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グラフェンの厚さの違いと電子の動きの関係を世界で初めて観察

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本研究成果のポイント

  • 電子・光電材料として期待されるグラフェン内の電子移動を高時間・空間分解能(フェムト秒とナノメートル)で初めて観測
  • これにより、電子の動きとナノ構造の関係を明らかに
  • 素子開発に役立つ欠陥情報の提供など、グラフェンの新規特性評価手法の開拓

概要

高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所の福本恵紀特任助教は、東京工業大学 理学院 化学系の腰原伸也教授、フランス国立科学研究センター(CNRS)、ピエール アンド マリー キュリー大学のMohamed Boutchich准教授らと共同で、グラフェン内の超高速な電子の動きが場所ごとに異なることを世界で初めて観測した。

理想的なグラフェンは炭素原子1層の厚さをもつ二次元物質であり、高速デバイスなどへの応用が期待されている。しかし実際に作成されるグラフェンの構造はナノスケールで不均一なため、その構造の違いが電子の運動に影響を与えると予測されている。グラフェンの実用化のためには、デバイスの動作を阻害する構造、また高性能化に利用できる構造を明確にする必要がある。

本研究では、一般的に使われている方法で作成されたグラフェンの結晶構造の違いに由来した電子輸送特性の観察に成功した。具体的には、ラマン顕微鏡[用語1]を用いて局所的な結晶構造から電子状態を計算し、同じ試料の同じ場所を独自に開発したフェムト秒時間分解光電子顕微鏡法(TR-PEEM)[用語2]で観察することで、構造と電子輸送特性を直接関連付ける結果を得た。

この研究成果は、オランダの科学誌「Carbon(カーボン)」に8月21日オンライン速報版で公開された。

背景

ハチの巣状に配列した炭素原子のシートであるグラフェンは、人類が初めて目にした原子1層の厚さしかない完全な二次元物質であり、材料としての性能も優れている。グラフェンは非常に高い熱伝導度を持ち、機械的に強靭であり、化学的にも安定な物質である。また、特に高い電気伝導度を持つなど電気特性に優れている。グラフェンはエネルギーバンド構造が特異であり、グラフェン内では電子がケイ素内での約100倍の早さで移動できることから、高速トランジスタなど高速動作する記録媒体への応用が期待されている。

低コストで大面積のグラフェンが作成できるため最も一般的に使われている化学気相成長(CVD)法[用語3]では、グラフェンが局所的に2層になったり、1層目と2層目が異なる角度で重なったり、構造が不均一になることが知られている(図1(a))。グラフェンの不均一な構造がエネルギーバンド構造に影響し、電子の輸送特性に影響することは理論的に予想されている。しかし、高い時間・空間分解能で電子の動きを観察する手段が限られているため、ナノスケールの局所的な構造欠陥と電子の超高速輸送特性の関連性は明白にされていなかった。

研究グループは、この研究に先立って100フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の時間スケールとナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)の空間スケールで電子の動きが観察できる特殊な装置 TR-PEEMを開発しており、これをCVD法で作られたグラフェンに適用しようと考えた。

研究内容と成果

ラマン分光法では、スペクトル形状から、グラフェンが1層なのか、2層なのかを判別し、また、1層目と2層目の間の回転角度を推測することができる。図2(b)は、CVD法により作成されたグラフェンをラマン顕微鏡で観察した構造マップである。大部分を占める茶色の領域は1層の領域で、A、B、Cでマークした領域は2層グラフェンであり、色の違いが層間の回転角度を表す。これに従い、エネルギーバンド構造を計算し、それらを反映した光電子放出強度によりPEEM像(図2(a))が得られた。2層領域からの光電子放出強度は小さく、暗いグレイスケールで表現されている。TR-PEEM法により、これらの領域を区別して、光吸収により生成した電子が「伝導電子として存在できる時間(寿命)」を観測し、「寿命」が1層領域と2層領域とで異なることを世界で初めて確認した。これは構造と電子輸送特性を直接関連付ける結果であり、グラフェンの電子状態の制御、つまり電子の動きの制御を進展させる成果である。

なお、この研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 CREST 「光技術が先導する臨界的非平衡物質開拓」、日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究(B)(No.15K17677)、及び、JSTのACCEL フィージビリティスタディ「ナノスケール・フェムト秒電子ダイナミクス直接観察装置開発と光電子材料開拓手法の革新」の助成により行われた。

本研究の意義、今後への期待

これまでの半導体材料、および素子の開発は「欠陥特性をいかに制御できるかの研究」と言い換えることができる。低コストで大口径の半導体基板を作成すれば欠陥が多くなり品質低下をまねき、逆に高品質で作成すればコストの問題が発生する。また、欠陥を積極的に利用する半導体デバイスもある。グラフェンは優れた性能をもつ材料でメモリや光検出器、レーザー媒体などへの応用が期待されているが、依然として作成単価が高額であり、幅広い普及には至っていない。つまり「欠陥の制御」ができていないと言える。

本研究では、グラフェンの不均一な構造の特性を特定し、電子デバイスの性能を決定する電子輸送特性を直接評価することに成功した。構造と電子輸送特性の直接対比が可能であることを証明した本研究成果は、今後のグラフェン素子作成の重要なツールとなりうる。

本研究で使用したTR-PEEMは、図1(a)のように空間的に不均一な試料における電子が面内方向に伝搬する過程の可視化が可能であり、局所的な電子移動速度を見積もることができる。TR-PEEMを電子・光電デバイス性能評価の技術として確立することが今後の展望のひとつである。

参考図

(a)グラフェンの模式図。(b)、(c)時間分解光電子顕微鏡(TR-PEEM)による測定結果。

図1.
(a)グラフェンの模式図。本研究で測定したCVD法で作成したグラフェンは、1原子層の炭素シート(オレンジ領域)に2層領域(赤と青)が点在する。赤と青の違いは、1層目と2層目の面内回転角度が異なることを示す。
(b)、(c)時間分解光電子顕微鏡(TR-PEEM)による測定結果。光吸収により生成した電子が伝導電子として存在できる時間(寿命)が局所的に異なる。1層領域より2層領域の方が寿命が長い。

(a) PEEMと(b)ラマン顕微鏡によるグラフェン表面観察像

図2.
(a)PEEMと(b)ラマン顕微鏡によるグラフェン表面観察像。(b)において、大部分を占める茶色の領域はグラフェン1層領域。A、B、Cでマークしたカラースケールの異なる領域は2層領域であり、色の違いは1層目と2層目の回転角度に依存したラマン強度を表す。2層領域は、コントラストは弱いがPEEM像でも確認できる。
この研究では、緑四角で囲んだ1層領域とA、B、Cでマークした2層領域の寿命をTR-PEEM法で観測し比較した。

TR-PEEM装置の概略図

図3.TR-PEEM装置の概略図

用語説明

[用語1] ラマン顕微鏡 : ラマン分光法は、試料に照射した光の散乱強度から分子構造を同定する手法である。顕微鏡を組み合わせ、ミクロンサイズ以下に集光した照射光で試料表面を走査することで、分子構造がマッピングできる。

[用語2] フェムト秒時間分解光電子顕微鏡(Femtosecond time-resolved photoemission electron microscopy:TR-PEEM) : 光電子顕微鏡(PEEM)の励起源にフェムト秒パルスレーザーを利用する手法。パルスレーザーは、グラフェン内の伝導電子励起用のパルス(励起光)と伝導電子を光電子放出させPEEMで検出するためのパルス(検出光)の2つを時間変化させながらグラフェンに照射することで、伝導電子の密度の時間変化をフェムト秒スケールで見積もることができる。また、PEEMは50 nmの空間分解能があり、局所的な時間変化が観測できる。図3はTR-PEEMの概略図である。

[用語3] 化学気相成長法(Chemical Vapor deposition:CVD) : 薄膜を作成する手法のひとつ。石英などで作成した反応管内に原料となる物質(ここでは炭素)をガス状態で供給し、固体表面に堆積させる。
グラフェン作成に用いると大面積の膜が作成でき、製造コストも比較的安価だが、構造欠陥などが生成され均一性はそれほど良くない。また、反応して堆積するための金属触媒が必要である。

論文情報

掲載誌 :
Carbon 8月号(オンライン版8月21日)
論文タイトル :
Ultrafast electron dynamics in twisted graphene by femtosecond photoemission electron microscopy(フェムト秒光電子顕微鏡によるねじれた層状グラフェンの超高速電子ダイナミクス観察)
著者 :
Keiki Fukumoto, Mohamed Boutchich, Hakim Arezki, Ken Sakurai, Daniela Di Felice, Yannick J. Dappe, Ken Onda, Shin-ya Koshihara
DOI :

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物質構造科学研究所 特任助教 福本恵紀

E-mail : keiki@post.kek.jp

Tel : 029-879-6185 / Fax : 029-864-2801

東京工業大学 理学院 化学系
教授 腰原伸也(科学技術創成研究院 兼務)

E-mail : skoshi@cms.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2449 / Fax : 03-5734-2449

報道担当

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室長 引野肇

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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