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メチオニンを副原料として側鎖に硫黄を有する微生物ポリエステルを開発 硫黄の酸化により生分解性プラスチック表面の濡れ性を改変

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要点

  • メチオニンを副原料に利用し、側鎖に硫黄を含む微生物ポリエステルの生合成に成功。
  • 合成したポリエステルを過酸化水素水や過酢酸で処理することで、側鎖のスルフィドをスルホキシドやスルホンに酸化させ、材料表面の濡れ性の改変に成功。
  • 材料物性と生分解性を両立する、新規プラスチック設計・合成指針の確立に期待。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の柘植丈治准教授、水野匠詞特任助教(研究当時)、中川絢太大学院生(研究当時)、櫻井徹生大学院生、宮原佑宜特任助教は、親水性・疎水性の指標となる濡れ性[用語1]の制御が可能な、微生物ポリエステル[用語2]を生合成することに成功した。具体的には、主に3-ヒドロキシブタン酸(3HB)と2-ヒドロキシ-4-メチルチオブタン酸(2H4MTB)からなる共重合体[用語3]P(3HB-co-2H4MTB)を、含硫アミノ酸であるメチオニン[用語4]を副原料として合成を行った。

微生物ポリエステルの生分解は、微生物が分泌した分解酵素が主に疎水性相互作用を介して材料に吸着することが基点となって進行する。そのため疎水性が高い材料は生分解されやすい特徴を持つ。一方で、生分解を受け、使用時の劣化が早まることも懸念されることから、使用・分解の両方に適した親水性を持つプラスチックの開発が求められている。

本研究で新たに開発したP(3HB-co-2H4MTB) は疎水性のポリエステルであるが(図1)、一部の側鎖[用語5]に硫黄が存在しており、過酸化水素水[用語6]過酢酸[用語7]で処理することで、スルフィド[用語8]である2H4MTBユニットがスルホキシド[用語9]スルホン[用語10]に酸化される。これにより材料表面をやや親水化させることに成功した(図2)。本研究で開発したポリエステルは生分解のタイミングや分解速度を制御できる材料として利用することが期待される。

本成果は、2022年12月17日にオランダを拠点とするエルゼビア社発行の「International Journal of Biological Macromolecules」に掲載された。

研究の内容を表す概念図

研究の内容を表す概念図

図1 メチオニンを副原料として新しく開発した微生物ポリエステル

図1. メチオニンを副原料として新しく開発した微生物ポリエステル

図2 メチオニン由来2H4MTBユニットの酸化 過酸化水素や過酢酸による処理でスルフィドがスルホキシドやスルホンに酸化された。 それに伴い水滴の接触角が低下し、濡れ性が向上した。

図2. メチオニン由来2H4MTBユニットの酸化

過酸化水素や過酢酸による処理でスルフィドがスルホキシドやスルホンに酸化された。 それに伴い水滴の接触角が低下し、濡れ性が向上した。

背景

近年、一部の微生物ポリエステルが、ストローやカトラリーとして実用化され始めている。さらに微生物ポリエステルの用途を拡大するためには、使用中は十分な材料物性を発揮し、使用後は海洋などの自然環境において速やかに生分解が進行するような「材料物性と生分解性の両立」を図った材料の開発が必要である。なかでも、生分解プロセスにおける最初のステップは材料表面への分解酵素の吸着であり、分解酵素と材料表面の間には主に疎水性相互作用が働く。そのため、生分解のタイミングや生分解速度をコントロールする上では、疎水性(濡れ性が低い)や親水性(濡れ性が高い)を制御できる材料を開発することが重要となる。

本研究グループでは、以前より微生物プラスチックのうち、特にアミノ酸を原料としたポリエステル合成に取り組んできた。これまでにロイシンやフェニルアラニンといった疎水性アミノ酸を原料としたポリエステルの合成に成功してきた。また含硫アミノ酸であるメチオニンを副原料としたポリエステル合成にも取り組んできたが、培養条件の探索に課題が残っていたため、本研究では培養条件を改良して大腸菌[用語11]を用いた含硫ポリエステルの合成に取り組んだ。

研究の経緯

柘植准教授の研究グループでは以前から、アミノ酸を前駆体として多様な構造をもつポリエステルの生合成について研究を行っており、ロイシンやフェニルアラニンなどの疎水性アミノ酸をそのままの炭素骨格をもつコモノマー[用語12]としてポリエステル中に取り込ませることに成功していた[参考文献1、2]。これは、一部のクロストリジウム属細菌が有するアミノ酸分解経路由来の酵素を利用することで実現することができた。含硫アミノ酸であるメチオニンも疎水性のアミノ酸である。このことに着目し、メチオニンを副原料として2H4MTB含有ポリエステルの生合成について検討を行ったが、これまでと同じ培養条件では目的とするポリエステルの生合成には至らなかった。そこで、培養条件の改良を行うことでP(3HB-co-2H4MTB)を生合成することに成功し、本研究を遂行することができた。

研究成果

1. 含硫微生物ポリエステルの合成

ポリエステル生合成経路およびアミノ酸分解経路を導入した遺伝子組換え大腸菌に、メチオニンを副原料(2H4MTB前駆体)として供給することで、生分解性を持つ微生物ポリエステルであるP(3HB-co-2H4MTB)を生合成するに成功した(図3)。ポリエステル中の2H4MTB分率は、培地へのメチオニンの添加量を変化させることにより制御でき、最大で30モル%程度まで2H4MTB分率を増加させることが可能であった。

2. 含硫微生物ポリエステルの濡れ性制御

2H4MTB分率が10.9モル%の共重合体ポリエステルを調製し、過酸化水素水を用いて処理を行うと、スルフィドがスルホキシドおよびスルホンへと酸化されることを核磁気共鳴分析により明らかにした(図4)。また、過酸化水素水の濃度を高くするほど酸化反応が促進された。過酢酸を用いたさらに強い酸化条件では、スルフィドのほぼ全てがスルホンへと酸化された。一方で、これら共重合体ポリエステルの分子量は酸化反応によって大きく変化することはなかった。

酸化した共重合体ポリエステルの薄膜を作成し、その表面に対して水滴を用いた接触角測定[用語13]を行った。その結果、酸化前に79度であった接触角は、酸化後には約60度まで低下し、材料表面がやや親水化され、濡れ性が向上することを確認した(図2)。また、酸化された共重合体ポリエステルは、水に浸漬するとわずかに膨潤することがわかった。

図3 大腸菌内に構築した生合成経路 デヒドロゲナーゼ(LdhA)とCoAトランスフェラーゼ(HadA)はクロストリジウム属細菌由来の酵素。重合酵素(PhaC1PsSTQK)は、基質特異性拡張型の改変体。

図3. 大腸菌内に構築した生合成経路

デヒドロゲナーゼ(LdhA)とCoAトランスフェラーゼ(HadA)はクロストリジウム属細菌由来の酵素。重合酵素(PhaC1PsSTQK)は、基質特異性拡張型の改変体。

図4 1H核磁気共鳴分析による酸化状態の解析

図4. 1H核磁気共鳴分析による酸化状態の解析

①酸化前のP(3HB-co-10.9モル% 2H4MTB)、②過酸化水素水(20倍希釈水溶液)で酸化処理した結果、③過酸化水素水(5倍希釈水溶液)で酸化処理した結果、④過酸化水素水(試薬原液、約10 M)で酸化処理した結果、⑤過酢酸(過酸化水素水を等量の酢酸で希釈)で酸化処理した結果。 2H4MTB由来メチルチオ基(T5)のシグナル強度が酸化反応後には減少している。一方、過酢酸を用いて酸化反応を行うと、メチルスルホニル基(T5”)のシグナル強度が増大している。

社会的インパクト

微生物ポリエステルは、土壌や河川のみならず、海洋環境においても生分解性を示すバイオプラスチック[用語14]として利用することができる。一方で、屋外環境で利用するためには、使用期間中の生分解による材料の劣化は避けなければならない。生分解の制御技術が発展し、材料物性に優れた微生物ポリエステルが幅広い用途に適用できるようになれば、私たちの日常生活において多用されている石油由来の難分解性プラスチックの置き換えが可能になると期待される。そうすれば、難分解性プラスチックに起因するマイクロプラスチック問題[用語15]の解決につながる可能性がある。

今後の展開

副原料のメチオニンは、大腸菌が自らの能力で合成することができるアミノ酸である。しかしながら、メチオニンを外部から供給しないと現時点ではP(3HB-co-2H4MTB)を生合成することができない。大腸菌においてメチオニンの過剰生産が可能になれば、メチオニンを外部添加しなくてもP(3HB-co-2H4MTB)を生合成することが可能になると考えられる。

材料表面の濡れ性の違いにより、生分解のタイミングや生分解速度がどの程度変化するのかを明らかにすることが今後の課題である。また、スルフィドを化学修飾の反応点として利用することで、種々材料開発のための生分解性基盤材料として活用できる可能性がある。

このような要素技術の開発の積み重ねが最終的な目標である「材料物性と生分解性の両立」を可能にするものと期待される。

付記

本研究は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ムーンショット型研究開発事業/地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現/生分解開始スイッチ機能を有する海洋分解性プラスチックの研究開発」の一環として行われた。

用語説明

[用語1] 濡れ性 : 材料表面と液体(ここでは水)との親和性。

[用語2] 微生物ポリエステル : 一部の細菌が、エネルギーおよび炭素貯蔵物質として細胞内に大量に蓄積する脂肪族ポリエステルで、一般的に優れた生分解性を有する。

[用語3] 共重合体 : 2種類以上のモノマーから構成されたポリマー。コポリマーともいう。

[用語4] メチオニン : 硫黄を含んだ疎水性側鎖を有するアミノ酸。

[用語5] 側鎖 : 主鎖と呼ばれる分子の中心部分に結合している枝分かれ部分。

[用語6] 過酸化水素水 : 化学式 H2O2 で表される化合物。強い酸化力をもち、酸化剤として用いられることが多い。

[用語7] 過酢酸 : 過酸のひとつ。強力な酸化剤として汎用される。

[用語8] スルフィド : 一般式R-S-R ′(R、R ′は炭化水素基)で示すことができる化合物の総称。

[用語9] スルホキシド : 一般式R-S(=O)-R ′(R、R ′は炭化水素基)で示すことができる酸化物。

[用語10] スルホン : 一般式R-S(=O)2-R ′(R、R ′は炭化水素基)で示すことができる酸化物。

[用語11] 大腸菌 : ヒトの大腸内に生息し、また環境中にも広く分布している細菌。増殖が速く、遺伝子組換えが容易に行えることから、安全な菌株に関しては生物工学や遺伝子工学の実験で多用されている。

[用語12] コモノマー : 共重合体ポリマーにおける第二成分モノマーのこと。

[用語13] 接触角測定 : 材料の表面に水などの液滴を接触させ、その液滴表面と材料表面とのなす角(接触角)を測る方法。水滴を用いて測定した場合、接触角が大きいほど材料表面は疎水性であり、小さいほど親水性である。

[用語14] バイオプラスチック : 微生物によって二酸化炭素と水にまで分解される生分解性プラスチックとバイオマスを原料として生産されるバイオマスプラスチックの総称。

[用語15] マイクロプラスチック問題 : 難分解性プラスチックに由来する回収困難なプラスチック片(マイクロプラスチック)による環境汚染。とくに、海洋環境におけるマイクロプラスチック汚染が深刻化している。

参考文献

[1] Mizuno, S., Enda, Y., Saika, A., Hiroe, A., Tsuge, T. (2018). Biosynthesis of polyhydroxyalkanoates containing 2-hydroxy-4-methylvalerate and 2-hydroxy-3-phenylpropionate units from a related or unrelated carbon source. J. Biosci. Bioeng., 125(3), 295-300. doi: 10.1016/j.jbiosc.2017.10.010

[2] 水野匠詞, 柘植丈治 (2020) 微生物産生バイオプラスチックの新展開~アミノ酸から誘導される2-ヒドロキシ酸モノマーユニット~, 化学と工業, Vol. 73, No. 11, pp. 861-863.

論文情報

掲載誌 :
International Journal of Biological Macromolecules
論文タイトル :
Oxidation of methionine-derived 2-hydroxyalkanoate unit in biosynthesized polyhydroxyalkanoate copolymers
著者 :
Shoji Mizuno, Ayata Nakagawa, Tetsuo Sakurai, Yuki Miyahara, Takeharu Tsuge
DOI :

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