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静電アクチュエーターの出力を1,000倍にできる有機強誘電材料を開発 低電圧で大出力が得られるアクチュエーターの実現に

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要点

  • 大きな自発分極を持つ強誘電ネマチック液晶による有機強誘電材料を開発
  • 静電アクチュエーターの媒体に利用することで、出力を1,000倍にするとともに、駆動電圧を大幅に低減
  • ヒトの立位姿勢維持・歩行補助に使用できる人工筋肉や、レアメタルを必要としない軽量・高出力なアクチュエーターとして高齢化社会や脱炭素社会に貢献

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の西村涼特任教授と市林拓特任准教授らの研究チームは、ENEOS株式会社と共同で、静電アクチュエーター[用語1]の出力を従来比1,000倍にできる有機強誘電材料[用語2]を開発した。

静電アクチュエーターは、構造が簡単で軽量という特長があるが、大きな出力を得るには10 kV程度の高電圧が必要になるなど制約が多く、応用が限られていた。研究チームは、室温でも強誘電ネマチック相[用語3]を持つ液晶材料による、新たな有機強誘電材料を開発した。これを媒体とした静電アクチュエーターでは、従来に比べて出力が1,000倍になり、駆動電圧が数10 Vまで低減した。また、強誘電材料特有の自発分極[用語4]により、出力が印加電圧にほぼ比例するため、印加電圧の2乗に比例する従来の静電アクチュエーターと比べて、デバイス制御性の改善が期待できる。

高電圧が必要な従来の静電アクチュエーターは、感電の危険性から人体に装着するような用途への適用は困難だった。今回開発した有機強誘電材料を媒体に用いれば、駆動電圧が大幅に低減するため、ヒトの立位姿勢の維持や歩行補助、重量物を持ち上げる際の負荷軽減等に使用されるソフトアクチュエーターへの応用が期待される。これらは、高齢化社会における自立支援や労働人口の減少に伴う肉体労働の負荷軽減といった、来るべき日本の社会課題の解決の一助となる技術である。また、レアメタルを必要としないアクチュエーターとして、モーター等への応用も期待される。

本研究成果は、東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の西村涼特任教授、渡辺順次特任教授、市林拓特任准教授、陳君怡特任助教、ENEOS株式会社機能材カンパニーの増山聡研究員、清水源一郎研究員によって行われ、11月11日付の「Advanced Physics Research」にオンライン掲載された。

背景

静電アクチュエーターは、電気モーター等で広く用いられている電磁アクチュエーターに比べて構造が簡単で軽量という特長がある。一方で、大きな出力を得るには、印加される電界を強めるために電極間距離を狭めたり、高電圧を印加したりする必要があり、MEMSなどの限られた分野でしか実用化されてこなかった。

本研究では、静電アクチュエーターの発生力が電極/誘電体間に蓄積される電荷量で決まることに着目し、電荷量を増やすために強誘電体の特徴である大きな自発分極を利用することを試みた。強誘電体には、チタン酸バリウムに代表されるような無機系材料があるが、固くて変形量が小さいため、柔軟性や大きな収縮率が求められるソフトアクチュエーター用途には適していなかった。そこで、近年発見された有機強誘電体の一種である強誘電ネマチック液晶に注目し、静電アクチュエーターの媒体として利用することを試みた。

研究成果

これまでに発見された強誘電ネマチック液晶は室温では結晶になってしまうため、デバイス応用例はほとんどない。しかし共通する特徴として、剛直な棒状分子骨格を持ち、片方の分子末端が電子供与性、もう一方の末端が電子求引性で、大きな双極子モーメント[用語5]を持ち、双極子モーメントが分子長軸に対し20度程度傾いていることがあげられる。そこで、本学が所有するスーパーコンピューター「TSUBAME3.0」を用いて、双極子モーメントが大きな剛直分子という条件で網羅的な量子化学計算を行い、前述の特徴を満たす分子をスクリーニングした。それらを既存の強誘電ネマチック液晶と混合することで強誘電ネマチック相の低温化を図り、室温でも約5 µC/cm2と大きな自発分極をもつ強誘電ネマチック液晶材料の開発に成功した(図1)。

図1. 開発した強誘電ネマチック液晶材料の分子構造と相系列
図1.
開発した強誘電ネマチック液晶材料の分子構造と相系列

この液晶材料を有効面積1 cm2の平行平板電極間に充填したところ、0.5 MV/mの印加電界条件で1.3 Nの静電力が得られた(図2)。誘電率10程度の一般的な常誘電体では、同条件で約1 mN程度の静電力しか得られないことから、開発した液晶材料では1,000倍以上もの静電力を発生できることが確かめられた。また、強誘電材料特有の特徴である自発分極により、電圧無印加時にも電極/液晶材料界面に電荷が残存していることで、発生する静電力が印加電圧に比例することを実証した。常誘電体では発生力は印加電圧の2乗に比例することから、デバイス制御性の改善も期待できる成果である。

強誘電ネマチック液晶材料の分極特性

強誘電ネマチック液晶材料の発生力特性

図2.
開発した強誘電ネマチック液晶材料の分極特性(左)と発生力特性(右)
開発した強誘電ネマチック液晶材料の分極特性(上)と発生力特性(下)

さらにこの液晶材料を、3Dプリンタと樹脂メッキで作製した2重らせんコイル電極に充填したところ、9 V乾電池2個を直列につないだ18 V電源でも収縮動作が確認された。さらに200 V印加時には約20%の大きな収縮率が得られ、従来のような高圧電源を必要とせずに実際にアクチュエーターとして動作することも確認できた(図3)。

図3. 強誘電ネマチック液晶材料を充填した2重らせんコイル電極型アクチュエーター(上:電圧無印加時、下:200 V印加時)
図3.
強誘電ネマチック液晶材料を充填した2重らせんコイル電極型アクチュエーター(上:電圧無印加時、下:200 V印加時)

社会的インパクト

脱炭素社会に向けて、アクチュエーターも軽量化や高出力化が求められる中、構造が簡単でレアメタルを必要としない静電アクチュエーターの大幅な高出力化が可能になれば、電気自動車や産業機械等の多くの分野で使用されているモーターなどの電磁アクチュエーターを代替できる可能性がある。

また、開発した材料はソフトマテリアルであることから、人工筋肉のような柔軟性が求められる用途にも適用が可能である。パワースーツなどに用いられれば、高齢化社会や労働人口減少といった社会問題にも貢献できると思われる。

今後の展開

今回開発した液晶材料は粘性液体であり、実用に際しては封止技術などが必要になることから、現在、エラストマー化やゲル化を試みている。こうした固定化技術の発展に伴って、適用分野のより一層の拡大が見込まれる。

また、アクチュエーターは電気エネルギーを運動エネルギーに変換する機器であるが、原理的には運動エネルギーを電気エネルギーに逆変換することも可能であることから、エネルギーハーベスティング分野への適用も検討している。

付記

本研究は、本学に設置された「LG×JXTGエネルギー スマートマテリアル&デバイス共同研究講座(2019年4月 - 2021年3月、窓口教員:曽根正人教授)」および「ENEOSスマートマテリアル&デバイス共同研究講座(2021年4月 - 、窓口教員:曽根正人教授)」において実施されたものである。

用語説明

[用語1] 静電アクチュエーター : 電気エネルギー等を運動(機械)エネルギーに変換するデバイスをアクチュエーターという。このうち、正負の電荷が引きつけ合う静電力を利用するものを静電アクチュエーターまたは誘電アクチュエーターと呼ぶ。

[用語2] 有機強誘電材料 : 誘電体(電気伝導度が非常に小さな絶縁体)の中で、外部からの電界がゼロでも自発分極(用語4説明)が存在し、電界の符号が反転すると自発分極も反転する特性を持つものを強誘電体(材料)という。このうち、有機物で構成されるものを有機強誘電材料と呼び、これまでPVDF(ポリフッ化ビニリデン)やキラルスメクチックC相またはバナナ相を持つ液晶材料が知られている。

[用語3] 強誘電ネマチック相 : 液晶とは、液体と結晶の両方の性質をもった状態のことを言う。液晶の中で、分子の重心位置に秩序はないが、軸方位に秩序がある状態をネマチック相(液晶)と言い、液晶の中でもっとも多く観察される相の1つである。さらにこの中で、外部電場や外部磁場によって液晶分子の軸方位が揃う際に、多くの分子で同じ末端が同じ方向に揃う状態を強誘電ネマチック相(液晶)と呼び、このような液晶材料は自発分極を持つ。

[用語4] 自発分極 : 誘電体に外部電界が印加されると、誘電体内部にある正負の電荷が外部電界に引きつけられて誘電体表面に現れる現象を分極と呼ぶ。一般的な誘電体(常誘電体)では、分極している状態で外部電界を取り除くと正負の電荷が互いに引きつけ合って中性化するが、外部電界がゼロでも分極状態が保たれる現象を自発分極と呼ぶ。自発分極は強誘電体特有の現象とされる。

[用語5] 双極子モーメント : 分極の大きさを表すベクトル量。正負の電荷の大きさと距離の積で定義され、単位はC・mあるいはD(デバイ、1D=3.33564×10−30 C・m)。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Physics Research
論文タイトル :
Lowering of electrostatic actuator driving voltage and increasing generated force using spontaneous polarization of ferroelectric nematic liquid crystals
著者 :
Suzushi Nishimura, Satoshi Masuyama, Genichiro Shimizu, Chun-Yi Chen, Taku Ichibayashi, and Junji Watanabe
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

特任教授 西村涼

Email nishimura.s.ai@m.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5478

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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