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イオンと電界を利用した、コミュニケーションを阻害しない飛沫/エアロゾル感染対策 異分野融合の感染症対策を四大学連合が学生主体で開発

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要点

  • イオンと電界を利用して、光や音の通過を阻害することなく、感染の原因となる飛沫やエアロゾルを効果的に回収・遮断できるデバイスを開発。
  • アクリル板など従来のパーティションと異なり、光と音の反射/吸収がごく少ないためコミュニケーションを妨げることなく飛沫感染対策が可能。
  • 四大学連合のポストコロナ社会コンソーシアムを起点としたプロジェクトを学生主体で進め、医工連携による新しい感染対策を提案。

概要

東京工業大学 工学院 機械系の神田海都大学院生(研究当時)、同大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の山田哲也助教、栁田保子教授ら、東京医科歯科大学の西村久明助教、倉持仁客員教授、藤原武男教授ら、千葉大学の竹元幸亮大学院生、高橋応明准教授らの研究チームは、イオンと電界[用語1]を利用して、コロナウイルスを含む飛沫やエアロゾル[用語2]を回収・遮断できるデバイスを開発した。

このデバイスはアクリル板パーティションのような音や光の反射がほぼないため、コミュニケーションを阻害しにくい特徴を持つ。そのため、既存のパーティションに代わる新たな飛沫感染対策として、現在も続く新型コロナウイルスへの感染や、新たな感染症の拡大を防ぐ有効な手段となることが期待される。

新型コロナウイルスは流行初期では未知の感染症であり、異分野が融合した対策が必要であった。東京工業大学、東京医科歯科大学、一橋大学、東京外国語大学が参加する四大学連合[用語3]では「ポストコロナ社会コンソーシアム」を設立し、異分野融合を取り入れた学生主体で実行可能な新型コロナウイルス対策について議論が行われた。

そこで生まれたのが、「帯電した原子や原子団であるイオンと、帯電した物質の電荷に影響を及ぼす電界の働きを利用して異物を集める」という空気清浄機などに使われている仕組みを応用した飛沫やエアロゾルを回収するデバイスのアイデアだ。

このアイデアをもとに、まず東京工業大学を中心とした学生が、感染予防とコミュニケーションを両立できるデバイスを製作した。続いて、東京医科歯科大学の研究者らを中心として、新型コロナウイルス感染症の患者が入院する病室にデバイスを設置し実証実験を行ったところ、イオンと電界の働きにより、感染リスクが低いと考えられるウイルスの量まで減少できることが示された。

飛沫感染の防止を目的とした従来のアクリル板などのパーティションは、音と光に干渉しコミュニケーションを妨げるため、新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後は撤去されつつある。本研究で開発したデバイスでは、空気清浄機などに使われるイオンと電界を応用することで、音と光を透過させながら飛沫やエアロゾルを回収できるため、既存のパーティションよりも円滑なコミュニケーションが期待できる。本研究成果は、8月26日付の「Scientific Reports」に掲載された。

図1. A)アクリル板パーティションを設置した場合の写真。光の反射によりアクリル板に話者の影が映り、会話相手の顔が見えづらくなっている。B)本研究で開発した感染対策デバイスを設置した場合の写真。光の反射がないため影が映らず、会話する相手の顔がクリアに見える。C)本研究によるイオンと電界を用いた感染症対策デバイスの模式図。イオナイザーから放出したイオンが飛沫・エアロゾルを帯電させ、捕集電極とグラウンドの間に発生した電界が飛沫・エアロゾルを捕集電極に引き寄せる。
図1.
A)アクリル板パーティションを設置した場合の写真。光の反射によりアクリル板に話者の影が映り、会話相手の顔が見えづらくなっている。B)本研究で開発した感染対策デバイスを設置した場合の写真。光の反射がないため影が映らず、会話する相手の顔がクリアに見える。C)本研究によるイオンと電界を用いた感染症対策デバイスの模式図。イオナイザーから放出したイオンが飛沫・エアロゾルを帯電させ、捕集電極とグラウンドの間に発生した電界が飛沫・エアロゾルを捕集電極に引き寄せる。

背景

新型コロナウイルス感染症の対策法として、特に不特定多数の人々が対面でコミュニケーションを取る場面においては、飛沫の伝播を物理的に遮断するアクリル板などのパーティションが多く導入されてきた。しかし、こうしたパーティションは音や光を反射する性質があり、声は聞こえづらく、表情は見えづらくなることから円滑なコミュニケーションを妨げる。そのため、新型コロナウイルス感染症の位置づけが5類感染症に移行した頃から、徐々にパーティションが撤去されるようになった。しかし、現在も新型コロナウイルスやインフルエンザなどの感染症によって毎年数千人もの命が失われる中、感染対策が不要になったというわけではない。人々の生活に負担をかけない継続的な感染対策の手法を確立することは急務であると言える。

本研究の「コミュニケーションを阻害しない飛沫感染対策」というコンセプトは、東京工業大学の修士課程に通う大学院生(研究当時)が、コロナ禍の中で老人ホームの祖父を訪問した際に実感した、コミュニケーションにおけるアクリル板パーティションの問題を解決するために生まれたものである。

東京工業大学、東京医科歯科大学、一橋大学、東京外国語大学からなる四大学連合は研究教育のさらなる推進などを目的に2001年より四大学連合を結成して多彩な活動を行ってきた。コロナ禍に際しても「ポストコロナ社会コンソーシアム」を設立して、異分野融合イベントの取り組みを進めていた。

東京外国語大学が主催するポストコロナ社会コンソーシアムのシンポジウムにおいて、感染症対策についての学生中心のグループディスカッションが実施され、その話し合いの中でイオンと電界を利用して、光や音の透過を阻害することなく、感染の原因となる飛沫やエアロゾルを効果的に回収・遮断できるデバイスのアイデアが出された。それを形にすべく、東京工業大学、東京医科歯科大学、千葉大学、東京大学などからなる有志学生を募り、当該アイデアを実現するデバイスの製作と検証が行われることになった。

研究成果

研究アイデアの有効性の検証

コミュニケーションを阻害することなく感染症対策を行うには、デバイスが音と光の透過を妨げない形で、空気中から感染の原因となる飛沫やエアロゾルを捕捉する必要がある。そこで着目したのが、イオンと電界を利用して、光や音を阻害することなく、飛沫やエアロゾルを効果的に回収・遮断する技術であった。アイデアの検証とデバイスの作製は、東京工業大学が中心となり実施された。

まず、この技術によって飛沫やエアロゾルの回収が可能かを検証するために、デバイスのプロトタイプにイオンと電界を発生させた空間に線香の煙を近づけ、煙の流れを高感度カメラで観察した。すると、イオンと電界がない通常の場合には線香の煙は上昇するのに対し(図2A)、電界とイオンを発生させた場合には煙が下に吸い寄せられることがわかった(図2B)。

図2 A)イオンと電界を用いない場合、煙は上昇する。B)イオンと電界を用いた場合、煙は下に引き寄せられる。

図2. A)イオンと電界を用いない場合、煙は上昇する。B)イオンと電界を用いた場合、煙は下に引き寄せられる。

次に、イオンと電界がコミュニケーションを阻害しないかを検証するため、音と光に対する特性を調べた。従来のパーティションに用いられるアクリル板(6 mm)が光を反射する一方、イオンと電界は空気と同程度の高い光透過性を示した。同様に、アクリル板は音に干渉するのに対して、イオンと電界は空気と同様、音を透過させることが示された。

これらの結果により、イオンと電界は、コミュニケーションで重要な音と光を透過させながら、飛沫を回収・遮断できる可能性を確認した

デバイスの作製

続いて、イオンと電界を発生させるパーティション型のデバイスを作製した(図3)。デバイス中央の開口部の上部にはイオンを発生させるイオナイザーを配置し、開口部の上下部には電界を発生させるグラウンドと捕集電極を配置した。これにより、開口部内に向かって飛んできた飛沫やエアロゾルをイオンによって帯電し、電界によって捕集電極に引き寄せることができる。また、開口部は高さを変えられる仕組みになっており、開口部の高さに応じて変化する飛沫遮断性能を評価することができる。

図3 開発したデバイスの全体(左)と内部(右)の写真。

図3. 開発したデバイスの全体(左)と内部(右)の写真。

デバイスを用いた遮断効果の検証

作製したデバイスが飛沫およびエアロゾルを遮断できるかを検証するために、軽い咳を模擬した水滴(約8 μm以下)をデバイスの開口部に向かって飛ばしたところ、イオンと電界により捕捉されることが示され、開口部高さ16 cmの時に約89%の水滴を遮断できることが明らかになった。

人体への影響を考慮しオゾン濃度を測定したところ、デバイス内でのオゾン濃度は0.001 ppm以下で検出されなかった。このオゾン濃度は粘膜に刺激が出るとされる0.1 ppm以下である。次に、電界強度についてシミュレーションをしたところ、デバイスから30 cm離れた位置の電界強度は人が感知する電界強度10-45 kV(WHO, 2006)以下であった。

臨床現場における実証実験

最後に、東京医科歯科大学の研究者らを中心として、新型コロナウイルス感染症患者の積極的な受け入れを行ってきた栃木県宇都宮市のインターパーク倉持呼吸器内科において実証実験を行った。この実証実験は東京医科歯科大学の研究者の調整により、倫理審査を経たプロトコールに基づき患者の同意を経た上で実施した。デバイスをコロナ患者が居る病室内に設置すると、コロナウイルスを含むエアロゾルが捕捉されCt値[用語4]が40以上に増加し、感染リスクが低いと考えられる値まで空気中のウイルス量が減少することが分かった(図4)。Ct値は、PCR検査の増幅サイクル数であり、値が大きいほどウイルスが少ない。

図4. 4装置の有無によるサンプルのCt値分布。実線の丸と四角は、それぞれ1回目(N=3)と2回目(N=1)の実験からのサンプルを示す。実線で結ばれたプロットは、同一参加者からのサンプルを示す。P値は有意差検定を示す。
図4.
4装置の有無によるサンプルのCt値分布。実線の丸と四角は、それぞれ1回目(N=3)と2回目(N=1)の実験からのサンプルを示す。実線で結ばれたプロットは、同一参加者からのサンプルを示す。P値は有意差検定を示す。

社会的インパクト

新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行を機に、コミュニケーションを取る上で不便さもあったアクリル板のパーティションは、徐々に撤去されつつある。しかし、新型コロナウイルスの感染は依然として続いている。そうした中、人々に負担がかからない形で対策を継続していくことは、感染拡大を防ぐ上で重要であろう。

本研究チームが開発した、イオンと電界を利用したデバイスは、ウイルスを含む飛沫やエアロゾルを遮断しながら、コミュニケーションに必要な光と音を透過させることができる。そのため、実用性をいっそう向上させることにより、私たちの生活に溶け込み、新型コロナウイルス感染症や新たな感染症に対する感染防止対策として、有効な手段となることが期待される。

今後の展開

イオンと電界を使った当デバイスの遮断性能は、開口部の高さが16 cmのときに約89%であった。本研究では同時に、この開口部の高さが大きくなるにつれ、遮断機能が低下することも明らかになっている。今後はさらに実用性を向上させるべく、開口部を広げた場合でも高い遮断性能を維持できる構造を目指す。また、イオンと電界を発生させるために高い電圧が加えられていることもあり、漏電などに対する安全対策も併せて講じた上で、実用化を目指していきたい。

本研究の成果は、多様な大学の学生が大学の垣根を超えて集い、研究開発ならびに病院での実証実験を進めることによって実現された。その過程で、コロナ禍にも関わらず、多くの病院関係者や大学職員から協力を得ることができた。今後は企業との連携も視野に入れ、実用化に向けた研究開発を進めたいと考えている。

付記

本研究は東京医科歯科大学 生体材料工学研究所、東京工業大学 未来産業技術研究所、広島大学 ナノデバイス研究所、および静岡大学 電子工学研究所の連携研究機関である生体医歯工学共同研究拠点、4大学連合ポストコロナコンソーシアム運営費、科研費基盤B(50823142)により助成された。

用語説明

[用語1] 電界 : イオンなどの電荷を持った(=帯電した)物体に、力を及ぼすことができる領域。本研究では、空気中に電圧を加えることで電界を作り出しており、この電界が空気中にある飛沫やエアロゾルなどの粒子を移動させて取り除く役割を果たしている。

[用語2] エアロゾル : 大気などの気体中に浮遊する固体や液体の微小な粒子。長時間空気中に浮遊できるのが特徴で、遠くまで広がる可能性を有している。咳やくしゃみで放出される飛沫のうち、大きなものは速やかに地面に落ちるが、微小なものはエアロゾルとして長時間空気中に浮遊し、感染の原因となる。

[用語3] 四大学連合 : 東京工業大学、東京医科歯科大学、一橋大学、東京外国語大学により、新しい人材の育成と研究教育のさらなる推進などを目指して結成された組織。四大学連合複合領域コースによる単位認定をはじめ、さまざまな連携を行うほか、講演会等のイベントも実施している。

[用語4] Ct値 : PCR検査で陽性と判断したときの増幅サイクル数。ウイルスRNA量が多いほどCt値が小さく、ウイルスRNA量が少ないほどCt値が大きくなる。したがって、Ct値が低い場合、ウイルス量が多く感染力も高くなる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Applying negative ions and an electric field to countermeasure droplets/aerosol transmission without hindering communication
著者 :
Kaito Kanda, Hisaaki Nishimura, Takuya Koiso, Kousuke Takemoto, Kazuma Nakagoe, Tetsuya Yamada, Masaharu Takahashi, Mariko Hanafusa, Tomoki Kawahara, Yasuko Yanagida, Jin Kuramochi & Takeo Fujiwara
DOI :

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