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可視光全域を利用できるレドックス光増感剤を開発 低エネルギーの光によりCO2を還元

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要点

  • 近赤外線を含めた可視光の全波長領域を利用できる前例のないレドックス光増感剤を開発
  • 光のS-T吸収(励起三重項状態への直接遷移)が可能なオスミウム錯体を用いたレドックス光増感剤
  • CO2を、化学原料として有用で、またクリーンエネルギーである水素の生成と貯蔵に用いることのできるギ酸に還元

概要

東京工業大学 理学院 化学系の玉置悠祐助教、入倉茉里大学院生(研究当時)および石谷治教授は、新たに合成したオスミウム錯体[用語1]を用い、従来は利用不可能であった近赤外線を含む可視光[用語2]の全波長領域を利用しながら二酸化炭素を還元できる光増感剤[用語3]を開発した。太陽光をより有効に活用しながら二酸化炭素を資源化する新たな光触媒[用語4]システムの創出に成功した。

今回、中心金属であるオスミウムに結合する有機分子(配位子)を工夫することにより新たに合成されたオスミウム錯体は、光増感剤として励起[用語5]する際、励起三重項[用語6]状態へ直接遷移するS-T吸収[用語7]を行うことが可能な性質を持つ。そのため可視光をすべて吸収でき、生じる光励起状態の寿命が比較的長く、優れた還元力を示すという、レドックス光増感剤[用語8]として多くの優れた性能を有していることが確認できた。さらに、このオスミウム錯体をルテニウム錯体触媒と組み合わせて用いることで、可視光のどの波長を照射した場合でも光触媒反応が進行し、二酸化炭素を水素の貯蔵物質や化学原料として有用なギ酸[用語9]へと還元できることも明らかになった。このオスミウム錯体を用いることにより、これまで利用できなかった長波長領域も含め、太陽光のエネルギーをより有効に利用した人工光合成システムの開発が可能となる。

研究成果は、9月28日に英国王立化学会誌「Chemical Science」速報版に掲載された。

背景

緑色植物は光エネルギーを受けることで、二酸化炭素と水から酸素と炭水化物を生成する。このように光のエネルギーを利用して炭素固定を行う光合成を、光触媒などを用いて人工的に行ういわゆる人工光合成は、光をエネルギー源とした二酸化炭素の還元資源化や、クリーンエネルギーである水素を水から発生させる手法としても、大きな注目を集めている。

光触媒を用いた人工光合成においては、太陽光を有効に利用することは非常に重要である。当初の光触媒は、太陽光のうち数%に過ぎない波長のごく短い紫外線を利用したものだったが、やがて太陽光の主成分であり、より波長の長い可視光線のうちの短波長部を利用できるものが開発された。

同時に、光触媒反応において光の吸収を担当するレドックス光増感剤の研究も進んでいる。現在最も良く用いられているレドックス光増感剤が利用できるのは550 nmより短波長の光で、地表面での太陽光の14%に限られるが、800 nmまである可視光の全波長領域を利用できれば、太陽光の40%を利用できることになる。

本研究グループの玉置助教、石谷教授らは、長年レドックス光増感剤や、二酸化炭素を還元する金属錯体光触媒の研究を行ってきており、その過程で、今回の研究のきっかけとなるS-T吸収を活用する方法を見出した。今回の研究では、これを発展させることによって、可視光全域を吸収できるレドックス光増感剤の開発を目指した。

研究の手法と成果

レドックス光増感剤の吸収できる波長範囲を、従来の中心金属や配位子の軌道エネルギーをコントロールする方法で長波長化しようとすると、吸収が長波長化すると励起寿命が短くなるという副作用のために、レドックス光増感剤として機能しなくなってしまう。そこで本研究では、S-T吸収を行うことができるオスミウム錯体の配位子を工夫することによって新たな光増感剤を開発した。通常、量子力学的な制約により、光増感剤が光を吸収した直後には励起一重項のみが生成する。しかし、このオスミウム錯体は、長波長側の可視光を吸収し、基底状態[用語10]から直接、励起三重項状態へ遷移することが可能である。この性質を活用することで、今回用いた配位子との相互作用により可視光全域が利用でき、しかも励起寿命が十分に長いレドックス光増感剤の開発に繋がった(図1グラフ部分)。

図1 オスミウム錯体の可視吸収スペクトル(グラフ部分)、およびオスミウム錯体を光増感剤として用いた二酸化炭素還元光触媒反応(右上)
図1
オスミウム錯体の可視吸収スペクトル(グラフ部分)、およびオスミウム錯体を光増感剤として用いた二酸化炭素還元光触媒反応(右上)

これまでに報告されているレドックス光増感剤は、エネルギーが小さい可視光の長波長部の光を照射しても光触媒反応を起こすことができなかったが、こうして合成されたオスミウム錯体は、比較的長寿命の励起状態と強い還元力を併せ持っていることから、可視光全域を吸収しながら、太陽光の光をより有効に利用できるレドックス光増感剤として機能する。

さらに、この励起三重項状態のオスミウム錯体を、ルテニウム触媒(Ru(CO))と組み合わせて用いることによって、どの波長の可視光を照射しても、二酸化炭素を、クリーンエネルギーとして注目を集める水素の貯蔵物質や化学原料として有用なギ酸へと還元されることも分かった(図1右上部分)。

今後の展開

本研究において、可視光全域を利用できるレドックス光増感剤によって二酸化炭素の資源化が可能であることが実証された。反応の効率がまだ低いため、さらなる性能向上が必要であるが、太陽光をより有効に利用しながら、エネルギー問題へ対応できる人工光合成の新しいシステムが構築できる道が開かれることになった。

用語説明

[用語1] 錯体 : 金属元素や金属類似元素を中心とし、周囲に非金属原子や非金属原子団が立体的に結合してできた物質。

[用語2] 可視光 : 人間の目に見える波長400 nm-800 nmの光で、太陽光の主成分。

[用語3] 光増感剤 : 光を吸収することによって励起状態となり、触媒へと電子を注入する役割を果たす物質。触媒が、この光増感剤から電子を受け取ることによって、光触媒反応が開始される。

[用語4] 光触媒 : 触媒とは、化学反応を起こす物質と同時に存在することで、反応速度を加速または遅滞させながらそれ自身は変化しない物質。光触媒とは、照射された光を吸収することによって化学反応を促進する触媒としての機能を持った物質のこと。

[用語5] 励起 : 原子や分子が外からの光を吸収することによって、エネルギーの低い状態からエネルギーの高い活性状態に移行すること。

[用語6] 励起三重項 : 光を吸収した分子は、含まれる電子の状態により、光吸収に関与した2つの電子の電子スピンの向きが異なる励起一重項と同じ向きの励起三重項の2種類に分類される。一般的に、励起三重項が持つエネルギーは励起一重項より小さい。

[用語7] S-T吸収 : 原子や分子が光を吸収した際、直接、励起三重項を生成できる光吸収のこと。SはSinglet(一重項)、TはTriplet(三重項)の略。

[用語8] レドックス光増感剤 : 触媒に電子を注入することで、二酸化炭素還元の反応を開始させる光増感剤。レドックス(redox)とは還元(Reduction)と酸化(oxidation)の語幹部分の合成語。

[用語9] ギ酸 : 二酸化炭素の還元生成物で、その分子式はHCOOHである。貯蔵や輸送の困難な水素の貯蔵源、化学原料として注目されている。

[用語10] 基底状態 : 原子や分子が光などを吸収する前のエネルギーが低い状態。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Development of a panchromatic photosensitizer and its application to photocatalytic CO2 reduction
著者 :
Mari Irikura, Yusuke Tamaki, Osamu Ishitani
DOI :

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E-mail : ishitani@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2240 / Fax : 03-5734-2284

取材申し込み先

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