルサイズでの熱の流れをも把握し、適切にコントロールすることが不可欠と言える。

熱マネージメントの重要性が高まる一方で、熱エネルギーがどのように発生し、蓄積され、どの程度の速度でどこに移動し、変換されているのか、といった熱動態の理解については研究の余地が多く残されている。特に有機分子に関しては、微小空間での温度測定手法が確立されておらず、単分子、単分子膜、薄膜などのナノスケールにおける熱伝導特性を解明するための研究は未開拓の領域であった。

研究成果

本研究では、有機分子が形成する自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer(SAM))[用語3]を用いて微小な縞状の表面パターン構造を作製し、その熱伝導特性を走査型サーマル顕微鏡(SThM)により可視化することを試みた。図1に示す通り、構成する官能基や分子鎖長の異なる有機分子を2種類組み合わせた膜を、計3パターン作製して実験を行った。

図1 縞状にパターン化された2成分単分子膜の構造模式図、ならびに接触および非接触モードによるSThM測定イメージ図

図1. 縞状にパターン化された2成分単分子膜の構造模式図、ならびに接触および非接触モードによるSThM測定イメージ図

従来法では、熱源であるSThMの探針を測定対象(単分子膜)に接触させながら、膜の温度変化について場所ごとに測定する。この方法で測定した結果、熱伝導性が膜の構成分子の化学構造に依存することを実証したが、2つの膜については明瞭な測定結果を得ることができなかった(図2上)。興味深いことに、計測手法を工夫し、熱源を単分子膜から数百ナノメートルの距離を隔ててSThM測定を行うと、単分子膜の表面パターンが接触条件よりも高解像度で可視化できることを見出した(図2下)。すなわち、熱伝導特性が異なる分子がどのように分布しているのかを、より高精度に判断することが可能となった。これは、本研究によって世界で初めて得られた知見である。非接触イメージングを可能とした要因としては、熱源から試料表面への輻射による熱輸送が、単分子膜を構成する分子の長さに依存して変化することが挙げられる。

また、表面構造を調べるために用いられる原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy(AFM))[用語4]では、探針を試料表面に接触させて荷重を加えるため、試料表面の変形や破壊により、試料表面のイメージにその影響が現れる。しかし、今回見出された非接触条件のイメージングは非破壊的かつ高分解能で試料表面の温度分布を可視化できるため、熱マネージメント材料を対象としたナノスケールイメージング技術のイノベーションに大きく貢献できる成果である。

図2 接触モードおよび非接触モードで得られた単分子膜の表面パターンの画像

図2. 接触モードおよび非接触モードで得られた単分子膜の表面パターンの画像

今後の展開

特に電子機器における熱マネージメントの問題は、微細化されたデバイスやそれを用いた機器の高性能化の障壁となっている。この問題を解決するためは、ナノスケールの伝熱特性を本質的に理解し、それに基づき材料、ならびに表面の化学的・物理的性質を設計することが不可欠である。本研究で開発したナノスケールにおける熱伝導特性のイメージング技術は、これまで未開拓であったナノスケールにおける熱の振る舞いの本質的な理解とともに、デバイスの高機能化・高性能化を可能にする熱マネージメント材料の開発につながると期待できる。

付記

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「ナノスケール・サーマルマネージメント基盤技術の創出」(研究総括:丸山茂夫 東京大学 教授)
研究課題名:「分子ダイナミクスを利用した熱マネージメント」
研究代表者:福島孝典 東京工業大学 教授

用語説明

[用語1] 走査型サーマル顕微鏡(Scanning Thermal Microscopy(SThM)) : 微小な温度センサを内蔵した鋭い探針で基板をなぞることで、表面の温度をナノスケールで計測することができる顕微鏡。

[用語2] 熱マネージメント : 電子機器において熱は必ず発生する。このため、発熱量の大きな部品を使用する機器では適切な熱設計を行わないと機器の誤作動により信頼性が低下し、機器の寿命が短くなる。この問題を解決するためには、発熱を適切に管理する必要がある。

[用語3] 自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer(SAM)) : 有機分子が金属等の表面に1分子ずつ吸着することで自発的に形成される、極めて薄い膜。

[用語4] 原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy(AFM)) : カンチレバー(片持ち梁)の先端に取り付けた鋭い探針を用いて、試料表面をなぞり、その時のカンチレバーの上下方向への変位を記録することにより、試料表面の凹凸形状の計測することができる顕微鏡。カンチレバーの先端に温度センサを取りつけた走査型サーマル顕微鏡は原子間力顕微鏡の一種である。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Visualization of Thermal Transport Properties of Self-Assembled Monolayers on Au(111) by Contact and Noncontact Scanning Thermal Microscopy
著者 :
Shintaro Fujii, Yoshiaki Shoji, Takanori Fukushima, and Tomoaki Nishino
DOI :

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東京工業大学 理学院 化学系

特任准教授 藤井慎太郎

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Tel / Fax : 03-5734-2610

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環境省ぐぐるプロジェクト ラジエーションカレッジセミナー特別講義を附属高校にて開催

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東京工業大学附属科学技術高等学校は、10月26日に環境省主催の「ぐぐるプロジェクト ラジエーションカレッジセミナー」を附属高校の生徒を対象に開催しました。

参加者の集合写真(撮影のときのみマスクを外しています)

参加者の集合写真(撮影のときのみマスクを外しています)

「ぐぐるプロジェクト ラジエーションカレッジ」は、環境省が放射線の健康影響に関する情報発信を展開するという取り組みで、主に大学生、大学院生、専門学校生を対象としています。「ぐぐる」とは「学び、知をつむぐ」、「人、町、組織をつなぐ」、「自分ごととしてつたわる」の語尾からとったもので、放射線の健康影響について、「知る」、「学ぶ」、「決める」、「聴く」、「調べる」といった視点で様々なことに取り組みます。

今回、全国で初めて高校でのラジエーションカレッジセミナーを開催しました。本事業を担当する環境省大臣官房環境保健部放射線健康管理担当参事官室のアミール偉主査が東工大の卒業生であり、大学院在学中に附属高校で理科・化学の講師を務めていたことから実現したものです。

セミナーには1~3年生の希望者18名が参加しました。メインテーマは「情報の信頼性を考える」(講師:アミール主査)です。大学生を対象とした通常のラジエーションカレッジセミナーでは放射線の基礎を中心とした内容を扱いますが、今回は異なる設定にしていただきました。また、メインテーマの他に「手術におけるテクノロジー」(講師:環境省大臣官房環境保健部放射線健康管理担当参事官室 小川総一郎参事官補佐)をテーマに設定し、2部構成の特別講義となりました。アミール主査の講演は、放射線に関する情報を読み解く力と風評にまどわされない判断力を身につけることを目的としました。また、小川参事官補佐の講演は、生徒が現在学んでいる科学技術が医療現場でどのように使われているのかを知ることによって、さらに科学技術に興味・関心を持ってもらうことを狙いとしました。

アミール主査の講演

アミール主査の講演

小川参事官補佐の講演

小川参事官補佐の講演

講演は双方向な環境で行われ、Webツールを使った質疑応答では多くの質問が出ました。セミナー終了後も残って熱心に質問している生徒もおり、高校生にとって非常に有意義な時間となりました。

参加した生徒の感想

  • これまで、いくつかの授業でレポート作成の課題に取り組む際、「ネットの情報はうのみにしてはいけないよ」と先生方から注意喚起がなされてはいたものの、どうしてもネットに書かれたことが正しいと思い込んでしまうことが多々ありました。そこで、今回の講義にて「情報」の怖さを具体例と共に学ぶことができ、今後の自分自身にとって有意義な時間となりました。ありがとうございました。
  • 環境省や放射線のことだけでなく、情報の信頼についても学ぶことができ、これから自分が生活していく上で、偏見や噂に対する態度を考えるきっかけとなったのでとても良い経験となったと思う。また、環境省と聞いて、今まではイメージがしにくかったが、話を聞いて、環境省への考えを改めることができた。

お問い合わせ先

附属科学技術高等学校

E-mail : science-workshop@hst.titech.ac.jp

DNA複製へのスイッチ、鍵は何? 細胞増殖へ進むか止まるか、正常な細胞とがん細胞の違いを発見

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要点

概要

大阪大学大学院生命機能研究科の林陽子特任助教(常勤)、平岡泰教授、東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの木村宏教授らの研究グループは、G1期の複製開始複合体MCM複合体の形成がヒストン修飾の変化によって制御されることを世界で初めて明らかにしました。

細胞が増殖するためには、DNAが複製される必要があります。DNAを複製する時期は、S期、その前の準備の期間は、G1期と呼ばれます。G1期は、細胞増殖のために複製期に進行するか、そのまま細胞周期の進行を停止するかを決める重要な時期です。MCM複合体はDNA複製を行う際にDNAのねじれを解く役割があり、S期の開始までには(つまり、G1期の終了までに)クロマチン[用語6]上でMCM複合体の六量体単体(シングル)から六量体が2つ連結した状態(ダブル)に遷移することが知られていました。しかしながら、G1期の長い(~数十時間)ヒト細胞において、どのような過程を経てダブル六量体が形成されるのかは不明でした。

今回、ヒト細胞ではG1期に進行したばかりの初期には、MCMはシングル六量体の状態にあり、S期が始まる3~4時間前(G1期後期)になって初めてダブル六量体を形成することが分かりました(図1)。また、この変化に先行して、ヒストンH4K20[用語7]におけるヒストンメチル化修飾[用語8]がモノメチル化からジ・トリメチル化へ転換することが必須であることが分かりました。細胞周期の長い細胞では、MCMはシングル六量体の状態で留まることから、MCMの状態変化はDNA複製への進行過程を反映するものであり、細胞増殖の理解に繋がる重要な発見と言えます。

本研究成果は、イギリス科学誌「Nucleic Acids Research」に、11月19日(金)9時(日本時間)に公開されました。

図1 MCMの変化とヒストン修飾 MCMタンパク質は複製期が始まる前までにダブル六量体を形成する必要がある。G1期におけるシングル六量体からダブル六量体の変化には、ヒストンH4K20修飾のモノメチル化(me1)からジ・トリメチル化(me2・me3)への転換が必須であることがわかった。

図1. MCMの変化とヒストン修飾

MCMタンパク質は複製期が始まる前までにダブル六量体を形成する必要がある。G1期におけるシングル六量体からダブル六量体の変化には、ヒストンH4K20修飾のモノメチル化(me1)からジ・トリメチル化(me2・me3)への転換が必須であることがわかった。

背景

真核生物のDNA複製は、常に複製起点と呼ばれるDNA領域から開始されます。DNA複製が開始するためには、まず複製開始複合体が複製起点に結合する必要があります。

複製開始複合体の一因子MCM(シングル六量体)は、DNAに結合しねじれを解く働きがあると知られていました。DNA複製は両方向に向かって進行することから、2セットのMCM(ダブル六量体)が必要になります。しかしながらMCMが、どのようにダブル六量体を形成するかは明らかではありませんでした。

内容

研究グループでは、hTERT-RPE1細胞(不死化ヒト網膜色素上皮細胞)を用いて、シングルセルプロット解析法[用語9]によりクロマチン画分に結合するMCM量が細胞周期の進行にともなってどのように変化するかを調べました(図2)。MCM量は、G1期初期では少~中程度だったのに対し、G1期後期になると多くなることが分かりました。

次に、G1期初期とG1期後期におけるMCM量の違いが何によるかを調べるために、ショ糖密度勾配法[用語10](図3)によって生化学的に調べました。その結果、G1期初期ではMCMはシングル六量体であり、G1期後期ではダブル六量体を形成することがわかりました。

図2 シングルセルプロット解析によるMCMタンパク質の細胞周期における変化 (上段)DNAを染色するHoechst、S期のマーカーであるEdUおよびMCMに対する抗体で免疫染色[用語11]を行った。(中段)細胞核(Hoechst)の領域内のそれぞれの輝度を測定した。(下段)横軸にHoechstをとってグラフ化した。(左)EdUの高い領域はS期(オレンジ色)、Hoechstの低いグレー領域はG1期、高いグレー領域はG2期となる。(右)縦軸をMCMで表した。左でオレンジ色のS期のものは、右でもオレンジ色で示した。MCMのG1期は値が大きく変化することが分かる。

図2. シングルセルプロット解析によるMCMタンパク質の細胞周期における変化

(上段)DNAを染色するHoechst、S期のマーカーであるEdUおよびMCMに対する抗体で免疫染色[用語11]を行った。(中段)細胞核(Hoechst)の領域内のそれぞれの輝度を測定した。(下段)横軸にHoechstをとってグラフ化した。(左)EdUの高い領域はS期(オレンジ色)、Hoechstの低いグレー領域はG1期、高いグレー領域はG2期となる。(右)縦軸をMCMで表した。左でオレンジ色のS期のものは、右でもオレンジ色で示した。MCMのG1期は値が大きく変化することが分かる。

図3 ショ糖密度勾配法によるMCMタンパク質の分画 ショ糖密度勾配法で遠心分離を行い、密度の低い物質と高い物質を分離する。MCMのシングル六量体とダブル六量体はそれぞれ異なる密度であることから、どの位置にMCMが存在するかによって、シングルかダブルかが判別できる。

図3. ショ糖密度勾配法によるMCMタンパク質の分画

ショ糖密度勾配法で遠心分離を行い、密度の低い物質と高い物質を分離する。MCMのシングル六量体とダブル六量体はそれぞれ異なる密度であることから、どの位置にMCMが存在するかによって、シングルかダブルかが判別できる。

細胞周期のフェーズがどの程度の長さかを複数の細胞で調べました(図4)。MCMのクロマチン結合量の多いG1期後期は3~4時間程度で、癌細胞のように増殖が盛んな細胞でも、正常細胞のように細胞周期が長い細胞でもほとんど変わりませんでした。つまり、一度クロマチンに結合するMCM量が多くなると3~4時間程度で複製期に移行することになります。一方で、MCM量が少~中程度のG1期初期は、癌細胞では7~8時間程度だったのに対し、細胞周期の長い細胞では数十時間にも及びました。この結果は、細胞周期の長さはG1期初期の長さに大きく影響を受けることを示唆していました。

図4 癌細胞と正常細胞の細胞周期の長さの違い G1期後期・S期・M期の長さは、癌細胞と正常細胞とでは変わらなかった。一方で細胞周期の長い正常細胞では、G1期初期の長さも長いことがわかった。

図4. 癌細胞と正常細胞の細胞周期の長さの違い

G1期後期・S期・M期の長さは、癌細胞と正常細胞とでは変わらなかった。一方で細胞周期の長い正常細胞では、G1期初期の長さも長いことがわかった。

さらに、このMCMがシングル六量体からダブル六量体を形成する前に、ヒストンH4K20me1がme2/me3になることがわかりました(図5)。ヒストンH4K20me2/me3への変化を阻害すると、MCMはダブル六量体を形成できずシングル六量体で留まることから、G1期の進行においてヒストンメチル化修飾がme1からme2/me3に変化することが必須であることになります。ヒストン修飾はエピジェネティクス制御[用語12]に関わり遺伝子発現に関与することが報告されていますが、今回の結果から遺伝子発現だけでなく細胞周期のG1期の進行にも重要な働きを持つことが分かりました。

図5 ヒストンメチル基転移酵素の働き ヒストンH4K20me1からme2/me3へ転移させるメチル基転移酵素が働くことで、MCMはシングル六量体からダブル六量体を形成する。

図5. ヒストンメチル基転移酵素の働き

ヒストンH4K20me1からme2/me3へ転移させるメチル基転移酵素が働くことで、MCMはシングル六量体からダブル六量体を形成する。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、細胞周期、G1期の進行はヒストンメチル化修飾に依存することが分かりました。ヒストン修飾はエピジェネティクス制御に関わることから、遺伝子発現制御と細胞周期との関係が注目されます。また癌細胞と正常細胞の細胞周期の長さの違いはG1期初期の状態に依ることから、癌細胞を標的とした創薬への応用も期待されます。

付記

本研究は、浦上食品・食文化振興財団(林陽子)、内藤記念科学振興財団(林陽子)、日本学術振興会科学研究費助成事業新学術領域研究「減数分裂における細胞核・クロマチン構造の変換メカニズム(研究代表者:平岡泰)」、同新学術領域研究「クロマチン機能を保証する核膜の構造と分子基盤(研究代表者:原口徳子)」、同新学術領域研究「細胞核・クロマチン構造のダイナミクスと遺伝子制御(研究代表者:木村宏)」、同新学術領域研究「再構成とエピゲノム編集による初期胚核の機能性獲得機序の理解(研究代表者:山縣一夫)」、同新学術領域研究「空間トランスオミクス技術の開発(研究代表者:大川恭行)」、同新学術領域研究「高転写状態獲得を理解するためのエピゲノム・トランスクリプトーム解析技術の開発(研究代表者:大川恭行)」、同新学術領域研究「高深度解析を可能とする単一細胞空間オミクス技術の開発(研究代表者:大川恭行)」、同新学術領域研究「ヘテロクロマチン構造形成の分子機構(研究代表者:中山潤一)」、同新学術領域研究「ヘテロクロマチンボディーの構築原理の解明(研究代表者:小布施力史)」、同基盤研究A(平岡泰、大川恭行)、同基盤研究B(大川恭行、原口徳子、小布施力史)、同萌芽研究(大川恭行)の一環として行われました。

用語説明

[用語1] 複製開始複合体 : 複製開始起点に結合する4種類のタンパク質からなる複合体。この複合体の形成によって、DNA複製が開始される。

[用語2] MCM(ミニクロモソーム・メンテナンス) : minichromosome maintenance。複製開始複合体の一因子。6つの構成タンパク質から成るリング状のヘキサマーであり、DNAヘリケースとして働く。DNA複製は両方向に進むことから、複製期が始まる前までにダブルヘキサマーをDNA上に形成する必要がある。

[用語3] ヒストン修飾 : ヒストンとは、真核生物のクロマチンの基本単位であるヌクレオソーム(nucleosome)を構成する塩基性タンパク質で、DNAを核内に収納する働きを持つ。真核生物では、DNAは4種類のコアヒストン(H2A、H2B、H3、H4)から成るヒストン8量体に巻き付いて、ヌクレオソームを形成。このDNAとヒストンの複合体であるヌクレオソームが連なった構造をクロマチンと呼ぶ。ヒストンのN末端領域は、アセチル化、メチル化、リン酸化、モノユビキチン化など様々な翻訳後修飾を受けることが報告されており、この修飾を総じてヒストン修飾と呼ぶ。これらの修飾はクロマチン構造を変化させ、エピジェネティックな遺伝子発現制御に関わっていると考えられている。

[用語4] 細胞周期 : 1つの細胞が2つの娘細胞を生み出す過程で起こる一連の事象、およびその周期のこと。一般に細胞周期は、G1、S、G2、M期から構成される。S期にはDNAの複製、M期には細胞分裂が行われる。

[用語5] G1期 : 細胞周期の時期のひとつで、M期が終わってからS期が始まるまでの期間。G1期は、細胞増殖のためにS期に進行するか、細胞増殖を休止・停止するかを決定する重要な時期である。

[用語6] クロマチン : 真核生物の細胞核にあるDNAとタンパク質(主にヒストン)の複合体。

[用語7] ヒストンH4K20 : ヒストンH4のリジン残基20番目。

[用語8] ヒストンメチル化修飾 : ヒストンのメチル化修飾は主にリジン残基に見られ、モノメチル化(me1)、ジメチル化(me2)、トリメチル化(me3)の三段階の状態がある。

[用語9] シングルセルプロット解析法 : 蛍光顕微鏡で取得した画像の輝度をグラフ化する手法。焦点の合わない細胞や不完全な形のものを除くことで、フローサイトメトリーよりも精度の高い結果が得られる。特別な機材は必要とせず汎用の顕微鏡による画像を用いるため、特異的な認識抗体さえ手に入れば非常に応用範囲の広い手法である。

[用語10] ショ糖密度勾配法 : 実験手法で、遠心チューブの底部から上部に向けて次第に濃度が低下するようにショ糖溶液の密度勾配を作り、最上部に試料を重層する。チューブを遠心することで試料中に含まれる物質を大きさや重さに応じて分離分画する方法。図3参照。

[用語11] 免疫染色 : 抗原抗体反応という免疫反応を利用して、特定の物質を染色する方法。

[用語12] エピジェネティクス制御 : 遺伝子発現に関わるゲノム領域の活性化状態を調節し、そしてその状態を細胞が分裂した後も記憶し継承するしくみ。

論文情報

掲載誌 :
Nucleic Acids Research
論文タイトル :
Chromatin loading of MCM hexamers is associated with di-/tri-methylation of histone H4K20 toward S phase entry
著者 :
Yoko Hayashi-Takanaka(1), Yuichiro Hayashi(2), Yasuhiro Hirano(1), Atsuko Miyawaki-Kuwakado(3), Yasuyuki Ohkawa(3), Chikashi Obuse(4), Hiroshi Kimura(5), Tokuko Haraguchi(1) and Yasushi Hiraoka(1)
所属 :
(1)大阪大学大学院生命機能研究科
(2)関西医科大学
(3)九州大学生体防御医学研究所
(4)大阪大学大学院理学研究科
(5)東京工業大学科学技術創成研究院
DOI :

お問い合わせ先

大阪大学 大学院生命機能研究科

教授 平岡泰

E-mail : hiraoka@fbs.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6879-4621 / Fax : 06-6879-4622

大阪大学 大学院生命機能研究科

特任助教 林陽子

E-mail : ythayashi@fbs.osaka-u.ac.jp
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東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

教授 木村宏

E-mail : hkimura@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5742

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

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