要点
- タンパク質チロシン脱リン酸化酵素であるPTPROを欠損したマウスは、高度肥満状態でも脂肪肝や脂質異常症、糖尿病を発症しないことを発見
- 高度肥満マウスにPTPRO阻害薬を投与することで、脂肪肝、脂質異常症や糖尿病の改善に成功
- PTPROがインスリンの働きや炎症反応、脂肪組織への脂肪蓄積を調節していることを解明
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 生体恒常性研究ユニットの新谷隆史特任准教授、野田昌晴特任教授らの研究グループは、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素[用語1]の一つであるPTPROを欠損したマウスが高度肥満状態になっても、脂肪肝[用語2]や脂質異常症[用語3]、糖尿病[用語4]にならないことを発見した。
太りすぎの状態が続くと、脂肪組織の蓄積限界を超えてあふれ出した脂肪が、本来は脂肪がたまらない肝臓や膵臓、筋肉などに「異所性脂肪」としてたまるようになる。異所性脂肪が蓄積した臓器や組織では炎症反応が起こり、障害が発生するとともに、体全体が慢性的な低度の炎症状態になる。その結果、脂肪肝や脂質異常症、糖尿病などが生じる。
しかし、研究グループがPTPROを欠損した高度肥満マウスを調べたところ、脂肪組織に蓄えられる脂肪量が高度に増加しており、肝臓などへの異所性脂肪の蓄積がほとんど起こらず、炎症反応も低く抑えられていることが明らかになった。そのため、PTPRO欠損マウスは脂肪肝を発症せず、健康な肝臓を維持しており、脂質異常症や糖尿病も発症しない。さらに、高度肥満マウスにPTPROの働きを抑制する薬剤を1か月間投与したところ、肝臓などにたまった異所性脂肪が脂肪組織に移動することで減少し、脂肪肝や脂質異常症、糖尿病が回復した。こうした結果から、PTPROはインスリンの働きや炎症反応、脂肪組織への脂肪の蓄積の制御などに関与していることが明らかになった。
本研究成果は、肥満に伴って起こるさまざまな病気の中心として働いている分子とそのメカニズムを明らかにしたものであり、肥満によって誘発される脂肪肝(炎)や脂質異常症、糖尿病などの疾患の新しい治療法や予防法の確立につながるものと期待される。また、本研究成果は12月17日付で英国科学誌「Life Sciences」にオンライン掲載された。
背景
肥満者は世界中で急速に増えており、日本国内でも3人に1人が肥満者である。世界保健機関(WHO)によると、肥満は「体内への過剰または異常な脂肪の蓄積が健康に対するリスクを増加させている状態」と定義されている。具体的には、肥満によって、2型糖尿病、高血圧、心血管疾患、脂質異常症、非アルコール性脂肪性肝疾患、慢性腎臓病、睡眠時無呼吸症候群や低換気症候群、気分障害などの発症リスクが大きく増大することが知られている。
過剰な脂肪は、脂肪組織だけでなく、肝臓や心臓、骨格筋、膵臓、血管壁などへも異所性脂肪として蓄積される。このように脂肪が蓄積した組織には、マクロファージなどの炎症を起こす免疫細胞が集積し、活性化する。その結果、慢性的な炎症が生じるとともに、炎症性サイトカイン[用語5]が分泌されて、全身の生理機能が損なわれることが知られている。
研究グループは長年にわたって、受容体様タンパク質チロシン脱リン酸化酵素(RPTP)の生理機能を明らかにする研究を進めてきた。RPTPはタンパク質のチロシンに付いたリン酸を外す(脱リン酸化する)働きをする酵素で、細胞表面に存在している。2015年に研究グループは、RPTPの一つであるPTPROを含む一群のRPTPが、インスリン受容体を脱リン酸化することによって、その働きを抑制する能力があることを、培養細胞を用いた研究によって見出していた。しかしながら、個体におけるPTPROの生理機能の詳細はこれまで調べられていなかった。
研究成果
まず、PTPROを欠損したマウスと欠損していないマウス(野生型マウス)を通常のエサで飼育したところ、両者の間に体重や摂食量などの違いは見られなかった。ところが、脂肪と砂糖が大量に含まれる高カロリーのエサで飼育したところ、PTPROを欠損したマウスの方が、摂食量が多く、体重の増加も著しく大きいことが判明した。通常、このような高度肥満の状態では異所性脂肪が増加し、脂肪肝が進行していると考えられる。ところが意外にも、PTPROを欠損したマウスでは、肝臓への脂肪の蓄積が低く抑えられており、脂肪肝が発生していなかった(図1)。この要因とされたのが、脂肪組織の脂肪蓄積能の増大である。PTPROを欠損したマウスでは、脂肪細胞が顕著に拡大しており、大量の脂肪を蓄積できるようになった結果、肝臓などの他の臓器や組織への異所性脂肪の蓄積が抑制されたと考えられる。
高カロリーのエサを摂取させたマウスについてさらに詳しく解析したところ、PTPROを欠損したマウスでは、野生型マウスに比べて肝臓と脂肪組織へのマクロファージの浸潤が少なく、炎症反応も顕著に低かった。また、炎症性サイトカインの量も極めて低かった。さらに、血中の脂質量が低く、血糖値を正常に保つ能力も損なわれていないことが明らかになった。このように、PTPROを欠損したマウスは、高カロリーのエサを食べた結果として高度肥満状態になっても、脂肪肝や脂質異常症、糖尿病にならないことが明らかになった。
- 図1.
- PTPROを欠損したマウスでは肝臓への脂肪の蓄積が低く抑えられた(上)。一方、脂肪組織では脂肪細胞が大きくなり、脂肪蓄積能が増大した(下)。
次に研究グループは、高度肥満の野生型マウス(高度肥満のモデルとして使用されるob/obマウス)にPTPROの働きを抑制する薬剤を1カ月間にわたって投与する実験を行った。その結果、薬剤の投与によって肝臓に蓄積した脂肪が減少し、脂肪肝が回復することが明らかになった(図2)。このとき、PTPRO欠損マウスと同様に脂肪組織が拡大していることがわかった。すなわち、肝臓などに蓄積されていた異所性脂肪が脂肪組織に移行した結果、脂肪肝から回復したと考えられた。
また薬剤を投与したマウスでは、PTPROを欠損したマウスと同様に、肝臓と脂肪組織へのマクロファージの浸潤や炎症反応が顕著に抑制されており、血中の炎症性サイトカインの量も顕著に低下した。さらに血中脂質量が改善し、血糖値の制御能も正常化した。なお、薬剤を投与した場合でも、PTPROを欠損したマウスで見られたようなエサをたくさん食べるという現象は見られず、対照マウスとの体重の差はなかった。これは、薬剤が脳の食欲制御中枢に移行しないためと考えられる。このように、高度肥満マウスにPTPROの働きを抑制する薬剤を投与することによって、脂肪肝や脂質異常症、糖尿病を改善できることが明らかになった(図3)。
- 図3.
- PTPROを欠損したマウスは、高度肥満状態でも脂肪肝や脂質異常症、糖尿病を発症しない。また、高度肥満マウスにPTPROの働きを抑制する薬剤を投与すると、脂肪肝や脂質異常症、糖尿病が回復する。
本研究結果から、PTPROには、(1)インスリンの働きの抑制、(2)炎症反応の促進、(3)脂肪組織への脂肪の蓄積の抑制という作用があることが明らかになった。そのため、PTPROが欠損した場合や、PTPROの働きを抑制した場合には、インスリンの働きが良くなり、炎症反応が抑制され、脂肪組織への脂肪の蓄積が促進される。
社会的インパクト
本研究は、肥満にともなって脂肪肝、脂質異常症や糖尿病などの病気が生じる場合に、PTPROが中心的な役割を果たしていることを明らかにした。肥満によって誘導される病気を治療する上で鍵となる分子を発見した本研究は、肥満者が抱える健康問題の改善や生活の質の向上に大きく寄与するものであり、肥満者が増加している現代社会において非常に大きなインパクトがある。
今後の展開
本研究成果は、肥満に伴ってさまざまな病気が起こる新しい仕組みを明らかにしたものであり、PTPROを標的とする新規の医薬品の開発によって、肥満によって誘発される脂肪肝(炎)、脂質異常症、糖尿病などを統合的に治療することが可能になると期待される。
付記
本研究は、JSPS科学研究費・挑戦的研究(18K19568;新谷隆史)、JSPS科学研究費・基盤研究(S)(19H05659;野田昌晴)、JST CREST(JPMJCR1754;野田昌晴)の支援を受けて行われた。
用語説明
[用語1] タンパク質チロシン脱リン酸化酵素 : タンパク質を構成するアミノ酸の一つである、チロシンに付いているリン酸基を外す一群の酵素。
[用語2] 脂肪肝 : 肝臓に脂肪が多くたまった状態。脂肪肝を放っておくと、脂肪肝炎、脂肝硬変となり、最終的に肝不全や肝臓がんを発症することもある。
[用語3] 脂質異常症 : 血中の中性脂肪や悪玉コレステロールが高かったり、善玉コレステロールが低かったりする状態。脂質異常症は動脈硬化の原因となり、最終的に心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす可能性がある。
[用語4] 糖尿病 : インスリンが十分に働かないために、体中の組織でブドウ糖が利用されず、血液中のブドウ糖が高い状態(高血糖)が続く病気。高血糖を放置すると、網膜や腎臓などの毛細血管が破壊されたり、動脈硬化を発症したりする。
[用語5] 炎症性サイトカイン : 炎症を促進するTNFαやIL-6等のタンパク性の因子で、免疫細胞や脂肪細胞から分泌される。
論文情報
掲載誌 : |
Life Sciences |
論文タイトル : |
Deletion or inhibition of PTPRO prevents ectopic fat accumulation and induces healthy obesity with markedly reduced systemic inflammation |
著者 : |
Takafumi Shintani, Ryoko Suzuki, Yasushi Takeuchi, Takuji Shirasawa, Masaharu Noda |
DOI : |
- プレスリリース 脂肪肝の新しい治療法を発見 —特定の酵素の阻害薬の投与で肝臓に蓄積した脂肪が減少—
- 水分摂取を抑制する脳内メカニズムを解明|東工大ニュース
- 食塩の過剰摂取によって高血圧が発症する脳の仕組みを解明|東工大ニュース
- 野田研究室
- 新谷隆史|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 野田昌晴|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 科学技術創成研究院(IIR)
- 研究成果一覧
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 生体恒常性研究ユニット
特任教授 野田昌晴
Email noda.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5537 / Fax 045-924-5538
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661