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オオスカシバの全ゲノム配列を決定 染色体進化や遺伝子の違いが明らかに

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要点

  • スズメガの仲間であるオオスカシバの高精度な染色体スケールの全ゲノム解読に成功。
  • 得られたゲノムから、オオスカシバに特異的な遺伝子重複や進化速度の異なるオプシン遺伝子を同定。
  • 染色体の構造が近縁種と異なるオオスカシバの全ゲノム解読が、チョウ目の染色体進化の解明につながると期待。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山部貴央大学院生(博士後期課程2年)、伊藤武彦教授、梶谷嶺助教(研究当時)、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授らの研究チームは、チョウ目昆虫のオオスカシバの高精度な染色体スケールの全ゲノム[用語1]解読に成功し、染色体進化やユニークな表現型の分子基盤を明らかにした。

スズメガの仲間であるオオスカシバは、幼虫は他種には毒となるクチナシやコーヒーノキを食草とし、成虫は昼行性であるなど、ユニークな特徴を持っている。しかしこのような魅力的な研究材料であるにもかかわらず、本種に対する遺伝的な研究はこれまで行われていなかった。

そこで本研究では、次世代シーケンサーデータ(PacBio、Illumina)とHi-Cと呼ばれる染色体立体配座補足法を用いて、オオスカシバの染色体スケールの全ゲノム配列を構築した。得られたゲノム配列を用いたゲノム解析から、オオスカシバに特異的な遺伝子重複や、進化速度の異なるオプシン遺伝子が同定され、ユニークな食草や昼行性との関連性が示唆された。また、この染色体の構造をカイコなどの近縁種と比較した結果、カイコとスズメガの仲間では、起こる染色体融合が異なることが明らかとなった。こうした染色体の大規模な構造変化はチョウ目昆虫の種分化に深く関わっている可能性があり、本研究結果は、チョウ目全体の染色体進化の解明につながると期待される。

本研究成果は、2023年7月26日に「Genome Biology and Evolution」に掲載されCover Imageに選出された。

背景

チョウ目昆虫はチョウやガの仲間であり、地球上の全記載種の約10分の1にあたる約16万種が確認されている。その多様性の解明のためにゲノム解析が盛んに行われ、これまでカイコをはじめとした多くの種の全ゲノム配列が解読されてきている。チョウ目昆虫の中でもスズメガは、太い胴を持つ大型の蛾である。本種は高速での飛行やホバリングなど優れた飛行能力を持ち、生理学や行動学のモデル生物として広く用いられている。また、本種が重要な花粉媒介者であることを示す証拠も近年発表されており、生態学的にも注目されている。

チョウ目スズメガ科に属するオオスカシバ (Cephonodes hylas) は、幼虫がクチナシやコーヒーノキなどを食草とする害虫である。また、成虫は蛾にもかかわらず昼行性で、透明な翅を持つなどのユニークな特徴を持つ。こうしたことから、オオスカシバは特に魅力的な研究材料として位置づけられている。それにもかかわらず、全ゲノム配列は決定されておらず、本種に対する遺伝的な研究は行われていなかった。そこで本研究では、このオオスカシバを対象として、ゲノム配列から、進化および特異的な表現型形質の配列因子を解明することを目的とした。

研究成果

本研究でははじめに、DNAとRNAのサンプリングを行い、ATGC配列に変換する配列決定を行った。次に、得られたシークエンスデータ(PacBio、Illumina)と、Hi-Cとよばれる染色体立体配座補足法を用いて、オオスカシバの新規ゲノム配列を構築した。次に、得られた全ゲノム配列を用いて、近縁種との比較ゲノム解析を行った。

これらの手法から、オオスカシバの全ゲノムを解読し、コンピューター上でゲノムを構成する29本の染色体を構築することに成功した。その際に、染色体を配列で再現したことで、それぞれの染色体の特徴が明らかになり、どの遺伝子がどの位置にあるかを示すことができた。さらに、全ゲノム配列を用いた染色体比較ゲノム解析によって、カイコとスズメガの仲間では、起こる染色体融合が異なることが確認された。こうした染色体の大規模な構造変化は、遺伝子の組み替えを抑制することから、チョウ目昆虫の種の違いや種の分化に深く関わっている可能性が考えられる。

ゲノム解析の結果から、16,854の遺伝子を予測できた。さらにこの遺伝子予測から、コーヒーノキの葉の代謝に関与している可能性のあるCYP450をコードする遺伝子が、16番染色体に隣接して重複していることが明らかになった。重複遺伝子は進化の制約が弱いため、突然変異によって新しい機能を獲得することが知られており、他種と異なる食草を持つオオスカシバの特徴に関連するかもしれない。そこで、食草の代謝と遺伝子の関係をさらに調べるために、幼虫の中腸における遺伝子の活動を詳しく分析した。その結果、幼虫の中腸で特に活発に働いている545の遺伝子を特定できた。これらの遺伝子の機能を解析すると、食草の消化に関わっていることが示唆された。この発見は、幼虫の食物消化メカニズムの理解を一歩前進させる可能性がある。

次に、オオスカシバの全遺伝子を近縁種の全遺伝子と比較し、アミノ酸配列の違いから進化速度の速い遺伝子を検出するdN/dS解析[用語2]を行った。その結果、光受容タンパク質である長波長(LW)・青色(Blue)の波長を吸収するオプシン遺伝子で、有意なdN/dS値の上昇が確認された。このことから、これらのオプシン遺伝子の進化が夜行性から昼行性へ進化する鍵であった可能性が考えられる。

図1 (背景)オオスカシバ成虫、近縁種(カイコ、タバコスズメガ)の染色体融合。

図1. (背景)オオスカシバ成虫、近縁種(カイコ、タバコスズメガ)の染色体融合。

社会的インパクト

本研究によって、スズメガ科オオスカシバの全ゲノム配列を明らかにすることができた。スズメガの仲間は、花粉媒介者として受粉に役立っていることが明らかになりつつあり、近年注目されている。またオオスカシバは、アフリカやアジアなどに広い分布域を持つ普遍種でありながら、昼行性であり、コーヒーノキの葉を食すなど、近縁種と大きく異なる特徴を持つ。多様なチョウ目昆虫の中でもユニークな本種を調べた今回の研究結果は、昆虫生物学において重要な生物多様性や、その維持のため分子メカニズムの解明につながると期待できる。

今後の展開

今回の研究では、オオスカシバの全ゲノム配列から、表現型に関連する可能性のある遺伝子の特徴が明らかになった。今後、決定したゲノム配列を他のチョウ目昆虫の配列と比較していくことで、配列の違いがチョウ目の種の違いにどのように関連しているのかという、多様性の源となるゲノム領域を明らかにする新たな手がかりを得られることが期待される。

付記

本研究は、科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽) (21K19211)、基盤研究B (JP19H03206、22H02598)などの支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] ゲノム : 生物種がもつ遺伝情報の総体。

[用語2] dN/dS : アミノ酸の変異を起こす非同義置換率(dN)を、アミノ酸の変異を起こさない同義置換率(dS)で割った比率。遺伝子の進化の圧力を評価することができる。

論文情報

掲載誌 :
Genome Biology and Evolution
論文タイトル :
Chromosomal-level Genome Assembly of the Coffee Bee Hawk Moth Reveals the Evolution of Chromosomes and the Molecular Basis of Distinct Phenotypes
著者 :
Takahiro Yamabe, Rei Kajitani, Atsushi Toyoda, Takehiko Itoh
DOI :

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