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令和3年度名誉教授懇談会及び職員等の栄誉の祝賀会開催報告

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令和3年4月にグランドオープンした「Hisao & Hiroko Taki Plaza」の見学会を実施
令和3年4月にグランドオープンした「Hisao & Hiroko Taki Plaza」の見学会を実施

東京工業大学の「名誉教授懇談会及び職員等の栄誉の祝賀会」が11月26日に、大岡山キャンパス東工大蔵前会館で行われました。名誉教授およそ50名と栄誉の祝賀を受ける13名が出席しました。
今年度は開催前に、名誉教授を対象として、4月にグランドオープンした「Hisao & Hiroko Taki Plaza」の見学会を実施しました。

祝賀会は、栄誉の祝賀を受けた20名の紹介と記念品贈呈に始まり、代表して4月29日に瑞宝重光章を受章された相澤益男元学長(名誉教授)があいさつしました。
昨年度は新型コロナウイルス感染症の影響により、名誉教授懇談会を開催することができなかったため、令和2年から令和3年にかけて新たに名誉教授に選ばれた37名が紹介されました。その中から鈴木啓介名誉教授(栄誉教授・特命教授)が代表してあいさつしました。続いて、益一哉学長があいさつと近況報告を行いました。

栄誉の祝賀を受ける方は、名誉教授及び本学教職員等のうち、過去1年間にノーベル賞や文化勲章、叙勲、褒章など教育研究活動の功績をたたえる賞、もしくは顕彰を受けた方となります。

栄誉の祝賀を受ける方を代表してあいさつする相澤益男元学長(名誉教授)
栄誉の祝賀を受ける方を代表してあいさつする相澤益男元学長(名誉教授)

新名誉教授を代表してあいさつする鈴木啓介名誉教授(栄誉教授・特命教授)
新名誉教授を代表してあいさつする鈴木啓介名誉教授(栄誉教授・特命教授)

近況報告を行う益一哉学長
近況報告を行う益一哉学長

記念品を贈る益一哉学長(左)と栄誉の祝賀を受ける廣瀬茂男名誉教授(右)
記念品を贈る益一哉学長(左)と栄誉の祝賀を受ける廣瀬茂男名誉教授(右)

栄誉の祝賀を受けた方、また新たに名誉教授に選ばれた方は以下のとおりです。

令和3年度東京工業大学職員等の栄誉の祝賀該当者

()内は在職時・現職所属等

瑞宝重光章

相澤益男(元学長、大学院生命理工学研究科 名誉教授)

瑞宝中綬章

廣瀬茂男(大学院理工学研究科 名誉教授)
今田髙俊(大学院社会理工学研究科 名誉教授)
齋藤彬夫(大学院理工学研究科 名誉教授)
渡邉利夫(大学院社会理工学研究科 名誉教授)
岩本正和(資源化学研究所 名誉教授)
橋爪弘雄(応用セラミックス研究所 名誉教授)

紫綬褒章、科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)

西森秀稔(科学技術創成研究院 特任教授 名誉教授)

恩賜賞・日本学士院賞

石井志保子(大学院理工学研究科 名誉教授)

科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)

菅野了次(科学技術創成研究院特命教授 名誉教授)
神谷利夫(科学技術創成研究院 教授)
木村宏(科学技術創成研究院 教授)
鈴木賢治(科学技術創成研究院 教授)

科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞

打田正輝(理学院 准教授)
石﨑孝幸(工学院 准教授)
土方亘(工学院 准教授)
星野歩子(生命理工学院 准教授)
片瀬貴義(科学技術創成研究院 准教授)
澤田敏樹(物質理工学院 助教)

東京都功労者表彰(技術振興功労)

奥富正敏(工学院 教授)

新名誉教授 50音順(在職時所属)

飯尾俊二(科学技術創成研究院)
飯島淳一(工学院)
伊藤謙治(工学院)
伊藤満(科学技術創成研究院)
大貫敏彦(科学技術創成研究院)
小坂田耕太郎(科学技術創成研究院)
梶原正憲(物質理工学院)
樺島祥介(情報理工学院)
菅野了次(科学技術創成研究院)
鞠谷雄士(物質理工学院)
小林隆夫(工学院)
佐伯元司(情報理工学院)
櫻井実(バイオ研究基盤支援総合センター)
新野秀憲(科学技術創成研究院)
鈴木啓介(理学院)
DAS BHANU PRATAP(理学院)
田中義敏(工学院)
田村哲郎(環境・社会理工学院)
丹治保典(生命理工学院)
出口弘(情報理工学院)
中村聡(生命理工学院)
七原俊也(工学院)
西方篤(物質理工学院)
西森秀稔(科学技術創成研究院)
二羽淳一郎(環境・社会理工学院)
野島修一(物質理工学院)
馬場俊秀(物質理工学院)
比嘉邦彦(環境・社会理工学院)
樋口洋一郎(工学院)
日野出洋文(環境・社会理工学院)
藤田政之(工学院)
藤村修三(環境・社会理工学院)
宮崎久美子(環境・社会理工学院)
安岡康一(工学院)
吉田尚弘(物質理工学院)
若井史博(科学技術創成研究院)
和田雄二(物質理工学院)

お問い合わせ先

総務部 総務課 総務グループ

E-mail : som.som@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2036


北島龍一さんがヨット・テーザー級全日本選手権で4位入賞

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東京工業大学 工学院情報通信系の北島龍一さん(修士課程1年)が本学卒業生の井戸達彦さん(2021年理学院数学系卒業)と第36回テーザー全日本選手権にペアで出場し、総合4位で入賞しました。

表彰式後の北島さん(左)と井戸さん(右)

表彰式後の北島さん(左)と井戸さん(右)

10月23日から2日間にわたり浜名湖で行われた本大会は、軽風から強風まで全風域でレースが繰り広げられ、出場した22艇の総合力が試される大会となりました。北島・井戸ペアは初日の強風コンディションで安定して良い順位を取り、初日終了時点で総合3位につけました。

北島さん、井戸さんはともに東工大ヨット部のOBで、2020年開催の全日本学生選手権大会で、ヨット部創部以来初の4位に入賞したスナイプ級チームの出場メンバーでした。今大会で使用されたテーザー級の船は、2人がヨット部時代に乗っていたスナイプ級の艇重量の3分の1程度しかなく、高速帆走が楽しめる一方で操縦はより難しいものでした。

ヨット部を引退した後もそれぞれの研究活動に励む傍ら、定期的に時間を作ってヨットに乗り、今回の全日本大会に備えました。2日目は合計の体重が重い北島・井戸ペアにとって不利な軽風コンディションでしたが、堅実なヨットレースを展開し、順位を1つ下げたものの総合4位の入賞を果たしました。

レース中の様子(前:井戸さん、後:北島さん)

レース中の様子(前:井戸さん、後:北島さん)

北島・井戸ペアのコメント

昨年度にヨット部を引退してからもヨット競技を続け、研究活動により練習時間が取れない中でも目標であった入賞をすることができたのは大変嬉しく思います。大学4年間でヨット部を卒業してしまう人が多い中、少しでも多くの人が引退後もヨットを続けてくれるよう、今後も我々は活動を続けていこうと思います。
また、この活動で得られた「やり抜く力」は必ず研究活動に役立つと考えています。残りの学生生活も有意義なものにできるよう励んでいきます。

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

Email : media@jim.titech.ac.jp

高伝導度・安定性を併せ持つ新型酸化物イオン伝導体を発見 燃料電池や酸素分離膜等への応用・開発を強力に促進

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要点

  • 希土類を含まない六方ペロブスカイト関連酸化物の酸化物イオン伝導体を発見し、世界最高クラスの伝導度を確認
  • 高温・高還元雰囲気においても、極めて優れた安定性と高い酸化物イオン伝導度を実現
  • 固体酸化物形燃料電池の低コスト化・用途拡大など多様な分野に応用可能

概要

東京工業大学 理学院 化学系の村上泰斗特任助教(研究当時。現:東北大学 大学院工学研究科 助教)、八島正知教授、高純度化学研究所の柴田稔也研究員らの研究グループは、豪州原子力科学技術機構(ANSTO)のヘスター・ジェームス博士と共同で、高い酸化物イオン伝導度を示し、希土類を含まない新物質Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15[用語1]を発見した。

従来の酸化物イオン伝導体[用語2]の多くは、希土類やビスマス、鉛、チタンといった元素を含んでおり、安定性や安全性(毒性)、資源確保の点で課題があった。また、既に実用化されている固体酸化物形燃料電池(SOFC)は動作温度が高く、低コスト化や用途拡大のために、中低温域(300~600℃)で高い酸化物イオン伝導度を示す材料が求められていた。

今回発見したBa7Ta3.7Mo1.3O20.15は909℃、酸素分圧1.6 × 10−24 気圧の高温還元雰囲気という過酷な条件においても優れた化学的・電気的安定性を示し、天然ガスの改質温度である600℃付近で世界最高水準の高い酸化物イオン伝導度を示した。こうした特徴は、既存の酸化物イオン伝導性六方ペロブスカイト関連酸化物[用語3]の問題点を解消するものである。さらに、結晶構造[用語4]解析を行ったところ、Moが酸化物イオン伝導層に隣接したサイトを選択的に占有し、高い伝導度発現に寄与していることが分かった。

今回発見した新物質Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15は中低温域で高い伝導度を示すだけでなく、安定性、安全性、資源確保の観点でも優れており、固体酸化物形燃料電池やガスセンサー、酸素分離膜など幅広い分野での応用が期待される。

本研究成果は、2021年12月19日(現地時間)にドイツの国際学術誌「Small」電子版に掲載された。

背景

酸化物イオン伝導体は固体酸化物形燃料電池(SOFC)や酸素分離膜、ガスセンサーなど、クリーンエネルギー・環境分野で幅広く利用されている。しかし現在実用化されている固体酸化物形燃料電池(SOFC)は動作温度が高い。酸化物イオン伝導体を使用したデバイスの幅広い普及のためには、中低温域(300~600℃)でも高い酸化物イオン伝導度(酸素イオン伝導度ともいう)を示し、さらに強還元雰囲気においても安定、かつ安価な材料が必要である。ところが既存の材料の結晶構造は、蛍石型や立方ペロブスカイト型構造など一部の種類に限られており、使用できる元素の種類に制約があった。このため、既存材料の多くでは安定性や安全性に問題があったり、高価な希少元素を含んだりしていたことから、全く新しい結晶構造グループに属する新物質が求められていた。

六方ペロブスカイト関連酸化物は、広義のペロブスカイトの一種であり、これまでに多種多様な結晶構造や特性を示す物質が報告されている。ただし、既存の立方ペロブスカイト型酸化物では高い伝導度を示す酸化物イオン伝導体が多く報告されているのに対して、六方ペロブスカイト関連酸化物における酸化物イオン伝導体の報告は稀であった。東京工業大学の八島グループは最近、六方ペロブスカイト関連酸化物に属するBa7Nb4MoO20系材料が、高い伝導度を示す酸化物イオン伝導体であることを発見し、この材料を再現性良く安価・簡便に合成する手法を高純度化学研究所と共同で開発した。しかしこの材料には、高い酸化物イオンの伝導に重要な格子間酸素[用語5]の量が十分でなく、強還元雰囲気で電子伝導を示すという欠点があった。また、Nb原子とMo原子がそれぞれ結晶構造中で占有するサイト(席)が明確でなく、伝導メカニズムを理解する妨げになっていた。

研究成果

今回の研究で研究グループは、希土類を含まない六方ペロブスカイト関連酸化物の新物質Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15の合成に成功し、これが中低温域(300~600℃)で既存材料を上回る高い酸化物イオン伝導度を示すことを発見した(図1a)。さらに、このBa7Ta3.7Mo1.3O20.15の全電気伝導度は広い酸素分圧の領域で一定であり、909℃酸素分圧P(O2) = 1.6 × 10−24 atmという高温還元雰囲気の過酷な条件でも、発電効率を下げる電子伝導を無視できるという電気的安定性を示した。また試料のX線回折パターンは、強還元雰囲気での伝導度測定の前後で変化がないことから、Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15の化学的安定性も極めて高いことが分かった。

Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15の結晶構造には、BaとOが最密充填したBaO3層(c層とh層)とは異なる、本質的な酸素欠損層(c′層, BaO2.15層)が存在している(図1c)。放射光X線回折測定[用語6]中性子回折測定[用語7]を相補的に用いた結晶構造解析によって、このc′層内には格子間酸素が存在し、これが酸化物イオン伝導を担っていることが分かった。Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15では格子間酸素の量が既存材料よりも多く、このことが高い伝導度の発現に寄与していると考えられる。また放射光X線回折データを用いた構造解析によって、Moが酸化物イオン伝導層であるc′層に隣接するサイト(図1cのM2席)を優先的に占有していることを発見した。既存のBa7Nb4MoO20系材料では、遷移金属のサイト選択性を構造解析で明らかにすることができていなかったため、本研究は、六方ペロブスカイト関連酸化物における高い酸化物伝導度発現のメカニズムの理解と設計方針の確立に貢献するものだといえる。

(a) 新酸化物イオン伝導体Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15のバルク伝導度σb。縦軸は対数logσb、横軸は絶対温度Tの逆数1000/T。 (b) 全電気伝導度σtotの酸素分圧P(O2)依存性。縦軸は対数logσtot、横軸は酸素分圧P(O2)の対数log(P (O2))。 (c) Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15の26℃における結晶構造。
図1.
(a) 新酸化物イオン伝導体Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15のバルク伝導度σb。縦軸は対数logσb、横軸は絶対温度Tの逆数1000/T。 (b) 全電気伝導度σtotの酸素分圧P(O2)依存性。縦軸は対数logσtot、横軸は酸素分圧P(O2)の対数log(P(O2))。 (c) Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15の26℃における結晶構造。

今後の展開

六方ペロブスカイト関連酸化物の酸化物イオン伝導体は、本研究における新物質Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15の発見により、従来指摘されていた問題点が解消されたことから、今後は新物質探索が活発に行われることが期待される。また、本研究で明らかになった遷移金属のサイト選択性は、酸化物イオン伝導体の新たな設計指針を示すものであり、今後、この指針に沿って新物質が数多く発見されることが予想される。Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15は高い伝導度と安定性を併せ持つことから、燃料電池の固体電解質やガスセンサー、酸素分離膜材料として非常に魅力的である。このことは、六方ペロブスカイト関連酸化物が酸化物イオン伝導体として高いポテンシャルを持つことを示している。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)A-STEP機能検証フェーズ「低温作動SOFCのための低コスト希土類フリー酸化物イオン伝導体の開発」、科学研究費助成事業基盤研究(A)「新構造型イオン伝導体の創製と構造物性」、科学研究費助成事業挑戦的研究(開拓)「本質的な酸素空孔層による新型プロトン・イオン伝導体の探索」、日本学術振興会研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)「高速イオン輸送のための固体界面科学に関する国際連携拠点形成」、科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「複合アニオン化合物の理解:化学・構造・電子状態解析」、科学研究費助成事業研究活動スタート支援「新しい酸化物イオン伝導体ファミリーの創製と伝導メカニズムの解明」、科学研究費助成事業若手研究「構造制御に基づく新型プロトン伝導体の開発」等の助成を受けて行った。

用語説明

[用語1] Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15 : バリウム、タンタル、モリブデン、酸素から構成される酸化物。六方ペロブスカイト関連酸化物の一つで、本研究で初めて合成された新物質である。

[用語2] 酸化物イオン伝導体 : 外部電場を印加したときに酸化物イオンが伝導する物質。酸素イオン伝導体とも呼ばれる。純酸化物イオン伝導体のほか、酸化物イオン-電子混合伝導体などが知られている。

[用語3] 六方ペロブスカイト関連酸化物 : 鉱物ペロブスカイトCaTiO3と同じあるいは類似した結晶構造を持ち、一般式ABX3で表される化合物をABX3ペロブスカイト型化合物と総称する(AはBa2+やLa3+などの比較的大きな陽イオン、Bは遷移金属イオンなどの比較的小さな陽イオン、Xは陰イオンを示す)。このペロブスカイト型化合物はAX3層の立方最密充填から構成されるが、六方ペロブスカイト型化合物はAX3層の六方最密充填からなる構造を有する。一方で六方ペロブスカイト関連化合物は、六方最密充填および立方最密充填が様々な比で積層した構造を持つ。いくつかの六方ペロブスカイト関連化合物はAX3層だけではなく、例えばAX2Vのような本質的に空孔Vを含む層を含む。

[用語4] 結晶構造 : 結晶とは、狭義には原子の配列が並進周期性を持つ物質であるが、広義にはシャープな回折ピークを示す物質として定義される。結晶中の原子配列を結晶構造という。結晶構造は空間群(原子配列の対称性)、格子定数(単位胞の大きさと形)、原子座標(単位胞における原子の位置)などによって記述される。

[用語5] 格子間酸素 : 結晶のイオンは本来、正規の格子位置に存在するが、エネルギーが少し高い準安定な空隙位置(サイト:席)にイオンが少量存在する物質がある。この空隙位置を格子間サイトと呼ぶ。格子間サイトに存在する酸素原子を格子間酸素と呼ぶ。

[用語6] 放射光X線回折測定 : 放射光X線とは、電子を光とほぼ等しい速度に加速し電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力なX線である。放射光X線回折測定では、放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造を決定する。本研究では放射光X線回折を用いることで、Moが酸化物イオン伝導層であるc′層に隣接するサイトを優先的に占有していることを発見した。

[用語7] 中性子回折測定 : 中性子回折を利用して物質の結晶構造を調べる手法。 外殻電子によって散乱されるX線に対し、中性子回折では原子核が散乱に関与する。このため、中性子回折では原子番号の小さい軽元素(酸素や水素など)の情報を引き出しやすい。本研究では中性子回折を用いて格子間酸素の位置を決定した。

論文情報

掲載誌 :
Small (Wiley)
論文タイトル :
High Oxide-ion Conductivity in a Hexagonal Perovskite-related Oxide Ba7Ta3.7Mo1.3O20.15 with Cation Site Preference and Interstitial Oxide Ions
著者 :
Taito Murakami, Toshiya Shibata, Yuta Yasui, Kotaro Fujii, James R. Hester, and Masatomo Yashima
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

教授 八島正知

E-mail : yashima@cms.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-2225

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

株式会社高純度化学研究所 経営推進室

広報 河原正美

E-mail : marketing@kojundo.co.jp
Tel : 049-284-1511 / Fax : 049-284-1351

東北大学 工学研究科・工学部 情報広報室

E-mail : eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
Tel / Fax : 022-795-5898

エネルギー・情報卓越教育院がキックオフ記念式典と国際交流ワークショップを開催

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東京工業大学エネルギー・情報卓越教育院は、9月28日にキックオフ記念式典と第2回InfoSyEnergy(インフォシナジー)国際交流ワークショップをオンラインで開催しました。

エネルギー・情報卓越教育院キックオフ記念式典

記念式典には、学内外から108人が参加しました。

始めに本教育院のプログラム責任者である中井検裕環境・社会理工学院長より、開会の言葉に加え、多数の部局の協力とInfoSyEnergy研究/教育コンソーシアムとの連携によって運営されている本教育院の体制などが語られました。続いて益一哉学長より、お祝いと共に「卓越教育院に集う学生は高い技術力に加え、経済・社会の動きを読み、その先を見通して道を切り開いてほしい」という期待の言葉が述べられました。

次に、学外から招いた5人の方にあいさつやお祝いの言葉をいただきました。文部科学省の森田正信大臣官房審議官からは、卓越大学院プログラム設置の背景と概要について説明がありました。環境省の白石隆夫大臣官房審議官からは、カーボンニュートラルの実現に向けた水素エネルギーのユニークな実証例と共に本教育院への期待を込めた言葉をいただきました。また、資源エネルギー庁の日野由香里新エネルギーシステム課長兼水素・燃料電池戦略室長は、再生可能エネルギーから生まれた水素による、日本技術の粋を集めた東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の聖火やトーチについて紹介がありました。続いてInfoSyEnergy研究/教育コンソーシアムの会員企業である、東芝エネルギーシステムズ株式会社の佐藤純一水素エネルギー技師長より、東芝における水素エネルギー事業の立ち上げからカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みの現状などについて説明がありました。同じく会員企業であるデロイト トーマツ コンサルティング合同会社の庵原一水執行役員は、脱炭素社会に向けた世界と日本のCO2削減対策の現状と将来設計、人材育成について語りました。

最後に、伊原学教育院長が本教育院の概要を説明し、閉会しました。

記念式典に集った益学長(左上)ら参加者

記念式典に集った益学長(左上)ら参加者

第2回InfoSyEnergy国際交流ワークショップ

InfoSyEnergy国際交流ワークショップは、学内外より69人の参加があり、英語で進行されました。

伊原教育院長による開会のあいさつに始まり、フランスエネルギー省新エネルギー技術研究部門(CEA-Liten)の水素・燃料電池プログラムマネージャー ローラン・アントニ博士より「Alternative fuel feeding strategy of PEM Fuel Cell Stack to improve performance and stability(PEM燃料電池スタックの性能と安定性を向上させるための代替燃料供給戦略)」と題して、欧州における水素エネルギーの現状と戦略やCEA-Litenが果たす役割や戦略などについて講演をいただきました。続いて、英国ケンブリッジ大学 ジャッジ・ビジネス・スクールのマイケル・ポリット教授より「Electricity Markets with High Shares of Low Carbon Generation: theory, modelling and emerging international evidence(低炭素な発電が高い比率を占める電力市場:理論、モデル、新しい国際的証拠)」と題して、再生可能エネルギーと欧州電力市場の理論と将来設計、および脱炭素化・CO2排出ネットゼロの達成のための2050年欧州モデルなどについて講演をいただきました。

その後、教育院の登録学生26人が3つのグループに分かれ、エネルギー科学・工学、原子力工学、バイオメディカル、化学工学など、それぞれのテーマによる研究発表と討論が行われました。学生同士で、研究の異なる視点からの意見も含んだ活発な討論となりました。

最後に水本哲弥理事・副学長(教育担当)が、本教育院の目指す「将来のエネルギー社会を牽引するマルチスコープ卓越人材の育成」について語りました。加えて、講演者やすべての協力者への謝辞と、優れた研究を発表した学生たちへ賛辞と期待を述べ、ワークショップを締めくくりました。

ワークショップに参加する学生、教員ら

ワークショップに参加する学生、教員ら

お問い合わせ先

エネルギー・情報卓越教育院
マネジメント業務統括室

E-mail : management_office@infosyenergy.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3262(内線3262)

動いて並んでつながって。タンパク質が幾何学模様に! プログラムされた分子が自発的にナノ模様を形成

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要点

  • タンパク質が自発的に動いて相手を選びながら模様をつくる
  • タンパク質の部品を変えるだけで模様の種類を制御できる
  • タンパク質を魚の群れのように操る分子ロボットの作成技術につながる

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の菊池幸祐大学院生と上野隆史教授、古田忠臣助教のグループは、九州大学 大学院理学研究院の前多裕介准教授、福山達也研究員(当時)、名古屋大学/自然科学研究機構生命創成探究センターの内橋貴之教授の研究グループと共同で、タンパク質の部品を組み換えることで目的のナノ模様をつくりだすことに成功した。

タンパク質集合体[用語1]は、持続可能なナノマテリアルや生体内ではたらく分子ロボットの素材として注目されているが、望みの模様をつくりだすことは困難とされていた。本研究では棒状の構造を有するタンパク質に着目し、その両末端を改造することで分子をプログラムし、三角形格子や横並び状態、ファイバー構造などの二次元ナノ模様の作り分けに成功した。

今回の二次元ナノ模様は、タンパク質の群れが動きまわりながら相手を見つけ、連結していくことによって形成される。したがって、これまで分子レベルでは実現されてこなかった、イワシやムクドリの群れのようなアクティブマター[用語2]としてのタンパク質の利用が見込める。さらに、タンパク質が模様の欠陥をみずから修復して整列していく様子も確認されており、生体適合性の自己回復フィルムやタンパク質由来のウェアラブルデバイスをはじめとする、次世代スマート材料[用語3]としてさらなる応用が期待される。

本成果は、新学術領域「発動分子科学」と文部科学省科研費の支援によるもので、ナノマテリアル分野において最も権威のある学術誌のひとつである「スモール(Small、Wiley-VCH誌)」のオンライン版で1月6日に公開された。

図1 プログラムされた分子による自発的なナノ模様形成のイメージ図

図1. プログラムされた分子による自発的なナノ模様形成のイメージ図

背景

自然界では、タンパク質が集合することでケージやファイバー、リング、シートなどの構造体をつくりあげ、さまざまな生体機能を発揮している。こうしたタンパク質集合体のなかでも特にタンパク質二次元集合体は、その表面に規則正しく機能性分子を提示可能なことから、材料分野のみならず生体親和性フィルムなどの医薬分野への応用も期待されている。

近年では、コンピュータ手法や構造解析技術の発展にともない、さまざまなタンパク質二次元集合体が合成されてきた。しかしながら、タンパク質同士の相互作用は非常に複雑であるため、特定の分子からさまざまなナノ模様をつくり分けることは困難とされてきた。

研究成果

上野教授らのグループは、剛直な胴体部分を有する棒状タンパク質PN[用語4]に着目した。同グループは先行研究において、PNの両末端が自由に改造可能であることを明らかにしており、末端同士の結合を設計することでさまざまな二次元模様を構築できると考えた。

具体的には、両末端に手を伸ばしたヒスタグクラスター[用語5]を有するrPN、両末端がフォールドンドメイン[用語6]に覆われて結合が形成できなくなったrPN_ΔHis、疎水的なβシート[用語7]による平滑な末端を有するrPN_ΔTipの計3種類のPNを設計した(図2)。

図2 棒状タンパク質の末端設計による二次元ナノ模様デザインの概念図

図2. 棒状タンパク質の末端設計による二次元ナノ模様デザインの概念図

次に、設計した3種類のPNを高速原子間力顕微鏡[用語8]によって観察したところ、それぞれ三角形ナノ格子、横並び状態、ファイバー構造の形成が確認された(図3)。このことから、PNの末端の構造設計によって二次元ナノ模様が制御できたことが明らかになった。

図3 高速原子間力顕微鏡による、設計PNの二次元ナノ模様観察結果

図3. 高速原子間力顕微鏡による、設計PNの二次元ナノ模様観察結果

同研究グループはさらに、一方の末端が結合したrPNが、ピボット状にゆらゆらと回転運動しながら結合相手を探して整列していく様子の直接観察に成功した(図4)。またこの他にも、PNが並進や回転をするなかで集合化する様子が捉えられ、ナノ模様の形成におけるタンパク質のダイナミックな運動の存在が明らかになった。

図4 ピボット状に回転しながら相手を探すPNの運動

図4. ピボット状に回転しながら相手を探すPNの運動

つづいて、これらの実験で観察された運動性をもとに理論モデルを構築し、モンテカルロ法[用語9]にもとづくシミュレーションをおこなった。その結果、PNの末端の違いによって最終的なナノ模様が劇的に変化する様子が確認され、実験結果とよい一致を示した(図5)。

図5 二束ファイバーの透過型電子顕微鏡図と結晶構造の比較

図5. 二束ファイバーの透過型電子顕微鏡図と結晶構造の比較

今後の展開

今回報告した二次元ナノ模様制御は、剛直な棒状タンパク質の両末端をデザインして、集合化をプログラムすることによって達成された。タンパク質はさまざまな改造や複合化が可能であるため、多彩なナノ模様構築や機能化設計の基盤技術となることが見込まれる。さらに、タンパク質が群れとして自発的に動きまわる性質を応用することで、魚や鳥などのアクティブマターに見られる秩序だった群れ運動をおこなう分子ロボットの開発へとつながり、スマート社会の実現に大きく貢献することが期待される。

用語説明

[用語1] タンパク質集合体 : タンパク質同士の相互作用によって複数のユニットが集まり、より大きなサイズや高度な機能をもつようになったもの。

[用語2] アクティブマター : 魚や鳥、細胞、タンパク質など、自発的に運動しながらも集団として秩序だった行動パターンをみせる物質のこと。

[用語3] スマート材料 : 周囲の環境や刺激を知覚・判断し、それをもとに適切な行動を起こす機能素材。

[用語4] 棒状タンパク質PN : Protein Needle。上野教授らのグループが開発したタンパク質であり、長さ約20 nm、幅約3.5 nmの針状構造を有する。およそ100℃の高温やさまざまなpH範囲においても構造を保持することが可能であり、薬剤送達やナノ材料として期待されている。

[用語5] ヒスタグクラスター : 20種あるアミノ酸のひとつであるヒスチジンが6個連なったものがヒスタグと呼ばれるのに対し、rPNではそのヒスタグが各末端に3つずつ、合計で18個のヒスチジンが提示されており、ヒスタグクラスターと呼ばれる。

[用語6] フォールドンドメイン : タンパク質の部分構造のひとつであり、末端構造を覆うことでPN同士の末端結合を阻害する働きを有する。

[用語7] βシート : αヘリックスとならぶタンパク質の基本構造のひとつであり、アミノ酸が直線状に一列に並んだペプチド鎖が平行に並んで形成される、シート状の二次構造。

[用語8] 高速原子間力顕微鏡 : 二次元材料の表面を分子レベルで観察する原子間力顕微鏡において、より高速で観察画像を取得できるよう改良された装置。

[用語9] モンテカルロ法 : 一定のパラメータのもとで確率的な現象をシミュレーションするための手法のひとつ。

論文情報

掲載誌 :
Small
論文タイトル :
Protein Needles Designed to Self-assemble through Needle Tip Engineering
著者 :
K. Kikuchi,1 T. Fukuyama,2 T. Uchihashi,3,4 T. Furuta,1 Y. T. Maeda,2 T. Ueno1
所属 :
1 東京工業大学生命理工学院
2 九州大学大学院理学研究院物理学部門
3 名古屋大学大学院理学研究科
4 自然科学研究機構生命創成探究センター(ExCELLS)生命分子動態計測グループ
DOI :

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全固体電池の性能を加熱処理で大幅に向上 電気自動車用電池への応用に期待

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要点

  • 全固体電池用の電極材料を様々な気体に曝露した結果、大気や水蒸気から電極内に侵入するプロトン(水素イオン)が電池性能を低下させる原因であることを解明。
  • しかし、その低下した性能は、150℃程度の加熱処理によって大気に曝露しない電池と同等の性能に改善することを実証。
  • 実用が期待される粉体を用いた全固体電池の作製プロセスにおいて、電極材料は大気曝露されるため電極表面にプロトンが存在している。したがって、性能が劣化した状態にあると考えられる。それが本手法により大幅に改善される可能性がある。

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の小林成大学院生(博士後期課程3年)と一杉太郎教授は、東京大学のElvis F. Arguelles(エルビス アルグエレス)特任研究員と渡邉聡教授、産業技術総合研究所の白澤徹郎 研究グループ付、山形大学の笠松秀輔助教らと共同で、全固体電池[用語1]固体電解質[用語2]と電極が形成する界面の抵抗(界面抵抗)が、大気中の水蒸気によって大きく増加し、電池性能を低下させることを発見した。さらに、増大した界面抵抗は加熱処理を行うことによって10分の1以下に低減し、大気や水蒸気に全く曝露せずに作製した電池と同等の抵抗に改善できることを実証した。つまり、全固体電池の低下した性能を、加熱処理だけで大幅に向上させる技術を開発した。

高速な充電や高い安全性が期待される全固体電池は、リチウムイオン電池[用語3]の代替に向けて活発な研究が展開されている。しかし、固体電解質と電極が接する界面における抵抗(界面抵抗)が大きく、充電に要する時間がリチウムイオン電池より長くなることが課題だった。

本研究では、全固体電池に用いる電極が大気中の水分に由来するプロトンの侵入によって著しく劣化し、電池性能の低下をもたらすことを明らかにした。しかし、加熱処理により、その低下した性能が大幅に改善することを見出した。そのメカニズムは、Liイオンの移動を妨げるプロトン[用語4]を除去することであると多面的な分析や計算によって明らかにした。

この成果は、全固体電池の実用化に向け、大きく貢献するものである。本研究成果は2022年1月6日(米国時間)に米国化学会誌「ACS Applied Materials & Interfaces」にArticleとして掲載された。

背景

電気自動車の開発・実用化が進められる中で、搭載する電池のさらなる高性能化が求められている。特にポイントとなるのが安全性と高速充電特性である。

電池は、電極(正極・負極)と電解質から構成されている。既存の電池の電解質は可燃性の液体であることが多いため、燃えづらい固体の電解質を用いた全固体電池に期待が集まっている。

電気自動車の使い勝手を考えると、全固体電池には高速に充電できることが求められる。電極と電解質の間(界面)をイオンが通過して充電されるため、界面においてイオンの移動が速いこと(界面抵抗が小さいこと)が、高速充電の重要課題である。しかし、電極材料には大気中の気体と反応して変質してしまうものが多く、電池を組み上げて動作させてみると界面抵抗が大きいのが実情である。

以上のことから、固体電解質や電極材料の開発と並行して、界面抵抗が増大するメカニズムを解明し、抵抗を減少させる手法を見出すことが、全固体電池の実用化において非常に重要である。

一杉教授らはこれまでに、界面における原子配列の規則性が界面抵抗に影響することなどを明らかにしており、電極の劣化メカニズムや改善手法の開発に関して詳細な検討を進めてきた。

研究の成果

はじめに大気中のどの成分が電極の劣化を引き起こし、界面抵抗増大の要因となるのかを薄膜型の電池で検討した。Li3PO4固体電解質とLiCoO2電極の界面を有する薄膜型全固体電池を作製する際に、電極表面を大気・酸素・窒素・水素・水蒸気の5種類の気体にそれぞれ曝露し、電池性能への影響を調べた。酸素・窒素・水素に曝露させた場合、電池性能の低下は認められなかったが、大気および水蒸気に曝露した場合、界面抵抗が曝露前の10倍以上に増大した。特に、水蒸気に曝露した場合は電極の劣化が非常に激しく、電池性能の著しい低下が観測された(図1a)。

次に、低下した電池性能を改善する手法の検討・開発を進めた。水蒸気によって劣化した電極を用いて電池を作製し、動作させる前に1時間の加熱処理(150℃)を行うと、電池動作特性が大幅に向上することを見出した(図1b)。さらに、界面抵抗の大きさを見積もると、10.3 Ωcm2を示し、加熱処理前の10分の1以下まで低減させることに成功した。この値は、大気や水蒸気に全く曝露せずに作製した清浄な界面の抵抗値(10.9 Ωcm2)と同等の大きさである。一方で、電池に組み上げる前に加熱した場合では、電池性能は低いままだった。すなわち、負極まで形成し、完全に電池となっている状態で加熱することが重要であることが示された。

図1 作製した全固体薄膜電池の動作特性。(a)電極表面を水蒸気に曝露した電池では、ほとんど電流が流れずに電池反応が起きない。(b)加熱処理を行った電池では、大きな電流ピークが観測されており、良好な電池反応が起きている。
図1
作製した全固体薄膜電池の動作特性。(a)電極表面を水蒸気に曝露した電池では、ほとんど電流が流れずに電池反応が起きない。(b)加熱処理を行った電池では、大きな電流ピークが観測されており、良好な電池反応が起きている。

この加熱処理による電池特性向上のメカニズムについて詳細を明らかにするために、放射光X線による界面数ナノメートルの結晶構造解析や元素組成分析、第一原理計算[用語5]により多角的に界面のプロトンやリチウムの挙動を評価した。電極表面を水蒸気に曝露すると、電極の結晶構造を乱さずに、電極内部にプロトンが侵入することがわかった(図2a)。このプロトンが界面Liイオン輸送を阻害することが界面抵抗上昇の原因であると考えられる。そして電池を加熱処理することにより、そのプロトンが固体電解質中に自発的に移動し、正常な界面に回復することを明らかにした(図2b)。

図2 界面におけるイオン移動の様子。下図は界面近傍の正極の様子。(a)LiCoO2正極の表面に水(H2O)分子が吸着すると、プロトン(H+)が正極内部へ拡散する(劣化した状態)。(b)正極の上に固体電解質と負極を接合させた電池構造の状態で加熱処理を行うと、侵入したプロトンが固体電解質中へ脱離し、正常な界面に回復する。
図2
界面におけるイオン移動の様子。下図は界面近傍の正極の様子。(a)LiCoO2正極の表面に水(H2O)分子が吸着すると、プロトン(H+)が正極内部へ拡散する(劣化した状態)。(b)正極の上に固体電解質と負極を接合させた電池構造の状態で加熱処理を行うと、侵入したプロトンが固体電解質中へ脱離し、正常な界面に回復する。

今後の展開

今回、全固体電池の固体電解質と電極が形成する界面の抵抗が増加して、電池性能が劣化する機構の解明とその改善の手法の開発に成功した。大気中や水蒸気中のプロトンのLiCoO2電極内部への侵入が界面抵抗の上昇を引き起こすが、加熱処理によりプロトンは固体電解質(Li3PO4)に排除され、性能が取り戻されることがわかった。本研究で示した界面抵抗起源の解明と制御は、全固体電池のより一層の高性能化へ向けた大きな一歩であると考えられる。今後、さらなる電池特性の向上につながる界面設計指針の構築が期待できる。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)における研究課題「界面超空間制御による超高効率電子デバイスの創製」および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 全固体電池 : 既存の電池の多くは、イオンの伝導性の観点から電解質として液体を用いている。全固体電池では、固体の電解質を用いることにより、全ての材料が固体で構成されている。

[用語2] 固体電解質 : イオン伝導性の高い固体で電池に用いられている材料。全固体電池においては、正極と負極の間に挟まれ、リチウムイオンの通り道としての役割を担う。

[用語3] リチウムイオン電池 : 正極と負極の間をリチウムイオンが移動することにより、充電と放電ができる電池。正極にはLiCoO2などリチウム金属酸化物、負極には炭素材料、電解質に有機系の液系電解質が使用されることが多い。軽量、小型、高電圧という特性を持つ。

[用語4] プロトン : 水素(軽水素、1H)原子から、電子が離れてイオン化した水素イオン(1H+)の通称。

[用語5] 第一原理計算 : 量子力学の基本法則に沿った電子状態理論のもと、固体の性質を計算する手法。実験結果と第一原理計算を照らし合わせることにより新たな学理を構築することや、実験前に結果をシミュレーション予測する際に用いられる。

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル :
Drastic reduction of the solid electrolyte–electrode interface resistance via annealing in battery form
著者 :
Shigeru Kobayashi, Elvis F. Arguelles, Tetsuroh Shirasawa, Shusuke Kasamatsu, Koji Shimizu, Kazunori Nishio, Yuki Watanabe, Yusuke Kubota, Ryota Shimizu, Satoshi Watanabe, Taro Hitosugi
DOI :

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SSSマッチングワークショップ(2021年秋)で異分野融合研究チーム構築を目指す

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東京工業大学が牽引する超スマート社会推進コンソーシアムは、11月17日および12月8日に、超スマート社会卓越教育院と共催し、コンソーシアムに参加する企業や研究機関(以下、「コンソーシアムパートナー」という)と東工大の教員・学生が一堂に会するマッチングワークショップをオンラインで開催しました。このワークショップでは、コンソーシアムパートナーのニーズ(needs、要望)と、本学の教員・学生の技術的・人材的シーズ(seeds、研究成果、研究資質)を組み合わせることで、分野を超えた異分野融合研究チームの構築を目指します。様々な分野の教員・学生とコンソーシアムパートナーの担当者が直接議論をする機会の提供を目的としています。

11月17日の「シーズ・ラウンド」では学生が研究アイデアの発表を行い、12月8日の「ニーズ・ラウンド」では、コンソーシアムパートナーが企業・団体の概要や必要としている研究の内容を説明しました。

「シーズ・ラウンド」 学生の研究アイデア紹介

「シーズ・ラウンド」には、41人の発表学生、40人の学生・教職員(スタッフ含む)、19の機関から42人のコンソーシアムメンバーが参加しました。コンソーシアムの運営委員長を務める工学院機械系の岩附信行教授の開会あいさつの後、楽天モバイル株式会社執行役員兼技術戦略本部長の内田信行氏が「楽天モバイルが進める通信業界の変革」と題した基調講演を行いました。

基調講演をする楽天モバイルの内田氏

基調講演をする楽天モバイルの内田氏

基調講演をする楽天モバイルの内田氏

参加学生は、自身の研究概要を短時間で説明したのち、オンライン上に設けた個別会議室に移動し、研究内容を詳しく紹介しました。また、他の学生や、コンソーシアムパートナーとの活発な議論を続けていました。「シーズ・ラウンド」は、アンリツ株式会社の成瀬尚史氏から、学生の発表への感想が述べられ閉会しました。

シーズラウンドの参加者

シーズラウンドの参加者

「ニーズ・ラウンド」 パートナーが求める研究

一方、「ニーズ・ラウンド」では、43人の学生(発表学生、聴講学生含む)、30人の教職員(スタッフ含む)、18の機関から37人のコンソーシアムメンバーが参加しました。益一哉学長の「ありたい未来を創る」と題した基調講演の後、コンソーソシアムパートナーは3分間の持ち時間で各企業および団体を紹介し、オンライン上の個別会議室に移動すると、訪れた学生および教職員との間で質疑応答と議論を行いました。

基調講演をする益学長

基調講演をする益学長

基調講演をする益学長

その後、「シーズ・ラウンド」の学生発表について、コンソーシアムパートナーが投票で選んだ2名の学生に学生優秀発表賞が贈られました。
最後に、株式会社日立産機システム研究開発本部部長の坂田祐信氏から学生への激励の言葉があり、閉会しました。

参加したコンソーシアムパートナー企業・団体

  • 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 情報・人間工学領域
  • 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
  • アズビル株式会社
  • アンリツ株式会社
  • LG Japan Lab株式会社
  • KDDI株式会社
  • 株式会社ジェイテクト
  • 東海旅客鉄道株式会社
  • 株式会社東芝
  • 株式会社日立産機システム
  • 富士通株式会社
  • マツダ株式会社
  • 三菱電機株式会社
  • 株式会社安川電機
  • 横河電機株式会社
  • 楽天モバイル株式会社
  • 農林水産省
  • 公益財団法人笹川平和財団 海洋政策研究所
  • 個人会員(独立行政法人国立高等専門学校機構)

ワークショップを終えて

ワークショップに参加した学生からは、「普段の研究活動では他分野の学生や企業と触れ合う機会がないため、今回のマッチングワークショップは貴重な体験となりました。」「(益学長の講演を聞き)"すべき事"ではなく"したい事"を考える未来構想の手法に共感する。これから大学で様々なことを学びつつ自分がワクワクするような未来の創造に一人の研究者として役立ちたい。」といった感想が寄せられました。

超スマート社会推進コンソーシアムは、参加者の意向に基づき、具体的な研究のマッチングを進めていく予定です。
マッチングワークショップは年に2回開催しており、次回は2022年度前半に開催予定です。

超スマート社会推進コンソーシアム

東京工業大学は、2018年、超スマート社会(Society5.0)の実現を推進する「超スマート社会推進コンソーシアム」を設立しました。参加機関と連携して人材育成から研究開発までを統合した新たな次世代型社会連携教育研究プラットフォームを構築します。現在49の企業、研究機関、自治体、個人が参加しています。

超スマート社会卓越教育院

超スマート社会卓越教育院では、修士・博士後期課程を一貫した学位プログラムにより、フィジカル空間技術とサイバー空間技術にとどまらず、量子科学や人工知能などの最先端の科学技術をも融合できる知のプロフェッショナル「スーパードクター」を養成しています。

お問い合わせ先

超スマート社会推進コンソーシアム事務局

E-mail : inquiry@sss.e.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3625

令和4年度大学入学共通テストを「東京工業大学」で受験される方へ

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令和4年度大学入学共通テスト

試験日

令和4年1月15日(土)~ 1月16日(日)

会場

東京工業大学試験場は以下の2つの会場があります。お間違えのないように受験票を今一度ご確認ください。

1.
大岡山試験場/大岡山キャンパス
2.
田町試験場/田町キャンパス(附属科学技術高等学校)
期間中は、上記キャンパス内への受験生および試験関係者以外の立ち入りを制限しています。

注意事項

所定の試験日程による試験実施が困難になるような不測の事態が発生した場合、「高校生・受験生向けサイト」の新着入試情報で情報発信しますので、定期的に確認をお願いします。

試験場へのアクセス

大岡山試験場/大岡山キャンパス

東急大井町線・目黒線「大岡山駅」下車1分
改札を左手に出て、マクドナルド前の信号を渡るとすぐに正門があります。

田町試験場/田町キャンパス(附属科学技術高等学校)

  • JR山手線・京浜東北線「田町駅」下車2分
    芝浦口(東口)方面に進み、エスカレーターを降りてすぐ右手に正門があります。
  • 都営地下鉄三田線「三田駅」下車5分
    A4出口を出て、JR田町駅方面へ。以下同上。

なお、試験室等の詳細を記載した試験場案内については、令和4年1月14日(金)に「高校生・受験生向けサイト」の新着入試情報に掲載しますので、確認をお願いします。

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お問い合わせ先

入試課大学入試グループ

E-mail : nyu.gak@jim.titech.ac.jp


体内でベンゼン環を作る 薬剤の構造に含まれるベンゼン環を体内合成してがん治療

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概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の田中克典教授(理化学研究所(理研)開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員、理研科技ハブ産連本部糖鎖ターゲティング研究チーム副チームリーダー)、理研開拓研究本部イゴール・ナシブリン特別研究員らの国際共同研究グループは、遷移金属触媒[用語1]を用いて、マウス体内のがん細胞の近くでベンゼン骨格を持つ抗がん活性物質を合成することにより、がん細胞の増殖抑制に成功しました。

本研究成果は、マウス静脈からがん活性物質の原料を注射投与して、がんの「現場」で抗がん活性物質を合成し、抗がん作用を確認した初めての生体内合成化学治療[用語2]の例であり、今後の創薬や医療に大きな影響を与えるものと期待できます。

がんの化学療法では、抗がん剤の効果だけでなく、いかに正常組織への副作用を抑えるかが大きな課題となっていました。

今回、国際共同研究グループは、ほとんどの薬剤の基本骨格にはベンゼン環が含まれることに注目し、遷移金属触媒を用いた体内でのベンゼン環合成法を開発しました。がん組織へ選択的に送達されるように設計された遷移金属触媒複合体を用いて、がん細胞の近くで効率的に抗がん活性物質のベンゼン環を合成し、選択的に抗がん作用を発揮させることに成功しました。抗がん活性物質の原料と遷移金属触媒をマウスに静脈から投与するだけでがん細胞の増殖が抑制され、副作用も見られませんでした。

本研究は、オンライン科学雑誌「Nature Communications」の(1月10日付)に掲載されました。

マウス体内のがん細胞で抗がん活性物質のベンゼン環を合成し抗がん作用が発揮される

マウス体内のがん細胞で抗がん活性物質のベンゼン環を合成し抗がん作用が発揮される

背景

がんの化学療法は、細胞に対して毒性を示す薬剤(抗がん剤)を投与し、がん組織にダメージを与えることで、がん(悪性腫瘍)の縮小を目指す治療です。しかし、抗がん剤はがん細胞だけでなく正常細胞にも影響を及ぼすことから、さまざまな副作用が現れるという問題があります。正常細胞への影響を減らし、副作用を最小限に抑える手法として、抗がん剤を選択的にがん組織に送達する(薬物送達)、もしくは細胞に対して毒性を持たない化合物(プロドラッグ[用語3])をがん組織において毒性を示す化合物へと変換する方法などがあります。

これまでに田中克典主任研究員らは、体内遷移金属触媒反応を利用し、プロドラッグの活性化法を開発してきました(図1)。通常、遷移金属触媒を生体に投与すると、グルタチオンなどの触媒毒[用語4]によってその機能は失われます。しかし、血清アルブミンタンパク質の疎水性ポケットの中へ遷移金属触媒を導入すると、金属触媒が安定化され、生体内においても効率的に触媒反応が進行することを2019年に見いだしました※1。さらに、アルブミン表面のアミノ基にアスパラギン結合型糖タンパク質糖鎖(N-型糖鎖)を複数個導入することで、アルブミンが「糖鎖パターン認識」の効果により、体内の特定の臓器やがんへと選択的に移行することを見いだしました※2-3。これらの発見により、2021年にはマウス体内のがんに「糖鎖アルブミン・遷移金属触媒」を移行させ、がん細胞に抗がん活性ペプチドを貼り付ける(タギングする)ことで、副作用なくがんの増殖や転移を抑制することに成功しました※4-5

そこで今回、国際共同研究グループは、さらに体内遷移金属触媒反応を展開し、マウス体内のがん細胞の近くで抗がん活性物質を合成することにより、がんを治療することに挑みました。

図1 マウス体内のがんで機能する体内遷移金属触媒反応 血清アルブミンの疎水性ポケットの中へ遷移金属触媒を導入すると、金属触媒が安定化され、生体内においても効率的に触媒反応が進行する。さらに、アルブミン表面のアミノ基にN-型糖鎖を複数個導入することで、糖鎖アルブミン・金属触媒が体内の特定の臓器やがんへと選択的に移行し、その場で金属触媒反応を行うことができる。

図1. マウス体内のがんで機能する体内遷移金属触媒反応

血清アルブミンの疎水性ポケットの中へ遷移金属触媒を導入すると、金属触媒が安定化され、生体内においても効率的に触媒反応が進行する。さらに、アルブミン表面のアミノ基にN-型糖鎖を複数個導入することで、糖鎖アルブミン・金属触媒が体内の特定の臓器やがんへと選択的に移行し、その場で金属触媒反応を行うことができる。

研究手法と成果

ほとんどの薬剤には、共通の骨格としてベンゼン環が含まれています。これは、ベンゼン環の疎水性やπ電子[用語5]が、薬剤のターゲットとなるタンパク質と相互作用するときに重要な役割を果たすからです。そこで国際共同研究グループは、体内遷移金属触媒反応を活用して、マウス内のがん細胞の近くでベンゼン環を合成することを計画しました。この際に、ルテニウム触媒による分子内でのメタセシス反応[用語6]に続く脱水を経たベンゼン環形成反応を利用しました(図2)。

まず、図2に示したルテニウム触媒(1)を用いてフラスコ内で反応を検証したところ、2つの二重結合と水酸基を持つ原料から、ナフタレン、ビフェニル、ヒドロキノン、アントラセン、カルバゾール、ベンゾチオフェン、フェナントレンなど、さまざまなベンゼン誘導体を合成できました。

図2 ルテニウム触媒によるメタセシス反応と脱水を経たさまざまなベンゼン環の合成 TON(触媒回転数)の値は、メタセシス反応ならびに脱水反応において、触媒1モルあたり変換できる物質のモル数を示す。

図2. ルテニウム触媒によるメタセシス反応と脱水を経たさまざまなベンゼン環の合成

TON(触媒回転数)の値は、メタセシス反応ならびに脱水反応において、触媒1モルあたり変換できる物質のモル数を示す。

次に、このように開発した方法で抗がん活性物質(2)を生体内合成することを試みました(図3)。抗がん活性物質(2)は、天然物のコンブレタスタチンA-4の誘導体であり、ナノモーラー(nM、1 nMは10億分の1モーラー)レベルの解離定数[用語7]で細胞内の微小管を構成するβ-チューブリン[用語8]と結合します。その結果、β-チューブリンの重合を阻害してがん細胞の増殖を著しく抑制します。そこで、原料(3)を設計し、抗がん活性物質(2)の1つのベンゼン環を生体内のがん細胞の近くで合成することで、がんで選択的に抗がん活性を発揮させられると考えました。

この際、原料(3)の水酸基に導入したターシャリーブチルエステル基[用語9]は、その大きな置換基の効果により、β-チューブリンと結合できないように設計しました。これは、原料(3)が正常組織のβ-チューブリンと結合してしまうと副作用が起こるためです。一方で、ターシャリーブチルエステル基の高い疎水性の効果により、体内遷移金属触媒であるアルブミンの疎水性ポケットに入りやすくしてメタセシス反応の触媒活性を上げることができます。さらに、血中内での酵素分解には安定でありますが、脱水反応を起こしやすいターシャリーブチルエステル基にすることにより、メタセシス反応の後、ベンゼン環がより効率的に得られることを期待しました。

体内遷移金属触媒反応を用いた抗がん活性物質のデザイン

図3. 体内遷移金属触媒反応を用いた抗がん活性物質のデザイン

体内遷移金属触媒を用いて、コンブレタスタチンA-4天然物の誘導体である抗がん活性物質(2)のベンゼン環部分を原料(3)から合成する。抗がん活性物質(2)は、β-チューブリンと結合してがんを阻害する。

まず、図2で検討したルテニウム触媒(1)を生体内環境下で安定化するために、アルブミンの疎水性ポケットの中へ導入しました(図4)。さらにアルブミンの表面に対してHeLaヒト子宮頸がん細胞に選択的に結合することが分かっているα(2,6)シアリル化糖鎖を導入しました。HeLaがん細胞に対して、糖鎖アルブミン・ルテニウム触媒と原料(3)を作用させたところ、がん細胞の近くで抗がん活性物質(2)が効率的に生成し、著しい毒性を示すことが分かりました(図4)。詳細な検討から、原料(3)から抗がん活性物質(2)へと変換されることによって、がん細胞の増殖速度阻害活性(GR50[用語10]が約1,000倍も向上し、がん細胞の増殖を効率的に抑制することが分かりました。

図4 HeLaがん細胞に対する抗がん活性物質の合成(上)とがん細胞の増殖抑制効果(下)

図4. HeLaがん細胞に対する抗がん活性物質の合成(上)とがん細胞の増殖抑制効果(下)

上)
HeLaがん細胞表面に移行した糖鎖アルブミン・ルテニウム触媒により、原料(3)から抗がん活性物質(2)が生成する。その際、GR50値(最大増殖速度を50%に減少させる濃度)は10 μMから3.0 nMに減少し、これは増殖速度阻害活性が約3,000倍に向上したことを示す。GR50値は、細胞の増殖速度(生育量)を50%阻害するために必要な化合物の濃度を示す。
下)
HeLaがん細胞に触媒だけを加えても細胞の増殖に変化はないが(青色のカラム)、さらに4 μMの原料(3)を添加すると、触媒の濃度依存的に抗がん活性物質(2)が生成する結果、増殖を著しく低下させる(赤色のカラム)。

さらに、マウス個体のがんモデルで体内金属触媒反応を行って、抗がん活性物質(2)による治療効果を評価しました(図5)。HeLa細胞を移植した担がんマウス[用語11]を5匹ずつ4群に分け、各マウスに ①生理食塩水、②原料(3)のみ、③触媒のみ、④触媒と原料(3)の両方をそれぞれ静脈内に注射投与し、腫瘍の成長を比較しました。その結果、①~③のコントロールマウス群では腫瘍の成長がほとんど抑制されなかったのに対し、④のマウス群では、腫瘍の成長が著しく抑えられることが分かりました。また、副作用は見られませんでした。この結果から、マウスに移植したがんでも、がんで選択的に体内遷移金属触媒反応を実施して抗がん活性物質(2)を合成することにより、がんを治療できることが分かりました。

がん移植マウスへの静脈投与によるがん治療実験

図5. がん移植マウスへの静脈投与によるがん治療実験

図5. がん移植マウスへの静脈投与によるがん治療実験

生理食塩水、原料(3)のみ、または触媒のみを投与した対照群(グラフ:緑、赤、黒)では、腫瘍が増大したのに対して、原料(3)と触媒を共に投与して、がんで抗がん活性物質(2)を生体内合成したマウス(グラフ:青)では、腫瘍の成長が抑制され(左図)、副作用の指標であるマウスの体重減少も見られなかった。右図はマウスから摘出した20日後の腫瘍。

今後の期待

本研究成果は、静脈から金属触媒と薬剤の原料を注射投与し、がんの「現場」で抗がん活性物質を合成して治療した初めての例となりました。国際共同研究グループの糖鎖アルブミン・遷移金属触媒を使用することで、今後はベンゼン環だけでなく、さまざまな分子が体内で合成できると考えられます。

これまでに実現した体内タギング治療法と併せて※4-5、体内遷移金属触媒反応をより現実的ながん治療へと発展することが可能になりました。今後、生体内合成化学治療の概念ががん治療における有用な治療基盤の一つとして発展するものと期待できます。

国際共同研究グループ

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

教授 田中克典
(理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員、理研科技ハブ産連本部バトンゾーン研究推進プログラム糖鎖ターゲティング研究チーム副チームリーダー)

理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室

  • 特別研究員 イゴール・ナシブリン
  • 国際プログラム・アソシエイト(研究当時) イヴァン・スミルノフ
  • 特別研究員(研究当時) ペニー・アーマディ
  • 研究員(研究当時) ケンワード・ヴォン
    (理研科技ハブ産連本部 糖鎖ターゲティング研究チーム 研究員)

カザン大学 生体機能化学研究室(理研-カザン連携研究室)

准教授 アルミラ・クルバンガリエバ

田中克典(左)、イゴール・ナシブリン

田中克典(左)、イゴール・ナシブリン

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業「糖鎖付加人工金属酵素による生体内合成化学治療(研究代表者:田中克典)」による支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 遷移金属触媒 : 周期表の第3族から第11族までに属する遷移金属元素の触媒。これらの元素は特定の官能基に対して強い親和性を示すため、さまざまな有機化学反応を触媒することが知られている。

[用語2] 生体内合成化学治療 : 通常はフラスコの中で行われる複雑な有機合成化学反応を、生体内(疾患部位)で行い、治療薬を体内で直接合成することで疾患を治療する手法。

[用語3] プロドラッグ : 生体内の薬剤標的部位での化学反応によって、薬効を示す分子に変換されるようにデザインされた薬剤。標的部位選択的に活性を示すことから、副作用の軽減が期待できる。標的部位での化学反応には、生体内の酵素による触媒反応や生体内の低分子との反応が主に用いられる。

[用語4] 触媒毒 : 触媒の作用を減退または消失させる物質。チオール基を含むグルタチオンが代表的な生体内の触媒毒である。

[用語5] π電子 : 二重結合や三重結合などのπ結合を形成する電子。

[用語6] メタセシス反応 : 二重結合や三重結合の間で、結合の組み換えが起こる反応。

[用語7] 解離定数 : 分子複合体がその構成分子に解離する傾向を示す平衡定数であり、値が小さいほど複合体の形成がより好ましいことを示す。

[用語8] β-チューブリン : チューブリンは細胞内の微小管や中心体を形成するタンパク質であり、α-チューブリン、β-チューブリン、γ-チューブリンの3種類がある。

[用語9] ターシャリーブチルエステル基 : ターシャリーブチル基〔-C(CH3)3〕を持つエステル基であり、嵩(かさ)高く、疎水性が高い性質を持つ。

[用語10] 増殖速度阻害活性(GR50 : 細胞の増殖速度(生育量)を50%阻害するために必要な化合物の濃度。

[用語11] 担がんマウス : がん細胞を免疫不全マウス(免疫に欠陥があるマウス)へ移植した実験モデル。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Synthetic prodrug design enables biocatalytic activation in mice to elicit tumor growth suppression
著者 :
Igor Nasibullin, Ivan Smirnov, Peni Ahmadi, Kenward Vong, Almira Kurbangalieva, Katsunori Tanaka
DOI :

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教授 田中克典

(理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員)

E-mail : kotzenori@riken.jp
Tel : 048-467-9405 / Fax : 048-467-9379

取材申し込み先

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

日本医療研究開発機構(AMED)

創薬事業部 医薬品研究開発課 先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業担当

E-mail : sentan-bio@amed.go.jp

伝統ある東工大写真研究部、「立冬展」を開催

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東京工業大学の公認サークルである写真研究部は、11月4~13日の日程でTaki Plazaにて「立冬展」を開催しました。

展示の様子

Taki Plazaの1階および地下2階に、風景写真や人物写真・スナップ写真といったさまざまな分野の作品、計34枚が展示されました。写真の印刷や写真展の宣伝などの準備を重ね、およそ4ヵ月ぶりの対面での写真展の開催です。Taki Plazaを利用する多くの学生・教職員が足を止めて作品を見ていました。アンケートには「定期開催を続けてほしい」「もっと個性的な写真も見てみたい」、また各作品の感想などが寄せられました。これを受けて、写真研究部は「今後もよりレベルアップした写真を展示できるように、写真技術と感性を磨いていきたいと考えています」とコメントしました。

副部長(写真展担当)の関蒼人さん(工学院機械系 学士課程2年)のコメント

私たちがTaki Plazaで開催する写真展は今回が2回目という事で、前回の経験を生かし、より良い写真展にすることができました。Taki Plazaの地下2階は、多くの学生が自習や休憩で利用する場所となっており、そのような学生の息抜きとして主に鑑賞していただけたと思います。学内開催という事で大学関係者限定になってしまいましたが、写真研究部の活動を多くの方々に知っていただける良い機会となり、大変うれしく思っています。

写真研究部について

写真研究部は、写真を楽しむ学生が集まる東京工業大学の公認サークルで、1950年創部の歴史があります。写真撮影会や写真展などの活動、さらに四大学連合の写真部との合同写真展といった他大学との交流も行っています。

立冬展のポスター

東工大基金

写真研究部の活動は東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

東京工業大学 写真研究部

E-mail : tokyotech.photo@gmail.com

世界最高性能の固体フォトン・アップコンバージョン材料を開発 人工光合成などで光エネルギーの利用効率を向上させる技術

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要点

  • 人工光合成などで現状未利用な光を利用可能な光に変える波長変換技術
  • 独自のコンセプトに基づき高効率、超低閾値、安定な固溶体結晶を開発
  • 太陽光より弱い入射光、空気中で安定使用できる初の材料、応用に前進

概要

東京工業大学 工学院 機械系の村上陽一准教授、同研究室博士後期課程学生 榎本陸らは、日産自動車株式会社、出光興産株式会社と共同し、世界最高性能をもつフォトン・アップコンバージョン(以下UC)の固体材料を開発した。UCは脱炭素に重要な役割を果たす人工光合成用光触媒などで現状未利用な長波長光を利用可能な短波長の光に変換し、これらの効率を高める光の変換技術である。

UCは、長波長の光子をキャッチする「増感分子」と、そこから励起状態を受け取って短波長シフトした光子を出す「発光分子」とを組み合わせて行われる。従来の固体UC材料は増感分子同士の凝集や低い結晶性のために効率が低く、UCに要する入射光強度の閾値が高く、光照射下での安定性の情報が示されないことが大半だった。また不活性ガス中での結果のみが示されることが多かった。

本成果では、熱力学的に安定な固溶体相(後述)を用いるコンセプトに基づき、コスト的に有利な炭化水素系の発光分子と高品質な固溶体結晶の生成条件を発見し、高効率(理論上限の32 %)、超低閾値(太陽光強度の約5分の1)、空気中で安定という前例のない固体UC材料を開発した。これは超高性能なUC材料の作製指針を与え、本技術の応用実現に向けた諸要件を解決した初の材料となる。

本成果は、王立化学会(英国)の査読付学術誌、Materials Horizonsの2021年12月号(Issue 12, 2021)にオープンアクセス掲載された。

背景

カーボンニュートラルの実現には再生可能エネルギーの効率的利用が必須である。太陽光はその代表であり、水からの水素生成やCO2からの有用物質生成を行う人工光合成用光触媒、太陽電池などが広く研究または使用されている。しかし、これら効率には、次の理由から根本的な制限が存在している。

光は「光子」という粒からなり、光の波長が短いほど光子1粒のエネルギーが大きい。もし光触媒や太陽電池などに入射した光子のエネルギーが各材料に固有な「ある最低限必要なエネルギー」よりも高ければ材料を励起でき、利用される。一方それより低ければ材料を励起できず、その光子は利用されない(図1a)。つまり、このような目的にすべての波長の光を使えるのではなく、各材料に固有の「ある波長」よりも短波長側の光のみが利用され、それより長波長側の光は利用されておらず、損失となっている。この側面が様々な太陽光エネルギー利用の効率に根本的な制限を与えている。この制限を回避する方法としてフォトン・アップコンバージョン(以下UC)がある。これは低エネルギーの光子群(長波長の光)をより高エネルギーの光子群(より短波長の光)に変換する技術である(図1b)。

図1 (a)半導体の場合を例にとり、光エネルギーの利用効率には根本的な制限があることを表す模式図。ここでのバンドギャップの幅は例。(b)フォトン・アップコンバージョンの概念模式図。
図1
(a)半導体の場合を例にとり、光エネルギーの利用効率には根本的な制限があることを表す模式図。ここでのバンドギャップの幅は例。(b)フォトン・アップコンバージョンの概念模式図。

現在、太陽光に適用しうるUCの方式は、有機分子間の励起エネルギー移動を用いる方式(TTA方式[用語1])のみである。この方式による研究の多くは分子を有機溶媒などに溶かした液体の形態で行われてきた。しかし、少数の例外(※1)を除き、液体系の試料には溶媒の蒸発や着火、沸騰などのリスクが伴う。この解決のため、近年ではUC材料の固体化が追求されている。
 
TTA方式は、長波長の光子をキャッチする「増感分子」と、その励起状態を受け取って短波長シフトした光子を出す「発光分子」とを組み合わせて行われる(通常、増感分子数:発光分子数の比は1:数百~数千)。このため発光分子の固体中に増感分子を低濃度でバラバラに散らして存在させる必要があるが、多くの場合、同種類の分子同士は集まった方が全体的に安定であるため、光子をキャッチする役割の増感分子同士が凝集してしまい、効率よく増感分子から発光分子に励起エネルギーの受け渡しが行えず、高いUC効率を目指す上での障害となっていた。

この回避のため、従来の材料研究ではしばしば「増感分子同士が凝集し始める前に、急速な溶媒の蒸発や溶液中での析出によって、速やかに固体を生成する」という方法がとられてきた。しかし、このような高速法で作られた固体は一般に欠陥を多く含む微結晶粉であり、励起エネルギーが材料中をよく伝搬しないために低効率で、有意なUCに要される光照射強度の閾値も比較的高かった。また、従来報告の大半では連続的な光照射下での安定性データは示されてこなかった。

研究の着想

本研究チームは発想の転換を行い、「二成分があるときは、わずかでも互いに混ざり合う方が安定」という法則(エントロピーの自発的な増大則[用語2])を利用することを着想した。二成分を混ぜたときに現れる安定状態を整理するために、縦軸を温度、横軸を存在比とし、各状態の領域を示したものを相図という。図2aに模式的に描いた二成分系の代表的な相図を示す。ここでは左端が純粋な発光分子(増感分子0 %)、右端が純粋な増感分子を表している。α相が微量な増感分子が発光分子の結晶中に溶液のように溶け込んだ固溶体相であり、β相がその逆の固溶体相(生成を避けるべき増感分子の凝集相)になる。上述の「エントロピーの自発的な増大則」が溶け込みの駆動力となる。下の中央の「α and β」の領域はα相とβ相が混在する状態で、これも生成を避けるべき状態である。このような着想と狙いに基づき、高品質なα固溶体結晶の選択的生成を追求した。

図2 (a)二成分系の代表的な相図の模式図。中央下の領域はα相とβ相の共晶混合物。α相が本研究で追求した固溶相。(b)使用した増感分子(既知)および青色発光分子(本研究で発見)。
図2
(a)二成分系の代表的な相図の模式図。中央下の領域はα相とβ相の共晶混合物。α相が本研究で追求した固溶相。(b)使用した増感分子(既知)および青色発光分子(本研究で発見)。

具体的に、増感分子には緑色光を吸収して励起三重項状態(用語1中に説明)を高効率で生成する図2b上に示す分子を選んだ。そして、上述の着想を実現する青色発光分子として、応用時にコストの抑制を行える炭化水素分子(炭素原子と水素原子のみからなる分子)の広い選択肢から探索と評価を行い、また、結晶生成条件の探索を行った結果、図2b下に示す炭化水素分子(以下ANNP、※2)を用いることによって上記の着想を実現できることを見出した。

研究成果

生成条件の最適化の結果、図3aに示す透明で薄ピンク色をした1 mm前後の結晶を得た。ピンク色は増感分子の色であるため、これは無色透明なANNPの結晶中に増感分子がわずかに固溶したことを示している。結晶の光吸収測定からANNP約5万個に対して増感分子1個が固溶していることが判明し、この高い比率も本結晶がα相固溶体であることを示している。結晶に波長542 nmの緑色光を照射したところ、波長434 nmにピークをもつ青色のUC発光が得られた(図3b)。さらに、UCに要される光照射強度の閾値を調べるため、波長542 nmの入射光強度とUC量子効率(放出された青色光子数を、吸収された波長542 nmの緑色光子数で割った値、理論上限は50 %)との関係を10個の結晶試料について測定したところ、図3cのように最高で約16 %(=理論上限の32 %)と非常に高いこと、および光照射の閾値強度が極めて低いことが見いだされた。別の実験から、本試料の閾値が太陽光強度の約5分の1と前例のない低さであることが判明した(下記「論文情報」の論文に詳細記載)。これは高効率なUCにはもはや入射太陽光の集光が不要であることを示す画期的な結果である。さらに、空気中における長時間の光照射に対しても極めて高い安定性を有することが明らかになった(図3d)。

(a)本成果で生成した高性能なフォトン・アップコンバージョン固体材料の外観(左)と光学顕微鏡像(右)。(b)波長542 nmの緑色光を照射したときの試料の発光スペクトル。青色域に発光が得られている。(c)波長542 nmの励起光強度とアップコンバージョン量子効率との関係。10個の試料を測定した結果を示している。カーブは実験データ点をフィットした理論曲線。(d)閾値強度の約10倍である20 mW/cm2の強度で波長542 nmの入射光を連続して当て続けた際の発光強度の時間推移(初期値を100とした)。図中の写真はこの実験における様子の写真。(b), (c), (d)は空気中で測定。本図の著作権情報は※3参照。
図3
(a)本成果で生成した高性能なフォトン・アップコンバージョン固体材料の外観(左)と光学顕微鏡像(右)。(b)波長542 nmの緑色光を照射したときの試料の発光スペクトル。青色域に発光が得られている。(c)波長542 nmの励起光強度とアップコンバージョン量子効率との関係。10個の試料を測定した結果を示している。カーブは実験データ点をフィットした理論曲線。(d)閾値強度の約10倍である20 mW/cm2の強度で波長542 nmの入射光を連続して当て続けた際の発光強度の時間推移(初期値を100とした)。図中の写真はこの実験における様子の写真。(b), (c), (d)は空気中で測定。本図の著作権情報は※3参照。

今後の展開

UCでは2個の低エネルギーな入射光子から最大で1個の高エネルギー光子を生成することから、UC量子効率(放出されたUC光子と吸収された光子の数比)の上限は50 %だが、今回の成果では最大16 %という高い量子効率を達成した。その閾値は太陽光強度の約5分の1と超低強度であり、本材料の開発によってUCにおいて太陽光の集光はもはや不要となった。図4は今回の成果のイメージを表している。

しかし、このUC効率も上限値の50 %にはまだ隔たりがある。その主な理由はANNPの蛍光量子効率(励起状態から光子が放たれる効率)が比較的低いことにある。このため、今後さらに好適な発光分子を探索する必要がある。より高いUC量子効率の達成と社会実装の実現を目指し、今後さらに本研究を発展させてゆく。

図4 本成果を表すイメージ図。太陽光の照射によって、両端に緑色で描かれた増感分子が励起されている。その励起状態が開発した結晶中を伝搬し、それらが出会った場所で、短波長シフトした、すなわち入射光子より高いエネルギーを持つ青色の光子が放出される。左奥には本成果が用いたコンセプトである二成分系の相図が示されている。本図の著作権情報は※3参照。
図4
本成果を表すイメージ図。太陽光の照射によって、両端に緑色で描かれた増感分子が励起されている。その励起状態が開発した結晶中を伝搬し、それらが出会った場所で、短波長シフトした、すなわち入射光子より高いエネルギーを持つ青色の光子が放出される。左奥には本成果が用いたコンセプトである二成分系の相図が示されている。本図の著作権情報は※3参照。

用語説明

[用語1] TTA方式 : 長波長の光子を吸収し、励起三重項状態(分子内で相関する2個の電子スピンが同じ向きを向いた状態)を作る増感分子と、そこからその励起状態を受け取り、短波長シフトした光子を放出する発光分子とを組み合わせて行うUCの方式。励起三重項状態にある発光分子2個が空間的に出会うと、ある確率で「三重項-三重項消滅(Triplet-Triplet Annihilation, TTA)」という過程が起こり、両者のうちの一方がより高い励起準位に遷移し、そこから短波長シフトした光子が放出される。この方式は太陽光への適用可能性を有していることから近年研究が盛んになってきている。TTAの詳細は2021年8月24日の関連プレスリリースの「用語説明(3)」参照。

[用語2] エントロピーの自発的な増大則 : エントロピーは複雑さを表す尺度と考えられ、ある注目した領域の状態は、その外から作用を加えなければ、時間経過とともにエントロピーが増大する方向に自発変化してゆく。よく用いられる例として、コーヒーにミルクを入れると自発的に混ざり合い、ミルクの濃度に偏りがない状態へと向かってゆく例えが挙げられる。ただし本成果に関する二成分系の結晶では混合に反発する力も同時に働いており、これがエントロピーを増大させようとする力と均衡した辺りで、増感分子が発光分子の結晶中に入り込める濃度が決まることになる。

※1
有機溶媒は一般に可燃性と揮発性をもち、水も温度や圧力によって蒸発や沸騰などの相変化を起こすリスクがある。しかし、液体試料であっても、村上准教授らが開発したイオン液体(イオンのみからなる室温で液体の塩)などを溶媒に用いた試料ではこのようなリスクを解決したものも少数存在しており、例えばChemical Physics Letters, vol. 516, pp. 56–61, 2011 (DOI: 10.1016/j.cplett.2011.09.065)、Physical Chemistry Chemical Physics, vol. 19, pp. 30603–30615, 2017 (DOI: 10.1039/C7CP06494B) などがある。
※2
この分子の名称は9-(2-naphthyl)-10-[4-(1-naphthyl)phenyl]anthracene.
※3
これらの図は下記「論文情報」の論文からの抜粋(一部改変)だが、当該論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのCC BY 3.0区分でオープン化されており、図表の再使用と改変使用は著作権上許されている。

論文情報

掲載誌 :
Materials Horizons (IF = 13.266)
論文タイトル :
van der Waals solid solution crystals for highly efficient in-air photon upconversion under subsolar irradiance
著者 :
Riku Enomoto, Megumi Hoshi, Hironaga Oyama, Hideki Agata, Shinichi Kurokawa, Hitoshi Kuma, Hidehiro Uekusa, and Yoichi Murakami
DOI :
本論文はオープンアクセスで、上記リンクから無料公開されている。

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東洋インキSCホールディングスと「東洋インキグループ協働研究拠点」を設置 環境・IT・バイオの先端研究を推進

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東京工業大学と東洋インキSCホールディングス株式会社は、1月13日に環境・IT・バイオ分野に関する先端研究を推進する「東洋インキグループ協働研究拠点」を東京工業大学オープンイノベーション機構の支援のもと設置しました。

この協働研究拠点では、東工大が保有する幅広い領域における高度な学術的知見と、東洋インキグループが蓄積した顔料・樹脂合成をはじめとする種々の低分子・高分子合成技術や微細分散技術等を融合することで、個別研究では困難だった包括的かつ総合的な研究開発を推進し、新たな価値を持つ新規機能性材料と産業応用に向けた技術の創生を進めます。

地球規模の環境問題解決に向けた次世代電池開発やCO2活用の推進、デジタルテクノロジーの発展に貢献するIT関連材料技術の開発、次世代の医療技術につながるバイオテクノロジーの追求に取り組み、新たな時代に求められる価値の創造に挑戦します。さらに、相互の研究者の交流をベースとした研究開発ネットワークを構築し、次世代の先端研究および産業技術分野の発展を担う人材育成を図ります。

(左から)東洋インキSCホールディングスの髙島悟代表取締役社長と益一哉学長

(左から)東洋インキSCホールディングスの髙島悟代表取締役社長と益一哉学長

「東洋インキグループ協働研究拠点」の概要

名称

国立大学法人東京工業大学 オープンイノベーション機構協働研究拠点 東洋インキグループ協働研究拠点

研究内容

1.
環境分野 — 次世代電池、エネルギーハーベスト、CO2活用等の研究開発
2.
IT分野 — 次世代イメージセンサ・半導体への応用を目指した革新的材料に関する研究開発
3.
バイオ分野 — 次世代医療技術に繋がる生体物質と化学材料との相互作用に関する研究開発

場所

神奈川県横浜市緑区長津田町4259
国立大学法人東京工業大学 すずかけ台キャンパスB1・B2棟829号室

設置期間

2022年1月13日 ~ 2025年1月12日

拠点長

菅野了次(国立大学法人東京工業大学 科学技術創成研究院 全固体電池研究センター長・特命教授)

副拠点長

三原久和(国立大学法人東京工業大学 副学長(戦略構想担当)・生命理工学院 教授)、
山岡新太郎(東洋インキSCホールディングス株式会社 常務執行役員 技術・研究・開発担当)

東工大協働研究拠点制度について

協働研究拠点は「企業ニーズに寄り添う」ために、拠点内に「研究企画室」を設置し、現在あるテーマのみならず、新たな研究テーマの創出を図り、持続的な連携の場の実現を目指します。

お問い合わせ先

東京工業大学 オープンイノベーション機構

E-mail : admin@oi-p.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5180

「列車内の混雑状況を可視化する」実証実験を東急電鉄、阪急電鉄と実施

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東工大は、東急電鉄株式会社(以下、東急電鉄)ならびに阪急電鉄株式会社(以下、阪急電鉄)と協働し、列車内の混雑状況の可視化に関する実証実験を1月より実施します。

本実証実験は、東京工業大学環境・社会理工学院の辻本研究室が開発した「列車内の混雑度解析技術」(特許出願中)の精度を検証するもので、列車内の混雑情報を可視化してリアルタイムで提供することにより、混雑度が低い車両への乗車を促し、できるだけ混雑を避けたいという乗客のニーズに応えることを目指しています。

本実証実験の概要については以下の通りです。

本実証実験の概要

本実証実験の概要イメージ

  • 列車の乗客が持つスマートフォンのブルートゥース信号(※1)を、駅に設置した「混雑解析装置」で取得し、クラウド上のAIにて混雑状況を解析します。
  • AIの解析精度を高めるため、駅のホーム上から「高速度カメラ(※2)」で撮影・測定した混雑状況なども組み合わせて、AIのチューニングを行います。
※1
・ブルートゥース信号は電波信号強度(RSSI)のみを測定・記録し、端末の特定につながる情報は含まれません。
・ブルートゥース信号を使って解析するため、気象条件に大きく影響されることがなく、安定的かつ精度が高い混雑状況の取得が可能となります。(ブルートゥースは、Bluetooth SIG, Inc.の登録商標です)
※2
高速度カメラは顔識別機能を有しておらず、解析後のデータには乗客個人の特定につながる情報は含まれません。さらに画像データは、東急電鉄と東工大間、阪急電鉄と東工大間でのみおのおの取り扱い、第三者がアクセスできない環境の下で、列車内の乗車人数の解析にのみ使用し、解析が完了した時点で速やかに削除します。

本実証実験は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が実施する支援事業、「SCORE」大学推進型(拠点都市環境整備型)に採択された、東工大を主幹とするイノベーションデザイン・プラットフォーム(IdP)内のGAPファンドの支援により実施されており、支援終了後は東工大発のベンチャーによる事業化を目指しています。

本実証実験の詳細

東急電鉄

(1)実施期間

2022年1月17日(月)~2022年2月28日(月)

(2)設置駅

田園都市線駒沢大学駅(東京都世田谷区) 上り(渋谷方面)ホーム

(3)設置台数

「混雑解析装置」「高速度カメラ」各1台

(4)活用検討

現在の状況

スマートフォン向けアプリ「東急線アプリ」の「列車走行位置」画面において、リアルタイム情報として混雑状況が配信されていますが、応荷重データがリアルタイムで取得可能な一部路線の東急電鉄所属の一部車両のみ(※)となっており、その他の画面、およびホームページにおいては過去データを分析したものが傾向値として配信されています。

現在は、「田園都市線」で応荷重データをリアルタイムで取得可能な一部車両のみ「リアルタイム混雑状況」が配信されています。
本実証実験による技術が確立した場合
  • これまで対応できていなかった路線や相互直通運転を実施している他社所属車両の混雑状況もリアルタイム情報として配信できることになり、またこのデータを蓄積することで傾向値を定期的に更新することも可能になります。
  • リアルタイム情報は、混雑した車両を避けたいというニーズ、また傾向値は、列車が混雑する時間帯や車両を事前に把握したいというニーズの双方にメリットがあり、より充実したサービスが提供できます。

(参考)現在の配信例と今後期待できること

リアルタイム情報

【現在の配信例】

東急線アプリ
東急線アプリ

【現在の配信例】

東急線アプリ
東急線アプリ

【技術が確立した場合】

  • 東急線全線に拡大可能
  • 相互直通先の他社を含む全車両に対応

傾向値
【現在の配信例】

東急線アプリ
東急線アプリ

ホームページ
ホームページ

【技術が確立した場合】

  • リアルタイム情報が蓄積可能
  • 状況に応じた定期的な更新が可能

阪急電鉄

(1)実施期間

2022年1月12日(水)~2022年3月31日(木)

(2)機器設置駅

  • 神戸本線・中津駅(大阪市北区) 下り(神戸三宮方面行き)ホーム
  • 神戸本線・十三駅(大阪市淀川区) 下り(神戸三宮方面行き)ホーム

(3)設置機器と台数

  • 「混雑解析装置」…中津駅と十三駅に各1台
  • 「高速度カメラ」…中津駅に1台
  • 「混雑度表示サイネージ」…十三駅に2台

(4)実証実験の内容について

1.
中津駅に設置した「混雑解析装置」で、同駅を出発(または通過)する列車の混雑度を取得します。
2.
十三駅に設置した「混雑解析装置」で、同駅を出発する列車の混雑度を取得します。
3.
2月末~3月初旬頃、十三駅(神戸三宮方面行きホーム)に、「混雑度表示サイネージ」を設置し、中津駅を出発(または通過)し、十三駅に到着する列車の各車両別の混雑状況を案内します。
4.
十三駅に設置した「混雑解析装置」で得られる混雑度を「混雑度表示サイネージ」の設置前後で比較することにより、混雑情報が乗客の行動変容にどの程度結びついたかを分析するとともに、本実証実験を通じて当該技術の評価を行うこととします。

実証実験のイメージ

実証実験のイメージ

十三駅の混雑度表示サイネージの画面(イメージ)

十三駅の混雑度表示サイネージの画面(イメージ)

環境・社会理工学院

環境・社会理工学院 ―地域から国土に至る環境を構築―
2016年4月に発足した環境・社会理工学院について紹介します。

環境・社会理工学院

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大規模アンモニアプラントに用いられる非貴金属触媒の量産化開発を開始 NEDO「グリーンイノベーション基金事業・燃料アンモニアサプライチェーンの構築プロジェクト」へ参画

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東工大および東工大発ベンチャーのつばめBHB株式会社は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「グリーンイノベーション基金事業/燃料アンモニアサプライチェーンの構築」に対し、2021~2030年度を事業期間と想定した「アンモニア製造新触媒の開発・実証」と題したプロジェクト(以下、本プロジェクト)の中で重要な役割を担う「非貴金属触媒の研究開発」(2021~2024年度で開発予定)の再委託先に選定されました。本プロジェクトは千代田化工建設株式会社が主幹事となり、東京電力ホールディングス株式会社、株式会社JERAが共同で実施し、再委託先を定めています。

東京工業大学元素戦略研究センターの細野研究室、北野研究室では、これまでつばめBHBと開発および実証してきたエレクトライドのコンセプトに立脚したアンモニア合成触媒の研究をさらに進めており、本プロジェクトにおいて非貴金属触媒の開発を推進します。また、つばめBHBは2017年の設立以降、触媒の工業化を実施しており、製造方法の検討やパイロットプラントにおける実証など触媒の工業化ノウハウを活用し、非貴金属触媒の工業化を進めます。

東工大およびつばめBHBは、既に研究開発を進めている非貴金属触媒の研究開発を本委託によりさらに推進し、大規模アンモニア製造プラントにて効率よくアンモニアを生産できる触媒の開発を目指します。

出典:NEDO グリーンイノベーション基金事業「燃料アンモニアのサプライチェーン構築」 に着手((別紙2)事業概要資料)

出典:NEDO グリーンイノベーション基金事業「燃料アンモニアのサプライチェーン構築」 に着手((別紙2)事業概要資料)

本プロジェクト立ち上げの背景

(1)ハーバーボッシュ法を凌駕する低コストプロセスの必要性

現在、アンモニアは100年以上前に発明されたハーバーボッシュ法(以下、HB法)を用いて主に生産されています。HB法は空気中の窒素と、天然ガス等から得られる水素※1のみでアンモニアを合成することができる非常に優れた生産技術であり、世界中で広く活用されています。一方、HB法は高温(400~500℃)かつ高圧(10~30 MPa)の反応条件が必要であり、高いエネルギー負荷がかかるプラントであるという課題があります。こういった課題を解決するために低温・低圧条件下で高効率のアンモニア合成が可能で商業化に資する触媒が求められてきました。東工大とつばめBHBが共同開発を行うエレクトライド触媒は既に小型アンモニア製造プラント向けに量産化されていますが、現状の触媒は貴金属を用いているため大型プロセスには適していません。東工大では、貴金属を使わない新しいアンモニア合成触媒を数多く生み出しており※2、本プロジェクトを通じて大型プロセスへの適用が可能な非貴金属触媒の工業化を目指していきます。

(2)燃料用途のアンモニアチェーン構築の必要性

日本国政府は2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、脱炭素燃料の普及拡大や電力の脱炭素化を推進する必要があると発表しており、その脱炭素燃料の候補の1つとしてアンモニアが挙げられています。現在、アンモニアは肥料や工業原料として用いられていますが、燃焼時に二酸化炭素を排出しないため、発電用や船舶用などでゼロエミッション燃料としての役割が期待されています。一方で、燃料用途での市場が拡大すると現状の世界のアンモニア生産量では賄いきれないと考えられており、また同時に化石燃料に代わる燃料となるためにはアンモニア製造コスト・調達コストの削減が求められています。現在のアンモニア製造技術は海外のライセンサーが保有しており、今後エネルギーとしての活用を考えると、海外ライセンサーに依存しない国内企業によるアンモニア製造コストの削減を目指した製造技術開発が望ましいと考えられています。つばめBHBでは設立時から培ってきたアンモニア合成触媒の評価、実証、量産化のノウハウを活用し、本プロジェクトの推進への寄与を目指していきます。

※1
宇宙で最も多く存在する元素。近年では燃料電池車の燃料等クリーンエネルギーとしても着目されている。
※2
2020年7月に元素戦略研究センターが発表した新たな触媒。
(これまで活性が乏しいといわれていたNiを使った触媒をNature誌に掲載)
貴金属を使わないアンモニア合成の画期的技術|東工大ニュース

お問い合わせ先

つばめBHB株式会社 中村 / 小出

E-mail : hp_contact@tsubame-bhb.co.jp
Tel : 045-744-7337

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京工業大学硬式野球部、東都大学野球連盟秋季4部リーグ戦にて優勝

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東工大大岡山グランドにて優勝杯を囲む野球部員

東工大大岡山グランドにて優勝杯を囲む野球部員

東京工業大学硬式野球部は東都大学野球連盟2021年秋季4部リーグ戦において5勝3敗の成績で優勝し、2009年春以来の優勝杯を主将の高橋知希さん(生命理工学院 生命理工学系 学士課程3年)が受け取りました。また、最高殊勲選手に森合雄也さん(環境・社会理工学院 土木・環境工学系 学士課程3年)が、最優秀投手に稲垣慧さん(工学院 機械系 学士課程4年)が、最優秀防御率(1.61)に長健介さん(工学院 学士課程1年)がそれぞれ選出されました。

優勝杯を受け取る高橋主将

優勝杯を受け取る高橋主将

主将 高橋知希さんのコメント

昨季まではずっと最下位で悔しい思いをしてきたので、優勝が決まったときはとても嬉しかったです。今季で5人の4年生が引退し、選手14人とマネージャー3人という少ない人数での新チームとなりましたが、来季優勝、3部昇格に向けて日々精進して参ります。これまでに我々を支えて下さった保護者やOBの皆様、そして球場確保などにご尽力頂いた連盟関係者の皆様にはとても感謝しております。現在、近藤徹講師のもとで1分子分光法を用いた光合成の研究を行っております。野球と研究どちらにも力を入れて精進していきたいと思います。本当にありがとうございました。

最高殊勲選手 森合雄也さんのコメント

入学してからなかなか勝ち星に恵まれず、私が正捕手になってからは僅差で敗れる試合が多く、悔しい思いを何度もしてきました。新チームの副主将を任されて、捕手としても責任を重く感じていました。今回、打者としても捕手としても勝利に貢献できたことで個人としても成長を感じることができました。これを機に勝てるチームへとステップアップし、私はその先頭に立ちたいと思います。土木工学について学んでおり、土質やコンクリートなどの地盤工学を専門にしていきたいと考えております。野球とも関連深い分野なのでいずれは土質に関する職につきたいです。これからも応援のほど、よろしくお願いします。

最優秀投手 稲垣慧さんのコメント

体調不良でなかなかチームに貢献できない時期もあり、チームメイトには多くの負担をかけてしまったと思うのですが、様々な方々に支えていただき、4年間部活を続けることができました。最後のシーズンをこのような形で締めくくることができ、とても嬉しいです。この経験を少しでも今後の野球部の発展に還元できればと思います。
特定課題研究で石田忠准教授のもとin vitro研究に役立つマイクロ流路デバイス開発に取り組んでおります。情報収集を行い、先生や先輩方、同期と相談しながら試行錯誤を繰り返す部分など、研究と部活動で共通する部分を日々感じております。部活動で経験したことや学んだことを研究に活かせるように、精進して行きたいと思います。これまで支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。

最優秀防御率 長健介さんのコメント

1年目からこのような名誉ある賞をいただけて非常に光栄です。来シーズン以降これ以上の活躍をできるようこれからも努力していきたいと思います。現在、工学院所属の1年時で教養科目の様々な分野の勉強をしています。興味深い分野が多いため今はまだ進路など決められておりませんが、文武両道を成し遂げられるよう今後の大学生活を過ごしていこうと思います。次シーズン以降も応援よろしくお願いします。

左から長さん、東都大学野球連盟・大島正克理事長、稲垣さん、森合さん

左から長さん、東都大学野球連盟・大島正克理事長、稲垣さん、森合さん

東工大硬式野球部について

記録によると、本学に野球部が設置されたのは1922年で、戦前は東京商科大学(現・一橋大学)、東京文理科大学(現・筑波大学)、千葉医科大学(現・千葉大学医学部)などと対抗戦を行っていました。1946年春から東都大学リーグに加盟し今日に至っております。授業や実験の合間、早朝の練習を工夫するなどして技術とチーム力の向上に日々励んでいます。創部以来もうすぐ100年を迎え、卒業生は450名を数えます。先輩方の応援のもと、東工大らしい野球を追究して3部昇格を目指します。

東工大基金

硬式野球部の活動は東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

硬式野球部 部長 中村健太郎

E-mail : knakamur@sonic.pi.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5090


東工大最大級の産学連携イベントTTOP2021をオンラインで開催

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東京工業大学は、11月25日、26日に「Tokyo Tech OPen innovation & venture/research festival (TTOP) 2021」をオンライン配信にて開催しました。TTOPは、研究・産学連携本部とオープンイノベーション機構(以下、OI機構)が主催して、サステナビリティ・トランスフォーメーション(Sustainability Transformation : SX)を共通テーマに、以下のイベントを同一期間に開催し、2日間延べ約1,000名の参加者がライブ配信を視聴しました。

プログラム

1.
11月25日(木)10:00 - 16:50
第3回東工大国際オープンイノベーションシンポジウム(2021)
3rd TokyoTech International Open Innovation Symposium 2021
2.
11月26日(金)10:00 - 12:20
第5回東工大リサーチフェスティバル(2021)
Tokyo Tech Research Festival 2021 (TTRF)
3.
11月26日(金)13:30 - 17:20
第2回東工大ベンチャーフェスティバル2021
2nd Tokyo Tech Venture Festival 2021 (TTVF)

3イベント開催レポート

1. 第3回東工大国際オープンイノベーションシンポジウム(2021)
3rd Tokyo Tech International Open Innovation Symposium 2021

第3回となる国際オープンイノベーションシンポジウムは、「世界のオープンイノベーションリーダたちの挑戦」と題して、SXをテーマに世界のオープンイノベーションリーダたちによる基調講演、新たに設置された東工大の協働研究拠点活動の紹介、本学のグリーンイノベーションの取り組み・シーズ技術の紹介を行いました。

益一哉学長の開会のあいさつ
益一哉学長の開会のあいさつ

大嶋洋一教授(OI副機構長)のSession 2講演
大嶋洋一教授(OI副機構長)のSession 2講演

2. 第5回東工大リサーチフェスティバル(2021)
Tokyo Tech Research Festival 2021(TTRF)

東工大リサーチフェスティバルは今年で第5回を迎え、本学の気鋭の研究者を産業界に紹介する場として開催しました。「明日を切り開く研究者の持続可能な未来社会への挑戦」をテーマに、世界的な課題となっている持続可能な社会の実現に資する研究を8件紹介しました。

開会のあいさつをする渡辺治理事・副学長(研究担当)/研究・産学連携本部長

開会のあいさつをする渡辺治理事・副学長(研究担当)/研究・産学連携本部長

3. 第2回東工大ベンチャーフェスティバル2021
2nd Tokyo Tech Venture Festival 2021(TTVF)

第2回目を迎える東工大ベンチャーフェスティバルは、「サスティナブルな未来を拓く注目の‘東工大発スタートアップ2021’」として、SXを牽引する東工大発ベンチャー10社のピッチと参加型ディスカッションを行いました。
ピッチ終了後、視聴者からの投票と会場の審査員による審査により、優秀な企業へ「東工大発ベンチャー大賞、ITAPトヨタ賞」及び「特別賞、ITAP-ATAC賞」が授与されました。

ITAP(アイタップ):トヨタ自動車株式会社と、株式会社先端技術共創機構(ATAC)が進める、先端技術のインキュベーション活動の総称。

授与式:(上段左から)審査委員長 大嶋洋一教授、小出智幸氏(つばめBHB株式会社)、(下段)西塔由香子氏(株式会社Yellston)

授与式:(上段左から)審査委員長 大嶋洋一教授、小出智幸氏(つばめBHB株式会社)、(下段)西塔由香子氏(株式会社Yellston)

東工大発ベンチャー大賞、ITAP-トヨタ賞:
つばめBHB株式会社「アンモニアで環境問題・食糧問題の解決を目指すつばめBHB」

審査員総評:
吉村裕樹氏(トヨタ自動車株式会社 先進技術開発カンパニー 将来技術・事業創生グループ グループ長)

つばめBHBは潜在力のあるアンモニアに着眼した目利き力と技術面での優位性はもとより、それを社会価値につながる形で実装している点が今回の受賞の大きな理由だと思います。エネルギーや食糧問題などさまざまな課題解決の方向として「地産地消モデル」は重要なキーワードと言われていますが、つばめBHBは持続可能な社会の一つの雛形を提示していると思います。受賞を機にますます大きく飛躍されることをお祈りしています。

受賞者コメント:
小出智幸氏(つばめBHB株式会社 ビジネス企画部門 マーケティングセクションリーダー)

この度はTTVFにて、栄えある「東工大発ベンチャー大賞」を受賞いたしましたこと、当日イベントをご視聴いただいた皆様、ご審査員の皆様、また関係者皆様に厚く御礼申し上げます。東工大ベンチャー企業の中で名誉な賞を受賞いたしましたことを感謝すると同時に、この賞に恥じないように事業開発を邁進していく所存でございます。
東工大で培われた技術を用い、環境問題及び食糧問題という社会課題の解決を目指し、社員一同引き続き努力してまいります。

「アンモニアで環境問題・食糧問題の解決を目指すつばめBHB」つばめBHBのピッチ風景

「アンモニアで環境問題・食糧問題の解決を目指すつばめBHB」つばめBHBのピッチ風景

特別賞、ITAP-ATAC賞:
株式会社Yellston「音声合成で広がる音の世界」

審査員総評:
川上登福氏(株式会社先端技術共創機構 代表取締役)

特別賞受賞おめでとうございます。審査員全員から、「CoeFont面白いよね、是非何か賞を」、という声があり、当初想定していませんでしたが急きょ特別賞をお贈りすることになりました。私自身、様々な声を簡単に、それこそフォントを変えるようにみんなが使う、そんな世界を目指すYellstonの今後に大きな可能性を感じ、ATACとしても賞をお贈りさせて頂くことにいたしました。今後もスピード感速く、グローバルに飛躍されることを願っており、そして応援しております。どうぞよろしくお願いいたします。

受賞者コメント:
早川尚吾氏(株式会社Yellston 代表取締役社長)

この度はTTVF特別賞という名誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。審査コメントにもあった通り、社会で身近な存在である「声」というコンテンツを生かしたプロダクトである「CoeFont」は多くの可能性を秘めていると私たち自身も強く信じております。外国語対応による全世界への発信、メタバースなどの次世代の技術との絡みなど、多くの挑戦をしていきたいと考えておりますので、ぜひ今後ともよろしくお願いいたします。

「音声合成で広がる音の世界」Yellstonのピッチ風景

「音声合成で広がる音の世界」Yellstonのピッチ風景

東工大発ベンチャーによるピッチ 10社(登壇順) :

  • 株式会社Synspective「宇宙からの俯瞰データによる「学習する世界」の実現」
  • ファスタイド株式会社「ベンチャーとしての中分子創薬へのチャレンジ」
  • 株式会社SWAT Lab「みんなで企業の課題を解決するプラットフォーム、SWAT Lab」
  • Fusion Cubic株式会社「人工知能とマシンビジョンで実現した次世代スマートパーキング」
  • 株式会社Yellston「音声合成で広がる音の世界」
  • N-EMラボラトリーズ株式会社「ウイルス動態観察CLSEM顕微鏡事業」
  • Tokyo Artisan Intelligence株式会社「誰でも高性能AIシステムが作れるTAI Compiler」
  • リバーフィールド株式会社「Touch worlds beyond your reach. 」
  • メタジェンセラピューティクス株式会社「マイクロバイオーム創薬のスペシャルティファーマをめざすメタジェンセラピューティクス」
  • つばめBHB株式会社 「アンモニアで環境問題・食糧問題の解決を目指すつばめBHB」

お問い合わせ先

オープンイノベーション機構

E-mail : admin@oi-p.titech.ac.jp

研究・産学連携本部

E-mail : sangaku@sangaku.titech.ac.jp

超狭帯域赤外放射を実現 光-分子結合を利用し赤外放射を制御、新しい赤外光源の実現が可能に

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要点

  • 従来狭帯域光源を実現するためには、高価なバンドパスフィルターが必要であった。
  • 本研究では光吸収メタ表面の誘電体層に分子を導入することで、分子振動吸収を増強し、狭帯域赤外放射を実現した。
  • 今後は赤外光センサーの光源や放射冷却に有用な材料としての活用が期待できる。

概要

東京工業大学 物質理工学院の森川淳子教授、サウリウス・ヨードカジス特任教授(オーストラリア スイバーン工科大学 教授、横浜国立大学 招聘特別教授)、横浜国立大学の西島喜明准教授、静岡大学の久保野敦史教授、産業技術総合研究所の劉芽久哉研究員らの共同研究グループは、分子を誘電体層にもつ光吸収メタ表面を構築し、分子振動由来の熱放射の増強に成功しました。これにより、従来の熱放射デバイスをはるかに超える超狭帯域赤外放射材料を確立しました。今後は赤外センサーの有効な光源や放射冷却材料としての展開が大いに期待されます。

本研究成果は、英国王立化学会の国際論文誌「Journal of Materials Chemistry C」(12月10日付)に掲載されました。

なお本研究成果は科学研究費補助金(20H02545)、Australian Research Council (Linkage Projects LP190100505) の支援を受け、新コスモス電機株式会社・フィガロ技研株式会社との共同研究の一部として実施されました。

研究背景・成果

中赤外は分子指紋領域と呼ばれており、どのような物質がどれだけ存在するかを知ることができる情報が含まれています。空気中の微量物質(揮発性有機物質VOC)検出では、この原理を使って安定的に動作できる赤外光センサーの開発が進められています。分子振動は一般的に非常に狭帯域の吸収を示し、より高感度・高精度の分子振動を検出するためには、光源の放射帯域を狭帯域化する必要があります。従来はバンドパスフィルターやレーザーなどが使用されてきましたが、より安価で小型なデバイスの実現が強く望まれていました。

このような背景の中で、分子振動そのものを光源として用いれば、分子検出として最適な狭帯域光源が実現できると着想し、メタ表面と分子との光-分子結合を活用した赤外光吸収増強で、Q値で90を超える狭帯域放射の実現に成功しました。

研究内容

金属薄膜―誘電体―金属ナノ構造からなる材料は、光吸収メタ表面あるいはプラズモン完全吸収帯と呼ばれ、金属薄膜とナノ構造が特定の波長の光と共鳴して光を吸収します。この時、誘電体層に強い電場の局在が発生します(図1参照)。この局在電場中に分子が存在すると光-分子結合が発生し、例えば光吸収の増強などが起こります。また、Gustav Kirchhoffが1860年に提唱したKirchhoffの熱放射の法則によれば、光吸収効率と熱放射効率は等価であることを示していることから、光吸収の増強は熱放射の増強へとつながります。

a.光吸収メタ表面と誘電体層に局在する光電場シミュレーション結果 b. 実際に作製したメタ表面の走査型電子顕微鏡図

図1.
a.光吸収メタ表面と誘電体層に局在する光電場シミュレーション結果
b. 実際に作製したメタ表面の走査型電子顕微鏡図

今回誘電体層に設置する分子として、耐熱性高分子であるポリイミドを金の上に製膜し、その上部に半導体加工でナノ構造を形成させました。ポリイミドは中赤外の波長域に狭帯域で特徴的な分子固有のスペクトルを示すことが知られています。メタ表面の共鳴スペクトルとポリイミドの吸収の重なりが大きくなると、ポリイミド由来の吸収ピークが増大していき、100倍以上の吸収増強を観測することに成功しました。また、2つのスペクトルの重なりが大きくなると強結合と呼ばれる現象が発現し、新たな分子固有のスペクトルが形成されることを見出しました(図2参照)。

図2 メタ表面によって増強されたポリイミドの吸収スペクトル

図2. メタ表面によって増強されたポリイミドの吸収スペクトル

そこで、このメタ表面を加熱して放射スペクトルを計測しました。その結果として反射吸収スペクトルと良い一致を示す放射スペクトルが得られました。この特性として、±60度の範囲でほぼ一定の放射強度を示し、250度の高温まで分子層も安定して存在し長時間にわたって一定の放射が得られることを示すことに成功しました(図3参照)。

a. Kirchhoffの法則に基づいて光吸収と放射スペクトルが良い一致を示す結果が得られた。b. 250度まで安定なスペクトルが得られた

図3.
a. Kirchhoffの法則に基づいて光吸収と放射スペクトルが良い一致を示す結果が得られた。
b. 250度まで安定なスペクトルが得られた。

今後の展開

本成果により、誘電体層に分子を用いない従来のメタ表面と比較して10分の1以下の線幅、90を超えるQ値、100%近い放射効率、250度での高温安定動作を併せ持つ熱放射デバイスが実現できました。分子固有の放射であり、同一の官能基を持つ分子を検出する際に最適な分光的性質を有しています。この性質を利用することで、空気中に存在する微量な物質を高感度で検出できる中赤外光源を実現できます。また、放射冷却機能を増強して、電力を用いずに室内環境を冷却するRadiative cooling にも適応できます。これらの手法を駆使することで、低炭素・持続可能な社会を実現するための革新的デバイスへ展開します。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Materials Chemistry C、 2021年12月10日 オンライン版
論文タイトル :
Coupling of molecular vibration and metasurface modes for efficient mid-infrared emission
著者 :
Yoshiaki Nishijima, Shinya Morimoto, Armandas Balčytis, Tomoki Hashizume, Ryosuke Matsubara, Atsushi Kubono, Naoki To, Meguya Ryu, Junko Morikawa and Saulius Juodkazis
DOI :

物質理工学院

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3℃から108℃まで温度を制御できる大気圧プラズマ装置を開発 皮膚や細胞に熱損傷を与えないプラズマ処理に期待

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要点

  • プラズマの温度を3℃から108℃まで制御することができる大気圧プラズマ発生装置を新規に設計・開発した。
  • 新装置を用いて二酸化炭素、酸素、窒素、アルゴンのプラズマを生成し、温度やガス種が殺菌効果に大きく影響することを明らかにした。
  • 皮膚や細胞にも適切な温度で、所望のガス種のプラズマを照射できるため、各種材料や生体に熱損傷を与えない安全なプラズマ処理が期待できる。
  • ヒーター加熱などでプラズマの温度を上昇させる事で、各種材料の接着性向上などへの応用も期待できる。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の沖野晃俊准教授、東京医療保健大学の松村有里子准教授、岩澤篤郎教授らの研究グループは、温度を精密に制御しながらプラズマ[用語1]を低温・大気圧下で発生させる新規装置を設計・開発した。今回開発した装置は、プラズマ化するガスと装置全体の温度を調整する液体が流れる流路を備えているのが特徴である。装置の構造は数値流体解析を用いて設計し、アルミニウム系材料を用いて3D金属プリンタ[用語2]により装置製作を行った。さらに、この装置で二酸化炭素、アルゴン、窒素、酸素をはじめ様々なガスでプラズマを生成できること、ならびにプラズマの温度を3~108℃の範囲でコントロールできることを実証した。また、プラズマの温度やガスの種類を変えると、プラズマ中で生成される活性種[用語3]や殺菌効果が大幅に変わることを明らかにした。

この研究成果により、大気圧プラズマの応用範囲がさらに広がり、プラズマによる殺菌・ウイルス不活化や表面処理効果が向上する事が期待される。

本研究成果は、「Applied Sciences」電子版に2021年12月9日に2報の論文として掲載された。

背景

分子や原子は、おかれた温度や圧力に応じて固体・液体・気体の三態をとるが、それに加えて極高温や放電下におかれたとき、第4の状態と呼ばれる「プラズマ」となる。電離気体とも呼ばれるプラズマは、原子や分子の電子がはじき出された状態にあり、プラズマ化した気体そのものや、周囲に存在する気体が活性種となっていることがひとつの特徴である。活性種は反応性が非常に高いため、細菌や有害物質の分解、表面処理や半導体製造などの分野で広く使用されてきたが、近年殺菌、ウイルス不活化や手術における止血といった医療利用などにも期待が寄せられている。その際、プラズマを照射する際の熱による損傷が懸念されるが、既存の低温プラズマは温度が40~100℃程度に至り生体への影響が懸念されるため、より低温環境でプラズマを発生させることが求められている。

研究成果

本研究では、プラズマの温度を3~108℃にコントロールすることができる、新たなプラズマ発生装置を設計・開発し、黄色ブドウ球菌の殺菌における効果を評価した。装置は金属の3Dプリンタを用いてアルミニウム系素材で製作した。

装置の設計・開発

これまで報告されてきた低温プラズマ発生手法としては、プラズマ化するガスを冷却・加熱して温度を調整する、あるいは放電のために加える電力を抑えるといった手法が採られてきた。しかし、これらの方法だとプラズマ化する際の温度上昇幅の制御が難しい、生成されるプラズマの効果が弱くなる、といったことが課題となる。そこで今回開発した装置では、ガスだけではなく「装置そのものを冷却・加熱」することでプラズマ発生時の温度を精密にコントロールしようと考えた。

新装置は、プラズマ発生部(図1 放電生成位置)をパイプ(図1 青色箇所)が螺旋状に取り囲む構造となっている。パイプは温度を制御するための流体を通すためのものである。あらかじめ温度を調整した流体をパイプに流し、装置全体およびプラズマ化するガスを加熱・冷却しておき、そのうえで装置内に放電を起こすことでプラズマを発生させる。プラズマは図2に示すように、装置に開けられた直径1 mmの穴からジェット状に噴出する構造となっている。

図1 新装置の内部構造と外観

図1. 新装置の内部構造と外観

図2 低温に制御した大気圧プラズマを氷に照射

図2. 低温に制御した大気圧プラズマを氷に照射

温度制御性能の評価

温度制御流体としてエタノールと水の混合液体を用いて、プラズマ温度の制御性能評価を行った。温度制御流体をあらかじめ-30~95℃の範囲で調整した条件でプラズマを生成させ、プラズマ発生部から2 mm離れた位置の温度を熱電対によって測定した。その結果、3℃から108℃まで温度を制御しながらプラズマを生成することに成功した。今回の装置ではエタノール水溶液を温度制御流体として用いたが、例えば-196℃の液体窒素を用いる事で零下のプラズマを生成する事もでき、逆にヒーターでガスを加熱することで100℃以上のプラズマを生成する事も可能である。さらに、プラズマの温度を測定して、温度制御流体の温度をフィードバック制御することで、精密な温度コントロールを実現できる(図3)。

図3 生成されるプラズマの温度の比較

図3. 生成されるプラズマの温度の比較

低温プラズマの殺菌処理への応用

開発した低温プラズマ発生装置を用いて、酸素、二酸化炭素、窒素、アルゴンガスのプラズマを生成し、殺菌効果の評価を行った。プラズマ中で発生する化学活性種として一重項酸素の発生量を評価したところ、二酸化炭素プラズマ中で最も一重項酸素が得られることがわかった。また、プラズマ温度によっても生成する一重項酸素量が変化することが明らかとなった(図4)。

図4 活性種(一重項酸素)の生成にプラズマのガス温度が与える影響

図4. 活性種(一重項酸素)の生成にプラズマのガス温度が与える影響

さらに、黄色ブドウ球菌を含む懸濁液に二酸化炭素プラズマを印加したところ、温度上昇に伴って殺菌効果が大きく向上することを確認した(図5)。90℃に加熱したガスで処理するだけでは菌数の減少が緩やかであることから、プラズマ発生に伴う活性種が殺菌に寄与していると考えられる。

図5 二酸化炭素および窒素プラズマのガス温度と殺菌効果の関係

図5. 二酸化炭素および窒素プラズマのガス温度と殺菌効果の関係

以上より、プラズマ化するガス種と温度を適切に選択することで、殺菌効果を向上できることが明らかとなった。この結果は、プラズマ中で生成される活性種の種類と数が変化したことに起因していると考えられる。したがって、殺菌以外の処理、例えば各種材料の表面処理、ウイルス不活化、止血処理などにおいても、プラズマのガス種や温度を変えることで処理効果を向上させることができると考えられる。

今後の展望

開発した本装置では、処理に最適な温度の、各種ガスの大気圧プラズマを生成できる。従来のプラズマ装置では照射が容易ではなかった生体や低融点材料へのプラズマ照射が実現できる。例えば、ヒトの皮膚には36℃、動物よりも熱に弱い植物には20℃、融点が120℃前後のポリエチレンには100℃に制御した、様々なガス種のプラズマを印加する事が可能となった。逆に高温のプラズマを生成することで、樹脂の表面処理による接着性の向上などにも威力を発揮すると考えている。また、それぞれの処理に適したガス種のプラズマを利用する事で、低温のプラズマでも高い処理効果を得られると考えている。

用語説明

[用語1] プラズマ : 自由に運動する正・負の荷電粒子が共存して電気的中性になっている物質の状態をいう。広義には固体物質もプラズマと見なすことができるが、狭義には気体状態の分子・原子に熱や電気エネルギーが加えられ陽イオンと電子に分かれたものを指す。10,000℃以上の高温状態をつくることができることから廃棄物処理や核融合への応用研究が進められてきたが、近年、大気圧下で数十℃というマイルドな環境でのプラズマ生成例が報告されはじめている。

[用語2] 3D金属プリンタ : 3次元モデルをもとに、金属材料を積層して物体を製造する装置。本研究ではアルミニウムとシリコンの合金粉末を素材として、40 μm厚の層を積み重ねて装置を造形した。

[用語3] 活性種 : 反応性の高い状態にある原子、分子、イオン、ラジカルなどを指す。プラズマ状態では、加速された電子衝突による原子や分子の解離・励起によりラジカルや励起種が発生する。

論文情報1

掲載誌 :
Applied Sciences
論文タイトル :
Plasma Gas Temperature Control Performance of Metal 3D-Printed Multi-Gas Temperature-Controllable Plasma Jet
(金属の3Dプリンタで作成した、マルチガス温度制御プラズマジェットのプラズマガス温度制御性能)
著者 :
Yuma Suenaga, Toshihiro Takamatsu, Toshiki Aizawa, Shohei Moriya, Yuriko Matsumura, Atsuo Iwasawa and Akitoshi Okino
DOI :

論文情報2

掲載誌 :
Applied Sciences
論文タイトル :
Influence of Controlling Plasma Gas Species and Temperature on Reactive Species and Bactericidal Effect of the Plasma
(プラズマのガス種と温度が、プラズマの活性種と殺菌効果に及ぼす影響)
著者 :
Yuma Suenaga, Toshihiro Takamatsu, Toshiki Aizawa, Shohei Moriya, Yuriko Matsumura, Atsuo Iwasawa and Akitoshi Okino
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

准教授 沖野晃俊

E-mail : aokino@es.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5688

東京医療保健大学大学院 医療保健学研究科

准教授 松村有里子

E-mail : y-matsumura@thcu.ac.jp
Tel : 03-5421-7655 / Fax : 03-5421-3133

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ヒドリド超イオン導電体の発見

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要点

  • H超イオン導電性を示す固体電解質材料を初めて創出
  • H導電を利用した新たな電気化学デバイス開発への展開が期待

概要

東京工業大学の菅野了次 特命教授、分子科学研究所の小林玄器 准教授、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の神山崇 名誉教授、大友季哉 教授、ヘルムホルツ研究所のDominic Bresser博士、フランス原子力・代替エネルギー庁のSandrine Lyonnard博士、ラウエ・ランジュバン研究所のBernhard Frick博士らの国際共同研究チームは、負の電荷をもつ水素"ヒドリド(H[用語1]"を高速かつ低い活性化エネルギーで拡散する超イオン導電体[用語2] Ba1.75LiH2.7O0.9(以下、BLHO)を開発しました。

固体内を水素が拡散するイオン導電体[用語3]は、燃料電池を始めとした水素エネルギーデバイスの固体電解質として利用されています。一般的には正電荷のプロトン(H+)が電荷輸送を担うことが知られていますが、近年、Hも可動イオンになることが明らかとなり、水素の新たな電荷担体[用語4]として注目を集めています。Hは一価、適度なイオン半径、軟らかさといった"高速拡散に適した特徴"を有することから、中低温域(室温〜400 ℃程度)で作動する固体電解質の開発が期待されていますが、高い導電率と低い活性化エネルギーを兼ね備えた物質は見いだされていませんでした。

本研究チームは、電荷担体となるHと酸化物イオン(O2–)が共存する酸水素化物[用語5]を対象にした物質探索をおこない、新規Hイオン導電体BLHOを開発することに成功しました。酸水素化物の合成にこれまで主に用いられてきた高圧合成法[用語6]ではなく、常圧下での一般的な固相反応で酸水素化物を合成したことで、多量の空孔を含む常圧安定組成[Ba1.75VBa0.25]Li[H2.7VH0.4O0.9](VBa: Ba空孔、VH: H空孔)の存在を見いだせたことがH超イオン導電相の発見の鍵となりました。

BLHOは、300 ℃で生じる構造相転移[用語7]により、実用性能の基準である10–2 S/cmを越える高いイオン導電率がほぼ温度依存性なく得られる、いわゆる超イオン導電体になります。イオン導電体の研究開発の歴史において、超イオン導電状態の発見は、その後の固体電解質の開発を促進するきっかけとなってきました。今回、H導電体で初めて超イオン導電状態が発見されたことは1つの分岐点であり、今後、H導電体の更なる高性能化や新たな水素利活用技術の創出に向けて物質開発が大きく進展することが期待できます。

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ「新物質科学と元素戦略」)、NEDOエネルギー・環境新技術先導研究プログラム、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究「ハイドロジェノミクス:高次水素機能による革新的材料・デバイス・反応プロセスの創成」、「複合アニオン化合物の創製と新機能」、日本学術振興会 科学研究費助成事業の支援を受けて行われました。

本研究成果は、2022年1月13日午後4時(英国ロンドン時間)にSpringer Natureが発行する国際学術誌「Nature Materials」に掲載されました。

背景

Hは、一価、適度なイオン半径、大きな分極率といった高速イオン導電に適した特徴をもつだけでなく、卑な酸化還元電位[用語8](–2.25 V vs. SHE)に基づく強力な還元力を有しています。このため、Hのイオン導電現象を電気化学デバイスに応用することができれば、蓄電においては高エネルギー密度化が、発電や物質変換においては高い反応性をもたらすことが期待でき、応用の観点からHは魅力的な電荷担体といえます。小林准教授の研究グループでは、このHの電荷担体としての優位性にいち早く着目し、これまでに、初めて固体電解質としての機能を示したH導電体La 2–xySrx+yLiH1–x+yO3–y(以下、LSLHO)を報告するなど、精力的に物質開発を進めてきました(2016年にプレスリリース:ヒドリドイオン"H-"伝導体の発見―水素を利用した革新的エネルギーデバイスの開発の可能性―|東工大ニュース)。LSLHOの発見をきっかけに、H導電体が固体イオニクス[用語9]の新たな研究対象として認知され、現在では、H導電体の開発競争が活発化してきています。しかし、物質開発は発展途上の段階にあり、Hを活用した新たな電気化学デバイスを創出するためにはH導電体の高性能化が必要不可欠です。

研究の成果

今回開発したBLHOは、既報のH導電体Sr2LiH3O(LSLHO: x = 0, y = 2)のSrをBaで置換した物質に相当し、LSLHOと同じK2NiF4型の層状構造[用語10]をとりますが、BaとH位置に多量の空孔を含む欠損組成[Ba1.75VBa0.25]Li[H2.7VH0.4O0.9](VBa: Ba空孔、VH: H空孔)である点が大きく異なります。室温〜300 ℃では、BaとVBa、LiX6X = H, O2–)八面体の面内のHとVH、八面体頂点位置のHとO2–が規則化した超格子を形成しています(β-BLHO)(図1)。このβ-BLHO における三種の長距離秩序は、温度上昇に伴って無秩序化し、300 ℃ でBa/VBaと面内のH/VH、350 ℃で頂点位置におけるH/Oの秩序が逐次的に解消されます(300 ≤ T < 350 ℃: γ-BLHO、T ≥ 350 ℃: δ-BLHO)。このBLHOの結晶構造と相転移挙動は、大強度陽子加速器施設J-PARC[用語11]に設置された中性子回折装置SPICAとNOVAで実施した粉末中性子回折測定[用語12]と、大型放射光施設SPring-8[用語13]のBL02B2で実施した放射光X線回折測定から明らかにしました。

Ba1.75LiH2.7O0.9の結晶構造と相転移挙動。

図1
Ba1.75LiH2.7O0.9の結晶構造と相転移挙動。結晶構造中の青球、赤球、緑球、水色球、白はそれぞれH、O、Ba、Li、空孔に相当。

BLHOのイオン導電率の温度依存性を交流インピーダンス法[用語14]で評価すると、図2に示すように、β相からγ相への相転移温度に相当する300 ℃付近から導電率が1,000倍程度上昇し、固体電解質としての実用性能の指標である10–2 S/cmに達することが分かりました。LSLHOのようなLiが八面体中心を占有するK2NiF4型構造のH導電性酸水素化物では、LiH4面でHが空孔を介して二次元拡散することが理論的に支持されており、同じ骨格構造を有するBLHOも同様のH拡散機構をとることが予想されます。BLHOのβ-γ転移は、H拡散層内で局在化していたVHが非局在化したことを意味しており、これが導電率の急激な上昇に主に関与したと考えられます。さらに、特筆すべきは、相転移後に導電率がほぼ温度依存性を示さなくなったことであり、Hが極めて低い活性化エネルギーで高速拡散していることを示しています。このような導電特性を示す物質は超イオン導電体と呼ばれ、結晶格子内でイオンが液体のように集団運動している状態と考えられています。従って、BLHOはH超イオン導電体であり、γ-,δ-相では、Hの集団運動が生じていることが示唆されます。なお、観測された導電率がHの拡散由来であることは、水素濃淡電池による起電力測定[用語15]と、ラウエ・ランジュバン研究所で実施した中性子準弾性散乱測定[用語16]から確認しました。

図2 Ba1.75LiH2.7O0.9のイオン導電率の温度依存性

図2. Ba1.75LiH2.7O0.9のイオン導電率の温度依存性

今後の展開・この研究の社会的意義

本研究を通して、H超イオン導電性を示す固体電解質材料を初めて創出することができました。実用性能の基準である10–2 S/cm以上の導電率が中温域で達成できたことは、H導電体の研究が、電気化学デバイスへの応用を検討する新たなステージに進んだことを示唆しています。H導電を活用した電気化学反応による物質変換や水素貯蔵などへの応用を目指し、デバイス設計や要素技術の開発を産学連携等も活用しながら取り組んでいきたいと考えています。H導電体の物質探索においては、BLHOの超イオン導電相(γ-,δ-BLHO)を低温まで安定化させ、より広い温度範囲で作動する固体電解質材料の創出を目指すと共に、焼結性、電気化学的安定性など、固体電解質としての性能をより多角的に検証していきます。

研究サポート

  • JSTさきがけ「新物質科学と元素戦略」(JPMJPR1295)
  • NEDO エネルギー・環境新技術先導研究プログラム(16823906)
  • 文部科学省科学研究費助成事業新学術領域「ハイドロジェノミクス:高次水素機能による革新的材料・デバイス・反応プロセスの創成」(18H05516, 18H05518)
  • 文部科学省科学研究費助成事業新学術領域「複合アニオン化合物の創製と新機能」(17H05492, 19H04710)
  • 日本学術振興会 科学研究費補助金(15H05497, 17H06145, 20H02828)
  • 中性子共同利用S1型実験課題(2014S06, 2014S10, 2019S10)
  • SPring-8実験課題(2016A1673, 2016B1767, 2018B1099)
  • ラウエ・ランジュバン研究所 実験課題

用語説明

[用語1] ヒドリドイオン : 水素原子が電子を1つ受けとり、アニオン(陰イオン)となった状態。ヘリウムと同じ電子配置をとり1s軌道内を2つの電子が占有する。

[用語2] 超イオン導電体 : 固体中をイオンがあたかも液体のように動き回る物質の総称。担体となるイオンの拡散は、個別のジャンププロセスではなく、イオン間で相互作用しながら集団運動していると考えられている。10–3以上の導電率と30 kJ/mol以下の活性化エネルギーを兼ねそなえた物質が多い。現在、室温で超イオン導電性が得られるイオンはAg+、Cu+、Li+、Na+、Fに限られる(H+は単体では拡散が遅いが、水を介してH3O+として高速拡散できる)。

[用語3] イオン導電体 : イオンが拡散することで電気伝導が生じる物質。固体電解質には電気伝導にイオンのみが寄与する物質が用いられるのに対し、電極材料には電子とイオンが同時に伝導する混合導電体が用いられることが多い。

[用語4] 電荷担体 : 電気伝導の担い手。金属では電子、半導体では電子とホール、イオン導電体ではイオンが拡散することで電気が流れる。

[用語5] 酸水素化物 : 結晶格子内に酸化物イオン(O2–)とヒドリド(H)が共存する物質。酸化物イオンとの共有結合により水酸化物イオン(OH)として格子間を占有することの多いプロトン(H+)と異なり、Hは酸化物イオンと同様に陰イオン位置を占有する。

[用語6] 高圧合成法 : 原料を圧力媒体内に密閉してGPa(ギガパスカル:1 GPaが1万気圧に相当)オーダーの高圧下で熱処理する合成法。高圧相の合成や、水素やリチウムのように揮発性の高い元素を反応系内に留めることができるため、酸水素化物の合成に適している。

[用語7] 構造相転移 : 物質の有する結晶構造が温度や圧力などの外的要因によって異なる対称性の構造に変化する現象。

[用語8] 酸化還元電位 : 標準酸化還元反応における電子授受に必要な電位。水素標準電極(SHE:2H+ + 2e = H2)に対してプラス側に大きな電位を持つ物質を貴な物質、マイナス側に大きな電位を持つものを卑な物質とする。電子の放出または受取りやすさの定量的な尺度でもあり、マイナス側に大きいほど(卑な物質)電子供与性が強い。ヒドリドでのH2 + 2e = 2Hの酸化還元電位は、水素標準電極に対して–2.25 Vの電位である。リチウム二次電池に用いられているLi、次世代二次電池への検討がなされているマグネシウム(Mg)の酸化還元電位は–3.04 Vと–2.38 Vであり、HはMgと同程度の標準酸化還元電位をもつ。

[用語9] 固体イオニクス : 固体内のイオンの動きを研究する学問分野。高いイオン導電率を持ついわゆる固体電解質やイオン・電子混合導電体を対象とし、それらについての基礎研究と利用技術の開発が中心課題となっている。

[用語10] K2NiF4型構造 : 陽イオンが陰イオンと6配位8面体を構成しているペロブスカイト型構造と岩塩型構造が1層ずつ積層した構造。イオン導電体、超伝導体、磁性体など、さまざまな物性を示す物質が発見されている結晶構造。

[用語11] 大強度陽子加速器施設J-PARC : 高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で茨城県東海村に建設した大強度陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質、生命科学、原子核、素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用がおこなわれている。

[用語12] 中性子回折測定 : 中性子線の回折を利用して物質の結晶構造や磁気構造を調べる測定。X線回折ではX線が外殻電子によって散乱するのに対し、中性子回折では、原子核が散乱に関与する。このため、X線では検出しにくい水素やリチウムなどの軽元素の情報を得るのに適している。本研究では、中性子回折を用いてBLHOに含まれる水素濃度と結晶格子内の水素の位置を決定した。

[用語13] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設。放射光とは、電子を光速に近い速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、強力な電磁波のことである。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究がおこなわれている。

[用語14] 交流インピーダンス法 : 交流電圧を用いたイオン導電率の一般的な測定手法。印加する交流電圧に対する周波数応答の違いを利用し、目的物質の粒内抵抗と粒界抵抗などの成分を分離して求めることが可能。

[用語15] 水素濃淡電池による起電力測定 : 水素濃度の差によって発生する起電力を利用した電池。理論電圧と実測値を比較することで輸率を見積もることができる。

[用語16] 中性子準弾性散乱測定 : 中性子ビームを物質の構成原子に当てると、原子に当たった中性子は散乱される。中性子が散乱される際に、エネルギーのやり取りがある場合には、散乱中性子のエネルギーは入射中性子のそれに比べて変化している。このエネルギー変化を伴う中性子の散乱を中性子準弾性散乱という。本研究では、中性子ビームを水素に当て、準弾性散乱された中性子の方向やエネルギー変化を調べることにより、水素の運動の大きさや速さなどを解析した。

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
"Hydride-ion-conducting K2NiF4-type Ba–Li oxyhydride solid electrolyte"(K2NiF4型構造を有するBa-Li酸水素化物系ヒドリドイオン導電性固体電解質)
著者 :
Fumitaka Takeiri1,2, Akihiro Watanabe1,3, Kei Okamoto1,2, Dominic Bresser4,5,6, Sandrine Lyonnard4,7, Bernhard Frick8, Asad Ali1,2, Yumiko Imai1, Masako Nishikawa1, Masao Yonemura9,10, Takashi Saito9,10, Kazutaka Ikeda9,10, Toshiya Otomo9,10, Takashi Kamiyama9,10, Ryoji Kanno3, and Genki Kobayashi1,2
所属 :
1. 分子科学研究所 物質分子科学研究領域
2. 総合研究大学院大学 物理科学研究科 構造分子科学専攻
3. 東京工業大学 科学技術創成研究院 全固体電池研究センター
4. (仏)グルノーブル・アルプス大学
5. (独)ヘルムホルツ研究所
6. (独)カールスルーエ工科大
7. (仏)フランス原子力・代替エネルギー庁
8. (仏)ラウエ・ランジュバン研究所(ILL)
9. 高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所
10. 総合研究大学院大学 高エネルギー加速器科学研究科
掲載日 :
2022年1月13日(英国ロンドン時間午後4時)オンライン公開
DOI :

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自然科学研究機構 分子科学研究所

准教授 小林玄器

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先端技術で水資源保全を目指すグループが第1回工学院E×S Challengeで優勝

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東京工業大学工学院は、若手研究者や学生がエンジニアリング(E:Engineering)を活かした持続可能社会(S:Sustainable Society)の実現を目指す事業構想を競う第1回E×S Challenge(イー・バイ・エス・チャレンジ)の最終審査会のLAUNCH(ローンチ)コンテストを、12月11日に開催しました。

工学院E×S Challengeのアワード授賞式風景

工学院E×S Challengeのアワード授賞式風景

本チャレンジには、3分間の英語プレゼンテーションで競うPITCH(ピッチ)コンテスト(9月開催)、強制的グループ再編の上でアイデアと実現性の飛躍的進化を目指すSTORM(ストーム)を経て、最後に残った4グループが最終審査会LAUNCHに挑みました。コロナ禍でもオンラインルールを駆使して幅広く繋がり、持続可能社会の構築を目指そうという意欲のある若手エンジニアが、工学院内にとどまらず、他学院や他大学からも幅広く参加しました。特にSTORM期間は、株式会社野村総合研究所コンサルティング事業本部の若手中堅の戦略コンサルタントと共に事業構想を練り、潜在的な競合企業やクライアントと想定される実務家へのアイデアの壁打ちを繰り返し、実現可能で社会課題を解決する事業プランを目指しました。

LAUNCHコンテスト当日は、学内外から参加した100名近い視聴者を前に、各グループによる技術に裏付けられた力作ぞろいの事業構想プレゼンテーションが繰り広げられました。これに対し、実際に持続可能ビジネスで成功しているインド人起業家なども参加した国際的な審査委員会が審査を行いました。

その結果、工学院 電気電子系のキョウ・サンサン(Qing Shanshan)さん(修士課程2年)をリーダーとするKumoabi × Plasmaグループが優勝し、第1回工学院E×S Challenge Awardと開発資金として工学院教育基金より100万円が授与されました。Kumoabi × Plasmaのプランは、超音波とプラズマの2つの技術の組み合わせで日常生活のシャワー時の水量を劇的に削減する全く新しいシステムの製品化を構想するものです。

また、Micron財団からリケジョリーダーの最優秀グループに贈られるMicron LAUNCH Awardは、工学院 経営工学系の林可欣(リン・カシン)さん(修士課程1年)をリーダーとするSTEM AS ONEグループに贈呈され、開発資金30万円が授与されました。STEM AS ONEのプランは、全ての女子小中高生に理系女性のロールモデルを身近に感じてもらうオンライン空間の提案です。

これら受賞グループ以外も、海洋プラスチックごみを自動的に収集するロボットビジネスの提案、宇宙ゴミを収集し、エネルギー変換させる人工衛星ビジネスの提案など、東工大らしい新事業提案が発表され、審査委員は大変難しい判断を迫られました。

各グループはそれぞれのアイデアをこの審査会で終わらせることなく、今後は学内資源に加えて企業や投資家の支援も受けながら、実現に向けた進化を目指していきます。2022年の第2回工学院E×S Challengeは、さらに進化し工夫を凝らし、門戸を全学および海外にも広げて実施をするよう計画中です。実行委員会では、より多くの現役学生、またはこれから東工大の学部や大学院に入学する学生が、工学院E×S Challengeで自分のアイデアの持つ可能性にチャレンジをすることを期待しています。

工学院E×S Challengeは工学院への寄付金(東京工業大学基金 工学院教育基金)による運営事業です。

優勝 工学院E×S Challenge Award受賞:Kumoabi × Plasmaグループ

リーダー:キョウ・サンサンさんのコメント

E×S Challengeに挑戦する機会に恵まれたことは、私たちにとって良い思い出になったと思います。自分たちの事業構想を考え、改善する過程で、メンターを始め実務家の方々から多くのことを学びました。ビジネスという視点で物事を考えるのは初めてでした。STORMを経て、自分たちのやりたいことの方向性が定まりました。メンターと討論や審査員からの指摘を受けながら、製品だけでなく、製品が起こす変化の全体にまで視野を広げて計画を練り上げました。「どうすればお客さまに受け入れてもらえるか」ではなく、「どうすれば現象を起こせるか」を考えるようになったのです。全員が一歩一歩自分の役割を果たし、それが結実して優勝を勝ち取れたと考えています。

優勝 工学院E×S Challenge Award受賞:Kumoabi × Plasmaグループ
優勝 工学院E×S Challenge Award受賞:Kumoabi × Plasmaグループ

Micron LAUNCH Award受賞:STEM AS ONEグループ

リーダー:林可欣さんのコメント

今回Micron Awardを頂き、大変嬉しく思います。
私たちはSTEM分野への女性参画を促進するために、ビジネスの面から何かできないか考えてまいりました。「社会にとって良い」というサステナビリティ的側面と、「収益を確保する」というビジネス的側面を両立させることに特に苦戦しましたが、野村総研のメンター皆様とのディスカッションや、審査員の方々からのご助言のおかげで、最後まで考え抜くことができました。LAUNCHまでの道のりは決して簡単ではありませんでした。しかし同年代の仲間とSDGsについて熱く議論し、その内容についてビジネスの専門家の方々も一緒になって考えてくださる。そのような経験は普段の大学生活では得難いものであり、大変刺激的な5ヵ月となりました。

Micron LAUNCH Award受賞:STEM AS ONEグループ
Micron LAUNCH Award受賞:STEM AS ONEグループ

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工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に発足した工学院について紹介します。

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