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原子時計をスマートフォンに搭載できるくらいの超小型システムへ

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要点

  • 圧電薄膜の機械振動を利用したシンプルな超小型原子時計システムを提案
  • チップ面積を約30%減、消費電力を約50%減、周波数の安定度も1桁以上の改善を実現
  • GPS衛星レベルの超高精度周波数源を、スマートフォンなどの汎用通信端末へ

概要

国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田英幸)電磁波研究所 原基揚主任研究員等は、国立大学法人 東北大学(東北大、総長: 里見進)大学院工学研究科 機械機能創成専攻 小野崇人教授、国立大学法人 東京工業大学(東工大、学長: 三島良直)科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 伊藤浩之准教授と共同で、従来の複雑な周波数逓倍[用語1]処理を必要としないシンプルな小型原子時計[用語2]システムの開発に成功しました。

本研究では、圧電薄膜[用語3] の厚み縦振動を利用し、原子時計の小型化に適したマイクロ波発振器を提案しています。薄膜の厚み縦振動は、高い周波数で機械共振を得ることが容易であり、GHz(ギガヘルツ)帯にある原子共鳴の周波数に対して、そのまま同調動作できます。そのため、今まで必要だった水晶発振器や周波数逓倍回路を完全に省略することができ、大幅な小型・低消費電力化が実現されます。さらに、本システムでは、半導体加工技術を応用し、小型化と量産性に優れる小型のルビジウムガスセル[用語4]を独自に開発、動作パラメータを最適化することで、周波数の安定性を格段に改善しました。

本技術が実用化されれば、これまで人工衛星や基地局に限定的に搭載されていた周波数・時刻標準である原子時計を、スマートフォンなどの汎用の通信端末に搭載することも夢ではありません。

背景

図1. 圧電薄膜共振子を用いた発振器の写真
図1. 圧電薄膜共振子を用いた発振器の写真

高精度で均質な同期網の構築には、NICTが生成する日本標準時にも採用されている原子時計[用語5]の高精度化はもちろんのこと、この原子時計を搭載した通信ノードを拡充していくことも重要です。携帯端末を含む全ての通信ノードへの原子時計の搭載が理想的ですが、原子時計は大きさ、重さ、消費電力において可搬性に乏しいため、GPS衛星や無線基地局など、ごく一部への搭載に限定されています。欧米では、原子時計の小型化の研究も行われているものの、スマートフォンなどの端末に搭載するには、数cm角大とまだ巨大です。

原子時計は、ルビジウムなどのアルカリ金属元素のエネルギー準位差から得られる共鳴現象に、外部のマイクロ波発振器を同調させるように制御することで、安定な周波数を外部に提供します。マイクロ波発振は、低周波の水晶発振器を基に、周波数逓倍処理を行って得るのが一般的ですが、この方式を原子時計に採用すると、ボード面積と消費電力の大部分をマイクロ波発振器に費やすことになります。

今回の成果

今回、我々のチームは、原子時計の小型化に向け、GHz帯で良好な共振が得られる圧電薄膜の厚み縦振動に着目しました。この振動を利用することで、水晶発振器と周波数逓倍回路を必要としないシンプルなマイクロ波発振器の開発に成功しました(図1、2参照)。これにより、原子時計システムの大幅な小型化と低消費電力化が実現され、市販の小型原子時計と比較した場合、チップ面積を約30%、消費電力を約50%抑制することが可能になります。

また、アルカリ金属元素から共鳴を取得する場合、アルカリ金属は気体状態にあることが必要となり、窓の付いたケースに封じ込めて、レーザによる観察を行う必要があります。従来はガラス管を利用しましたが、これでは、小型化と量産性に課題があります。そこで、我々は、ウェハープロセスで製造可能な小型のルビジウムガスセルを独自に開発しました。この小型ガスセルを、先のマイクロ波発振器と組み合わせて同調動作(原子時計動作)させると、1秒間で10-11台の周波数安定度が得られました。これは、市販の小型原子時計と比較して1桁以上の性能改善となり、優れた安定性を示しているといえます。

本成果の実用化は、原子時計システムを大幅に小型・低消費電力化し、今まで人工衛星や限られた通信基地局にのみ搭載されていた原子時計を、スマートフォンなどの汎用通信端末に搭載することを可能にします。これは、単なる通信端末の利便性向上に寄与するだけでなく、高い同期精度が求められるセンサ・ネットワークからの情報取得や、GPS電波が安定しない厳しい環境でのロボット制御(屋内ドローンや潜水システム)にも適しており、新たな市場の創出が期待されます。

図2. 小型原子時計の動作概略とマイクロ波発振器の構成

図2. 小型原子時計の動作概略とマイクロ波発振器の構成

今後の展望

マイクロ波発振回路の簡略化による今回の成果を踏まえ、今後は、ディジタル制御系の簡略・省略化に着手し、更なる低消費電力化を、2019年を目途に実施します。また、高密度実装に適した光学系を有するガスセルの開発も同年を目途に進める予定です。我々は、このような原子時計のチップ化に向けた取組を加速していき、早期のサンプル提案を目指しています。

また、本報告の内容は、世界最大のマイクロエレクトロメカニカルシステム(MEMS)[用語6]に関する国際学会「The 31st IEEE International Conference on Micro Electro Mechanical Systems(MEMS 2018)」(2018年1月21日(日)~25日(木)、英国ベルファスト)にて発表されます。

発表情報

国際会議 :
タイトル :
Micro Atomic Frequency Standards Employing an Integrated FBAR-VCO Oscillating on the 87Rb Clock Frequency without a Phase Locked Loop
(PLL回路を用いないで87Rb時計周波数にて発振するFBAR-VCOを利用した小型原子周波数標準)
著者 :
Motoaki Hara(原基揚, NICT), Yuichiro Yano(矢野雄一郎, NICT), Masatoshi Kajita(梶田雅稔, NICT), Hitoshi Nishino(西野仁, 東北大), Yasuhiro Ibata(井端泰大, 東北大), Masaya Toda(戸田雅也, 東北大), Shinsuke Hara(原紳介, NICT), Akifumi Kasamatsu(笠松章史, NICT), Hiroyuki Ito(伊藤浩之, 東工大), Takahito Ono(小野崇人, 東北大), Tetsuya Ido(井戸哲也, NICT)

用語解説

[用語1] 周波数逓倍 : 基準周波数から、その整数倍の周波数を生成すること。周波数安定度の良い水晶発振器を源振として基準信号を取得、位相ロックループ(PLL: Phase Locked Loop)を用いて発振周波数を高い周波数帯に押し上げるのが一般的である。

[用語2] 小型原子時計 : 原子共鳴をより簡易に取得するCPTの技術(下図参照)を用いて作製される原子時計モジュール。米国を中心に開発され、近年、一部の海洋探査などにも利用され始めている。CPTはCoherent Population Trappingの略で、変調されたレーザ光と気体状態のアルカリ金属元素とを相互作用させ、原子の共鳴を測定する。

Chip Scale Atomic Clock (CSAC)|Miicrosemiouter

小型原子時計

小型原子時計

[用語3] 圧電薄膜 : 電界をかけると歪み、歪ませると電圧を生じるという圧電効果を有する薄膜。窒化アルミニウムや酸化亜鉛は従来の成膜装置による堆積で、良好な圧電効果を得ることが可能で、広く利用されている。

[用語4] ルビジウムガスセル : ルビジウムは、秒の定義に利用されるセシウムと同様に、マイクロ波帯にエネルギー遷移を有するアルカリ金属元素。原子周波数標準にも利用される。今回利用した87Rbと、他の同位体として85Rbも存在する。ルビジウムガスセルは、このルビジウムを微小な容器(セル)に封入したものである。

[用語5] 原子時計 : 原子共鳴を利用した周波数及び時間の標準。アルカリ金属原子の超微細なエネルギー準位差から得られる共鳴現象に、マイクロ波発振器の発振周波数を同調するように制御することで、高い安定度を持つ周波数標準信号を生成する。右図は市販されているラックマウント型原子時計で、日本標準時の生成などにも用いられる。

5071A|Miicrosemiouter

原子時計

[用語6] マイクロエレクトロメカニカルシステム(MEMS: Micro Electro Mechanical Systems) : 機構部品、センサ、駆動部品を電子回路と一緒に一つの基板(半導体・ガラス・有機ボード)上に集約・集積した素子、又は、その製造技術を指す。

補足資料:今回開発した原子時計システム

近年、原子周波数標準の小型化が注目を集めている。本研究では、原子時計システムへの組込みを目的として、3.5 GHz帯にて優れた共振動作を示す圧電薄膜共振子(Thin Film Bulk Acoustic Resonator: FBAR)を周波数リファレンスとして採用、水晶発振器を除したマイクロ波発振器の開発を行った。このFBARを用いたマイクロ波発振器の開発は、従来、必須であった外付け部品となる水晶発振器やPLL(Phase Locked Loop)を用いた周波数逓倍処理を不要にし、ボード面積と消費電力との大幅な抑制に寄与する。我々は、さらに、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を用いた小型ルビジウムガスセルの試作を実施し、当該小型セルとFBARマイクロ波発振器とを組み合わせて、短期安定度2.1×10-11@1秒の原子時計動作に成功した。本成果は、原子時計システムを大幅に小型・低消費電力化し、今まで、人工衛星や限られた通信基地局にのみ搭載されていた原子時計を、スマートフォンなどの汎用通信端末に搭載することを可能にする。これは、単なる通信端末の利便性向上だけではなく、高い同期精度が求められるセンサ・ネットワークからの情報取得や、GPS電波が安定しない環境でのロボット制御(屋内ドローンや潜水システム)にも新たな市場創出の機会を与える。

原子時計の小型化は、欧米を中心に各国で検討されている。しかし、これらは単に大量のチップ部品を高密度実装したモジュールであり、スマートフォンやワイヤレスセンサーノードのような汎用無線端末に採用されるチップ部品には、コスト・サイズ・消費電力の観点から遠く及ばない。この小型原子時計の先行研究において、小型化と低消費電力化のボトルネックとなっているのがマイクロ波制御系であり、特に外付け部品となる水晶発振器やPLL(Phase Locked Loop)を用いた周波数逓倍処理はボード面積と駆動電力の大きな消費源である。

本研究では、圧電薄膜の厚み縦振動を利用し、原子時計の小型化に適したマイクロ波発振器を提案する。薄膜の厚み縦振動は高い周波数で機械共振を得ることが容易であり、GHZ帯にある原子共鳴と直接に同調動作させることが可能である。これにより、水晶発振器や周波数逓倍回路を完全に省略することができる。図3は、厚み縦振動を利用した機械共振子であるFBARと、それを連続自立発振させるための半導体チップ(増幅器)とをワイヤ実装したものである。現状、FBARと半導体チップは個別実装されているが、共にシリコン基板上に作製される素子であり、将来的には一つに集積され得る。図4は、上記のマイクロ波発振器の開発に合わせて試作された小型ルビジウムガスセルである。当該セルは、従来のガラス管を利用したセルとは異なり、ウェハープロセスで試作され、小型化と量産性に優れ、製造コストの圧縮に寄与する。

図3. 厚み縦振動の機械共振を用いた発振器
図3. 厚み縦振動の機械共振を用いた発振器

図4. MEMS技術を用いた小型ルビジウムガスセル
図4. MEMS技術を用いた小型ルビジウムガスセル

(a) 発振特性

(b) 位相雑音

図5. 開発したマイクロ波発振器の諸特性

図5は、FBARを用いたマイクロ波発振器の諸特性である。図5(a)において、ピークを示す周波数が発振点であり、ルビジウム(Rb)の遷移周波数に相当する3.4 GHz帯での良好な発振が確認される。位相雑音は、発振周波数を基点としたオフセット周波数での雑音電力であり、発振の質を評価する重要な指標である。図5(b)より、1 MHzオフセットにて位相雑音は、140 dBc/Hz、発振器の性能指数(FoM)に換算して-201 dBの良好な発振を示すことがわかる。

図6. 開発したガスセルより得られる原子共鳴(CPT共鳴) *fclkは87Rbの時計周波数

図6. 開発したガスセルより得られる原子共鳴(CPT共鳴)
*fclk87Rbの時計周波数

図6は、図4に示したガスセルを用いて87RbのCPT共鳴を計測した結果である。共鳴ピークは制御の観点から、細いことが望まれる。図6より、不活性ガス(ここでは窒素)の導入によって、共鳴線幅が大幅に改善されることが確認される。これは、不活性ガスが87Rb原子のセル壁面への衝突を緩和するためである。

図7. 周波数安定度の評価結果

図7. 周波数安定度の評価結果

図7は、発振器を図6の狭線なCPT共鳴に同調動作(原子時計動作)させたときの周波数安定度である。ここでは、参考のため、発振器を単純に自立発振させたときの安定度も付記している。原子時計動作により、周波数安定度を示すアラン分散が0(周波数分散の無い状態)に近づいていくことがわかる。実測された平均時間1秒でのアラン分散(短期周波数安定度)は2.1×10-11 であり、これは市販されている小型原子時計と比較して1桁優れた値である。

お問い合わせ先

国立研究開発法人 情報通信研究機構
電磁波研究所 時空標準研究室

原基揚 主任研究員

E-mail : hara.motoaki@nict.go.jp
Tel : 042-327-5476

国立大学法人 東北大学大学院
工学研究科 機械機能創成専攻

小野崇人 教授

E-mail : ono@nme.mech.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-5806

国立大学法人 東京工業大学
科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

伊藤浩之 准教授

E-mail : ito@pi.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5010

取材申し込み先

国立研究開発法人 情報通信研究機構 広報部 報道室

廣田幸子

E-mail : publicity@nict.go.jp
Tel : 042-327-6923 / Fax : 042-327-7587

国立大学法人 東北大学 大学院工学研究科 情報広報室

馬場博子

E-mail : eng-pr@eng.tohoku.ac.jp
Tel/Fax : 022-795-5898

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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