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北極の硝酸エアロゾルはNOx排出抑制に関わらず高止まり

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  • グリーンランドで約90 mのアイスコア掘削に成功し、氷床アイスコア最高の年代精度で過去60年の北極大気環境を復元。
  • 21世紀の北極硝酸エアロゾル[用語1] フラックス[用語2]が、周辺国のNOx(窒素酸化物)[用語3]の排出抑制政策による減少割合を反映しておらず、産業革命以後に増大して以来高い値を維持していることを解明。
  • 21世紀の硝酸エアロゾルの状況把握・原因究明は、将来の環境変動への影響評価に重要。

概要

北海道大学 低温科学研究所の飯塚芳徳助教及び東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の服部祥平助教らの研究グループは、21世紀になってからの北極の硝酸エアロゾルフラックス(流束)が、周辺国によるNOx(窒素酸化物)の排出抑制政策を反映せず高い値を維持していることを明らかにしました。

同グループは北極グリーンランド氷床にいくつかある頂上(ドーム)のうち、最も雪が多く降る南東部で約90 mのアイスコア掘削に成功し、氷床ドームアイスコア史上最高の年代精度で過去60年間の北極大気環境を復元しました。このアイスコアに含まれる過去60年間のNO3-(硝酸イオン)の季節フラックスの変動を求め、各国からのNOx排出量の変動割合と比較したところ、両者は一致していませんでした。NOx排出量は1970~80年以降、減少傾向を示していますが、アイスコアのNO3-フラックスは1990年代が最も高く、2000年以降(21世紀)は1960~80年代よりも高いという特徴があります。

今回の結果は、北極大気のNO3-フラックスが周辺国(米国や欧州)における排出抑制政策によるNOxの減少割合を反映せず、高い値を維持していることを示しています。今後、北極NO3-フラックスがNOx排出量と連動せず高い値を維持している原因と、将来の人間活動への影響を評価する必要があります。

本研究成果は2つの論文に分かれています。これらは2017年10月26日と2018年1月4日(Web版)のJournal of Geophysical Research: Atmospheres誌に掲載されました。

グリーンランドでの掘削キャンプ(左)と掘削されたアイスコア(右)

グリーンランドでの掘削キャンプ(左)と掘削されたアイスコア(右)

背景

人間活動とSOx(硫黄酸化物)、NOx(窒素酸化物)

大気微粒子(エアロゾル)は、その一部が直径2.5 µm以下の微粒子(PM2.5)として人体に悪影響を及ぼすことが知られています。また、エアロゾルは大きな粒子になると雲の核として作用し、雲を作りやすくする効果があり、結果として雲が日射を遮り地球表面を寒冷化させることが知られています。SOx(硫黄酸化物)[用語4]やNOx(窒素酸化物)は、大気中で酸化され硫酸・硝酸エアロゾルを形成するため、その動態の理解はエアロゾル動態の理解の上で重要です。SOxは海洋生物や火山から、NOxは雷、成層圏、森林火災、土壌生物から放出されてきました。しかし、特に産業革命以後に北半球では人間活動(化石燃料の使用)の増加によってSOxやNOx濃度が上昇したことが知られています。

イギリスに産業革命が起こった1750年から1980年くらいまで、SOxやNOxの排出は右肩上がりに上昇しました。特に、1970年代や80年代は世界的に環境汚染が問題となり、国内でも公害問題などが顕在化した時代でした。この頃、大気汚染だけではなく、増加したエアロゾルにより太陽光が遮られるグローバルディミングと呼ばれる寒冷化が生じていたと言われています。

その後、例えば米国では1963年に定められ、1970年、1977年に改訂された大気浄化法 (Clean Air Act)などによりSOxやNOxの排出規制が強化され、これにより1990年以降SOxやNOxの排出量は減少しています(図1)。これに対し、新興国である中国やインドなどでは近年も減少傾向はみられていません。このように、各国でSOxやNOxの排出量の傾向には差異があり、大気環境問題に大きく関わるSOxやNOxがどのような変遷をたどるかを理解することが重要です。

EDGAR(各国排出量のデータベース)による1970〜2010年の各大陸・地域からのNOx、SOx排出量

図1. EDGAR(各国排出量のデータベース outer)による1970〜2010年の各大陸・地域からのNOx、SOx排出量

アイスコアによる研究とその問題点

これらの動向を評価する有力な取り組みとして、過去から現在までのSOxやNOxの変遷を解読し、そのメカニズムを理解することで将来予測に役立てる方法があります。寒冷圏の雪氷は年々の堆積を通じてSOxやNOxがSO42-(硫酸イオン)やNO3-(硝酸イオン)として保存されている貴重な自然のタイムカプセルです。なかでも北極グリーンランド氷床は欧州や米国などの人為起源SOxやNOx排出地域と近いことから、人為起源エアロゾル変遷の評価に最適な地域です。このような評価をするために、氷床を垂直下向きに掘削して氷を採取しており、この採取された氷をアイスコアといいます(図2)。アイスコアは表面付近が現在に近い降雪で、深い部分がより過去に降った雪からなっており、深部から浅部にむかって解析すると過去から現在まで連続に時系列的な情報(古環境情報)を得ることができます。

しかし、アイスコアから古環境情報を抽出するのには大きく2つの問題があります。一つ目の問題は、ある深さのアイスコアが何年前に降った雪か精度よく知ることが難しい場合があることです。これをアイスコアの年代決定といいますが、これまでは夏に増加(または減少)する成分を数え、その成分が増加(減少)していた深さを夏と決め、夏層を数えて年代を決定する年層カウント法が主に用いられてきました。この年代決定方法は、増加している部分が年に2回生じたり、または1回もなかったりすると年代が1年ずれてしまう欠点があります。二つ目の問題は、NO3-は揮発しやすく長期間の日射で分解してしまうため、積雪が堆積した後にNO3-が変質してしまって降雪時の情報が損失してしまうことがあることです。この変質を再配分過程と呼んでおり、再配分過程はアイスコアから精度よく古環境情報を解読することを妨げる要因でした。

グリーンランド南東ドーム地域でのアイスコア掘削(左)と掘削されたアイスコア(右)

図2. グリーンランド南東ドーム地域でのアイスコア掘削(左)と掘削されたアイスコア(右)

本研究の目的

南極氷床やグリーンランド氷床の標高の高い地域は寒く、雪が融けずに涵養していく場所ですので、雪が降る量を涵養量と呼んでいます。涵養量が多いということは、1年間に降り積もる雪が多いのでアイスコアの1年あたりの長さが長いということになり、精度の良い年代決定を行える可能性が高くなります。さらに、たくさん雪が降るということは、次々と新しい雪が堆積するので、積雪表面に雪が置かれている時間が短いということになります。表面に置かれている時間が短いと、アイスコアに含まれている物質が揮発や日射などの再配分の影響を受ける時間が短くなり、年代決定の高精度化につながります。

そこで、本研究では北極グリーンランド氷床にいくつかある頂上(ドーム)のうちで、最も雪が多く降る地域に着目して、アイスコア掘削を行いました。次に、掘削されたアイスコアに含まれる過去60年間のSO42-やNO3-の年間フラックスを求めました。得られた結果を各国からのSOxやNOxの排出量と比較し、北極大気まで運ばれグリーンランドに堆積したSOxやNOxの動向を追跡しました。

研究手法

グリーンランド南東ドームアイスコア掘削プロジェクト(2014〜2018)

2014年から開始したプロジェクトのもと、人為起源エアロゾル変遷の評価に最適なグリーンランド氷床のなかで、最も涵養量が多いドームを調査し、南東部に位置するドーム地域を選定しました(図3)。本研究グループは、この地域を「グリーンランド南東ドーム」と呼んでいます。2015年にはグリーンランド南東ドームで90 mのアイスコアを掘削し、北海道大学 低温科学研究所の低温室への冷凍輸送に成功しました。2016年からは、グリーンランド南東ドームアイスコアを解析してきました。

本プレスリリースに大きく貢献した解析項目は、水循環のプロセスを反映する「水の安定同位体比」と、「不純物(イオン)濃度」です。イオン濃度はアイスコアを溶かした融解水の中に含まれているイオンの濃度を意味します。イオンの中にはSO42-やNO3-も含まれていて、これらを分析しました。本リリースのもとになる2つの論文に加えて、2018年度のプロジェクトの終了まで、他の指標の分析・研究も継続しています。

グリーンランド南東ドーム地域の地点(左)と掘削キャンプ(右)

図3. グリーンランド南東ドーム地域の地点(左)と掘削キャンプ(右)

研究成果

氷床ドームアイスコアを最高精度で年代決定

グリーンランド南東ドームアイスコアを分析したところ、過去60年間の環境変動を記録していることがわかりました。近年60年間の涵養量は1年に氷の密度換算で約1.01 mであることがわかり、この数値は平均的なグリーンランドドームの5倍、南極ドームの30倍という膨大な量の降雪がある地域であることが判明しました。この膨大な雪のおかげで、過去60年間の水の安定同位体比は極めて良質に保存されていることがわかりました。

水の安定同位体比は、海からの蒸発、降雪などの水循環のプロセスを反映しています。近年、この同位体比を数値計算によってシミュレーションする手法(以下、同位体モデル)が急速に発展してきています。具体的には、海水温・大気場などの情報を基にして、ある地域の降雪の同位体比の値をシミュレーションできます。複数の同位体モデルを用いて、グリーンランド南東ドームの同位体比と比較したところ、モデルとアイスコアの同位体比が極めてよく一致することがわかりました。同位体モデルからいつの降雪であるかがわかりますので、モデルとアイスコアの同位体比をマッチングさせることで、アイスコアの年代を決定することができます。その結果、2ヵ月単位という氷床ドームアイスコアとしての最高精度での年代決定に成功しました。(成果論文1 Furukawa et al., 2017)

過去60年間の北極大気中のSO42-やNO3-の復元

イオン濃度を分析した結果、NO3-が積雪堆積後に変質を受けていないことを確認しました。これは、日射の影響を受けやすい表面20 cm以内にNO3-がさらされる期間が、涵養量が大きいために1ヵ月程度と短かく、日射による分解を受けにくいためです。この結果は、グリーンランド南東ドームアイスコアは他の地域のアイスコアと比べて、NO3-の変遷を高い確度で追跡できることを示しています。

また、2ヵ月という高精度で年代を決定できたので、季節変動を追跡できるようになりました。イオン濃度と季節ごとの涵養量をかけ合わせることで、その季節に堆積するイオンのフラックス(流束)を算出することができます。そこで、過去60年間のSO42-やNO3-フラックスの季節変動を復元しました(図4)。SO42-フラックスは1980年から減少傾向を示しています。他方で、NO3-フラックスは1990年代が最も高く、2000年以降(21世紀)は1960~80年代よりも高いことがわかりました(成果論文2 Iizuka et al., 2018)。

グリーンランド南東ドームアイスコアから復元された北極大気NO3-、SO42-フラックス(黒)と、後方流跡線解析と各地域からの排出量を加味して予測された南東ドームにおけるNOx、SOxの変動割合(赤)の比較
図4.
グリーンランド南東ドームアイスコアから復元された北極大気NO3-、SO42-フラックス(黒)と、後方流跡線解析と各地域からの排出量を加味して予測された南東ドームにおけるNOx、SOxの変動割合(赤)の比較

周辺国からのSOxやNOxの排出量と比較

グリーンランド南東ドームにどこから空気塊がやってきているのかを、後方流跡線解析という手法を用いて計算しました。その結果、北米が最も高い割合で、欧州やロシアからもある程度の割合で大気塊がやってきていることがわかりました。各国ともSOxやNOxの排出量が公開されていますので、各国の排出量と大気塊がやってくる割合を掛け合わせて、グリーンランド南東ドームに到達するであろうSOxやNOxの量を計算しました。

SOx排出量とアイスコアのSO42-フラックスを比較したところ、過去60年間の変動はよく一致していました(図4)。これは、SO42-フラックスがおもに上述した周辺国からのSOx排出量によると考えられます。米国や欧州はSOx排出量の削減に取り組んでおり、その効果が北極大気でもよく表れていることを示しています。しかしながら、NOx排出量とアイスコアのNO3-フラックスの過去60年間の変動はあまり一致していませんでした。特に、NOx排出量は1970~80年以降、減少傾向を示していますが、アイスコアのNO3-フラックスは1990年代が最も高く、2000年以降(21世紀)は1960~80年代よりも高いという特徴があります。米国や欧州はSOxと同様にNOx排出量の削減に取り組んでいるのですが、今回の結果は北極大気のNO3-フラックスが、周辺国のNOxの排出抑制による減少割合を反映せず高い値を維持していることを示しています。(成果論文2 Iizuka et al., 2018)

今後への期待

21世紀の高い北極NO3-フラックスの原因究明

なぜ北極NO3-フラックスが高い値を維持しているのかについて、はっきりとしたことはわかりません。SOx排出量とアイスコアのSO42-フラックスがよく一致しているSOxと比べてNOxは大気輸送中の化学変化がより複雑であるため、というのが最も確からしい回答です。もしくは21世紀以降の中国やインド、船舶(海洋)からのNOxの影響かもしれません。自然由来の森林火災(バイオマスバーニング)によるNOxが関係している可能性もあります。本研究グループは国内の10機関以上の研究室と連携し、たとえば硝酸中の窒素(N)の同位体比やNO3-がどのような化合物で存在しているのかを世界最先端の分析機器を用いて調べ、この謎の解明を続けています。また、エアロゾル輸送モデルなど数値計算によるアプローチでの解決も期待されています。こういった分析結果から新しい視点でSOxやNOxの動向を探ることが、解決につながります。

原因が不明であるにせよ、北極大気のNO3-フラックスが、周辺国のNOxの排出量の減少に単純に比例せず高い値を維持しているという事実が明らかになりました。この結果は、北極のNO3-フラックスの変動を予測するためには、化学反応も含めた輸送プロセスを考慮する必要があることを示唆しています。また今後は、北極NO3-フラックスがNOx排出量と連動せず高い値を維持していることが将来の人間活動にどう影響するのかを評価する必要があります。

謝辞

本研究は2014年度から2018年度(予定)の科学研究費補助金(基盤研究A 26257201)の他、服部助教が代表を務める科学研究費補助金(若手研究A 16H05884)の支援を受けて行われました。また、この成果は北海道大学 低温科学研究所の共同研究費を用いています。

用語説明

[用語1] 硝酸エアロゾル : 硝酸イオン(NO3-)のように酸化窒素の形で存在する窒素が、大気中に微粒子として浮遊している状態のこと。大気中で生成した硝酸は雨等により大気圏から取り去られ、海洋や森林などの生物圏に再び沈着される。

[用語2] フラックス : 流束(単位時間単位面積あたりに流れる量)のこと。

[用語3] NOx : 窒素の酸化物の総称で、一酸化窒素、二酸化窒素、一酸化二窒素、三酸化二窒素、五酸化二窒素などが含まれる。NOxは工場の煙や自動車排気ガスなどから人為的に排出され、気管支炎、酸性雨、PM2.5、流域の富栄養化など、人間活動や環境に悪影響を与えている。窒素分子そのものは、大気中に最も多く含まれる気体である。

[用語4] SOx : 硫黄の酸化物の総称で、一酸化硫黄、三酸化二硫黄、二酸化硫黄、三酸化硫黄、七酸化二硫黄、四酸化硫黄などがある。石油や石炭などの化石燃料を燃焼するとき、あるいは黄鉄鉱や黄銅鉱のような硫化物鉱物を加熱するときに排出される。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Geophysical Research: Atmospheres(大気科学の専門誌)
論文タイトル :
Seasonal-scale dating of a shallow ice core from Greenland using oxygen isotope matching between data and simulation(モデルとアイスコア間の同位体マッチングによる季節スケールのアイスコア年代決定)
著者 :
古川崚仁1、植村立2、藤田耕史3、Jesper Sjolte4、芳村圭5、的場澄人1、飯塚芳徳1
所属 :
1北海道大学 低温科学研究所、2琉球大学 理学部、3名古屋大学 大学院環境学研究科、4ルンド大学(スウェーデン)、5東京大学 生産技術研究所
DOI :

論文情報

掲載誌 :
Journal of Geophysical Research: Atmospheres(大気科学の専門誌)
論文タイトル :
A 60 year record of atmospheric aerosol depositions preserved in a high-accumulation dome ice core, southeast Greenland(グリーンランド南東部の高涵養量ドームに保存された過去60年間の大気降下物の記録)
著者 :
飯塚芳徳1、植村立2、藤田耕史3、服部祥平4, 関宰1, 宮本千尋5、鈴木利孝6, 吉田尚宏4, 本山秀明7、的場澄人1
所属 :
1北海道大学 低温科学研究所、2琉球大学 理学部、3名古屋大学 大学院環境学研究科、4東京工業大学 物質理工学院、5東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻、6山形大学 学術研究院、7国立極地研究所)
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

北海道大学 低温科学研究所

助教 飯塚芳徳

E-mail : iizuka@lowtem.hokudai.ac.jp
Tel : 011-706-7351 / Fax : 011-706-7142

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

助教 服部祥平

E-mail : hatttori.s.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5419

配信元

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E-mail : kouhou@jimu.hokudai.ac.jp
Tel : 011-706-2610 / Fax : 011-706-2092

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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