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Beyond 5Gに向けた新規デジタル位相同期回路を開発 低ジッタと低スプリアスを同時に実現

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要点

  • デジタル位相同期回路の出力信号を高品質化する新方式を開発
  • 新規カスケード型分数分周方式の採用により、スプリアスを大幅に低減
  • 小型、低消費電力にIC実装可能であり、様々なBeyond 5G機器への適用を期待

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一教授らの研究グループは、低スプリアス[用語1]と低ジッタ[用語2]を同時に実現する新方式のデジタル位相同期回路(PLL)[用語3]の開発に成功した。

無線通信機器などで広く用いられる分数分周PLL[用語4]では、原理的に出力信号に分周スプリアスが発生し、これを抑制する必要がある。従来のディザリング[用語5]と呼ばれる方法では、スプリアスは除去できるが、ジッタが増加する課題があった。また、デジタル非線形補償(DPD)[用語6]と呼ばれる方法では、PLLのロック時間が長くなるという課題があった。

今回の研究では、スプリアスが発生する周波数を帯域外の高周波にシフトし、除去するという新たな手法により、この課題を解決した。開発したPLLを、最小の配線半ピッチ(幅)65 nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセス[用語7]で試作した。スプリアスの低減により10kHzから10MHzの範囲で積分したジッタとして143.7fsを実現した。消費電力は8.89mWであり、DPDを用いることなく、分周スプリアス-60dBcを達成したデジタルPLLの中で、最高のFoM[用語8]を達成した。このPLLは今後、小型で低消費電力、低位相雑音を重視するBeyond 5G機器向けSoCへの応用が期待される。

研究成果は、2月18日~22日に米国サンフランシスコで開催される「ISSCC 2024(国際固体素子回路会議)」で発表される。

開発の背景

Beyond 5G(B5G)では、スマートフォン等を用いて人が通信を行うだけでなく、交通、製造、医療など幅広い分野で、様々なIoT機器に無線通信機能やセンシング機能(例えばレーダーなど)が組み込まれる。IoT機器は、2030年代には1兆個にも達すると予想されているが、その実現には小型・低消費電力、低コスト化が不可欠であり、SoC(System on Chip)化が必須である。今回開発した位相同期回路(PLL:Phase-Locked Loop)は、無線通信やレーダーにおけるキーコンポーネントである。無線通信では局部発振器(Local Oscillator)に、レーダーではチャープ信号の生成などに用いられている。これらの応用において、PLLに要求される最も重要な性能指標の一つに位相雑音がある。位相雑音が大きいと、無線通信速度の低下やセンシング精度の低下につながる。そのため、SoCに集積可能で、低消費電力かつ低位相雑音を実現できるPLLの需要が高まっていた。

研究成果

PLLの位相雑音を増大させる要因には、ジッタやスプリアスがある。近年、携帯端末向けなどには、デルタシグマ変調(DSM:Delta-Sigma Modulation)[用語9]を用いた分数分周PLLが広く採用されている。最新の研究では、デジタル時間変換器(DTC:Digital-to-Time Converter)[用語10]を用いて、位相比較器(PD:Phase Detector)への入力信号の範囲を狭め、またDSMの量子化雑音を打ち消すことにより、さらなる低消費電力化と低位相雑音化を図る方式が提案されている。しかしながら、DTCが積分非直線性(INL:Integral Nonlinearity)[用語11]をもつため、誤差に周期性が生じ、それに起因するスプリアスが発生するという課題があった。

この課題に対して、図1(a)に示すような、信号経路にランダム信号を重畳する手法(ディザリング)が提案されている。これにより、誤差の周期性が崩れ、スプリアスのエネルギーが周波数軸に拡散する。ディザリングは、スプリアスを除去するのに有効であるが、ディザ信号自体が白色雑音であるため、帯域内の位相雑音が増加するという欠点があった。別の手法として、デジタル非線形補償(DPD:Digital Pre-Distortion)と呼ばれる技術もある。これは、DTCの非直線性をモデル化し、それを基にINLをデジタル信号処理で補正する技術である。この技術は、ジッタを増やすことなく、根本的にスプリアスを抑制することが可能であるが、デジタル信号処理に一定の時間を要するため、PLLの周波数が安定するまでの時間(ロック時間)が長くなるという欠点があった。

今回の研究で開発したPLLでは、(1)カスケード(縦列)型分数分周方式、(2)疑似差動型DTC、という2つの新しい回路技術を導入することにより、分数分周型のデジタルPLLにおいて、既存のDPD技術を使わずに、低ジッタと低スプリアス特性を実現した。

(1)カスケード型分数分周器

今回提案したカスケード型分数分周方式の構成と効果を図1(b)に示す。この構成では、元の周波数制御ワード(FCW)をFCWmainとFCWauxに分解し、それぞれDSMmainとDSMauxに供給してカスケードに分数分周を行う。DSMmainとDSMauxで発生する量子化雑音は、DTCmainとDTCauxでそれぞれ打ち消される。この時、FCWmainとFCWauxの分周比の分数部分が大きくなるよう分解するのがポイントである。分周スプリアスの周波数は、整数分周からのずれの大きさで決まるため、このように、FCWを分解して分数分周を行うことにより、ターゲット周波数から離れた高周波にスプリアスをシフトすることができる。PLLは、元々、低域通過特性を持つため、帯域外の高周波にシフトしたスプリアスは除去される。

(a)従来のディザリング方式

(a)従来のディザリング方式

(b)今回提案のカスケード型分数分周方式

(b)今回提案のカスケード型分数分周方式

図1. 従来のディザリングと今回提案したカスケード型分数分周方式の比較

(2)疑似差動型DTC

今回、開発したPLLのもう一つの特徴は、疑似差動型DTCである。DTCは、DSMに起因する量子化雑音を打ち消す働きを行い、その遅延範囲は、デジタル制御発振器(DCO:Digitally Controlled Oscillator)の1周期(Tdco)をカバーする必要がある。従来のDTC設計では、消費電力、遅延範囲、雑音とのトレードオフのため、図2(a)に示すように一定量のINLが発生し、これが誤差となり、量子化雑音の低減効果に制約があった。今回開発した疑似差動型DTCでは、図2(b)に示すように、位相比較器の入力にDTCpとDTCnの2つの同じDTCを配置する。DSMからの量子化雑音が増加すると、DTCpの遅延は増加する一方、DTCnの遅延は減少するため、時間領域で擬似的な差動動作を行う。結果、提案したDTCのINLは、等価的にDTCpとDTCnのINLの差になり、大幅に小さくなる。さらに、DTCpとDTCnに必要な遅延範囲が半分になるため、INLは本質的に小さくなり、より強力にスプリアスを低減できる。

(a)従来のDTC

(a)従来のDTC

(b)今回提案した疑似差動型DTC

(b)今回提案した疑似差動型DTC

図2. 従来のデジタル時間変換器(DTC)と今回提案した疑似差動型DTCの比較

新たに提案したカスケード型分数分周方式と疑似差動型DTCを採用したデジタルPLL回路を、65 nmのCMOSプロセスを用いて実際に作製した(図3)。チップサイズは1.3 mm x 1.1 mmである。作製したPLL回路を評価した結果、10kHzから10MHzで積分したジッタは、元の243.5fsから143.7fsまで低減できることを確認した。これは、提案したカスケード型分数分周方式を適用することで、分周スプリアスが低減した効果によるものである。また、消費電力は8.89 mWであり、DPDを用いずに分周スプリアス-60dBcを達成したデジタルPLLの中で最高のFoM(Figure of Merit)を達成した。

図3 作製したPLL回路のチップ写真

図3. 作製したPLL回路のチップ写真

社会的インパクト

来るべきSociety 5.0では、実世界(フィジカル空間)の膨大なセンシングデータをサイバー空間との間で通信する。Beyond 5Gは、こうした社会を支える中核的なインフラの役割を担うものである。本研究では、デジタル回路向けの微細CMOSプロセスとの親和性が高く、小型・低消費電力にSoC集積可能なデジタルPLL構成により、位相雑音の低い高性能なPLLを実現している。これにより、IoT機器の小型・低消費電力、低コスト化が可能となり、Beyond 5GにおけるIoTサービスの普及に貢献するものである。

今後の展開

本研究成果をさらに進め、さらなる高性能なPLLを実現するアーキテクチャや回路を探求するとともに、Beyond 5G無線通信機やレーダーなど実際のアプリケーションでの効果も実証していく。

付記

本研究は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究「継続的進化を可能とするB5G IoT SoC及びIoTソリューション構築プラットホームの研究開発」(JPJ012368C00801)の成果の一部である。

用語説明

[用語1] スプリアス(Spurious) : 意図して出力する信号以外の不要な信号。

[用語2] ジッタ(Jitter) : 信号の立ち上がりまたは立ち下りタイミングが揺らぐ現象。本来のタイミングからのずれが統計的にどれぐらいの幅を持つかで評価する。

[用語3] 位相同期回路(PLL : Phase-Locked Loop) : 集積回路中では正確な周波数基準が作れないため、水晶発振器による基準周波数f refを元に、それをN逓倍して所望周波数N・f refの周波数の信号を得るための回路。

[用語4] 分数分周PLL(Fractional-N PLL) : PLLには、整数分周型と分数分周型がある。整数分周型PLLでは基準信号に対して整数倍の周波数を出力するが、分数分周型では分数倍の任意の周波数の出力が可能である。無線通信やレーダー用途には、分数分周PLLが必要である。

[用語5] ディザリング(Dithering) : 信号にランダムなノイズを加えることにより、誤差を拡散させる技術。

[用語6] デジタル非線形補償(DPD:Digital Predistortion) : 信号の非線形性を補償するための技術。対象となる回路の非線形性をモデル化し、その逆特性の信号を入力することで、線形な出力信号を得る。

[用語7] CMOSプロセス : N型とP型のMOSFETを相補的に用いた集積回路であり、バイポーラプロセスと比較して消費電力の削減と高い集積率を実現したプロセスである。近年の集積回路はほぼすべてがCMOSプロセスとなっている。

[用語8] FoM (Figure of Merit) : 消費電力で規格化したジッタ性能を示す。ジッタと消費電力はトレードオフの関係にあり、発振器の消費電力を増やすとジッタが減少し、消費電力を減らすとジッタが増加する。

[用語9] デルタシグマ変調(Delta-Sigma Modulation) : 信号の大きさをパルスの密度で表現するパルス密度変調の一種。信号帯域よりも十分高いサンプリング周波数により標本化(オーバーサンプリング)を行い、帰還回路によって、量子化雑音の分布を制御できる(ノイズシェーピング)のが特徴。

[用語10] デジタル時間変換器 (DTC : Digital-to-Time Converter) : デジタル制御値により、遅延時間が変化する可変遅延回路。

[用語11] 積分非直線性(INL: Integral Nonlinearity) : デジタル制御値入力に対する理想的な出力値と実際の出力値の誤差。

発表予定

この成果は2月18日~22日にサンフランシスコで開催される「2024 IEEE International Solid-State Circuits Conference (ISSCC 2024) : 2024年米国電気電子学会 国際固体素子回路会議」で発表する。

講演セッション :
Session 10 –Frequency Synthesis
講演時間 :
現地時間2月20日午前8時50分
講演タイトル :
A 7GHz Digital PLL with Cascaded Fractional Divider and Pseudo-Differential DTC Achieving -62.1dBc Fractional Spur and 143.7fs Integrated Jitter
ISSCC会議情報 :

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Email okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel / Fax 03-5734-3764

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東京工業大学 総務部 広報課

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Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


第3回TECHクッキングスタジオ~日本全国のお雑煮~を開催

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12月13日、学生のための国際交流拠点Hisao & Hiroko Taki Plaza(ヒサオ・アンド・ヒロコ・タキ・プラザ 以下、Taki Plaza)にて、東京工業大学の学生が主体となり、第3回TECHクッキングスタジオ~日本全国のお雑煮~が開催されました。講師にお雑煮研究家の粕谷浩子氏を迎えてお雑煮についての講演と実演調理が行われ、留学生と日本人学生からなる参加者たちが楽しい時間を過ごしました。

郷土の食文化が詰まったお雑煮について講演する粕谷氏

郷土の食文化が詰まったお雑煮について講演する粕谷氏

本イベントは、本学卒業生の株式会社ぐるなび取締役会長・創業者の滝久雄氏の支援で立ち上げた、Taki Plazaを拠点として活動する東工大生を応援するプロジェクト「未来人材応援プロジェクト」の一環として企画され、本学学生と学生支援センター未来人材育成部門、学務部学生支援課支援企画グループ、一般社団法人蔵前工業会の協力を得て開催されました。

イベント前半:日本各地のお雑煮の話と実演調理(Taki Plaza地下2階)

イベント前半の司会進行役はプロジェクトの学生運営メンバーである柳瀬梨紗子さんと橋本輝さんが務め、英語と日本語で開会を宣言しました。

司会進行役の柳瀬さん(左)と橋本さん(右)

司会進行役の柳瀬さん(左)と橋本さん(右)

お雑煮にまつわる粕谷氏の講演では、日本各地のお雑煮のだしや具材の話、お雑煮に使われる材料の由来についての解説がありました。また、1~2年ごとに住まいを移動して各地のお雑煮を調べて気がついた、お餅の形が丸餅(西)から角餅(東)に変わる境界線の話など、粕谷氏のさまざまな知識、体験からの興味深く魅力あふれる講演となりました。

また、粕谷氏から提供された資料を学生運営メンバーが英語に訳してスクリーンに映すなどの工夫とともに、学生支援センター未来人材育成部門の三木学修コンシェルジュの同時通訳もあり、留学生にはなじみのない単語や日本語特有の細かなニュアンスも分かりやすく、留学生、日本人学生を問わずお雑煮に関する知識が深まりました。

講演の後は、地域によって異なる具材の切り方が実演されました。さらに、輪切りには家庭円満・物事が丸く収まるという意味があるなど、それぞれの切り方が持つ意味についての説明もありました。お雑煮の作り方の実演では粕谷氏の故郷である香川県の「白みそ あん餅雑煮」が作られ、あんこ餅を初めて見る学生も多く、調理する粕谷氏の手元に視線が集中しました。また、試食できるのは2人限定であることがアナウンスされると、関西圏特有の白みそを使用した甘いお雑煮に興味津々の参加者たちの間で、白熱したじゃんけんが行われました。

同時通訳する三木学修コンシェルジュ(左)
同時通訳する三木学修コンシェルジュ(左)

具材の切り方の実演
具材の切り方の実演

あん餅の説明を受ける参加者
あん餅の説明を受ける参加者

限定2人の試食争奪じゃんけん
限定2人の試食争奪じゃんけん

イベント後半:試食タイム(第二食堂)

イベント後半は第二食堂に移動し、東工大生協の協力で関東風お雑煮の試食が行われました。お椀に入った焼きたてのお餅の上に、あらかじめ用意された小松菜・ニンジン・かまぼこの具材を各自でのせ、鶏肉の入ったすまし汁をかけてできあがったお雑煮は留学生にも大人気で、お替わりをする列が途絶えませんでした。また、じゃんけんに勝ち、甘塩っぱい味のする「白みそ あん餅雑煮」を試食した留学生は、出身地であるインドネシアの甘いスープに入った鶏肉の料理を思い出したと感想を述べました。参加者同士の交流と談笑する姿が印象的な試食タイムとなりました。

関東風お雑煮を試食する参加者たち

関東風お雑煮を試食する参加者たち

お雑煮は正月の家庭料理で、ほとんどの場合それぞれの「イエ」で作られるため、留学生が目にする機会は少なく、日本人学生も自分の家以外で食べることはあまりありません。そのため今回のイベントは、留学生にとっては日本の正月料理に触れる貴重な機会となり、日本人学生にとっては普段は知ることのない他地域の特色や味を知る良い機会となりました。今後もより多くの人たちが交流できる場となるよう「TECHクッキングスタジオ」を継続的に開催していく予定です。

参加者のコメント

  • 日本の伝統を学ぶことができる、おいしい料理でした。

  • お雑煮の違いについてわかりやすい説明だったと思いました。そして、お雑煮がとてもおいしかったです。

  • これまでお正月料理というものを食べたことがなく、故郷にもこのようなものはなかったのでとても新鮮でした。

  • 日本人でも知らないことが多くて面白かった。

未来人材応援プロジェクト 学生運営メンバーのコメント

柳瀬梨紗子さん(環境・社会理工学院 融合理工学系 修士課程1年)

本プロジェクトの企画の中でTech Cooking Studioとしては3回目でしたが、今回は初めてお菓子ではなく食事をテーマにした企画を行いました。日本で生まれ育った方には非常になじみのあるお雑煮ですが、留学生は触れる機会が少なく、また同じお雑煮でも地域差が大きく日本人にとっても興味深いだろうと考え、お雑煮をテーマに講義・実演および試食を行いました。
参加者は留学生が多く、口に合うか不安な部分が大きかったのですが、非常に人気を博していたことが印象的でした。試食時に2杯目を配膳する余裕があったためアナウンスをしたところ、多くの留学生が「おかわり」を求めて立ち上がったため、喜びと日本文化に対する誇りを感じました。また試食時に偶然同じテーブルに座った学生同士がイベント後も話し込んでおり、楽しそうにしていたことも印象に残っています。
また私は来年度留学を予定しています。本イベントで得たお雑煮の知識をより深め、日本文化を紹介する機会に役立てたいと考えています。
改めて、本イベントの企画・運営にあたりお力添えくださった教職員の皆さま、本当にありがとうございました。今後とも温かいご支援・ご協力お願いいたします。

上原綾太さん(物質理工学院 材料系 修士課程1年)

本イベントでは、日本各地のお雑煮文化について、お雑煮研究家の粕谷さまから興味深いお話をしていただきました。講演を通して地方独自のお雑煮文化だけでなく、ご自身が体験された実体験のエピソードも数多くあり、参加している方々も興味深そうにお話を聞いていました。講演の中には、自分も今まで知らなかったような話も数多くあったため、日本食に詳しくない留学生の方だけでなく日本人学生の方々にとっても実りの多いイベントだったと思います。食堂で行ったお雑煮の実食では、参加者の方々が楽しそうに話しながらお雑煮を食べていて、中には3杯おかわりをする人もいるなど、終始盛り上がっていたところがとても印象的でした。私としても、今までお雑煮に関する研究の存在を知らなかったので、研究活動について改めて考え直すきっかけになりました。この経験を活かして、研究者としての幅を広げたいと考えています。
本イベントを開催するにあたり多大なご支援を下さった教職員の方々皆さまに感謝申し上げます。今後も引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。

キム・ナムギョンさん(物質理工学院 材料系 学士課程3年)

留学生はお雑煮について学び、日本人学生は日本全国のお雑煮の違いについて知るイベントで多くの方々が楽しんでくれてうれしいです。元日にお雑煮を食べることは知っていましたが、家庭料理であるため私は食べる機会がなかったです。留学生もお雑煮を味わえるように試食も入ったイベントができて良かったです。日本人の学生も今回の講演を通じて自分のお雑煮とはまた違うお雑煮を知り興味深かったという意見をくださり、多様性を感じられる企画だと感じました。お雑煮を食べながら自分のお雑煮と他の人のお雑煮について語ったり、留学生は自分の国では年末年始に何を食べるのかについて語る良い時間になったと思います。
最後どのようにお雑煮を研究しているのかについて粕谷さんの話を聞きましたが、お雑煮の些細なことまで好奇心を持ち、直接フィールドワークをすることがとても印象的でした。自分の今後の研究活動に小さなことにも興味を持ち、自分で実験や調査を取り組むという姿勢を学ぶことができました。留学生の参加者が多く、日本人もわかりにくい食材や料理の意味をどう伝えるべきか悩みましたが、今回職員さんと学生スタッフのおかげで英語版スライドと同時通訳ができ非常に良かったです。

橋本輝さん(環境・社会理工学院 融合理工学系 修士課程1年)

私たち学生運営メンバーは、イベントの企画や宣伝に加え、当日の会場設営、司会進行、写真撮影などを行いました。英語落語に続き2週連続のイベント開催だったので大変だった部分もありますが、無事開催することができて本当に良かったです。また、イベント開催前はお雑煮との関わりはゼロ(お正月に食べる程度)だった私ですが、お雑煮にはたくさんの魅力が詰まっていることを実感しました。特に、私はお正月になると関西の祖母宅で丸餅入りのお雑煮をいただくのですが、関東のお雑煮には角餅が入っているなんて今まで想像もつきませんでした。またお雑煮の具に関して、山などの地理的な要因から隣町と異なっていたり、当時の将軍の命によりその地区だけ具が違っていたりと、大学での勉強と関連がありそうな部分が多々ありました。参加者の方々もとても興味深そうに粕谷さんの話に耳を傾けており、今回の企画を楽しんでいただけたかなと思います。最後に、お雑煮研究家の粕谷さま、また教職員の皆さま、今回の企画にご協力いただきありがとうございます。今後とも学生運営メンバーとして励んでいきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

お雑煮のポーズをとる粕谷氏(中央)と学生運営メンバー

お雑煮のポーズをとる粕谷氏(中央)と学生運営メンバー

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学生支援センター 未来人材応援プロジェクト

Email sss-project@jim.titech.ac.jp

野上純太郎さんが第14回日本学術振興会 育志賞を受賞

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東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の野上純太郎さん(博士後期課程3年)が、第14回日本学術振興会育志賞を受賞しました。独立行政法人日本学術振興会が1月18日に発表しました。

野上純太郎さん

受賞者

野上純太郎 物質理工学院 応用化学系 博士後期課程3年

授与団体

独立行政法人日本学術振興会

賞名

第14回(令和5(2023)年度)日本学術振興会 育志賞

受賞日

1月18日

研究テーマ

多彩なキラリティをもつ未踏環状芳香族分子の創製

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留学生歓迎企画「英語落語」をTaki Plazaで開催

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2023年12月6日、東京工業大学学生支援センターは、一般社団法人 英語落語協会より鹿鳴家英楽さん、鹿鳴家幸楽さん、鹿鳴家一輪さんを迎え、国際交流拠点Hisao & Hiroko Taki Plaza(ヒサオ・アンド・ヒロコ・タキ・プラザ 以下、Taki Plaza)で「英語落語」を開催しました。

開催プログラム

開催プログラム

本イベントは、本学卒業生で株式会社ぐるなび取締役会長・創業者の滝久雄氏の支援により立ち上げられた、Taki Plazaを拠点として活動する東工大生を応援する「未来人材応援プロジェクト」の一環として企画され、本学学生が運営主体となり、学生支援センター未来人材育成部門、学務部学生支援課支援企画グループ、一般社団法人蔵前工業会の協力で開催したものです。

カナダ、台湾、タイ、ポーランド、ドイツ、フィリピンなど世界各国からの留学生に加えて、日本人学生、近隣住民の方など延べ52人が参加して、英語による落語と、その合間に披露された「色物」と呼ばれる芸を鑑賞し、実際に寄席にいる気分を楽しみました。

落語ならではの軽快な音楽が会場に流れる中、学生運営メンバーの柳瀬梨紗子さんと橋本輝さんが英語と日本語で開会を宣言し、イベントがスタートました。

開会宣言をする橋本さん(左)と柳瀬さん(右)

開会宣言をする橋本さん(左)と柳瀬さん(右)

プログラムは英楽さんによる英語での「落語解説」から始まりました。「上手」と「下手」で人物を描き分けるなどの決まりごとや、扇子などの小道具の使い方について、分かりやすく解説してもらいました。参加者に問いかけて笑いをとるシーンも見られ、楽しみながら落語の知識を得ることができました。

落語解説の後は、英楽さんによる英語での「時そば」、続けて幸楽さんによる日本語での「時そば」を鑑賞しました。同じ演目を異なる言語で聴くことで、表現方法やニュアンスの違いを感じることができました。

英楽さんによる英語「時そば」

英楽さんによる英語「時そば」

幸楽さんによる日本語「時そば」

幸楽さんによる日本語「時そば」

その後、一輪さんの色物「玉すだれ」が披露されました。初めて見る人も多かったようで、興味深げに見入っていました。

一輪さんによる玉すだれ

一輪さんによる玉すだれ

玉すだれの後には英語落語4席が演じられ、滑らかな語り口に加え、身振り手振り、小道具の手拭いを財布に見立てる仕草などで観客を惹きつけました。日本人が笑うタイミングで同じように留学生からも笑いがおき、落語の笑いのツボがよく伝わっていることがうかがえました。英語落語の合間には、英楽さんの色物「ウクレレ」を鑑賞しました。同じ歌が日本語と英語で披露され、英語ではできない日本語特有のジョークも織り交ぜられていて、日本人参加者も留学生も、使う言語による表現方法の違いを楽しみました。会場は、くすりとした笑いやどっという笑いがあちらこちらでおき、終始笑顔に満ちたイベントとなりました。

イベントの締めくくりでは、学生運営メンバーのキム・ナムギョンさんと上原綾太さんが司会を務め、学生支援センター未来人材育成部門の伊東部門長が、落語家さんや参加者への感謝を伝えるとともに、「今後も日本文化に触れ合い、交流を促進するイベントを企画していきます。次回もぜひご参加ください」と英語であいさつしました。

あいさつする伊藤部門長

あいさつする伊藤部門長

最後に参加者一同で記念撮影を行い、キムさんと上原さんによる英語と日本語での閉会のあいさつでイベントは終了しました。一部の参加者は、終了後も落語家さんから「玉すだれ」を説明してもらったり、一緒に写真を撮ったりと交流を楽しんでいました。

閉会宣言をする上原さん(左)とキムさん(右)

閉会宣言をする上原さん(左)とキムさん(右)

閉会後も交流を楽しむ参加者

閉会後も交流を楽しむ参加者

集合写真

集合写真

今まで落語を鑑賞したことがなかった留学生にとっては、日本の伝統文化に触れる機会となり、日本人参加者にとっては、落語を普段とは違う角度から味わう貴重な機会になりました。Taki Plazaを拠点としての国境を越えた交流イベントは、今後も継続的に開催していく予定です。

参加者のコメント

  • 日本文化にどっぷりと浸かることができました。

  • 久しぶりの落語鑑賞、しかも英語は初めてでした。玉すだれ、ウクレレは自分自身でも初心者ながら経験があるので、英語での語り歌がとても面白くて楽しかったです。

  • すべてが素晴らしかったです!

未来人材応援プロジェクト 学生運営メンバーのコメント

柳瀬梨紗子さん(環境・社会理工学院 融合理工学系 修士課程1年)

英語落語イベントを無事成功させることができ、本当にうれしく思います。本イベントは主に留学生を対象とした企画でしたが、日本人学生や地域の方も参加してくださり、一層にぎわいのある空間をつくることができました。お呼びした落語家の皆さまのパフォーマンスを楽しそうに見ている方、演技の上手さのあまり本当にそこに「そば」があるのではないかと目を丸くして聴いている方などさまざまでしたが、いずれもイベントを楽しんでいただけていたのではないかと感じています。
私は来年度海外留学を予定しているため、今後、「日本を外から見つめ直す」という経験が増えると思いますが、その前に本イベントでこのような経験ができたことは非常に有意義でした。
今回のイベントは教職員の皆さまのお力があったからこそ成功を収めることができました。今後もTaki Plazaを拠点とした学生応援活動を続けていきたいと考えていますので、ご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。

キム・ナムギョンさん(物質理工学院 材料系 学士課程3年)

国際交流の場であるTaki Plazaで多くの方に英語落語を見ていただくことができ、うれしく思います。落語は日本語の授業で学び、動画を見ただけで実際に見る機会は少なかったので、今回落語をキャンパス内で見られるイベントを企画することで、自分も含め留学生にとって大変うれしい機会となったと思います。同じ演目を日本語と英語の両方で見ていただきましたが、これにより日本人の方も知っているストーリーが英語だとどのように表現されるのか、楽しめたのではないでしょうか。
現在、留学生として自国の文化を紹介することが多いですが、今回の経験から、異なる文化を紹介する際に、その文化にローカライズ化して理解しやすく伝える方法を学ぶことができました。

上原綾太さん(物質理工学院 材料系 修士課程1年)

寄席の雰囲気をTaki Plazaに再現することができ、そして多くの参加者の方々が楽しそうに英語落語を鑑賞している姿を見られてとてもうれしく思います。合間の休憩時間には留学生をはじめ多くの方々が、色物で使用した道具を実際に触って体験している姿が印象的でした。留学生の方々にとっては、英語を通して日本の伝統文化である落語の魅力を体感する良い機会になったと確信しています。研究活動においても留学生と関わる機会が多いのですが、英語落語の存在を紹介することで、より日本文化になじむことができるのではないかと感じました。

橋本輝さん(環境・社会理工学院 融合理工学系 修士課程1年)

「英語版の落語」では、落語の独特な表現を英語でどのように表すのだろうかと楽しみにしつつ、また私が運営に加わり初めてのイベントだったので、緊張とワクワクも感じながら企画に臨みました。私個人が普段耳にする話は理系関連のトピックのものが多いですが、視野を限定せず、今後も多種多様な文化に触れていきたいです。

英語落語協会の落語家さんと学生運営メンバー

英語落語協会の落語家さんと学生運営メンバー

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中高生向けワークショップ「パズルで始める量子アニーリング」を開催

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東京工業大学は、中高生を対象にしたワークショップ「パズルで始める量子アニーリング」を2023年12月29日に渋谷スクランブルスクエアビル41階の会場にて対面形式で開催し、2024年1月7日にはオンライン形式で開催しました。

シミュレータを使用してパズル問題に挑戦する参加者

シミュレータを使用してパズル問題に挑戦する参加者

量子アニーリングとは、量子の性質を利用した独特な計算手法です。イベントには全国の中学1年生から高校3年生まで合計40人が参加し、量子アニーリングの計算原理や実用例を学んだ上で、身の回りでどのような問題を解くことができるかアイデアを出し、議論しました。

量子コンピューティング関連教育は、親しみを深めるフェーズから、より能動的・実践的なフェーズに移りつつあります。このような情勢を踏まえて本イベントでは、実践的なエンジニアリングスキルを獲得して実問題を解決するためのアイデアを出すこと、さらにキャリア選択を見据えた量子コンピュータ業界の知識を獲得することを目的としました。

参加者はまず、古典コンピュータ(普通のコンピュータ)と量子アニーリングマシン※1の動作原理の違いを学びました。次に、シミュレータを備えた特設のパズルサイトを通じて、アニーリング計算に特有の定式化方法を習得しました。「組合せ最適化」をアニーリングで解くには、通常ある程度の専門知識とプログラミングスキルが必要ですが、このパズルサイトは、中高生が取り組みやすいように身近な場面を題材にして、PC操作もマウスクリックで丸や線をつなぐような簡易な操作のみで、“定式化”に集中できるように設計されています。

TA(ティーチング・アシスタント)のサポートもあり、参加者の習得は早く、出題された全20問を時間内に解いた人もいました。サイトではプログラミング言語Python(パイソン)のコードも出力でき、学習をスムーズに発展させていくことができます。

パズル問題例「無慈悲なバス分け」

パズル問題例「無慈悲なバス分け」

ワークショップ中盤にはblueqat株式会社の湊雄一郎CEOが特別講演を行い、量子コンピュータ業界の動向を説明した他、仕事のやりがいと難しさ、エンジニアの日常、就職に必要なスキルなどを紹介しました。その後グループワークを行い、家庭や学校内のアニーリングで解けそうな問題を提案・議論しました。両日合わせて100件以上のアイデアが出され、希望者がグループを代表して発表も行いました。

アイデアの一部抜粋

  • 遊園地のアトラクションを回る順番(距離、荷物の量、ショーの開始時刻を考慮)
  • 家庭菜園で作る野菜のローテーション(配置と連作障害を考慮)
  • 席替え(話をしたことがない人同士を近い席にする)
  • 株式ポートフォリオ(新NISA開始を受けて)

湊CEOによる特別講演
湊CEOによる特別講演

ワークショップに取り組む参加者
ワークショップに取り組む参加者

参加者からは、「企業が実際に解いた難しい問題でも、構造は意外とシンプルだったことに驚いた」「グループワークが一番楽しかった。具体的な事例を知ることが話し合いのヒントになった」などのコメントがありました。講演者の湊CEOからは、「この(量子コンピュータの)分野では数学や物理をたくさん利用します。一つ一つの技術は高校で習ったことが基礎になっているので、今のうちからしっかり自分のものにして、キャリア選択の幅を広げてほしい」と参加者への激励がありました。

本イベントは、資料監修と会場提供はblueqat株式会社、パズル問題の作成はビネット&クラリティ合同会社(「東工大発ベンチャー」称号授与企業)の支援を受けて開催されました。

※1 量子アニーリングマシン

一般に量子コンピュータと呼ばれる量子ゲート方式のマシンではなく、イジングマシン方式に分類されるアニーリングマシン(D-wave)を題材にしました。

東工大基金

このイベントは東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

情報理工学院 量子パズル係 安田

Email yasuda.s.ad@m.titech.ac.jp

小山二三夫名誉教授のIEEEニックホロニャックメダル受賞が決定

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小山二三夫名誉教授

東京工業大学の小山二三夫名誉教授(科学技術創成研究院 特任教授)が、2024年のIEEEニックホロニャックメダル受賞者に選出されました。人類社会の有益な技術革新に貢献する世界最大の専門家組織アイ・トリプル・イー(IEEE、Institute of Electrical and Electronics Engineers)が発表しました。授賞式は2024年5月3日(金)に行われます。

受賞者

小山二三夫名誉教授(科学技術創成研究院 特任教授)
共同受賞者:コニー・チャン-ハスナイン カリフォルニア大学バークレー校 名誉教授

授与団体

アイ・トリプル・イー(IEEE、Institute of Electrical and Electronics Engineers)

賞名

Nick Holonyak, Jr. Medal for Semiconductor Optoelectronic Technologies(ニックホロニャックメダル)

研究業績

光通信およびセンシングのための垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)および VCSELフォトニクスへの先駆的な貢献

お問い合わせ先

小山二三夫 名誉教授(科学技術創成研究院 特任教授)

Email koyama@pi.titech.ac.jp

「より優れた教育の推進に」令和4年度東工大教育賞を授与

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東京工業大学は、「東工大教育賞」の受賞者を決定し、11月22日、大岡山キャンパスで授与式を行いました。

授与式出席者の集合写真

授与式出席者の集合写真

益学長から賞状を授与される受賞者
益学長から賞状を授与される受賞者

この賞は、教員の教育方法および教育技術等の向上を図り、より優れた教育を推進することを目的として制定されたもので、今回で21回目の授与式となります。

授与式では、受賞者に対して益一哉学長から賞状が授与されました。

「令和4年度東工大教育賞」受賞者一覧

教育に関して優れた業績を挙げたとして、次の28人(11件)が選ばれました。

所属・職名は受賞当時のもの

最優秀賞「小中高生のためのものつくり実習出張授業『飛び出せ工学君』の企画・実施」

岩附信行 工学院 機械系 教授

小中高生に対して理数系さらには将来の工学への興味を喚起させることを目的に、動く機械を設計・試作して競争を行うなど、ものつくり実習出張授業を企画・実施している。1つのモーターで動く4足歩行機械やゼンマイユニットの振動を利用して走る移動機械など、短時間で安全に製作でき、受講生が独自の工夫を楽しめるテーマで実施しており、2010年から21校において延べ63回開講し、開催校アンケートや工学・教育関連学会で高く評価されている。

優秀賞「物理実験学において学生実験につながる内容の授業をして成果を挙げたため」

宗宮健太郎 理学院 物理学系 准教授

理学院 物理学系では2年次第4クォーター(4Q)から1年間、学士課程の学生に実験技術を習得させているが、例年1割程の学生が単位修得に苦しんでいる。そこで2年次第3クォーター(3Q)で実施する物理実験学で、グラフの作成方法やレポートの書き方などにこれまでより多くの時間を割き、具体例を示したり演習問題を課したりと工夫をした。その結果、同年度4Qのレポートの内容が改善されたとの報告があり、講義内容変更の成果が出たことが分かった。

優秀賞「高校・大学の化学の教科書の問題点と改善案の提案」

八島正知 理学院 化学系 教授

八島教授は、高校の化学の教科書21冊全てと大学の教科書を精査し、7つの問題点を指摘して改善案を示し、学会や学会誌で発表した。その内容を反映した教科書も執筆し、東工大の学士課程1年および3年次と大学院の講義、高校での出張講義、高校生の東工大での実習に生かしている。高校の教員、高校生、大学生および大学院生からの反響も大きく、東工大の教育の質向上や、高校教育、高大接続、大学院や企業での研究開発へのスムーズな移行に貢献している。

優秀賞「地惑系実験科目に必要な安全衛生・データ解析教育と、実験現場における実践」

横山哲也 理学院 地球惑星科学系 教授

理学院 地球惑星科学系の実験科目「地惑実験」は、化学実験・物理計測から野外実習に至るまで広範な内容を含むため、学生が身に着けるべき安全衛生の知識は多岐にわたる。また、得られた実験データを正しく解析する力も必要である。そこで地球惑星科学系では必修科目「地惑実験学」を設け、上記実験科目の履修に必要となる安全衛生およびデータ解析を同時かつ集中的に教えている。これにより学生が安全に実験を行い、かつレポート執筆に必要なデータ処理をスムーズに行えるような流れを構築することができた。

優秀賞「多人数クラスの中で1対1のきめ細かいプログラミング基盤教育を実現する授業設計」

  • 大上雅史 情報理工学院 情報工学系 助教(代表者)
  • 宮藤詩緒 情報理工学院 情報工学系 助教
  • ポア・インジュン(PHUA YIN JUN)情報理工学院 情報工学系 助教

本取り組みは、系所属学生にとって初めてとなるプログラミング基盤科目の重要性に鑑み、自動採点システムと人間による直接指導を併用した授業演習形態を実践した。良いプログラムを書くには、プログラム動作の正誤だけでなく、速さはどうか、見た目や保守性はどうか、といったさまざまな観点を理解し習得しなければならない。本取り組みにより、約80人の受講生が自身でプログラムの正誤を判断できるようになった。また受講生全員に多様なプログラミングの理解度を1対1で対面確認できるようになった。

優秀賞「マッチング理論に基づく研究室配属メカニズムの実運用」

澄田範奈 情報理工学院 数理・計算科学系 准教授

研究室配属においては、全員にとって妥当な配属となるようにすることはもちろん、他の学生を気にして「第一志望」を調整するための葛藤や不公平感を避けることも重要である。これを実現するために、理論保証をもつメカニズムを単純に利用すると、教員の負担が非常に大きくなる。そこで森立平助教(在職当時)と共に中心となって利点と負担のバランスを議論し、2022年度から新しい方法で情報理工学院の数理・計算科学系の研究室配属を行っている。

優秀賞「学内の不自由を発見し解決策を日本語英語混合チームでデザインする授業の実践」

  • 因幡和晃 環境・社会理工学院 融合理工学系 准教授(代表者)
  • 齊藤滋規 環境・社会理工学院 融合理工学系 教授
  • 大橋匠 環境・社会理工学院 融合理工学系 准教授
  • 田岡祐樹 環境・社会理工学院 融合理工学系 助教

環境・社会理工学院 融合理工学系では、学内の問題を発見し、解決策をデザインする課題解決型の授業「システムデザインプロジェクト」を行っている。この授業では、「誰のどのような問題か」、「それがなぜ放置されているか」に注目しつつステークホルダーにインタビューし、解決策をプロトタイピングして検証する方法を学ぶ。また、日本語話者と英語話者が混合チームで協力し、異なる視点から問題に取り組む貴重な機会を提供している。

優秀賞「Summer Exchange Research Program(SERP)の運営と国際教育の推進」

  • 竹村次朗 環境・社会理工学院 土木・環境工学系 准教授(代表者)
  • 吉川史郎 物質理工学院 応用化学系 准教授
  • 原精一郎 工学院 システム制御系 准教授

工学院、物質理工学院、環境・社会理工学院は、合同で欧米、アジア・オセアニア地域の有力大学と部局間協定を締結して、3ヵ月程度の学生の受け入れ・派遣を中心とした学生交流を促進している。特に派遣では留学研究の計画立案、実施等を学生が主体的に行い、その成果を留学後に発表会で公開形式で報告している。一方、受け入れ学生は学内国際学生ワークショップ(MISW)などにも参加し、本学学生との交流の場で重要な役割を果たしている。これらは参加学生の国際意識の醸成のみならず、視野の拡大、自主性、積極性の向上に大きく貢献している。

優秀賞「2016年度東工大教育改革の成果検証の実施」

岡田佐織 リベラルアーツ研究教育院 准教授

2016年度から実施された東工大教育改革の成果検証を行うため、各種エビデンスデータの収集・提供および教育改革評価報告書の分担執筆を行った。2019年の着任以来、所属部門(リベラルアーツ研究教育院)において教育成果検証のためのアンケート調査、インタビュー調査を実施してきた経験を生かし、教育改革の重点施策に関するインタビュー調査や卒業前・修了前の学生アンケート調査のデータ分析を行い、全学の多岐にわたる施策に関する多面的な成果検証の実現に貢献した。

優秀賞「博士後期課程『越境型教養科目』の新設と実施運営」

  • 谷岡健彦 リベラルアーツ研究教育院 教授(代表者)
  • 調麻佐志 リベラルアーツ研究教育院 教授
  • 田村斉敏 リベラルアーツ研究教育院 教授
  • 山岸侯彦 リベラルアーツ研究教育院 准教授
  • 木内久美子 リベラルアーツ研究教育院 准教授
  • 山根亮一 リベラルアーツ研究教育院 准教授
  • 治部れんげ リベラルアーツ研究教育院 准教授
  • 赤羽早苗 リベラルアーツ研究教育院 准教授
  • 岡田佐織 リベラルアーツ研究教育院 准教授
  • 鈴木健雄 リベラルアーツ研究教育院 講師

博士後期課程に、従来の教養先端科目(1単位)に替えて、2単位の越境型教養科目を新設した。異なる研究室の学生との協同作業を通して知見を広げるという旧科目の特長は残しつつ、オリジナルの動画教材を作成し、ダイバーシティ&インクルージョンの基本理念の浸透を図っている。2単位化によって、修了要件を満たすにも当科目を1度履修するだけでよく、オンライン開講でもあるので、学生にとっては受講のしやすさも高まったはずである。

優秀賞「博物館と協働したリベラルアーツ科目を通して大学の過去・現在・未来を考える」

  • 多久和理実 科学技術創成研究院 未来の人類研究センター・リベラルアーツ研究教育院 講師(代表者)
  • 山﨑鯛介 博物館 教授

リベラルアーツ研究教育院(ILA)と博物館は共同で、学士2年次向けの「大学史」と修士1年次向けの「東工大のキャンパスに親しむ」という文系教養科目を運営している。大学の各分野の成り立ちに詳しい教員(ILA、博物館、工学院、生命理工学院)や卒業生、東急株式会社をはじめとする地域の企業や組織から多様な視点を提供してもらうことにより、両科目とも多数の受講生を集める人気科目となった。学生による博物館利用の拡大、および学生自身が記録を未来に残して発信するサイクルの形成という効果を生んだ。

祝辞を述べる益学長

祝辞を述べる益学長

お問い合わせ先

総務部 人事課 労務室 人材育成グループ

Email jin.iku@jim.titech.ac.jp

子育てと子の愛着の科学 日頃の育児で子ザルも甘え方を変える

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要点

  • 小型のサル、マーモセットは家族で生活し、父・母・年長のきょうだいが交代で赤ん坊を背負って育てる。
  • 子はひとりにされると盛んに鳴き、それに応えて来てくれる家族を覚えてしがみつく。逆に、子に不寛容な相手といる時には不安を示す。このような幼少期における家族とのかかわりが、愛着の発達や自立に影響する。
  • 人間の子どもの発達や自立と、教育や子育ての関係を明らかにするヒントになると期待。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の黒田公美教授と北海道大学の矢野(梨本)沙織助教、Trinity College Dublin(トリニティ・カレッジ・ダブリン)のAnna Truzzi(アンナ・トルッツイ)研究員、理化学研究所の篠塚一貴研究員(研究当時)らの国際共同研究グループは、小型霊長類コモン・マーモセット[用語1]の子が、父母やきょうだいに世話をされて育つ中で、相手に応じた柔軟な社会性を獲得することを示した。

子どもが親(養育者)や近しい人を覚え慕うことを愛着と呼ぶ。幼少期に築かれた愛着行動は生涯にわたり社会性や心の健康の基礎となるため、動物モデルを使った基礎研究が必要とされている。今回、研究グループはヒトと同様に家族で生活し、父母と年長のきょうだいが協力して子を背負い育てるコモン・マーモセットを用い、家族ひとりひとりの子育ての個性と子の行動の関係を解析した。その結果、子どもは、困っている時に助けてくれる感受性[用語2]の高い家族個体を求め、また辛抱強く背負ってくれる寛容[用語2]な個体に背負われると安心できることが示唆された。さらに、このように相手に応じて柔軟に愛着を調節し、次第に自立していく力は、家族の中で育てられて身につくことが分かった。家族とのかかわりを妨げられると、子マーモセットは相手によらず家族を避け、その一方で強い分離不安を示す、人間でいう「無秩序型愛着」に似た状態を示すことも分かった。

本研究成果により、コモン・マーモセットが人間の子育てと愛着の優れたモデル動物であることが示された。将来的には、愛着形成の脳内メカニズムの解明や、幼少期の環境不全、虐待などに起因する社会性の問題(愛着障害)の理解や支援に貢献すると期待できる。

本研究成果は、上智大学 総合人間科学部 齋藤慈子教授、慶應義塾大学 医学部 岡野栄之教授、京都大学 ヒト行動進化研究センター 中村克樹教授らとの共同研究によって行われ、2月20日付の「Communications Biology」に掲載される。

子は家族個体それぞれの子育てスタイルに応じて愛着を柔軟に変化させる

子は家族個体それぞれの子育てスタイルに応じて愛着を柔軟に変化させる

背景

哺乳類の子どもは未発達な状態で生まれ、他者に育ててもらわなければ生きていくことができないため、親や近しい大人を覚え慕い、「愛着」を形成する。幼い頃に形成された愛着は、成長後の心の健康や社会性の基礎となるため、愛着形成が脳にどのような変化をもたらすのか、げっ歯類やマカクザルなどを中心に研究が行われてきた。しかしヒトは多くの哺乳動物と異なり、安定した夫婦関係を築き共同で子育てを行うため、ヒトの愛着に関する理解を深めるためには、よりヒトに近い親子関係を持つモデル動物が必要とされてきた。

南米原産の霊長類コモン・マーモセット(以下、マーモセット)は、ヒトと同じように夫婦とその子から成る家族単位の群れを形成し、家族ぐるみで幼い子の世話を協力して行う。黒田公美教授らは2022年にマーモセットの家族の子育て行動を詳細に観察し、子育て行動を「子の鳴きへの世話行動の早さ(感受性)」と、「子を拒絶せずに背負い続ける忍耐強さ(寛容性)」で定義し、寛容性をつかさどる前脳の責任脳領域を明らかにした。今回は親子関係の中でも研究が遅れている、子から家族への愛着行動に注目し、マーモセットの子育てと愛着発達の関係性について調べた。

研究成果

研究グループは、子どもと家族個体との1対1の関係を観察する「子の回収試験」(図1A)を用い、子と家族個体の行動や鳴き声をそれぞれ記録した。ひとりにされた子どもは鳴いて家族を呼び、それを聞いた家族個体が子どもを背負いに行く。その際、子どもは家族をきちんと見分けていて、見知らぬ個体を避けて家族個体にしがみつく(図1B)。子は、家族個体にしがみつくと安心してすぐに鳴き止む(図1C)。自力での移動が困難な生後3週までは、子どもはほとんど常に家族に背負われていて、自分から降りたり、背負いを拒否したりすることはまれである(図1D)。

図1 子の回収試験 (A)実験の模式図。家族から引き離した子どもをカゴに入れて右のケージに、家族個体の1頭を左のケージに入れた。金網を取り除いたのち、子どもと家族個体の行動を観察した。(B)子どもは家族と見知らぬ個体とを区別し、家族が助けに来てくれるとすぐにしがみつく。(C)子どもの鳴き声のスペクトログラム(上)と鳴き声の種類(下)。幼い子どもはひとりでいると鳴いて助けを呼び、背負われるとすみやかに鳴き止む。(D)幼い子どもは家族にしがみついて過ごし、自発的に離れることはまれ。

図1. 子の回収試験

(A)実験の模式図。家族から引き離した子どもをカゴに入れて右のケージに、家族個体の1頭を左のケージに入れた。金網を取り除いたのち、子どもと家族個体の行動を観察した。
(B)子どもは家族と見知らぬ個体とを区別し、家族が助けに来てくれるとすぐにしがみつく。
(C)子どもの鳴き声のスペクトログラム(上)と鳴き声の種類(下)。幼い子どもはひとりでいると鳴いて助けを呼び、背負われるとすみやかに鳴き止む。
(D)幼い子どもは家族にしがみついて過ごし、自発的に離れることはまれ。

しかし、一部の家族個体に対しては、子どもが背負われることを避けたり、背負われているにも関わらず不安が解消されず頻繁に鳴いたりする様子が認められた。こうした家族個体の子育てスタイルを調べてみると、子どもが鳴いていても無視したり、背負っている子どもを噛んだり壁や床にこすりつけたりして拒絶することが多いという特徴を持つことが分かった(図2A)。言い換えれば、子どもは、困っている時に助けてくれる(感受性の高い)家族個体を求める傾向にあり、辛抱強く背負ってくれる(寛容な)個体と一緒にいると安心できる、ということを示している。さらに、同一の家族個体に対しては、子ども達のとる愛着行動のパターンが似通っていたことから(図2B)、家族個体によって子どもは柔軟に振る舞い方を変えていることが分かった。

図2 子は家族個体それぞれの子育てスタイルに応じて愛着を変化させる (A)子どもが家族個体を避けるケースでは、家族個体は子の要求を無視しがちであった。子が背負われている時も鳴いて不安を訴えるケースでは、家族個体は背負っている子どもを頻繁に拒絶していた。(B)同一の家族個体に対しては、子ども達のとる愛着行動がきょうだい間で似通っていた。

図2. 子は家族個体それぞれの子育てスタイルに応じて愛着を変化させる

(A)子どもが家族個体を避けるケースでは、家族個体は子の要求を無視しがちであった。子が背負われている時も鳴いて不安を訴えるケースでは、家族個体は背負っている子どもを頻繁に拒絶していた。
(B)同一の家族個体に対しては、子ども達のとる愛着行動がきょうだい間で似通っていた。

次に、このような愛着の発達過程を明らかにする目的で、多子や家族の不調などのやむを得ない理由で家族から離されて育った子ども(人工哺育[用語3]子)の愛着を調査した。その結果として、人工哺育子は、家族の中で育った子ども(親哺育子)とは違い、柔軟な愛着行動の調節が出来なくなっていることが明らかになった。人工哺育子を元の家族のケージに時々戻してやると、家族たちは親哺育子・人工哺育子を分け隔てなく助け、背負おうとする。しかし、人工哺育子は寛容で感受性が高い家族個体に対しても背負われるのを避けたり、ほんの少し拒絶されただけですぐに離れたりするために、ひとりで過ごす時間が長くなることが見受けられた(図3B左・中央)。さらに、親哺育子であれば自立して、ひとりで過ごせる日齢に成長しても、人工哺育子は家族を避けつつひとりのままでいながら、鳴いて助けを求め続けるという矛盾した行動が認められた(図3B右)。これらの結果から、相手に応じて柔軟に愛着を調節する力や、次第に自立していく力は、家族との自然なかかわりの中で身についていくと考えられる。

図3 人工哺育により家族との交流が制限された子どもの愛着行動 (A)実験方法。家族と再会した際の子どもと家族との関係性を評価した。(B)左:人工哺育子は家族に背負われることを避けることが多かった。 中央:人工哺育子は背負われずにひとりで過ごす時間が長くなった。 右:親哺育子は成長するとひとりでも鳴かずに過ごすようになったが、人工哺育子は成長してもひとりになると激しく鳴いて不安を訴えた。

図3. 人工哺育により家族との交流が制限された子どもの愛着行動

(A)実験方法。家族と再会した際の子どもと家族との関係性を評価した。
(B)左:人工哺育子は家族に背負われることを避けることが多かった。 中央:人工哺育子は背負われずにひとりで過ごす時間が長くなった。 右:親哺育子は成長するとひとりでも鳴かずに過ごすようになったが、人工哺育子は成長してもひとりになると激しく鳴いて不安を訴えた。

ヒトの発達心理学的研究において、子の愛着パターンは親の子育てパターンによって影響を受けることが知られている。本研究では、マーモセットの子は困ったときにすぐ助けてくれる家族個体、かつ辛抱強く背負ってくれる家族個体を求め、またそのような個体と一緒にいると安心することが分かった。これはヒトで言う「安定型」に似た愛着といえる(図4)。また、人工哺育個体では、ヒトで虐待・ネグレクトを受けた子どもに現れやすいという「無秩序・混乱型」に似た、ひとりで鳴き続けながら同時に相手を避けるという矛盾した愛着パターンを示すことも、明らかとなった。このように、本研究を通じ、ヒトとマーモセットの愛着行動の間に多くの共通点があることが見出すことができた。

図4 子育てと愛着のパターン 子どもは、困ったときにすぐ助けて世話してくれる家族個体を求め、寛容で辛抱強く背負ってくれる家族個体といると安心できる。子どもは家族個体ごとに愛着パターンを変化させるが、家族との交流を制限された人工哺育子では、虐待・ネグレクトを受けたヒトの子どもで見られることが多い「無秩序・混乱型」に似た矛盾した愛着パターンに固定化されていた。

図4. 子育てと愛着のパターン

子どもは、困ったときにすぐ助けて世話してくれる家族個体を求め、寛容で辛抱強く背負ってくれる家族個体といると安心できる。子どもは家族個体ごとに愛着パターンを変化させるが、家族との交流を制限された人工哺育子では、虐待・ネグレクトを受けたヒトの子どもで見られることが多い「無秩序・混乱型」に似た矛盾した愛着パターンに固定化されていた。

社会的インパクト

幼いころの愛着形成は、情緒や社会性の発達の基礎となり、成長後の心の健康や対人関係にも重要な役割を果たすことが知られている。一方、幼少期に十分な愛着の形成が出来ず、情緒の発達や周囲の人々との人間関係に困難を生じている状態を「愛着障害」と呼び、近年注目を集めている。しかしながら、愛着の脳内メカニズムに関する研究はその他の行動と比較して遅れており、愛着の形成によって脳内でどのような変化が起きているのか、また愛着障害が起こる脳内メカニズムなどは明らかにされていない。

本研究により、ヒトとよく似た家族構造を持つマーモセットにおいて、家族の養育スタイルに応じて子が柔軟に愛着を変える、子が自立していく力は家族の中で育まれるうちに身につく、といったヒトとよく似た多くの特徴を見出すことができた。ヒトに似た親子関係をもつマーモセットをモデル動物として愛着の脳内機構を研究することで、ヒトの愛着形成のメカニズムの解明や、愛着障害の理解や対策につながると期待される。

今後の展開

本国際共同研究チームは、マーモセットの子が幼少期に受けた養育が子の発達に及ぼす長期的な影響や、子の愛着行動を司る脳部位の探索についても研究を進めている。こうした研究を通じて、ヒトの親子関係を科学的に理解し、客観的で効果的な育児支援につなげることを目指す。

付記

本研究は、理化学研究所運営費交付金(脳神経科学研究センター)、日本医療研究開発機構(AMED)JP20dm0107144(研究代表者:黒田公美)、JP22dm0207001(研究代表者:岡野栄之)、Brain/MINDS project 2014 (研究代表者:黒田公美)、No.16 dm0207003h0003(研究代表者:中村克樹)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業研究活動スタート支援JP26893327(研究代表者:篠塚一貴)、同若手研究JP16K19788(研究代表者:篠塚一貴)、同基盤研究(C)JP20K12587(研究代表者:篠塚一貴)、同若手研究JP19K16901(研究代表者:矢野沙織)、同基盤研究(B)JP18KT0036(研究代表者:黒田公美)、同基盤研究(B)JP22H02664(研究代表者:黒田公美)、同挑戦的研究(萌芽)JP22K19486(研究代表者:黒田公美)、武田科学振興財団2023年度生命科学研究助成(研究代表者:黒田公美)の助成を受けた。

用語説明

[用語1] コモン・マーモセット : 中南米を原産とする小型の新世界ザル。夫婦と子どもたちで生活し、分担して新生児の世話をしたり、多彩な音声コミュニケーションを行ったりするなど、高い社会性が注目されている霊長類である。

[用語2] 感受性・寛容性 : 黒田公美教授らは2022年にコモン・マーモセットの子育てを詳細に観察し、子育て行動の主要変数として、鳴いている子への対応の早さ(感受性)と子を拒絶せずに背負い続ける忍耐強さ(寛容性)が定義でき、これらが相互に独立かつ特定の個体で安定して見られる「子育てスタイル」を形成することを明らかにした[参考文献1]

[用語3] 人工哺育 : マーモセットは、1度の出産で2匹の子を産むことが多いが、3匹以上の子が生まれることもある。マーモセットの乳首は2個なので2匹を超える子が生まれた場合には子が死亡するケースが多く、救命のため人工哺育が必要となる場合がある。人工哺育子は親に攻撃を受けるなどの事例を除き、週に数回、2-6時間程度元の家族と同居させ、それ以外の時間は保温インキュベーター内で飼育した。

参考文献

[1] Shinozuka, K., S. Yano-Nashimoto, C. Yoshihara, K. Tokita, T. Kurachi, R. Matsui, D. Watanabe, K. I. Inoue, M. Takada, K. Moriya-Ito, H. Tokuno, M. Numan, A. Saito, and K. O. Kuroda. (2022). A calcitonin receptor-expressing subregion of the medial preoptic area is involved in alloparental tolerance in common marmosets. Commun Biol, 5 (1), 1243. DOI:10.1038/s42003-022-04166-2
寛容な子育てに必要な脳—我が子荷にならず?サルも育児は忍耐の連続—|理化学研究所

論文情報

掲載誌 :
Communications Biology
論文タイトル :
Anxious about rejection, avoidant of neglect: Infant marmosets tune their attachment based on individual caregiver's parenting style
著者 :
Saori Yano-Nashimoto, Anna Truzzi, Kazutaka Shinozuka, Ayako Y. Murayama, Takuma Kurachi, Keiko Moriya-Ito, Hironobu Tokuno, Eri Miyazawa, Gianluca Esposito, Hideyuki Okano, Katsuki Nakamura, Atsuko Saito, Kumi O. Kuroda
DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 黒田公美

Email kurodalab@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5441

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


国立大学法人東京科学大学の長の選考および推薦について

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医科歯科大学と東京工業大学の外観イメージ

2024年10月1日に国立大学法人東京科学大学が設立されることを受け、国立大学法人東京工業大学および国立大学法人東京医科歯科大学は、国立大学法人東京科学大学の長の合同選考会議(以下「選考会議」という。)を設置し、2024年2月22日開催の選考会議において、初代国立大学法人東京科学大学の長(以下「法人の長」という。)候補者の選考について、選考基準や任期、選考の方法などについて決定しましたので、公示します。

法人の長候補者には、選考会議が定めた「初代国立大学法人東京科学大学の長の選考基準について」(後述)に記載された資質、能力などを満たすことが求められます。

法人の長の任期は、2024年10月1日から2028年3月31日までとし、自薦・他薦を問わず、2024年2月26日(月)から2024年3月21日(木)まで、法人の長候補者の推薦を受け付けます。

その他、選考にかかる詳細ならびに「初代国立大学法人東京科学大学の長の選考基準について」は以下をご覧ください。

選考会議規程等

初代国立大学法人東京科学大学の長の選考基準について

2024年2月22日

国立大学法人東京科学大学の長の合同選考会議

国立大学法人東京科学大学の長の合同選考会議は、初代の法人の長となるべき候補者の選考を行うに当たって、別添のとおり選考基準を定めました。
選考会議が、推薦を受け付けるに当たっては、規模の大小を問わず大学等における組織経営を行った経験があるなど、選考基準に示す資質や能力のある多様な人材を、両大学の構成員の皆様から、自薦・他薦を問わず広く募ることとしました。その中から最も適した方を、最終責任者にふさわしい新たな法人の長として選び、従来の日本の大学が陥りがちであった閉鎖的な組織文化を完全に払拭し、本来アカデミアが持つべき「自由でフラットな人間関係」のもと、多様性に富んだ構成員による広く社会に開かれた組織文化を持つ新しい大学「東京科学大学」を率いてもらうことが我々の総意です。

(別添)

初代国立大学法人東京科学大学の長の選考基準

2024年2月22日
国立大学法人東京科学大学の長の合同選考会議決定

新たに発足する東京科学大学は、統合によって「これまでどの大学も為しえなかった新しい大学のあり方を創出する」という目的を持ち、国際的に卓越した教育研究拠点として活力ある未来を切り拓くため、(1)理工学や医歯学を学術的に深化させ、研究者自身の興味に根差した研究が行える自由闊達な教育・研究環境を構築しつつ、(2)分野・部局等を超えた連携協働を行い、「コンバージェンス・サイエンス」を展開することを通じて、新たに得られた総合知をもとに、豊かで持続可能な成長を遂げる社会の実現に貢献すること、(3)教養教育と専門教育を有機的に関連させた教育体系のもとに未来を切り拓く高度専門人材の育成、(4)あらゆる構成員に対する高度な多様性、包摂性と公平性の実現など、「法人統合及び大学統合に関する基本合意書」の内容及び精神を具現化していくことを目指している。そのために、東京科学大学においては、「自由でフラットな人間関係」のもと、専門性や役割の多様性の尊重、失敗を恐れない挑戦、構成員のウェルビーイングを基盤とした組織文化の構築を目指している。

このような東京科学大学の発足を担う初代の法人の長には、以下の資質・能力が求められる。

1.
人格が高潔で、学識が優れ、大学の教育・研究等について高い見識があること。
2.
統合の目的に適った先駆的なガバナンスを確立し、新法人を総理するために必要な指導力と組織経営の経験及び手腕を有すること。
3.
国内外の状況や時代の動向を的確に捉え、大学の将来を見据えつつ、教職員や学生を導くことができる先見性や指導力を備えていること。
4.
多様かつ異なる文化を持つ組織を包摂し、「自由でフラットな人間関係」の構築を牽引する高い倫理観と高度なコミュニケーション力を有すること。
5.
国際的に卓越した教育研究拠点としての環境を充実させるため、広く社会との連携を通じた財政基盤の確立と最適な資源配分を実現できる能力を有すること。
6.
国際的な競争環境の中で世界最高水準の教育研究活動を展開するに相応しい国際性と強い発信力を兼ね備え、学内外から厚い信望を得ることができること。

法人の長候補者選考の公示

法人の長候補者推薦受付けについて

推薦書類等

お問い合わせ先

総務部 総務課 総務グループ

Email som.som@jim.titech.ac.jp

大上雅史准教授が2023年度マイクロソフト情報学研究賞を受賞

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メダル

東京工業大学 情報理工学院 情報工学系の大上雅史准教授が、2023年度マイクロソフト情報学研究賞を受賞しました。一般社団法人情報処理学会が1月26日に発表しました。

受賞者

大上雅史 情報理工学院 情報工学系 准教授

授与団体

一般社団法人情報処理学会

賞名

マイクロソフト情報学研究賞

受賞日

1月26日

受賞業績

生体分子の計算設計技術に関する研究

情報理工学院

情報理工学院 ―情報化社会の未来を創造する―
2016年4月に発足した情報理工学院について紹介します。

情報理工学院

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お問い合わせ先

情報理工学院 情報工学系

准教授 大上雅史

Email ohue@c.titech.ac.jp

溶けたパラジウム―鉄合金の異常な体積膨張の起源を解明 金属製品開発の高精度化に期待

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要点

  • 未解明だったパラジウム-鉄合金での体積膨張(過剰体積効果)の起源を電子状態から説明することに成功。
  • 金属結合の弱体化によりパラジウム原子が鉄原子から離れることが体積膨張の原因であることを発見。
  • 金属溶液モデルの高精度化による、3Dプリンティングなどのシミュレーションの最適化に期待。

概要

東京工業大学 物質理工学院 渡邉学助教、田中友規研究員、合田義弘准教授、公益財団法人 高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 高木康多主幹研究員、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 中村哲也教授、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 高田昌樹教授(一般財団法人 光科学イノベーションセンター 理事長 兼任)、東北大学 多元物質科学研究所 福山博之教授、安達正芳講師、打越雅仁准教授らの共同研究グループは、パラジウム―鉄合金が混合時に示す未解明の体積膨張(過剰体積[用語1]効果)の起源を、電子状態から説明することに成功した。

原子サイズが異なる2種類の金属を混ぜて合金化すると、一般的には体積は混合前より小さくなるが、パラジウムと鉄の合金化では逆に混ぜる前より体積が増える不思議な現象(過剰体積効果)が起こる。この現象はこれまで、合金中の空孔(原子の抜け)が通常より多く形成されるためと説明されてきたが、実験的な証拠は不十分だった。

そこで今回、研究グループは、原子同士を引き寄せる役割を担う「電子」の挙動に着目する新たな手法を取り入れ、この合金の電子状態についての理論計算と、高輝度放射光X線を用いた硬X線光電子分光測定を実施した。その結果、パラジウム原子の原子同士を引き付ける力(金属結合)が弱体化していることが分かった。この金属結合の弱体化が起こるとパラジウム―鉄合金の体積が増加するため、過剰体積効果が生じることが矛盾なく説明できる。

この成果は、鋳造や溶接、3Dプリンティングなどで用いる溶けた金属についての数値シミュレーションを高精度化し、金属製品製造時の省エネルギー化と金属製品の歩留まりを改善させると期待される。また、東北大学 青葉山新キャンパスで2024年度から運用開始の3 GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)の利活用によるさらなる研究展開も予定している。本研究成果は、2月1日付の国際学術誌『Acta Materialia』に掲載された。

(a)小石と砂を混ぜる場合:小石の隙間(空孔)に砂が入り込むため混ぜる前より混ぜた後の方が、体積が減少する。

(b)パラジウムと鉄原子を混ぜる場合:混ぜることにより体積が増加する(過剰体積効果)。合金内のパラジウム原子の原子同士を引き付ける力(金属結合)が弱体化し、パラジウム原子が鉄原子から離れようとする。これにより体積が増加する。

図1.
(a)小石と砂を混ぜる場合:小石の隙間(空孔)に砂が入り込むため混ぜる前より混ぜた後の方が、体積が減少する。(b)パラジウムと鉄原子を混ぜる場合:混ぜることにより体積が増加する(過剰体積効果)。合金内のパラジウム原子の原子同士を引き付ける力(金属結合)が弱体化し、パラジウム原子が鉄原子から離れようとする。これにより体積が増加する。

背景

溶接、鋳造、3Dプリンティングなどのように、金属を溶かして金属製品を製造する過程では、数値シミュレーションを用いて金属製品が作製可能であるかどうかの推定が行われている。現状ではこのシミュレーションは金属溶液モデルを用いて行われているが、単純な溶液モデルに基づいて計算されているために信頼性は低く、高精度なデータに基づく新たな溶液モデルの構築が必要となっている。

金属の溶液モデルの研究は、1937年のScatchard[参考文献1]の報告以来、80年以上という長い期間にわたって行われてきたため、基礎研究はほとんど完了したと思われていた。しかし、研究グループの以前の研究により、規則―不規則変態[用語2]を示す二元系合金の溶融状態では、従来の溶液モデルでは説明できない異常な体積膨張、いわゆる「過剰体積効果」が生じていることが明らかになった。

小石と砂を混ぜると、小石同士の隙間に砂粒が入るため、混ぜても全体の体積があまり増えない。同じように、原子サイズの異なる2種類の金属を混ぜて合金化すると、その体積は混ぜる前の合計より小さくなるのが一般的である(図1)。ところが、パラジウムと鉄の場合に、ほぼ同じ分量同士を混ぜて合金化すると、逆に混ぜる前の合計よりも体積が増えてしまうのが「過剰体積効果」である。従来の研究ではこの過剰体積効果の起源について、合金中で原子が抜けたような空間(空孔)が通常よりも多く形成され、その分、全体として体積が増すという説明が提唱されてきた。しかし、実際に空孔が多いことを示す実験的な証拠も不十分で、長年にわたり顕著な進展がなかった。この過剰体積効果について、従来の溶液モデルの研究手法にとらわれない新たな手法を用いて、原因を明らかにする必要性があった。

研究成果

今回の研究では、理論計算(第一原理計算[用語3])を用いて、規則―不規則変態を生じ、かつ従来の研究では説明されていない大きな過剰体積効果を示すパラジウム―鉄合金の電子状態の推定を行った。その結果、鉄成分の増加とともにパラジウムの電子状態(Pd4dの上向きスピン[用語4]の電子状態)が徐々に満たされていき、最終的には反結合軌道が全て満たされることが推定された(図2a)。この反結合軌道は原子間の結合を弱めることから、この計算結果はパラジウム原子の金属結合が弱体化したことを意味する。

この理論計算により予測されたパラジウムの電子状態の変化については、高輝度放射光X線を用いることができる大型放射光施設SPring-8[用語5] BL46XUでの硬X線光電子分光(HAXPES)[用語6]測定でも同様の傾向が推定され、理論計算と実験の結果が一致した(図2b)。また、パラジウム―鉄合金の体積(モル体積)からパラジウム成分の体積の増加率(パラジウムの部分モル体積)を算出すると、鉄成分の増加とともに急激なパラジウム成分の体積の増加も得られた(図3)。これにより、パラジウム―鉄合金の過剰体積の起源は、パラジウム原子の金属結合の弱体化により、パラジウム原子が鉄原子から離れていくことで生じる体積膨張であると結論づけられる。

(a)パラジウム―鉄合金の第一原理計算によって得られたパラジウムの部分状態密度、上図が上向きスピン、下図が下向きスピンを示している。

(b)パラジウム―鉄合金の不規則状態試料の硬X線光電子分光(HAXPES)測定の結果。両結果とも、フェルミ準位近傍のパラジウムの電子状態(Pd4dの上向きスピン)のピークが鉄(Fe)成分の増加とともに内殻側へシフトしている。

図2.
(a)パラジウム―鉄合金の第一原理計算によって得られたパラジウムの部分状態密度、上図が上向きスピン、下図が下向きスピンを示している。(b)パラジウム―鉄合金の不規則状態試料の硬X線光電子分光(HAXPES)測定の結果。両結果とも、フェルミ準位近傍のパラジウムの電子状態(Pd4dの上向きスピン)のピークが鉄(Fe)成分の増加とともに内殻側へシフトしている。
図3. 不規則相におけるパラジウム―鉄合金のモル体積および過剰体積の組成依存性。鉄成分の増加によりパラジウム成分の体積(Pdの部分モル体積)が増加し、それに伴う過剰体積効果が生じていることが分かる。
図3.
不規則相におけるパラジウム―鉄合金のモル体積および過剰体積の組成依存性。鉄成分の増加によりパラジウム成分の体積(Pdの部分モル体積)が増加し、それに伴う過剰体積効果が生じていることが分かる。

社会的インパクト

今回得られた知見は、80年以上にわたって基礎研究が行われてきた金属溶液モデルに関して、「電子状態」という新たな視点を考慮する必要性を示した。今後、電子状態を考慮した高精度な溶液モデルを構築することで、3Dプリンティングなどのプロセスのシミュレーションの最適化が可能となるため、金属材料の製品開発の高効率・高精度化への貢献が期待される。

今後の展開

今後は、東北大学青葉山新キャンパスで2024年度から運用開始の3GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)の利活用による研究展開も予定している。これにより、金属溶液モデルおよび電子論研究のさらなる深化が期待される。

付記

本研究は、科学研究費補助金・若手研究「高温X線in-situ光電子分光法に基づく新たな金属溶液論の展開」(21K14447)のサポートを受けて実施された。

用語説明

[用語1] 過剰体積 : 熱力学的過剰量の1種である。混合により生じた体積の増減量を評価する指標となる。

[用語2] 規則―不規則変態 : 低温化では金属間化合物を示すが、温度上昇とともに結晶構造が不規則化し、固溶体となる変態。

[用語3] 第一原理計算 : 基礎的な物理定数と物理の基礎方程式に基づいて、物質中の原子核と電子の状態を決定するシミュレーション。実験の測定結果を入力に参照しないため、実験と独立に、実験結果の検証や機構解明に用いられる。

[用語4] スピン : 電子が持つ自由度の一つであり、向きと大きさを持つベクトル量である。

[用語5] 大型放射光施設SPring-8 : SPring-8は、兵庫県の播磨科学公園都市にある理化学研究所が所有する世界最高クラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)の略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語6] 硬X線光電子分光(HAXPES) : 物質に硬X線(3 ~10 keVのエネルギーの高いX線)照射することにより放出される光電子の運動エネルギー分布を測定し、試料内部に存在する元素の種類や化学結合、電子状態に関する知見を得る手法。

参考文献

[1] G.Scatchard, Change of volume on mixing and the equations for non-electrolyte mixtures, Trans. Faraday Soc. 33(1937)160-166.

論文情報

掲載誌 :
Acta Materialia
論文タイトル :
Clarification of origin of positive excess volume of Pd–Fe binary alloys by using first-principles calculations and HAXPES
著者 :
渡邉学、高木康多、田中友規、合田義弘、安達正芳、打越雅仁、中村哲也、高田昌樹、福山博之
DOI :

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受験生向け広報誌「TechTech」44号発行

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東京工業大学は、広報誌「TechTech(テクテク)」44号を発行しました。

「TechTech」は、学士課程・大学院課程の受験生向けに、東工大の最新の研究や学生生活、研究室の様子、卒業生の活躍などを豊富な画像とわかりやすい文章で紹介する広報誌です。

最新号は、情報理工学院 情報工学系の吉村奈津江教授による「脳波解析が可能にする人間の営みの再構築」、東工大と東京医科歯科大学の両大学の学生と学長による「クロストーク 知と好奇心が交わり、新境地へ」のほか、東工大生の使うツール紹介などの記事を掲載しています。

裏表紙にある人気コンテンツ「頭の体操QUIZ」にもぜひ挑戦してください。

「TechTech」No.44

TechTech No.44

コンテンツ

世界を創るテクノロジー
脳波解析が可能にする人間の営みの再構築
吉村奈津江教授(情報理工学院 情報工学系)

クロストーク
知と好奇心が交わり、新境地へ
東工大 益一哉学長/山崎雄大さん
東京医科歯科大学 田中雄二郎学長/桐野桜さん

博士たちのキャリアデザイン論
松浦賢太朗さん(ソニーグループ株式会社/ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社/北海道大学招へい教員)

学生企画
ツールを駆使して理想のキャンパスライフを築いています!
ツールでひらく東工大ライフ

学内の配布場所や、郵送での請求方法については、以下のページをご確認ください。

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お知らせ

東京工業大学は2024年10月に東京医科歯科大学と統合し、東京科学大学となります。東工大として発行するTechTechは今回44号が最後となります。長い間、東京工業大学広報誌TechTechをご愛読いただき、ありがとうございました。これからも東京科学大学として科学の魅力をお届けしてまいります。新大学の広報誌およびウェブコンテンツについては、今後ウェブサイトにてご案内いたしますのでどうぞご期待ください。

お問い合わせ先

総務部 広報課

Email publication@jim.titech.ac.jp

Tel 03-5734-2976

がんに貼り付く極小サイズの分子接着剤 生体内合成化学による新しいラジオセラノスティクス

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概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の田中克典教授(理化学研究所(理研)開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員)、アンバラ・プラディプタ助教、大出雄大博士後期課程2年、理研 仁科加速器科学研究センター 核化学研究開発室の羽場宏光室長らの共同研究グループは、極小サイズのアジド基をがんの分子接着剤として開発し、マウス内のがんにさまざまな放射性核種[用語1]を効率的に貼り付け、がんを精密に診断・治療する技術を開発しました。

本研究成果は、放射性核種によってがん細胞を特異的に標識し、検出したがん細胞を即時に治療する、がんの早期診断と治療の併用戦略(ラジオセラノスティクス)に貢献すると期待できます。

ラジオセラノスティクスの実用化に向けては、体内で放射性核種が選択的にがんに送達されない場合、あるいはがんに送達されても放射性核種が十分長い時間がんにとどまらない場合に、正常細胞にも放射線が照射されるため、危篤な副作用につながり得ることが課題でした。

今回、共同研究グループは、がんで大量に生産されるアクロレイン(CH2=CHCHO)と反応するアジド基(−N3)をがんに対する極小サイズの接着剤として開発し、放射性核種をがんに選択的に貼り付けることに成功しました。アジド基を持つ放射性錯体をヒト肺がん細胞移植マウスに注射投与したところ、放射性核種ががんに長時間とどまることを可視化できました。さらに、この結果を基に、マウス内のがんを効率的に放射線治療することができました。

本研究は、科学雑誌「Chemical Communications」オンライン版(2月29日付:日本時間3月1日)に掲載されました。

がんへの分子接着剤によるラジオセラノスティクスの概念図

がんへの分子接着剤によるラジオセラノスティクスの概念図

背景

さまざまな放射性核種を用いて、がんを早期に診断し、がんを検出したときには分子特性の近い放射性プローブを使って即時に治療する戦略(ラジオセラノスティクス)が盛んに検討されています。しかし、放射性核種ががん細胞以外に送達されたり、あるいは送達されてもすぐにがん細胞から排出されたりする場合には、正確ながんの診断を行うことができません。また、正常組織が放射線のダメージを受け、さまざまな副作用が引き起こされます。診断精度と治療効果を高め、さらに副作用を低減するために、ラジオセラノスティクスでは放射性核種を高精度かつ迅速にがん細胞に送達することが求められています。

これまでに田中教授らは、がん細胞においてアクロレイン(CH2=CHCHO)が特異的かつ大量に産生されていることを発見しました。さらに、アクロレインとアジド基(−N3)を含む蛍光分子との環化付加から始まるカスケード反応[用語2]により、がん細胞に目印となる蛍光分子を接着できることを報告しています※1、2

そこで本研究では、アジド基をがんへの極小サイズの分子接着剤として活用し、さまざまな放射性核種をがん細胞に結合させることにより、効率的ながんのイメージングと治療、すなわちラジオセラノスティクスの実現を目指しました。

※1

有機合成反応で乳がん手術を改革|理化学研究所(2018年11月28日プレスリリース)

※2

乳がん術中迅速診断多施設臨床研究を行う共同研究を開始|東工大ニュース(2022年1月17日プレスリリース)

研究手法と成果

共同研究グループは、極小サイズの分子接着剤として、細胞内でアクロレインと効率的に反応することが分かっている2,6-ジイソプロピルフェニルアジドを用いました※3。このアジド基を、放射性核種を含む錯体[用語3]として一般的に用いられるDOTA錯体やDTPA錯体に導入した放射性錯体を開発しました(図1A)。これらの放射性錯体はがん細胞に取り込まれると、がん細胞が産生するアクロレインと化学反応を起こし、ジアゾ基(=N2)を持つジアゾ化合物へと変化します。ジアゾ基が細胞内のタンパク質と速やかに反応し共有結合を形成することで、放射線が長い時間がんにとどまり、がん細胞の検出や殺傷に利用できると予想しました(図1B)。

図1 放射性核種を含む錯体の構造とがん細胞への放射性核種の接着機構 (A)DOTA(1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン-1,4,7,10-テトラ酢酸)錯体とDTPA(ジエチレントリアミン-N,N,N',N'',N''-五酢酸)錯体の構造。矢印の箇所に、がん細胞への分子接着剤として機能するアジド基を付加した。(B)がん細胞内で大量に生産されるアクロレイン(破線内)との化学反応により、錯体に付加したアジド基がジアゾ基に変化する。ジアゾ基とがん細胞内タンパク質が結合することで、放射性核種もがん細胞内に長くとどまる。

図1. 放射性核種を含む錯体の構造とがん細胞への放射性核種の接着機構

(A)DOTA(1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン-1,4,7,10-テトラ酢酸)錯体とDTPA(ジエチレントリアミン-N,N,N',N",N"-五酢酸)錯体の構造。矢印の箇所に、がん細胞への分子接着剤として機能するアジド基を付加した。
(B)がん細胞内で大量に生産されるアクロレイン(破線内)との化学反応により、錯体に付加したアジド基がジアゾ基に変化する。ジアゾ基とがん細胞内タンパク質が結合することで、放射性核種もがん細胞内に長くとどまる。

この放射性錯体が実際にがんの診断・治療に機能するかを検証するため、ヒト肺がん細胞(A549)を移植したゼノグラフトモデルマウス[用語4]を用いた実験を行いました。まず、SPECTイメージング[用語5a]に用いられる核種であるインジウム111(111In)を配位させた放射性錯体(アジド基を持たないもの、および2つまたは4つのアジド基を持つもの)を、ゼノグラフトモデルマウスの腫瘍内に投与しました(図2A)。投与の72時間後までイメージングを行った結果、アジド基を持たない放射性錯体は体全体に拡散したのに対して、アジド基の数が多くなるほどがんへの集積が増大することが分かりました。特にアジド基を4つ持つ放射性錯体では、投与の72時間後でも、約50%の放射性錯体ががん組織に残存していました。

これらのイメージングの結果を基に、アジド基を4つ持つ放射性錯体の111Inを、治療用核種であるイットリウム90(90Y)に変えて投与したところ、腫瘍の増大が顕著に抑制され、マウスが長く生存できました(図2B)。治療期間中はマウスの体重が維持され、炎症などの副作用も生じませんでした。

このように、マウス体内のがん細胞にアジド基を用いて放射性核種を貼り付け、精密にがんをイメージングし、治療する効率的なラジオセラノスティクスを実現しました。

図2 アジド基を接着剤としたがんの放射線イメージングと治療 (A)アジド基なし/アジド基2つ/アジド基4つの111In放射性錯体をそれぞれゼノグラフトモデルマウスのがん部位に注射し、放射線分布をSPECTイメージングで解析した。アジド基を増やすにつれて、がんへの滞留性が向上した。(B)アジド基を4つ持つ90Y放射性錯体をゼノグラフトモデルマウスに注射し、その抗腫瘍効果を調べた。90Yから放出されるβ-線にはがん殺傷効果がある。放射線の量を上げることにより、高い抗腫瘍効果が得られた。

図2. アジド基を接着剤としたがんの放射線イメージングと治療

(A)アジド基なし/アジド基2つ/アジド基4つの111In放射性錯体をそれぞれゼノグラフトモデルマウスのがん部位に注射し、放射線分布をSPECTイメージングで解析した。アジド基を増やすにつれて、がんへの滞留性が向上した。
(B)アジド基を4つ持つ90Y放射性錯体をゼノグラフトモデルマウスに注射し、その抗腫瘍効果を調べた。90Yから放出されるβ-線にはがん殺傷効果がある。放射線の量を上げることにより、高い抗腫瘍効果が得られた。

今後の期待

本研究では、アジド基をがん細胞への極小サイズの分子接着剤として利用し、細胞内での有機合成化学反応を基盤とした、前例のないラジオセラノスティクス手法を開発しました。今回、放射性核種の配位子として用いたDOTAやDTPAには、PETイメージング[用語5b]に使用される銅64(64Cu)やガリウム68(68Ga)、放射線治療に用いられる銅67(67Cu)、α線内用療法への活用が期待されているアクチニウム225(225Ac)も導入できるため、今後、幅広い核種を用いたラジオセラノスティクスへの展開が期待できます。

さらに、アクロレインはあらゆるがんで普遍的に発生しているバイオマーカーです。これまでがん細胞内での滞留性に問題のあったさまざまな診断薬や薬剤に対しても適応可能であり、がん診断・治療を変革する技術になると期待できます。

共同研究グループ

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

  • 田中克典教授(理研 主任研究員、発表者)
  • アンバラ・プラディプタ(Ambara Pradipta)助教(理研 客員研究員、発表者)
  • 大出雄大 博士後期課程2年(理研 研修生、発表者)

理化学研究所

  • 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室
    石渡明弘 専任研究員
  • 仁科加速器科学研究センター 核化学研究開発室
    羽場宏光 室長(発表者)
  • 生命機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム(研究当時)
    水間広 研究員(現 生命機能科学研究センター 分子標的科学研究チーム 客員研究員/量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所 脳機能イメージング研究部 主幹研究員)

国立がん研究センター

先端医療開発センター 医療機器開発グループ 機能診断開発分野
大貫和信 RI管理者(現 同医薬品開発グループ 免疫療法開発分野 特任研究員)

左からアンバラ・プラディプタ、大出雄大、田中克典

左からアンバラ・プラディプタ、大出雄大、田中克典

用語説明

[用語1] 放射性核種 : 物質を構成する原子核には、構造が不安定なために時間とともに放射線を放出しながら崩壊して別の核種になるものがある。このような原子核を持つ同位体を放射性同位体、あるいは放射性核種と呼ぶ。特定の細胞や臓器に集まる化合物に放射性核種を結合させ、生体内部から放出される放射線を捉えることによって腫瘍などを可視化(イメージング)したり、治療したりすることができる。例えば、PETイメージング( [用語5b] 参照)にはフッ素18(18F)、銅64(64Cu)、ガリウム68(68Ga)(β+を放出)、放射線治療には銅67(67Cu)(β-を放出)、あるいはアスタチン211(211At)やアクチニウム225(225Ac)(α線を放出)が使用される。

[用語2] カスケード反応 : 一つの反応によって別の部分に活性の高い官能基が生成し、さらにそれがドミノ倒しのように次へ次へと反応を起こしていく反応形式の総称。ドミノ反応、タンデム反応とも呼ばれる。本研究では、アクロレインとフェニルアジドが5員環を形成する環化付加反応からスタートする。

[用語3] 錯体 : 金属と非金属の原子が水素結合や配位結合によって形成する分子。

[用語4] ゼノグラフトモデルマウス : ヒト由来のがん細胞を免疫不全マウス(免疫に欠陥があるマウス)へ移植したモデル。

[用語5a] SPECTイメージング : SPECTイメージングは単光子放出断層画像法(Single Photon Emission Computed Tomography)、PETイメージングは陽電子放出断層画像法(Positron Emission Tomography)による画像診断。どちらも、特定の放射性核種を組み込んだ分子を体内に投与し、放射性核種が集積した臓器から出る放射線を測定することで、その分子の体内での分布・動態を見る方法。両者は用いられる放射性核種が異なる。

[用語5b] PETイメージング : 用語5a参照。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Communications
論文タイトル :
Metallic radionuclide-labeled tetrameric 2,6-diisopropylphenyl azides for cancer treatment
著者 :
Yudai Ode, Ambara R. Pradipta, Akihiro Ishiwata, Kazunobu Ohnuki, Hiroshi Mizuma, Hiromitsu Haba, and Katsunori Tanaka
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

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教授 田中克典

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Tel 050-3495-0247

東京工業大学と東京医科歯科大学が2023年度合同FDを実施 教育交流ワークショップ「東京科学大学の教育を語ろう:共に育む匠とフロントランナー」

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2024年10月1日の新大学発足にあたり、東京工業大学と東京医科歯科大学(以下、医科歯科大)は1月16日、両大学の教育について互いに理解を深め、より良い教育の実現に向けて協力をしていくための第一歩として、合同ファカルティ・デベロップメント(以下、FD)となる「教育交流ワークショップ(以下、ワークショップ)」を東工大蔵前会館で実施しました。このワークショップには東工大から24人、医科歯科大から25人の教員が参加しました。

2023年度合同FD 教育交流ワークショップ実施記念集合写真

2023年度合同FD 教育交流ワークショップ実施記念集合写真

当日はワークショップに先だち、医科歯科大からの参加者に向けた東工大キャンパスツアーも行いました。ツアーには医科歯科大から19人が参加し、東工大の益一哉学長と共に大岡山キャンパスの百年記念館(博物館)、附属図書館、Hisao & Hiroko Taki Plaza等を見学しました。参加者からは「東工大を理解するのにいい機会になった。“百聞は一見に如かず”を実感した」という声も聞かれました。

ワークショップは、東工大 教育革新センター(以下、CITL)の畠山久准教授による司会の下、益学長の開会あいさつで開始しました。益学長はあいさつの中で、会場の「東工大蔵前会館」の名称は、東工大の前身である東京職工学校が当時の浅草蔵前に開校したことに由来するなど、東工大の歴史を紹介しました。また医科歯科大の若林則幸理事・副学長(教育担当)が、田中雄二郎学長の開会に向けたメッセージを代読しました。

続いて、CITL副センター長の加藤由香里教授からワークショップの趣旨と進行方法についての説明がありました。グループワークは両大学の教員が5人1組となって、日頃実施している教育方法や指導内容を紹介し合い、両大学の学生の特性やカリキュラムの相違を理解する機会となりました。さらにメンバーを変えて同じテーマでグループワークを行い、より多くの教員が膝を交えて教育について語り合いました。

グループワークを行う参加者

グループワークを行う参加者

グループワークを行う参加者

次に、参加者それぞれが、「現行の授業をどう改善するか(短期目標)」と「新大学でどのような教育を行いたいか(長期目標)」について自分の考えをまとめ、グループ内で発表し合いました。その後、医科歯科大 統合教育機構の金子英司准教授と山口久美子准教授の司会で全体発表会が行われ、各グループ代表の10人のプレゼンターが、新大学での「短期目標」と「長期目標」を披露しました。

ワークショップのクロージングとして、医科歯科大 若林理事と東工大 井村順一理事・副学長(教育担当)らが、グループワークと全体発表会での参加者の取り組みに対しコメントをしました。また、医科歯科大の田中学長は、「新大学の教育では、専門に分化する前のネットワーキングが重要」と述べ、さらにハーバード・メディカル・スクールから学んだ良い教育のための3つの秘訣(1.学生中心の教育 2.教育技術を高めるFD 3.教育を“システム”として考えて質保証する)を紹介しました。

最後は、CITLセンター長である神田学副学長(教育運営担当)から閉会のあいさつがあり、参加者全員で記念撮影を行いました。ワークショップ閉会後には、西5号館のつばめテラスで懇親会が行われ、所属や専門分野といった垣根を超えた活発な交流が続きました。

つばめテラスでの懇親会

つばめテラスでの懇親会

プログラム終了後の参加者へのアンケートでは、「とても満足」と「やや満足」を合わせて100%で満足度が非常に高く、特にグループワークが有益だったことが分かりました。また、自由記述欄には、「両大学の先生方との良い交流の機会になりました」「東工大の講義の内容や方法などを知る機会となり、大変勉強になりました」「懇親会では医科歯科の先生方のお人柄をよく感じることができたので、ぜひ、継続を願います」などの意見が寄せられました。

お問い合わせ先

教育革新センター

Email citl@jim.titech.ac.jp

可視-近赤外光に反応する高量子収率の新規光触媒を開発 太陽エネルギーの効率的利用で脱炭素社会の実現に貢献

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要点

  • 励起波長2,200 nmで世界最高の量子収率(AQY)を持つAu@Cu7S4新型光触媒を開発。
  • Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造により、可視光および近赤外光励起の両方で長寿命の電荷分離状態を維持可能。
  • 太陽エネルギーの効率的利用を可能にする技術として、脱炭素社会の実現に貢献。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所のTso-Fu Mark Chang(チャン・ツォーフー・マーク)准教授と陳君怡特任講師、そして台湾国立陽明交通大学工学院材料系の徐雍鎣教授(兼 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 特任教授)を中心とする国際連携の研究チームは、Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造[用語1]を持つ二重プラズモニック[用語2]光触媒を新たに開発し、可視光および近赤外線照射下で顕著な水素生産を達成した。

半導体光触媒を用いたソーラー水素生産は持続可能なエネルギー開発の中核的コンセプトとして注目されている。なかでも太陽光のエネルギー分布の50%超を占める近赤外線は未利用のエネルギー源として重要であり、近赤外光照射に反応できる光触媒の開発が求められてきた。

本研究で開発したAu@Cu7S4は可視光および近赤外線励起下で長寿命の電荷分離状態を維持した。さらにヨーク-シェルナノ構造の利点を生かし、Au@Cu7S4は励起波長500 nmで9.4%、2,200 nmで7.3%という記録的な量子収率(AQY)[用語3]を達成し、共触媒を必要としない水素生産において優れた性能を発揮した。

今回の研究成果では、自己ドープされた非化学量論[用語4]半導体ナノクリスタルの局所表面プラズモン共鳴(LSPR)[用語5]特性を利用して、広範なスペクトル駆動可能な光触媒反応の実現可能性が示された。この可視光および近赤外線応答型の持続可能Au@Cu7S4光触媒システムの開発により、太陽エネルギーのより効率的な活用や、水素などの再生可能なエネルギー源の生成が期待される。これにより、持続可能なエネルギーの生産が促進され、環境への負荷が軽減される可能性がある。また、この研究は光触媒応用の新たな可能性を示唆し、将来的にはさらなるエネルギー革命や環境保護にも貢献できる。

本研究成果は、1月9日付の「Nature Communications」に掲載された。

背景

ソーラー水素燃料は世界のエネルギー需要を満たす潜在能力を持つことから、過去半世紀にわたり大きな関心を呼んでいる。太陽エネルギーと半導体光触媒を用いて水素を生産することは、持続可能なエネルギー開発の中核的なコンセプトとなっている。この太陽光から水素への変換効率の上限は、光触媒の光吸収能力によって規定される。光吸収範囲を拡張して光子収穫能力を向上させることは、光触媒活性の最大化にとって不可欠である。

太陽光のエネルギー分布は、紫外線(λ < 400 nm)で約6.8%、可視光(λ = 400~700 nm)で約38.9%、近赤外線(λ = 700~3,000 nm)で約54.3%であることから、1,000 nmよりも長い波長の近赤外光照射から生じる光子は、膨大な未利用エネルギー源だと言える。これまでに開発された光触媒のほとんどは、紫外線と可視光の範囲でしか太陽スペクトルを収穫できない。したがって現在利用可能な光触媒には、近赤外光照射に反応できるものはほとんどない。そのため、広範囲駆動型水素生産を実現するためには、近赤外光に応答する光触媒の創成が必要とされている。

従来の近赤外光に応答する光触媒は、鉛や水銀カルコゲナイドなどの特定のナローバンドギャップ半導体に限定されている。しかしこうした半導体も、高い毒性、劣化しやすさ、およびバンドギャップの狭まりによる酸化還元力の低下といった問題があり、ソーラー水素生産における実用化のさまたげとなっている。一方で自己ドープ半導体は、ナローバンドギャップ半導体と比較すると調整しやすいプラズモニック特性を持っており、ソーラー水素生産向けの有望な材料として利用することができる。この自己ドープ半導体の特徴には、局所表面プラズモン共鳴応答(LSPR)の動的制御が可能であり、LSPR波長の拡張度が大きいという点がある。

研究成果

Cu2-xSで実現可能なLSPR波長は700 nmから2,000 nmを超える範囲にわたっており、NIRスペクトルのほぼ全体をカバーすることができる。Cu2-xSは、その中間バンドギャップとともに、可視光および近赤外光照射に対して反応し、全太陽放射の90%以上を利用することができる。この研究では、Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造を合成し、可視から近赤外スペクトル領域で顕著な水素製造のための光触媒として利用した。Auヨークナノ構造とCu7S4シェルナノ構造はどちらも局所表面プラズモン共鳴を示し、可視から近赤外領域までの光子を収穫できる。

水素製造の場合には、ヨークとシェルの空隙サイズが水素生成速度に影響する重要なパラメータと考えられる。本研究では、3パターンのAu@Cu7S4ヨーク-シェル型ナノ構造体の作製と評価に成功した。1-Au@Cu7S4、3-Au@Cu7S4、5-Au@Cu7S4の空隙サイズはそれぞれ65.7 ± 5.6 nm、40.0 ± 4.6 nm、26.5 ± 3.0 nmであった(図1a-c)。

図1. Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造の特徴。(a)1-Au@Cu7S4、(b)3-Au@Cu7S4、(c)5-Au@Cu7S4、(d)純粋なCu7S4、(e)純粋なAu、(f)Au+Cu7S4のTEM画像。(g)5-Au@Cu7S4のHRTEM画像。(h)TEM画像と対応する(i)SAEDパターン。(j)TEM-EDSマッピングプロファイル。
図1.
Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造の特徴。(a)1-Au@Cu7S4、(b)3-Au@Cu7S4、(c)5-Au@Cu7S4、(d)純粋なCu7S4、(e)純粋なAu、(f)Au+Cu7S4のTEM画像。(g)5-Au@Cu7S4のHRTEM画像。(h)TEM画像と対応する(i)SAEDパターン。(j)TEM-EDSマッピングプロファイル。

ヨーク-シェルナノ構造は光触媒反応に適した多くの魅力的な物質特性を持っている。卵黄(ヨーク)粒子は殻(シェル)に封入されており、反応過程中の凝集や剝離を防ぎ、優れた長期安定性を有している。この中空の殻には内部と外部の両方の表面があるため、豊富な活性部位をもたらす。透過性のある殻は反応物質の拡散を可能にし、殻内の空間は反応物と生成物の相互作用を促進する頑丈なナノリアクターとして機能することができる。一方、移動可能な卵黄粒子は反応溶液をかき混ぜて均質な環境を作り出し、反応速度を増加させる物質輸送のための分子運動を加速する。

この研究では、in-situ X線吸収分光法(XAS)および超高速瞬時吸収分光法(TAS)の解析結果により、ベクトル式電荷移動メカニズムの提案とその検証を行った。ヨーク-シェルナノ構造の有利な特徴との組み合わせにより、5-Au@Cu7S4は追加の共触媒を必要としない条件で、励起波長500 nmで9.4%、2,200 nmで7.3%という最高量子収率(AQY)示した(図2)。

図2. (a)ソーラー水素生産の活性。6つの関連サンプルでの水素生産活性の比較。(b)純粋なCu7S4と5-Au@Cu7S4で測定された異なる入射波長での量子収率AQY値。(c)追加の可視光照射有無での純粋なCu7S4と5-Au@Cu7S4での水素生産活性。(d)5-Au@Cu7S4を30時間連続してソーラー水素製造に使用した場合の水素生産活性。
図2.
(a)ソーラー水素生産の活性。6つの関連サンプルでの水素生産活性の比較。(b)純粋なCu7S4と5-Au@Cu7S4で測定された異なる入射波長での量子収率AQY値。(c)追加の可視光照射有無での純粋なCu7S4と5-Au@Cu7S4での水素生産活性。(d)5-Au@Cu7S4を30時間連続してソーラー水素製造に使用した場合の水素生産活性。

さらにこの研究では、Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造を二重プラズモニック光触媒に応用し、顕著なソーラー水素製造に利用できることを示した。Au@Cu7S4の優越性は、可視光および近赤外光励起の両方に長寿命の電荷分離状態が広く存在し、かつヨーク-シェルナノ構造の有利な特徴が見られることにある。この研究では、太陽スペクトル全体およびそれ以上の光子を収穫できる効率的な二重プラズモニック光触媒パラダイムを実現している。

社会的インパクト

二重プラズモニックヘテロ構造を光触媒アプリケーションで光触媒として使用することは、まだ初期段階にある。今回の研究結果は、未利用の近赤外エネルギーから太陽燃料を生成する特別なタイプのプラズモニック光触媒プラットフォームを提供するだけでなく、特異な非化学量論的半導体ナノクリスタルとその光触媒での有用性の基本的な理解を進めている。特に、Au@Cu7S4の顕著な近赤外光活性の発見は、現在利用可能な光触媒の近赤外スペクトルの利用を補完できるため、さらなる技術発展へのインスピレーションを与える。そのため、二重プラズモニック光触媒は、持続可能な社会の実現に貢献する重要な技術として期待される。

今後の展開

光触媒として機能するAu@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造は、水素製造、環境浄化、二酸化炭素還元などへの応用が期待できる。今後は、さらなる研究と開発によって効率的な触媒システムとしての実用化が期待されている。これにより、環境への負荷を減らし、エネルギーの効率的な利用を可能にすることによって、脱炭素社会の実現に貢献できる。

付記

本研究はJSPS科研費JP21K04827およびJP23K04369の助成を受けたものである。また、東京工業大学のWorld Research Hub Programおよび東京工業大学の生体医歯工学共同研究拠点により支援されている。

用語説明

[用語1] ヨーク-シェルナノ構造 : ナノサイズの核と殻からなる構造体。核と殻の間には空隙があることが、コア-シェル型構造との大きな違いである。

[用語2] 二重プラズモニック : 2つの異なるプラズモニックコンポーネントが相互作用するシステムや材料を指す。

[用語3] 量子収率(AQY) : 光化学反応や光触媒反応などのプロセスにおいて、与えられた波長の光を吸収して化学反応に変換する効率を示す指標。光エネルギーをどれだけ効率よく化学的なエネルギーに変換するかを表す。

[用語4] 非化学量論 : 化学式を単純な自然数の比率で表すことのできない化合物 。すなわち定比例の法則に従わない化合物。

[用語5] 局所表面プラズモン共鳴(LSPR) : ナノスケールの金属粒子や薄膜などの表面において、光が金属中の自由電子を励起する現象。この現象により、金属表面近くで電磁波の電場が局所的に増幅され、特定の波長の光を吸収または散乱することが可能となる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Dual-plasmonic Au@Cu7S4 yolk@shell nanocrystals for photocatalytic hydrogen production across visible to near infrared spectral region
著者 :
Chun-Wen Tsao, Sudhakar Narra, Jui-Cheng Kao, Yu-Chang Lin, Chun-Yi Chen, Yu-Cheng Chin, Ze-Jiung Huang, Wei-Hong Huang, Chih-Chia Huang, Chih-Wei Luo, Jyh-Pin Chou, Shigenobu Ogata, Masato Sone, Michael H. Huang, Tso-Fu Mark Chang*, Yu-Chieh Lo*, Yan-Gu Lin*, Eric Wei-Guang Diau, Yung-Jung Hsu*
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 Tso-Fu Mark Chang

Email chang.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924 -5044

特任講師 陳君怡

Email chen.c.ac@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5631 / Fax 045-924-5044

台湾国立陽明交通大学 工学院 材料系 教授
兼 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 特任教授

Yung-Jung Hsu(徐雍鎣)

Email yhsu@cc.nctu.edu.tw
Tel 045-924-5631 / Fax 045-924-5044

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


2023年度「大隅良典基礎研究賞」を3人が受賞

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東京工業大学は、40歳未満の若手研究者に対し基礎研究資金を支援する「大隅良典基礎研究賞」の2023年度受賞者を決定し、1月24日にすずかけ台キャンパスで授賞式を行いました。

受賞者との記念撮影(前列左から雨澤勇太助教、大隅良典栄誉栄誉教授、益一哉学長、田中圭助教、澤田茉伊准教授)

受賞者との記念撮影(前列左から雨澤勇太助教、大隅良典栄誉栄誉教授、益一哉学長、田中圭助教、澤田茉伊准教授)

本賞は、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典栄誉教授からの寄附をもとに東工大が設立した「大隅良典記念基金」を原資に、2018年度に「大隅良典基礎研究支援」として立ち上げられ、2023年度から名称を「大隅良典基礎研究賞」に変更しました。本支援は長期的な視点が必要な基礎研究分野における若手研究者支援を目的として研究費の支援を行います。前身の「大隅良典基礎研究支援」から数えて第6回目となる今回は20人の応募があり、3人が採択されました。

授賞式では益一哉学長から本学の基礎研究賞の取り組みについて説明があった後、大隅栄誉教授から祝辞が贈られました。また、受賞者と益学長、渡辺治理事・副学長(研究担当)などの審査員に大隅栄誉教授を交えた懇談が行なわれ、受賞者が現在取り組んでいる研究テーマ等について活発な意見交換が行われました。

受賞者との懇談

受賞者との懇談

2023年度「大隅良典基礎研究賞」受賞者

研究課題:後続波形状の系統分類と地震波動伝播解析に基づく地殻流体分布の時空間変化の実態解明

地球には表層だけでなく、その内部にも水やガスといった流体が存在します。特に、地殻における地殻流体は、地震活動に大きく影響しています。ゆえに、地殻流体の動きを数km・数時間という高分解能で捉えることが重要ですが、従来法では困難でした。そこで本研究では、震源から放射された地震波が地殻流体により反射・散乱され生じる「後続波」の波形形状変化に着目します。後続波はその発生源に対し特に感度を持つため「地殻流体の動き」を捉える上で有益です。今回ターゲットにするのは、秋田県森吉山地域で観測される後続波です。この地域で観測される後続波に関して、波形形状が数種類に時間変化することが報告されており、その主要因として後続波の発生源における地殻流体の動きが指摘されていました。本研究では、後続波形状の分類と、それらに対応する後続波の発生源の形状を地震波動伝播シミュレーションで探索することで、地殻流体の動きを捉えます。

研究課題:宇宙で一番重い星の作り方

夜空を彩る星々の中には、太陽の100倍以上の質量を持つ「超大質量星」も存在します。これら超大質量星が放つ強烈な紫外線は、周囲のガスを吹き飛ばしてしまうため、それほど大きなガス質量がどのようにして獲得されたかは長らく謎でした。ところが近年、「円盤降着」が重要な鍵となることがわかってきたのです。この過程では、高密度のガス円盤により紫外線は円盤上下方向へとそらされつつ、大量のガスが中心星に供給されることが期待されています。本研究では、磁場、輻射、ダスト微粒子などの物理過程を考慮した数値シミュレーションを通じて、円盤降着と紫外線フィードバックのダイナミクスを解析します。さらに最高性能電波望遠鏡アルマを使用した国際観測プロジェクトと連携することで、「円盤降着による超大質量星誕生」の検証を目指します。

研究課題:内部応力実測に基づく土の乾湿繰返し劣化機構の解明-土構造物の未来の維持管理を目指して-

気候変動の影響はさまざまな場所に及んでいますが、地盤も例外ではありません。特に表層は激しい乾燥と湿潤の繰り返しを受けるため、亀裂の発生と災害への寄与が顕著になることが予想されます。開口した亀裂では雨水が浸透しやすくなり、土の強度が低下します。本研究は、亀裂の発生過程とそれに伴う土構造物の劣化初期段階のモデル化と予測法の構築を目的とします。新しい試験法を使って、これまで測ることができなかった亀裂発生時の土の内部応力を明らかにします。亀裂の駆動力である応力を介して、目視では観察できない微細・内部の亀裂の発生を正確に捉えることができます。また測定値と比較検証することで、応力の予測値が信頼できるモデルの構築が可能になります。新たなリスクである亀裂を適切に考慮した安定性評価の実現を目指し、応力の実測に基づいて亀裂の挙動を明らかにします。環境・社会の変化に合わせ、土構造物の維持管理技術のアップデートに貢献します。

大隅良典記念基金

2016年、「オートファジーの仕組みの解明」によりノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典栄誉教授からの寄附を基に設立した基金です。将来の日本を支える優秀な人材育成のため、経済的支援を必要とする学生が本学で学ぶための修学支援(奨学金)、並びに長期的な視点が必要な基礎研究分野における若手研究者支援の推進など、研究分野の裾野を拡大することを目的としています。
「基礎研究支援」は、若い人がチャレンジングな課題に取り組める環境整備や次世代を担う研究者の育成支援を、大隅栄誉教授が要望したことに基づき発足した賞で、2023年度から「大隅良典基礎研究賞」と名称を変えてさらに幅広い支援を行っています。
東工大は大隅良典記念基金をさらに充実させるため、寄附を受け付けています。

関連リンク

ノーベル生理学・医学賞2016 大隅良典栄誉教授

大隅良典栄誉教授が「オートファジーの仕組みの解明」により、2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。受賞決定後の動き、研究概要をまとめた特設ページをオープンしました。

ノーベル生理学・医学賞2016 大隅良典栄誉教授

大隅良典記念基金

「大隅良典記念基金」は、大隅栄誉教授がノーベル賞を受賞したことを機に、将来の日本を支える優秀な人材の育成などを目的として設立されました。学生の修学支援や若手研究者の研究支援などに活用します。

大隅良典記念基金|東工大への寄附

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2016年4月に発足した理学院について紹介します。

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Tel 03-5734-3805

第10回イブニングセミナー「デジタル天体観測会 大岡山から星を見よう」を開催

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12月18日、東京工業大学 学生支援センター 未来人材育成部門 学修コンシェルジュ窓口は、同部門に所属する学生スタッフの学修コンシェルジュJr.(ジュニア)が企画する、第10回イブニングセミナー「デジタル天体観測会 大岡山から星を見よう」をTaki Plaza屋外の広場で開催しました。

太陽系の惑星を観測-天体の位置を示して肉眼で確認

太陽系の惑星を観測-天体の位置を示して肉眼で確認

イブニングセミナーには留学生3人を含む、学士課程1年から博士後期課程までの幅広い年代の東工大生10人が参加し、レンズで光を集めて天体を見る屈折望遠鏡や、パソコン画面に天体を映し出す電視観望という方法で星雲や星団の観測をしました。

大岡山キャンパスでは都会の光害の影響が強く、星雲など光の弱い天体を肉眼で見ることはできません。そこで、光害の影響を弱める特殊なフィルターと天体用カメラを組み合わせ、リアルタイムで画像処理をする電視観望で肉眼では見えにくい天体を画像として映し出し、モニター上で観測ができるようにしました。この方法では、時間の経過にともない画像のノイズが減って天体の姿が鮮明になっていく様子も同時に観察できます。

観測している天体をスライドで解説
観測している天体をスライドで解説

参加者は、カメラが捉えたアンドロメダ銀河、プレデアス星団(和名:すばる)、オリオン大星雲の様子をスクリーン上でリアルタイムに観測し、学修コンシェルジュJr.が用意したスライドを見ながら、天体の解説に耳を傾けました。また、望遠鏡や双眼鏡を使って肉眼でも天体を観測し、特に屈折望遠鏡を通して木星や土星の環が見えると歓声が上がりました。

電視観望で捉えた観測会当日のアンドロメダ銀河
電視観望で捉えた観測会当日のアンドロメダ銀河

デジタル天体観測会は、学修コンシェルジュJr.である工学院 電気電子系の池田大輝さん(学士課程2年)と工学院 機械系の礒本太陽さん(学士課程2年)が企画し、工学院 電気電子系の小久保伊織さん(修士課程1年)と工学院 機械系の林和暉さん(修士課程1年)の監督により実現しました。4人は天文研究部の活動で得た経験を生かし、今後も季節によって異なるさまざまな天体を紹介し、天体観測の魅力を体験してもらえるイベントを企画したいと話しています。なお、本企画は天文研究部OBの環境・社会理工学院 融合理工学系の福永翔一朗さん(学士課程4年)の協力と天文研究部より望遠鏡などの一部機材の貸与提供を得て開催されました。

関連リンク

お問い合わせ先

学生支援センター 未来人材育成部門
学修コンシェルジュ窓口

Email concierge.info@jim.titech.ac.jp

生命現象中の細胞膜の脂質秩序を連続観察できる蛍光色素の開発 細胞接着やがん、線維症など病態の解明に光

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要点

  • 細胞脂質の成分組成を長時間観察できる高光安定性かつ低毒性の蛍光色素を開発
  • 細胞分裂における膜組成の変化の一部始終の連続観察(1時間)に成功
  • 膜タンパク質と細胞膜が関与する生命現象や病態形成のメカニズム解明に道

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の田中拓哉大学院生と小西玄一准教授、九州大学 大学院理学研究院 生物科学部門 松本惇志博士と池ノ内順一教授らの研究チームは、高光安定性かつ低毒性のソルバトクロミック蛍光色素[用語1]を開発し、約1時間の細胞分裂において、細胞膜中の脂質の組成や流動性を連続撮影することに成功した。

生きた細胞の生体膜中の脂質層の組成や秩序とその時間変化の解析は、細胞接着やシグナル伝達などの生命現象や、がんなどの病態形成の解明の鍵を握っている。しかし、従来用いられてきた蛍光色素には高い毒性や低い光安定性といった問題があり、生きた細胞膜の脂質組成などの長時間観察はこれまで実現されていなかった。

本研究チームは、蛍光の極性応答に必要な電子受容性官能基[用語2]として、脂質に含まれるエステル結合を用いてソルバトクロミック蛍光色素を開発した。細胞死を誘導せず、強いレーザー光を照射しても安定なこの新しい色素を用いることで、生命イベントの連続的な可視化に成功した。この色素は一般的な蛍光顕微鏡だけでなく、数ナノのサイズを判別する超解像顕微鏡にも用いることができ、多様な膜機能の解明、細胞外/細胞内刺激に応答した膜タンパク質の活性化などのメカニズム解明につながると期待される。

本研究成果は、総合科学雑誌「Advanced Science」(インパクトファクター: 15.1)に3月12日(現地時間)に公開された。

図1 ソルバトクロミックプローブの分子構造と細胞分裂の経時変化

図1. ソルバトクロミックプローブの分子構造と細胞分裂の経時変化

背景

生きた細胞内で起こるイベントの可視化とその基礎的なメカニズム解明は、疾患の理解と治療方法の確立に貢献するものとして、以前から研究が行われている。そうしたイベントの長時間に渡る連続観察は、下村脩博士によってオワンクラゲから単離された蛍光タンパク質(FP)とその発展型のFPが細胞の様々な部位に適用されたことで、大きな進歩を遂げた(2008年ノーベル化学賞)。しかし、生体膜における脂質組成の変化が引き起こす膜の秩序と流動性の観察は、脂質と比べて巨大な分子であるFPを用いた解析では困難なため、これまで実現していなかった。

生体膜は、細胞の形態形成、運動性、物質交換、シグナル伝達などのプロセスを制御することで、細胞機能において重要な役割を果たしている。また上皮細胞におけるがんや線維症などの病態形成にも関係している。生体膜の基本構造である脂質二重膜は、数千種類もの異なる脂質分子から構成されるが、個々の脂質分子種の機能はほとんど明らかになっておらず、生命科学のフロンティアの一つである。生きた細胞膜の組成解析にはこれまで、膜中の脂質組成に応じて発光色を変化させる、化学合成されたソルバトクロミック蛍光色素が用いられてきた。現在、その標準色素としては、プロダン(1979年)と当研究室が開発したピレン色素PK(2013年 [参考文献])が知られている。しかしそうした有機蛍光色素は、蛍光の明るさが不足することや、毒性があるために長時間の観察が細胞死を誘導することなど、それぞれ欠点があり、生きた細胞活動の全容を長時間に渡って追跡することが困難であった。

研究成果

研究グループは、発光特性、光安定性、低毒性のすべての性質を最適化した実用的なソルバトクロミック膜プローブを開発するために、ソルバトクロミック色素の電子受容基として、生体適合性が高いと予想されるカルボン酸エステルを採用し、様々なπ電子系骨格[用語3]との組み合わせを検討した。系統的な色素の合成と細胞の染色実験による探索の結果、π共役拡張フルオレン色素FπCMが発光特性、光安定性、低毒性においてバランスの取れた分子設計であることが分かった(図2)。FπCMの蛍光輝度[用語4]は、標準色素であるプロダンの370の約100倍であり、顕微鏡観察に理想的な色素である。また、蛍光強度の経時変化を調べたところ、光安定性と生体への適合性が高いことが確認できた(図3a)。

図2 プロダン、PK、FπCM(本色素)の分子構造と生体膜のモデル図

図2. プロダン、PK、FπCM(本色素)の分子構造と生体膜のモデル図

図3. (a)生細胞中の色素の蛍光強度の経時変化。60分後の蛍光強度はそれぞれ初期強度の60%(FπCM)と<10%(PK)になった。(b)ソルバトクロミック色素(FπCM or PK)と蛍光タンパク質(mCherry)の同時観察による細胞膜形態変化の比較。 赤枠で示した部分が細胞死で観察される形態変化を表す。
図3.
(a)生細胞中の色素の蛍光強度の経時変化。60分後の蛍光強度はそれぞれ初期強度の60%(FπCM)と<10%(PK)になった。(b)ソルバトクロミック色素(FπCM or PK)と蛍光タンパク質(mCherry)の同時観察による細胞膜形態変化の比較。 赤枠で示した部分が細胞死で観察される形態変化を表す。

このFπCMを用いて、生命現象の一つである細胞分裂を観察したところ、従来色素のPKでは見られなかった細胞分裂の一部始終の観察に成功した(図4)。またFπCMとPKを用いて細胞膜の形態変化を観察したところ、PK観察時には細胞死(アポトーシス)[用語5]の進行に伴う変化が観察されたが、FπCMではそうした変化は見られず、明らかに細胞毒性が低いことが分かった。(図3b) さらにFπCMは、比較的強力なレーザー光を用いても壊れないため、強いレーザー光が必要な超解像顕微鏡での観察も可能であることが確認できた。

図4 FπCMとPKを用いた細胞分裂の共焦点顕微鏡(用語6)観察

図4. FπCMとPKを用いた細胞分裂の共焦点顕微鏡[用語6]観察

動画:細胞分裂の様子

社会的インパクト

本研究は、1979年に蛍光ソルバトクロミック蛍光を示す膜プローブが開発されて以来、約50年間残されていた光安定性と毒性の問題を解決した。観察のためのメソッドが新たに確立されたことで、細胞接着のメカニズムの解明といった細胞レベルでの基礎研究の発展や、がんや線維症などの疾患の原因追及や治療方法の確立への貢献が期待される。また、市販されている従来色素より低コストで合成可能であることから、研究者が手に取りやすく、新たなスタンダード色素としての普及が見込まれる。

今後の展開

研究グループでは、今回開発した色素を、生命イベントに伴う形態変化や脂質組成の解析や、超解像光学顕微鏡を用いた極微少領域の観察に応用するための研究を進めている。そこからさらに、細胞膜の脂質組成とタンパク質機能との未解明な相関関係を明らかにし、生命イベントのメカニズムを紐解いていくことを目指している。本研究で利用したカルボン酸エステルを含む有機蛍光色素は、細胞イメージング以外でも発光色素として優れた性質を示すことから、高分子材料や有機-無機発光材料分野への応用も検討中である。

付記

質量分析の測定は、オープンファシリティセンター分析部門すずかけ台の小泉公人氏に依頼した。研究室から独立した機関で測定することにより、データの客観性を保証することを目的としている。

本成果は、文部科学省科学研究費助成事業(22KJ2374, 21K19231, 23K18141, 23H05145, 17H05145)、科学技術振興機構・創発的研究支援事業(JPMJFR204L)、さきがけ(JPMJPR1096)、九州大学R4年度理学研究院若手支援プロジェクト(22-S1)、JST 科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業JPMJFS2112および長瀬科学技術振興財団の支援によるものである。

参考文献

Y. Niko, S. Kawauchi, G. Konishi, Chem. Eur. J. 2013, 19, 9760.

用語説明

[用語1] ソルバトクロミック蛍光色素 : 周囲の極性環境によって蛍光波長が変化する色素。機能性蛍光色素として、バイオイメージングだけでなく、化学センサーとして広く用いられている。

[用語2] 電子受容性官能基 : 電子を吸引し、電子密度を小さくする効果を持つ置換基の称号。逆に電子を供与する置換基を電子供与性官能基と呼ぶ。

[用語3] π電子系骨格 : 二重結合などのπ結合によって形成される骨格のこと。多環芳香族炭化水素のピレン、ナフタレン、アントラセン、フルオレン、フェナントレンなどが代表例である。

[用語4] 蛍光輝度 : 物質が放出する光の強さを表す。一般に蛍光輝度は、吸光係数と蛍光量子収率の積で定義される。

[用語5] 細胞死(アポトーシス) : 構造的な損傷による細胞死ではなく、細胞間シグナルやストレスなどの外部環境に応答した自発的な細胞死を意味する。

[用語6] 共焦点顕微鏡 : 高い空間分解能を持ち、生物や材料の三次元構造を観察するのに適している。サブミクロンレベルの限られた厚みの情報を取得することで、細胞の内部構造を生きたまま観察することができる。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Science
論文タイトル :
Fluorescent solvatochromic probes for long-term imaging of lipid order in living cells(和訳:生きた細胞内の脂質秩序を長期間イメージングする蛍光ソルバトクロミックプローブ)
著者 :
Takuya Tanaka1, Atsushi Matsumoto2, Eiji Tsurumaki3, Andrey S. Klymchenko4, Junichi Ikenouchi2,*, Gen-ichi Konishi1,*,(田中拓哉1, 松本惇志2, 鶴巻英治3, アンドレイ・クリムチェンコ4, 池ノ内順一2,*, 小西玄一1,*)
所属 :
1. 東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
2. 九州大学 大学院理学研究院 物質化学生命系
3. 東京工業大学 理学院 化学系
4. ストラスブール大学
DOI :
10.1002/advs.202309721(オープンアクセス記事。無料で閲覧可能。関連リンクに論文の日本語訳を載せました。)

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光アップコンバージョンには中間体の回転が重要だった! 高効率な光エネルギー変換デバイスの実現へ

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要点

  • 持続可能社会の実現に向け、これまで利用されてこなかったエネルギー源を有効活用することが重要。光アップコンバージョンと呼ばれる長波長光を短波長光に変換する現象を活用し、超高効率光エネルギー変換システムの実現が期待される。
  • 光アップコンバージョンの光エネルギー変換効率は改良されてきているが、この反応のメカニズムが十分に理解されておらず、材料開発のボトルネックとなっていた。
  • 今回、有機薄膜固体内部において生成する三重項励起子の電子スピン状態を観測した。この中間体が回転しながら拡散することにより極めて高い割合で電子スピン状態の変換を起こし、高効率な短波長変換を実現していることが明らかとなった。

概要

東京工業大学科学技術創成研究院の伊澤誠一郎准教授、神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの岡本翔助手と小堀康博教授、自然科学研究機構分子科学研究所の平本昌弘名誉教授らの研究グループは、近赤外光を高効率に可視光へ変換可能な有機薄膜固体内部における電子スピン[用語1]のミクロな運動を調べ、中間体として生成する三重項励起子[用語2]が固体内部の回転拡散運動でスピン状態を変化させて短波長の光を高効率に生じる様子を捉えることに世界で初めて成功しました。今後、高効率光エネルギー変換デバイス開発が進展し、世界的なエネルギー問題解決に貢献するとともに、人体に害のない近赤外光を光アップコンバージョンさせ利用する光線力学的ながん治療や診断など幅広い分野への展開が期待されます。この研究成果は、2024年3月14日午前9時(日本時間)に、米国科学雑誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」に掲載されました。

背景

持続可能社会の実現に向けて、これまで利用されてこなかったエネルギー資源を有効活用していく取り組みは非常に重要です。例えば太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換する太陽電池の利用はそうした取り組みの一環ですが、赤外線など波長が長い光のエネルギーは低く、太陽光発電には利用困難です。

そこで、光アップコンバージョンと呼ばれる長波長光を短波長光に変換できる現象を活用し、あらゆる波長の光を太陽光発電に利用するという取り組みがあります。光アップコンバージョンの素過程である三重項-三重項消滅(TTA: Triplet-triplet annihilation)と呼ばれる化学反応を利用することで、太陽光などの弱い光であっても波長変換を起こすことが可能となり、太陽電池や有機発光素子をはじめとする光エネルギー変換デバイスの高性能化に大きく貢献することが期待されます。これまで世界中の研究者が、様々なアイデアを駆使して材料開発に取り組み、このエネルギー変換効率が徐々に改善されてきました。

しかし、TTAによる光アップコンバージョン(TTA-UC)のメカニズムについては十分に理解されておらず、材料開発のボトルネックとなっていました。TTAは、2個の三重項励起子が1個の一重項励起子に変換される化学反応であり、励起子のスピン多重度が変化します。短波長光源になる一重項励起子の高効率生成条件を明らかにするには、スピン多重度変換の仕組みを理解することが必要ですが、電子スピンの動的効果に着目する研究はほとんど進んでおらず、特にTTA反応中の電子スピン状態の時間発展を直接観測した例はありませんでした。

研究成果

本研究では、ITIC-Clと呼ばれる近赤外光を吸収する非フラーレン型アクセプタ分子の薄膜と、ルブレンと呼ばれるTTAを起こすドナー分子の非晶性薄膜で構成される二層平面型の固体TTA-UC材料(図1)[参考文献1]を測定対象にしました。720 nmパルスレーザー光を照射しながら、材料内部に生成した反応中間体の磁気的性質をマイクロ波により検出する時間分解電子スピン共鳴法[用語3]を用いて、光アップコンバージョンの素過程で生成する励起子の電子スピン状態を観測しました。

図1. 本研究で使用した測定試料の断面模式図。ガラス基板上にITIC-Clをスピンコート法により塗布し、さらにその上からルブレンの非晶性薄膜を蒸着することで測定試料を作成した。測定試料に近赤外光を照射すると、非晶性ルブレン層に三重項励起子が生成し、光アップコンバージョンが起こり可視光を放出する。
図1.
本研究で使用した測定試料の断面模式図。ガラス基板上にITIC-Clをスピンコート法により塗布し、さらにその上からルブレンの非晶性薄膜を蒸着することで測定試料を作成した。測定試料に近赤外光を照射すると、非晶性ルブレン層に三重項励起子が生成し、光アップコンバージョンが起こり可視光を放出する。

その結果、ルブレン中に生成した三重項励起子によるマイクロ波の吸収(A)および放出(E)の信号を1,000万分の1秒の精度で検出することに成功しました(図2)。この中間体は、近接するルブレン分子間をおよそ10億分の1秒間隔で移動しており、2つの三重項励起子同士が最接近した際にTTA反応を起こし一重項励起子を生成することが分かりました。この三重項励起子は、あたかも溶液中をグルグルと回転するように分子配向をランダムに変えながら拡散運動し、三重項励起子同士の距離や配向が時々刻々と変化することによって(図3)、特異なマイクロ波の放出信号を与えることが示されました。

図2. 非晶性ルブレン薄膜とITIC-Cl薄膜で構成される二層平面型試料への720 nmパルスレーザー光照射によって観測された時間分解電子スピン共鳴スペクトル。図中右側にルブレンの分子構造を示した。三重項励起子の運動性を考慮したスペクトルシミュレーション(赤線)により、観測された特異なマイクロ波放出スペクトルを再現した。
図2.
非晶性ルブレン薄膜とITIC-Cl薄膜で構成される二層平面型試料への720 nmパルスレーザー光照射によって観測された時間分解電子スピン共鳴スペクトル。図中右側にルブレンの分子構造を示した。三重項励起子の運動性を考慮したスペクトルシミュレーション(赤線)により、観測された特異なマイクロ波放出スペクトルを再現した。
図3. 非晶性ルブレン固体薄膜内部における三重項励起子対(TT)の配向運動に伴い進行する光アップコンバージョンのスキーム。ルブレン層に生成した2つの三重項励起子は、薄膜内部を拡散運動することで、(a)互いの距離が遠く離れた状態(T…T)と、(b, c)近接した状態(TT1, TT2)を10億分の1秒間隔で繰り返し往復する。(c)に示すように非晶性固体内部では三重項励起子対の分子配向も様々な状態をとる。
図3.
非晶性ルブレン固体薄膜内部における三重項励起子対(TT)の配向運動に伴い進行する光アップコンバージョンのスキーム。ルブレン層に生成した2つの三重項励起子は、薄膜内部を拡散運動することで、(a)互いの距離が遠く離れた状態(T…T)と、(b, c)近接した状態(TT1, TT2)を10億分の1秒間隔で繰り返し往復する。(c)に示すように非晶性固体内部では三重項励起子対の分子配向も様々な状態をとる。

また、TTA反応途中に形成される三重項励起子がペア(TT)となった状態のスピン多重度は、統計的な割合では11%が一重項TT(S-TT)、33%が三重項TT(T-TT)、55%が五重項TT(Q-TT)ですが、三重項励起子の運動についてモデル解析した結果、T-TTとQ-TTをS-TTに変化するスピン多重度変換が起きたことで、発光性の一重項励起子を77%におよぶ効率で生じさせていることも判明しました。このように三重項励起子の配向運動によるスピン双極子間相互作用[用語4]の変調が、TTA反応効率に重要な役割を果たすことが実験的に明らかとなりミクロな観点からの知見に基づく光アップコンバージョン材料設計指針を世界で初めて示すことができました。

今後の展開

光アップコンバージョンを起こす材料およびデバイスの研究開発は近年盛んに行われていますが、依然として確かな設計指針は示されておりません。この分野では次々と新しい材料が開発され、光アップコンバージョン効率の改善が報告されていますが、「なぜ高効率化できたのか?」という問いに対し、ミクロな分子配向の変化が電子スピンに及ぼす効果に着目し答えを追究する研究はありませんでした。本研究は、固体材料内部における三重項励起子の運動性による電子スピンの変換が、高効率光アップコンバージョンにおいて重要であることを示しました。このようなミクロな観点を取り込んだ材料設計戦略により、高効率光アップコンバーター開発が進展し、世界的なエネルギー問題解決に貢献するとともに、人体に害のない近赤外光を光アップコンバージョンさせ利用する光線力学的ながん治療や診断など幅広い分野への展開が期待されます。また本研究により得られた知見は、基礎プロセスとしてのTTA反応のしくみの理解を大きく前進させるものです。今後は光アップコンバージョンの研究分野だけでなく、励起子間の相互作用によりスピン多重度が変化する量子現象を活用した様々な基盤技術への応用にも大きな期待が持たれます。

謝辞

本研究は以下の研究助成を受けて実施されました。

  • 科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)(Nos. JP20H05832, JP21H05411)
  • 科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)(Nos. JP20K21174, JP22K19008)
  • 科学研究費助成事業若手研究(No. JP22K14648)
  • 湯川記念財団望月基金

用語説明

[用語1] 一重項、三重項、五重項などの電子スピン状態とスピン変換 : 原子は電子と原子核から成り立っており、電子は電気とスピンの性質を備えている。1つの孤立スピンは電子の自転運動で生じる磁石の性質(磁性)を示す。分子は原子から構成され、電子スピンの配列の仕方やエネルギー値などによって分子の状態は表現される。一般に、A重項(Aは1, 2, 3などの数字)とは分子のスピンの状態を示す表現(スピン多重度と呼ばれる)である。有機分子の一重項の多くは磁性を示さないが、A > 1の場合は磁性を示す。一重項、三重項、五重項の各状態は電子スピンの配置の入れ替えで異なる互いの状態に変換することがある(スピン変換)。一重項励起子は高いエネルギーの蛍光を放射しもとの状態に戻ることが多い。一方、三重項励起子はスピン禁制のためにもとの状態に戻る際には、蛍光を発することができない。

[用語2] 励起子 : 物質が最安定となる電子の配置よりも高いエネルギー状態になった電子配置を持つ分子のこと。不安定なこの中間体分子は、一定時間経過するとエネルギーを放出して元の最安定配置へ戻る。一重項励起子が安定状態へ戻る際に、光としてエネルギーを放出することを蛍光と呼ぶ。光アップコンバージョンでは、材料に入射した光よりも短波長の光を、励起子からの蛍光として取り出す。

[用語3] 電子スピン共鳴法 : 電子スピン状態の磁気エネルギーが、電磁石で発生させた外部磁場や中間体分子どうしの磁気エネルギーによって影響を受ける様子をマイクロ波の吸収や放出により検出する手法。時間分解電子スピン共鳴法では、ナノ秒(ナノ秒は10億分の1秒)パルスレーザーの照射直後に生成する不安定な中間体を、100ナノ秒単位の連続撮影のように観測することができる。

[用語4] スピン双極間相互作用 : 三重項や五重項など磁性を示す電子スピンの対において生成する、電子スピン同士の磁気的なエネルギーのやりとり。量子力学におけるスピンは、磁気モーメントを持っている。よってスピンの対は磁気双極子として見なせるため、スピンの間に磁気双極子相互作用が働く。

参考文献

[1] Izawa, S.; Hiramoto, M. Efficient solid-state photon upconversion enabled by triplet formation at an organic semiconductor interface. Nat. Photonics 2021, 15 (12), 895-900. DOI: 10.1038/s41566-021-00904-w.

論文情報

掲載誌 :
The Journal of Physical Chemistry Letters
論文タイトル :
Efficient Spin Interconversion by Molecular Conformation Dynamics of a Triplet Pair for Photon Up-Conversion in an Amorphous Solid
著者 :
Tsubasa Okamoto, Seiichiro Izawa, Masahiro Hiramoto and Yasuhiro Kobori
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 伊澤誠一郎

Email izawa.s.ac@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5341

神戸大学 分子フォトサイエンス研究センター

教授 小堀康博

Email ykobori@kitty.kobe-u.ac.jp
Tel 078-803-6548

神戸大学 分子フォトサイエンス研究センター

助手 岡本翔

Email t-okamoto@phoenix.kobe-u.ac.jp
Tel 078-803-6548

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神戸大学 総務部広報課

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Email press@ims.ac.jp
Tel 0564-55-7209

東京⼯業⼤学 社会⼈アカデミー 開催講座 理⼯系⼀般プログラム「環境科学」「健康を維持するための衛⽣学」オンライン講義

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東京工業大学社会人アカデミーは、一般の方を対象にした講座「理工系一般プログラム」を毎年開催しています。2024年度は、「環境科学」、「健康を維持するための衛生学」の2コースを開講いたします。
理工系一般プログラムは、私たちを取り巻く生活環境に焦点を当て、受講者自身で問題と解決策について考えていただく位置付けで実施しています。
各コースとも大学・大学院レベルの講義内容となっており、一般社会人向けのプログラムですが、受講の動機が明確であれば、年齢などの受講資格は問いません。幅広い方々のお申し込みをお待ちしております。

コース概要

「環境科学 〜人間と地球の調和を目指して〜 」

大気汚染、生物多様性劣化、化学物質のリスクなど、現在地球はさまざまな環境問題に直面しています。当コースではそうした環境の科学や環境ガバナンスについてさまざまな視点から講義を実施します。当コースではそうした環境の科学や環境ガバナンスについてさまざまな視点から講義を実施します。当コースを通して、科学的・合理的な環境観、柔軟な判断力を育てていただき、いま私たちが直面している環境問題に対し、皆さま自身による改善の一歩を手助けできればと思います。
講師陣は“環境”に関して研究・教育を重ねてきた大学・研究機関のスペシャリストです。
理工系科目を専攻したことがない方々にも分かりやすい講義となっております。

開催日時

2024年5月18日 - 7月6日 毎週土曜日(全8回)15:00 - 17:00

社会人アカデミー2024年度理工系一般プログラム「環境科学」パンフレット

社会人アカデミー2024年度理工系一般プログラム「環境科学」パンフレット

「健康を維持するための衛生学 〜<食>、<水>、<空気>の理解から始まる安心な毎日〜 」

食中毒、食品成分の変質、アレルギー、異物混入、バイオテクノロジー、水質汚濁、大気汚染等、我々の日常生活にはさまざまな衛生問題が内在しています。当コースでは、そうした問題が健康に悪影響を及ぼす要因を探り、その対策法について定評のある担当講師が分かりやすく基礎から講義を行います。
日常において「食」、「水」、「空気」に関する衛生学に詳しくなりたい方にお薦めのコースです。

開催日時

2024年5月22日 - 7月10日 毎週水曜日(全8回)18:30 - 20:30

社会人アカデミー 2024年度理工系一般プログラム「健康を維持するための衛生学」パンフレット

社会人アカデミー 2024年度理工系一般プログラム「健康を維持するための衛生学」パンフレット

申込方法 および 詳細

受講料

16,500 円(税込)

申込締め切り

2024年5月8日(水)正午

開催形式

Zoomミーティングを用いたオンライン講義

定員

30名(1コースあたり)

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東京工業大学 社会人アカデミー 事務室

Email jim@academy.titech.ac.jp
Tel 03-3454-8867、03-3454-8722 / Fax 03-3454-8762

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