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世界初・ゲノムDNAを巻き取る新しい基本単位H3-H4オクタソームを発見 染色体疾患の理解に新概念を提唱

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要点

  • 染色体の基本単位ヌクレオソームの形成には4種類のヒストンが必要であるという常識を覆し、H3、H4の2種類のヒストンのみでも、ヌクレオソーム様構造(H3-H4オクタソーム)が形成されることをクライオ電子顕微鏡観察によって世界で初めて明らかにした。
  • H3-H4オクタソーム特異的な構造を出芽酵母内で検出することに成功し、H3-H4オクタソームが生体内に存在することを初めて実証した。
  • 本成果は、ヒストンの変異や修飾だけでなく、ヒストンの含有率がヌクレオソームのアイデンティティとなることを提唱し、エピジェネティクス制御の異常がもたらす、がん化や生活習慣病、精神疾患の理解においても、新しい概念を加える。

概要

真核生物のゲノムDNAは、ディスク状のヌクレオソーム[用語1]構造に巻き取られて核内に収納されていることから、タンパク質の設計図を作るRNAポリメラーゼIIは、このヌクレオソームをほどきながらゲノム情報を読み解く必要があります。すなわち、ヌクレオソームを基本単位とするゲノム高次構造(クロマチン)が転写を制御していると言えます。これまでヌクレオソームは、H2A、H2B、H3、H4の4種類のヒストン2分子ずつからなるヒストン8量体から構成される均一な構造体だと考えられてきましたが、東京大学定量生命科学研究所クロマチン構造機能研究分野の野澤佳世 助教(研究当時、現:東京工業大学生命理工学院生命理工学系 准教授)、滝沢由政 准教授、胡桃坂仁志 教授らの研究グループは、ヒト由来タンパク質を用いたクライオ電子顕微鏡[用語2]解析によって、ヒストンH3、H4の2種類のみでもヌクレオソーム様構造体(H3-H4オクタソーム)が形成されることを世界で初めて明らかにしました。H3-H4オクタソームは、ヌクレオソームより可動性が高く、クロマチン結合因子の足場となる特徴的な酸性表面(アシディックパッチ)を持たないユニークな構造体でした。本研究グループは、H3-H4オクタソーム特異的な構造を出芽酵母内で検出することにも成功し、H3-H4オクタソームが生体内に存在することを初めて実証しました。H3-H4オクタソームは、ヌクレオソームと大きさでは区別がつかないため、これまでのクロマチン研究では、その存在が見逃されていた可能性があります。本研究成果は、ヒストンの変異や修飾だけでなく、ヒストンの含有率もヌクレオソームにアイデンティティを与えることを提唱し、今後、エピジェネティクス制御[用語3]の異常がもたらす、がん化や生活習慣病、精神疾患の理解においても、H3-H4オクタソームが新しい概念を加えると考えられます。

発表内容

個体を形作る細胞は、ほぼすべてが同一のゲノムDNA配列を持ち、受精卵はこの1つの設計図から、細胞分裂を経て多様な組織に分化します。これは、遺伝子のオン・オフを規定するゲノム高次構造(クロマチン)の構造変換が、細胞毎の遺伝子発現プロファイルを制御していることを示しています。このクロマチンの基本構成単位は、ヌクレオソームと呼ばれ、通常4種類のヒストン・タンパク質、H2A、H2B、H3、H4、それぞれ2分子ずつからなるヒストン8量体に、DNAが1.7回巻き付いた円盤状の構造を形成しています。一方、近年、転写や複製、組み換え、修復といった重要な生命活動において、ヒストンの含有率やDNAの巻き付き方の異なる構造体(サブヌクレオソーム)が見られることが明らかになってきましたが、その構造と機能はほとんど分かっていませんでした。

東京大学定量生命科学研究所の胡桃坂仁志 教授らの研究グループは、遺伝子工学的にヒトのタンパク質を発現させ、このサブヌクレオソームを再現し、クライオ電子顕微鏡解析とネイティブ質量分析[用語4]を行うことで、ヒストンH3、H4の2種類のみでもヒストン8量体からなるヌクレオソーム様構造体(H3-H4オクタソーム)が形成されることを世界で初めて明らかにしました(図1)。高分解能の構造観察から、H3-H4オクタソームは、2つのディスク構造の開き方の異なる3つの状態を行き来する動的な構造体であることが明らかとなり、H3-H4オクタソームがゲノム上に存在すれば、クロマチンに柔軟性を与えることが示唆されました(図2)。また、H3-H4オクタソームは、ヌクレオソームと似た概形を持ちながらも、クロマチンの構造変換を引き起こす、ヒストンのメチル化酵素やクロマチンリモデリング因子[用語5]といった因子が結合するための足場となる特徴的な酸性表面(アシディックパッチ)を持たないユニークなヌクレオソームであることも分かりました。本研究グループは、出芽酵母を用いた細胞内タンパク質間架橋実験によって、H3-H4オクタソーム特異的な構造(H4-H4’相互作用)を検出することにも成功し、H3-H4オクタソームが生体内に存在することを初めて実証しました。

図1 本研究で得られたH3-H4オクタソームの立体構造 クライオ電子顕微鏡解析によって、H3-H4オクタソームは通常のヌクレオソームと似通った概形を持ちながら、H4-H4’同士の特徴的な相互作用を持ち、クロマチン結合因子の足場となるアシディックパッチを持たないユニークな構造をとることが明らかになりました。

図1. 本研究で得られたH3-H4オクタソームの立体構造

クライオ電子顕微鏡解析によって、H3-H4オクタソームは通常のヌクレオソームと似通った概形を持ちながら、H4-H4’同士の特徴的な相互作用を持ち、クロマチン結合因子の足場となるアシディックパッチを持たないユニークな構造をとることが明らかになりました。

図2 H3-H4オクタソームは動的な構造をとる クライオ電子顕微鏡解析から、H3-H4オクタソームには、2つのディスク構造の開き方の異なる3つの状態が存在することが明らかになり、通常のヌクレオソームよりもずっと柔軟な構造をとることが明らかになりました。

図2. H3-H4オクタソームは動的な構造をとる

クライオ電子顕微鏡解析から、H3-H4オクタソームには、2つのディスク構造の開き方の異なる3つの状態が存在することが明らかになり、通常のヌクレオソームよりもずっと柔軟な構造をとることが明らかになりました。

H3-H4オクタソームは、ヌクレオソームと大きさでは区別がつかないため、これまでのクロマチン研究では、その存在が見逃されていた可能性があります。H3-H4オクタソームでは、DNA上のヒストンの配向が通常のヌクレオソームと全く異なるため、そのヒストン修飾のパターンも特徴的であることが想定されます。このことから、今後エピジェネティクス制御の異常がもたらす、がん化や生活習慣病、精神疾患の理解においても、H3-H4オクタソームの存在が新しい概念をもたらすと考えられます。本研究成果は、従来考えられてきたヒストンの変異や修飾だけでなく、ヒストンの含有率もヌクレオソームにアイデンティティをもたらすことを新たに提唱するものです。

H3-H4オクタソームのように、ヌクレオソームの形成に4種類のヒストンを必要としない事例は古細菌でも見られ、古細菌のゲノムでは、H3に類似した1種類のヒストン・ホモログからヌクレオソーム様構造が作られます。このことから、H3-H4オクタソームは分子進化の過程で、真核生物のヌクレオソームに多様性を持たせるために現れた構造体とも考えられます。古細菌型のヌクレオソームでは、ヒストンが8量体以上に連なったバネのような構造体が作られ、高密度にDNAが巻き取られています。H3-H4オクタソームも構造的には、H4-H4’相互作用を介して同様な重合体を形成する可能性があるため、今後の研究から、全く新しいクロマチン構造の形成に寄与していることが明らかになるかもしれません。

付記

本研究成果は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業さきがけCREST「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」複合研究領域、さきがけ「遺伝子を活性化するDNAルーピング機構の構造基盤の解明(JPMJPR18K9)」(研究代表者:野澤 佳世 東京大学定量生命科学研究所 助教)、CREST「機能的人工染色体の設計と利用のための革新的研究(JPMJCR18S5)」(研究代表者:白髭 克彦 東京大学定量生命科学研究所 教授)、ERATO 「胡桃坂クロマチンアトラスプロジェクト」(研究総括:胡桃坂仁志、JPMJER1901)をはじめとして、日本学術振興会(JSPS)新学術領域研究「遺伝子制御の基盤となるクロマチンポテンシャル」(代表:胡桃坂仁志、JP18H05534)、基盤研究(C)「革新的なクロマチン基盤膜を用いたクライオ電子顕微鏡3次元構造解析」(代表:滝沢由政、JP19K06522)、基盤研究(C)「新規クロマチンユニットの構造機能解析」(代表:野澤佳世、JP20K06599)、学術変革領域研究(B)「動的ゲノム構造をつくるメガダルトン複合体の構造機能解明」(代表:野澤佳世、JP21H05154)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)「エピジェネティクス研究と創薬のための再構成クロマチンの生産と性状解析」(代表:胡桃坂仁志、JP21am0101076)、「エピジェネティクスの基盤原理解明と創薬のためのヒストンおよび再構成クロマチンの生産」(代表:胡桃坂仁志、JP22ama121009)などの支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1] ヌクレオソーム : 真核生物のゲノムDNAを核内に収納する染色体中で形成される基盤構造。DNAが塩基性に富んだヒストン複合体に約1.7回転巻き付いた円盤状の構造(直径約11 nm、厚さ約5.5 nm)をとっている。

[用語2] クライオ電子顕微鏡 : 液体窒素温度条件下で試料に電子線をあて、その透過を検出することでタンパク質やDNAなどの粒子画像を撮影する顕微鏡。

[用語3] エピジェネティクス制御 : DNAの塩基配列の変化を伴わない、遺伝子オン・オフの制御メカニズム。DNAやヒストンの化学修飾、そこに結合するタンパク質やRNAが、ゲノム立体構造を変化させることによって誘発される。

[用語4] ネイティブ質量分析 : タンパク質同士や核酸との複合体を形作る水素結合や疎水性相互作用などの弱い結合を壊さずに、複合体のまま質量分析する手法。

[用語5] クロマチンリモデリング因子 : ATP依存的にゲノム上のヌクレオソームを移動させるタンパク質群。遺伝子を制御するDNA結合タンパク質等がゲノムにアクセスしやすい環境を作る。

論文情報

掲載誌 :
The Proceedings of the National Academy of Sciences(オンライン版:11月2日)
論文タイトル :
Cryo–electron microscopy structure of the H3-H4 octasome: A nucleosome-like particle without histones H2A and H2B
著者 :
Kayo Nozawa, Yoshimasa Takizawa, Leonidas Pierrakeas, Chizuru Sogawa-Fujiwara, Kazumi Saikusa, Satoko Akashi, Ed Luk* and Hitoshi Kurumizaka*
DOI :

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