東京工業大学は、全国の高校生向けの講習会「データサイエンス素粒子原子核 Data Science for Particle and Nuclear Physics 2020(DSPN2020)」を2020年10月から12月にかけて隔週の土曜日に計6回、オンラインで開催しました。この講習会は、東京工業大学基金「理科教育振興支援(ものつくり人材の裾野拡大支援プロジェクト)」の支援のもと、主に理学院物理学系で素粒子原子核物理を専門とする教員と学生が講義、実習を担当しました。全国から21名の高校1、2年生が参加しました。大型加速器を使う最前線の実験プロジェクトの講義を受けた上で、公開データを利用し、高校生が実際に物理データ解析を行い、データサイエンスの基礎を習得することが目標です。
公開データを用いて物理解析の実習
講習会では、現代素粒子・原子核物理の最前線の研究テーマを題材として毎回、前半は講義、後半は実習を行いました。実習では、講義に関連した実験プロジェクトより公開されているオープンデータ、疑似データを用いて物理解析を行いました。実習テーマには2000年以降のノーベル物理学賞に直接関連する物理解析(CP対称性の破れ、ヒッグス粒子、ニュートリノ振動)も多く含まれています。受講生は教科書等で学んだ物理学の顕著な業績を、実際の解析を通してさらに深く学ぶことになります。
データサイエンスの基礎を習得
大型粒子加速器を用いた素粒子・原子核実験では、加速した粒子をターゲットに照射するか、または加速した粒子同士を衝突させて、通常の自然界では存在しない粒子を生成します。ところが、注目する物理現象は、膨大な衝突事象の中で、ごくまれにしか発生しません。したがって解析過程では測定データから、注目する物理事象を高速かつ精度良く選別する手法の開発や、得られた結果の統計学的評価など、近年注目されているデータサイエンスのスキルを様々な側面で応用しています。講習会で取り上げた物理解析の実例を通して、受講生はプログラミング言語の習得に始まり、機械学習を含めたデータサイエンスの基礎を学ぶことができました。
ウェブ経由でクラウド上のサーバーにアクセス
オンラインでデータ解析の実習を開催するにあたって、受講生のコンピュータ環境に依存しない解析プラットフォームを準備することが大きな課題でした。本講習会では、Google(グーグル)クラウド上にJupyter(ジュピター、ジュパイター)サーバーをたちあげ、すべての受講生がウェブブラウザ経由でサーバーの計算機にアクセスし、プログラミング可能な環境を構築しました。また、チャットサービスのSlack(スラック)を活用して、解析結果のグラフをタイムラインに投稿などすることで、受講生の進行状況を把握する工夫にも取り組みました。
講義と実習
主な講義と実習を紹介します。
2日目 ベルツー実験と新粒子の探索
北里大学理学部物理学科の今野智之助教が素粒子物理の最前線、およびベルツー実験について解説しました。素粒子標準理論を超える未知の素粒子をどのように探索するか、ベルツーではどのようなアプローチをとって新物理探索を行なっているかなど、高校生にわかりやすく紹介しました。ベルツー実験は茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)で行われ、高エネルギーの電子と陽電子を衝突させ新粒子の発見を目指します。また今野助教は東工大出身であり、学生時代の研究生活についても振り返りました。
3日目 ハドロンの物理
理学院 物理学系の藤岡宏之准教授がハドロン物理の解説と、J-PARC(ジェイパーク)で行われているハドロン物理実験について紹介しました。クォーク(素粒子のグループ)3つで構成されるバリオン(陽子、中性子など)およびクォーク・反クォークで構成される中間子(パイ中間子など)の総称であるハドロンを統一的に理解するために、どのような研究が展開されているか説明しました。特に通常の自然界には存在しないストレンジ(s)クォークが含まれるハドロンの物理について詳しく解説しました。J-PARCは茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設です。
4日目 不安定核の物理
理学院 物理学系の中村隆司教授が原子核物理、特に不安定核について解説しました。またビッグバンから現在の宇宙における元素比率に至る過程(元素合成)において、中性子過剰な不安定核が深く関わっていることを解説しました。さらに、日本で発見された超重元素ニホニウム(Nh)についても紹介しました。
5日目 ヒッグス粒子
理学院 物理学系の陣内修准教授は素粒子質量の起源であるヒッグス機構について解説しました。ヒッグス場を媒介して、クォーク、レプトン、ゲージ粒子(Z、W)がどのようにして質量を獲得するのか、またLHC(Large Hadron Collider、欧州原子核研究機構の大型ハドロン衝突型加速器)の粒子衝突実験であるアトラス実験において発見されたヒッグス粒子はどのようにして測定されたのかを説明しました。
6日目 ニュートリノ
理学院 物理学系の久世正弘教授と研究室の大学院生がニュートリノ物理、レプトンセクターでのCP対称性の破れ、スーパーカミオカンデをはじめとする様々なニュートリノ測定実験について紹介しました。
実習 物理データ解析
理学院 物理学系の内田誠助教が指導し、ウェブブラウザ経由でpython(パイソン)と科学・機械学習パッケージを用いて、物理データ解析の実習を行いました。ベルツー物理データ解析では機械学習を用いてB中間子事象と背景事象の分類最適化を行いました。複数の特徴量の信号と背景事象との違いを同時最適化するために決定木、アンサンブル学習などを適用し、その予測性能などを検証しました。
「難しいけれどもっと勉強したい」受講生アンケート
講習会開催後のアンケートでは、受講生から素粒子・原子核物理は「難しいけれど、おもしろい。もっと勉強してみたい」という未来に繋がる心強いコメントが寄せられました。
今後も、科学の最前線をわかりやすく説明する高校生向けの教育活動を、可能な限り実施していきます。
- データサイエンス素粒子原子核(DSPN2020)
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- 理学院 物理学系
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