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細胞と細胞をつなぐ分子の結合過程の撮影に成功 高速原子間力顕微鏡で明らかになった細胞間接着タンパク質の段階的な結合プロセス

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要点

  • 細胞と細胞をつなぐ細胞間接着タンパク質(カドヘリン)の溶液中での結合過程を世界で初めて観察した。
  • 高速原子間力顕微鏡を用いて、カドヘリンが既知のXダイマーとストランドスワップダイマー、および新規のS形状ダイマーの3種類の結合構造の二量体を形成していることを発見し、これらの結合構造間の遷移過程を明らかにした。
  • カドヘリンの結合メカニズムを明らかにすることで、形態形成や細胞間接着に関連した疾患発症の原理解明に繋がることが期待される。

概要

国立大学法人東京工業大学生命理工学院生命理工学系の古田忠臣助教は、大学共同利用機関法人自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)の西口茂孝特任研究員と、ExCELLS/国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学理学研究科の内橋貴之教授のグループと共同で、細胞と細胞をつなぐ細胞間接着タンパク質であるカドヘリンの結合過程を、ナノメートル(100万分の1ミリメートル)のスケールでリアルタイムに可視化することに世界で初めて成功しました。研究グループは、高速原子間力顕微鏡を用いて、2つのカドヘリン分子間の既知の結合構造を同定すると共に、新規の結合構造を発見し、それらの結合構造間の構造変換の過程を明らかにしました。カドヘリンを介した細胞間接着は、私たちのからだの形作りやがん細胞の浸潤等、様々な現象に重要であることから、カドヘリンの結合メカニズムを明らかにすることで、形態形成や疾患発症の原理解明につながることが期待されます。

本研究成果は、国際科学雑誌 「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」(米国東部時間2022年7月18日の週)に掲載されます。

背景

私たちのからだは、細胞と細胞をつなぐ細胞間接着タンパク質の働きによって形作られ、維持されています。細胞間接着タンパク質の中でも、カドヘリン[用語1]と呼ばれるタンパク質は、形態形成や形態の維持に必須であり、カドヘリンを介した細胞間接着の異常が、がんの浸潤等の疾患に関与することが知られています。カドヘリンは細胞の表面に露出しており、相手側の細胞のカドヘリンと結合して二量体(ダイマー)[用語2]を形成することで、細胞と細胞をつないでいます。先行研究により、カドヘリンは、Xダイマー[用語3]と呼ばれる中間体構造を経て、ストランドスワップダイマー[用語4]と呼ばれる安定構造を形成し、細胞と細胞をつなぐことが提案されていましたが、実際のダイマー形成過程を直接観察した例はありませんでした。また、上記のダイマー構造以外の結合様式も提案されているものの、カドヘリンの結合メカニズムは未だに明らかになっていませんでした。

本研究の内容

研究グループは、カドヘリンを哺乳動物の培養細胞に産生させて精製し、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)[用語5]を用いて、実際の細胞環境に近い条件の溶液中で観察を行いました。高速AFMを用いてカドヘリンの構造と動きをリアルタイムで観察した結果、カドヘリンは主にS形状、cross形状、W形状の3つの異なる形状のダイマーとして存在していることがわかりました。そこで、過去に報告されているXダイマーおよびストランドスワップダイマーの形成を阻害する変異体の観察や、結晶構造[用語6]に基づく構造モデリングを行った結果、cross形状がXダイマーに、W形状がストランドスワップダイマーにそれぞれ対応しており、S形状のダイマーはこれまでに報告されていない新規の結合様式のダイマーであることがわかりました(図1)。さらに、複数の異なるダイマー変異体を作製して観察したところ、異なるダイマー構造間で頻繁に構造を変換する変異体を見出しました。この変異体を詳細に解析したところ、カドヘリンがS形状ダイマーのスライド運動とXダイマーのフリップ運動を経て、ストランドスワップダイマーにダイマー構造を遷移させることで、細胞と細胞をつなぐ可能性が示唆されました(図1)。

図1 高速AFMで観察された3つの結合様式のカドヘリンのダイマー像(上図)と結合過程のモデル(下図) 高速AFM観察から、カドヘリンが細胞と細胞をつなぐ過程において、S形状ダイマーがスライド運動することでXダイマーを形成し、さらにXダイマーがフリップ運動することで、ストランドスワップダイマーを形成して、細胞間接着が進行するプロセスを提案している。

図1. 高速AFMで観察された3つの結合様式のカドヘリンのダイマー像(上図)と結合過程のモデル(下図)

高速AFM観察から、カドヘリンが細胞と細胞をつなぐ過程において、S形状ダイマーがスライド運動することでXダイマーを形成し、さらにXダイマーがフリップ運動することで、ストランドスワップダイマーを形成して、細胞間接着が進行するプロセスを提案している。

本研究の発見の意義

本研究によって、カドヘリンが従来考えられていたよりも多様なダイマー構造を形成し、複数のステップを経て安定構造に至ることがわかりました。カドヘリンの結合メカニズムは、40年にわたって研究されていますが、そのふるまいの複雑さから、カドヘリンの構造動態を一分子のスケールで解析することが望まれていました。構造解析や溶液計測等の従来からある手法では、複数のカドヘリンの平均化された構造や結合状態しか解析出来ませんでしたが、本研究で用いた高速AFM技術により、個々のカドヘリンのダイマー構造および結合過程を詳細に解析することが可能になりました。カドヘリンの結合メカニズムを一分子のスケールで解析することで、細胞間接着に起因する形態形成や疾患発症の原理解明につながることが期待されます。

今後の研究の展望

1.
本研究では、ナノスケールの分解能でカドヘリンのダイマー構造を可視化することに成功しましたが、カドヘリンを構成するアミノ酸の内、ダイマー形成を担う領域を特定するために、さらに高分解能での構造解析に取り組むことが必要です。特に、本研究で新たに発見したS形状ダイマーの結合を担うアミノ酸を特定することにより、その機能的意義を明らかにすることを予定しています。
2.
カドヘリンは、ダイマーを形成することで細胞と細胞をつなぎ、さらに複数のダイマーが集合したクラスターを形成することで、細胞間接着を強化することが報告されています。本研究で行った、精製タンパク質のみの観察では、カドヘリンのクラスター形成は観察出来なかったことから、細胞膜の足場等、カドヘリンが実際に機能する細胞環境が、クラスター形成に必要であることが推察されます。カドヘリンが実際に機能する細胞膜上の環境をより精密に再現した観察を行い、カドヘリンのクラスター形成メカニズムの解明に取り組むことで、細胞間接着の強化メカニズムの理解へと繋げていく予定です。

付記

本研究は、公益財団法人立松財団(一般研究助成; 西口茂孝)、基盤研究(21H01772; 内橋貴之)、新学術領域研究(21H00393; 内橋貴之)、ExCELLS連携研究(18-101; 内橋貴之)等の支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1] カドヘリン : 細胞表面に存在する棒状のタンパク質であり、相手側の細胞表面のカドヘリンと結合することで細胞と細胞をつなぐ。

[用語2] 二量体(ダイマー) : 2つの分子が物理的・化学的な力によって集合した分子。

[用語3] Xダイマー : カドヘリンダイマーの形成過程において一時的に形成されるダイマー構造。

[用語4] ストランドスワップダイマー : カドヘリンダイマーの形成過程において最終的に形成されるダイマー構造。

[用語5] 高速原子間力顕微鏡(高速AFM) : 先端の直径が数ナノメートルの針を、観察対象物(タンパク質等)に接触することで、その表面形状を観察する顕微鏡。溶液中において、観察基板に吸着させた観察対象物を高速(~10フレーム/秒)でスキャンすることにより、その動きを可視化することができる。

[用語6] 結晶構造 : 結晶中に原子が配置した構造。タンパク質の結晶をX線を用いて解析することで、タンパク質を構成する原子の配置を特定することが出来る。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル :
Multiple dimeric structures and strand-swap dimerization of E-cadherin in solution visualized by high-speed atomic force microscopy
著者 :
Shigetaka Nishiguchi*, Tadaomi Furuta, Takayuki Uchihashi*(*責任著者)

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