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子育てと子の愛着の科学 日頃の育児で子ザルも甘え方を変える

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要点

  • 小型のサル、マーモセットは家族で生活し、父・母・年長のきょうだいが交代で赤ん坊を背負って育てる。
  • 子はひとりにされると盛んに鳴き、それに応えて来てくれる家族を覚えてしがみつく。逆に、子に不寛容な相手といる時には不安を示す。このような幼少期における家族とのかかわりが、愛着の発達や自立に影響する。
  • 人間の子どもの発達や自立と、教育や子育ての関係を明らかにするヒントになると期待。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の黒田公美教授と北海道大学の矢野(梨本)沙織助教、Trinity College Dublin(トリニティ・カレッジ・ダブリン)のAnna Truzzi(アンナ・トルッツイ)研究員、理化学研究所の篠塚一貴研究員(研究当時)らの国際共同研究グループは、小型霊長類コモン・マーモセット[用語1]の子が、父母やきょうだいに世話をされて育つ中で、相手に応じた柔軟な社会性を獲得することを示した。

子どもが親(養育者)や近しい人を覚え慕うことを愛着と呼ぶ。幼少期に築かれた愛着行動は生涯にわたり社会性や心の健康の基礎となるため、動物モデルを使った基礎研究が必要とされている。今回、研究グループはヒトと同様に家族で生活し、父母と年長のきょうだいが協力して子を背負い育てるコモン・マーモセットを用い、家族ひとりひとりの子育ての個性と子の行動の関係を解析した。その結果、子どもは、困っている時に助けてくれる感受性[用語2]の高い家族個体を求め、また辛抱強く背負ってくれる寛容[用語2]な個体に背負われると安心できることが示唆された。さらに、このように相手に応じて柔軟に愛着を調節し、次第に自立していく力は、家族の中で育てられて身につくことが分かった。家族とのかかわりを妨げられると、子マーモセットは相手によらず家族を避け、その一方で強い分離不安を示す、人間でいう「無秩序型愛着」に似た状態を示すことも分かった。

本研究成果により、コモン・マーモセットが人間の子育てと愛着の優れたモデル動物であることが示された。将来的には、愛着形成の脳内メカニズムの解明や、幼少期の環境不全、虐待などに起因する社会性の問題(愛着障害)の理解や支援に貢献すると期待できる。

本研究成果は、上智大学 総合人間科学部 齋藤慈子教授、慶應義塾大学 医学部 岡野栄之教授、京都大学 ヒト行動進化研究センター 中村克樹教授らとの共同研究によって行われ、2月20日付の「Communications Biology」に掲載される。

子は家族個体それぞれの子育てスタイルに応じて愛着を柔軟に変化させる

子は家族個体それぞれの子育てスタイルに応じて愛着を柔軟に変化させる

背景

哺乳類の子どもは未発達な状態で生まれ、他者に育ててもらわなければ生きていくことができないため、親や近しい大人を覚え慕い、「愛着」を形成する。幼い頃に形成された愛着は、成長後の心の健康や社会性の基礎となるため、愛着形成が脳にどのような変化をもたらすのか、げっ歯類やマカクザルなどを中心に研究が行われてきた。しかしヒトは多くの哺乳動物と異なり、安定した夫婦関係を築き共同で子育てを行うため、ヒトの愛着に関する理解を深めるためには、よりヒトに近い親子関係を持つモデル動物が必要とされてきた。

南米原産の霊長類コモン・マーモセット(以下、マーモセット)は、ヒトと同じように夫婦とその子から成る家族単位の群れを形成し、家族ぐるみで幼い子の世話を協力して行う。黒田公美教授らは2022年にマーモセットの家族の子育て行動を詳細に観察し、子育て行動を「子の鳴きへの世話行動の早さ(感受性)」と、「子を拒絶せずに背負い続ける忍耐強さ(寛容性)」で定義し、寛容性をつかさどる前脳の責任脳領域を明らかにした。今回は親子関係の中でも研究が遅れている、子から家族への愛着行動に注目し、マーモセットの子育てと愛着発達の関係性について調べた。

研究成果

研究グループは、子どもと家族個体との1対1の関係を観察する「子の回収試験」(図1A)を用い、子と家族個体の行動や鳴き声をそれぞれ記録した。ひとりにされた子どもは鳴いて家族を呼び、それを聞いた家族個体が子どもを背負いに行く。その際、子どもは家族をきちんと見分けていて、見知らぬ個体を避けて家族個体にしがみつく(図1B)。子は、家族個体にしがみつくと安心してすぐに鳴き止む(図1C)。自力での移動が困難な生後3週までは、子どもはほとんど常に家族に背負われていて、自分から降りたり、背負いを拒否したりすることはまれである(図1D)。

図1 子の回収試験 (A)実験の模式図。家族から引き離した子どもをカゴに入れて右のケージに、家族個体の1頭を左のケージに入れた。金網を取り除いたのち、子どもと家族個体の行動を観察した。(B)子どもは家族と見知らぬ個体とを区別し、家族が助けに来てくれるとすぐにしがみつく。(C)子どもの鳴き声のスペクトログラム(上)と鳴き声の種類(下)。幼い子どもはひとりでいると鳴いて助けを呼び、背負われるとすみやかに鳴き止む。(D)幼い子どもは家族にしがみついて過ごし、自発的に離れることはまれ。

図1. 子の回収試験

(A)実験の模式図。家族から引き離した子どもをカゴに入れて右のケージに、家族個体の1頭を左のケージに入れた。金網を取り除いたのち、子どもと家族個体の行動を観察した。
(B)子どもは家族と見知らぬ個体とを区別し、家族が助けに来てくれるとすぐにしがみつく。
(C)子どもの鳴き声のスペクトログラム(上)と鳴き声の種類(下)。幼い子どもはひとりでいると鳴いて助けを呼び、背負われるとすみやかに鳴き止む。
(D)幼い子どもは家族にしがみついて過ごし、自発的に離れることはまれ。

しかし、一部の家族個体に対しては、子どもが背負われることを避けたり、背負われているにも関わらず不安が解消されず頻繁に鳴いたりする様子が認められた。こうした家族個体の子育てスタイルを調べてみると、子どもが鳴いていても無視したり、背負っている子どもを噛んだり壁や床にこすりつけたりして拒絶することが多いという特徴を持つことが分かった(図2A)。言い換えれば、子どもは、困っている時に助けてくれる(感受性の高い)家族個体を求める傾向にあり、辛抱強く背負ってくれる(寛容な)個体と一緒にいると安心できる、ということを示している。さらに、同一の家族個体に対しては、子ども達のとる愛着行動のパターンが似通っていたことから(図2B)、家族個体によって子どもは柔軟に振る舞い方を変えていることが分かった。

図2 子は家族個体それぞれの子育てスタイルに応じて愛着を変化させる (A)子どもが家族個体を避けるケースでは、家族個体は子の要求を無視しがちであった。子が背負われている時も鳴いて不安を訴えるケースでは、家族個体は背負っている子どもを頻繁に拒絶していた。(B)同一の家族個体に対しては、子ども達のとる愛着行動がきょうだい間で似通っていた。

図2. 子は家族個体それぞれの子育てスタイルに応じて愛着を変化させる

(A)子どもが家族個体を避けるケースでは、家族個体は子の要求を無視しがちであった。子が背負われている時も鳴いて不安を訴えるケースでは、家族個体は背負っている子どもを頻繁に拒絶していた。
(B)同一の家族個体に対しては、子ども達のとる愛着行動がきょうだい間で似通っていた。

次に、このような愛着の発達過程を明らかにする目的で、多子や家族の不調などのやむを得ない理由で家族から離されて育った子ども(人工哺育[用語3]子)の愛着を調査した。その結果として、人工哺育子は、家族の中で育った子ども(親哺育子)とは違い、柔軟な愛着行動の調節が出来なくなっていることが明らかになった。人工哺育子を元の家族のケージに時々戻してやると、家族たちは親哺育子・人工哺育子を分け隔てなく助け、背負おうとする。しかし、人工哺育子は寛容で感受性が高い家族個体に対しても背負われるのを避けたり、ほんの少し拒絶されただけですぐに離れたりするために、ひとりで過ごす時間が長くなることが見受けられた(図3B左・中央)。さらに、親哺育子であれば自立して、ひとりで過ごせる日齢に成長しても、人工哺育子は家族を避けつつひとりのままでいながら、鳴いて助けを求め続けるという矛盾した行動が認められた(図3B右)。これらの結果から、相手に応じて柔軟に愛着を調節する力や、次第に自立していく力は、家族との自然なかかわりの中で身についていくと考えられる。

図3 人工哺育により家族との交流が制限された子どもの愛着行動 (A)実験方法。家族と再会した際の子どもと家族との関係性を評価した。(B)左:人工哺育子は家族に背負われることを避けることが多かった。 中央:人工哺育子は背負われずにひとりで過ごす時間が長くなった。 右:親哺育子は成長するとひとりでも鳴かずに過ごすようになったが、人工哺育子は成長してもひとりになると激しく鳴いて不安を訴えた。

図3. 人工哺育により家族との交流が制限された子どもの愛着行動

(A)実験方法。家族と再会した際の子どもと家族との関係性を評価した。
(B)左:人工哺育子は家族に背負われることを避けることが多かった。 中央:人工哺育子は背負われずにひとりで過ごす時間が長くなった。 右:親哺育子は成長するとひとりでも鳴かずに過ごすようになったが、人工哺育子は成長してもひとりになると激しく鳴いて不安を訴えた。

ヒトの発達心理学的研究において、子の愛着パターンは親の子育てパターンによって影響を受けることが知られている。本研究では、マーモセットの子は困ったときにすぐ助けてくれる家族個体、かつ辛抱強く背負ってくれる家族個体を求め、またそのような個体と一緒にいると安心することが分かった。これはヒトで言う「安定型」に似た愛着といえる(図4)。また、人工哺育個体では、ヒトで虐待・ネグレクトを受けた子どもに現れやすいという「無秩序・混乱型」に似た、ひとりで鳴き続けながら同時に相手を避けるという矛盾した愛着パターンを示すことも、明らかとなった。このように、本研究を通じ、ヒトとマーモセットの愛着行動の間に多くの共通点があることが見出すことができた。

図4 子育てと愛着のパターン 子どもは、困ったときにすぐ助けて世話してくれる家族個体を求め、寛容で辛抱強く背負ってくれる家族個体といると安心できる。子どもは家族個体ごとに愛着パターンを変化させるが、家族との交流を制限された人工哺育子では、虐待・ネグレクトを受けたヒトの子どもで見られることが多い「無秩序・混乱型」に似た矛盾した愛着パターンに固定化されていた。

図4. 子育てと愛着のパターン

子どもは、困ったときにすぐ助けて世話してくれる家族個体を求め、寛容で辛抱強く背負ってくれる家族個体といると安心できる。子どもは家族個体ごとに愛着パターンを変化させるが、家族との交流を制限された人工哺育子では、虐待・ネグレクトを受けたヒトの子どもで見られることが多い「無秩序・混乱型」に似た矛盾した愛着パターンに固定化されていた。

社会的インパクト

幼いころの愛着形成は、情緒や社会性の発達の基礎となり、成長後の心の健康や対人関係にも重要な役割を果たすことが知られている。一方、幼少期に十分な愛着の形成が出来ず、情緒の発達や周囲の人々との人間関係に困難を生じている状態を「愛着障害」と呼び、近年注目を集めている。しかしながら、愛着の脳内メカニズムに関する研究はその他の行動と比較して遅れており、愛着の形成によって脳内でどのような変化が起きているのか、また愛着障害が起こる脳内メカニズムなどは明らかにされていない。

本研究により、ヒトとよく似た家族構造を持つマーモセットにおいて、家族の養育スタイルに応じて子が柔軟に愛着を変える、子が自立していく力は家族の中で育まれるうちに身につく、といったヒトとよく似た多くの特徴を見出すことができた。ヒトに似た親子関係をもつマーモセットをモデル動物として愛着の脳内機構を研究することで、ヒトの愛着形成のメカニズムの解明や、愛着障害の理解や対策につながると期待される。

今後の展開

本国際共同研究チームは、マーモセットの子が幼少期に受けた養育が子の発達に及ぼす長期的な影響や、子の愛着行動を司る脳部位の探索についても研究を進めている。こうした研究を通じて、ヒトの親子関係を科学的に理解し、客観的で効果的な育児支援につなげることを目指す。

付記

本研究は、理化学研究所運営費交付金(脳神経科学研究センター)、日本医療研究開発機構(AMED)JP20dm0107144(研究代表者:黒田公美)、JP22dm0207001(研究代表者:岡野栄之)、Brain/MINDS project 2014 (研究代表者:黒田公美)、No.16 dm0207003h0003(研究代表者:中村克樹)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業研究活動スタート支援JP26893327(研究代表者:篠塚一貴)、同若手研究JP16K19788(研究代表者:篠塚一貴)、同基盤研究(C)JP20K12587(研究代表者:篠塚一貴)、同若手研究JP19K16901(研究代表者:矢野沙織)、同基盤研究(B)JP18KT0036(研究代表者:黒田公美)、同基盤研究(B)JP22H02664(研究代表者:黒田公美)、同挑戦的研究(萌芽)JP22K19486(研究代表者:黒田公美)、武田科学振興財団2023年度生命科学研究助成(研究代表者:黒田公美)の助成を受けた。

用語説明

[用語1] コモン・マーモセット : 中南米を原産とする小型の新世界ザル。夫婦と子どもたちで生活し、分担して新生児の世話をしたり、多彩な音声コミュニケーションを行ったりするなど、高い社会性が注目されている霊長類である。

[用語2] 感受性・寛容性 : 黒田公美教授らは2022年にコモン・マーモセットの子育てを詳細に観察し、子育て行動の主要変数として、鳴いている子への対応の早さ(感受性)と子を拒絶せずに背負い続ける忍耐強さ(寛容性)が定義でき、これらが相互に独立かつ特定の個体で安定して見られる「子育てスタイル」を形成することを明らかにした[参考文献1]

[用語3] 人工哺育 : マーモセットは、1度の出産で2匹の子を産むことが多いが、3匹以上の子が生まれることもある。マーモセットの乳首は2個なので2匹を超える子が生まれた場合には子が死亡するケースが多く、救命のため人工哺育が必要となる場合がある。人工哺育子は親に攻撃を受けるなどの事例を除き、週に数回、2-6時間程度元の家族と同居させ、それ以外の時間は保温インキュベーター内で飼育した。

参考文献

[1] Shinozuka, K., S. Yano-Nashimoto, C. Yoshihara, K. Tokita, T. Kurachi, R. Matsui, D. Watanabe, K. I. Inoue, M. Takada, K. Moriya-Ito, H. Tokuno, M. Numan, A. Saito, and K. O. Kuroda. (2022). A calcitonin receptor-expressing subregion of the medial preoptic area is involved in alloparental tolerance in common marmosets. Commun Biol, 5 (1), 1243. DOI:10.1038/s42003-022-04166-2
寛容な子育てに必要な脳—我が子荷にならず?サルも育児は忍耐の連続—|理化学研究所

論文情報

掲載誌 :
Communications Biology
論文タイトル :
Anxious about rejection, avoidant of neglect: Infant marmosets tune their attachment based on individual caregiver's parenting style
著者 :
Saori Yano-Nashimoto, Anna Truzzi, Kazutaka Shinozuka, Ayako Y. Murayama, Takuma Kurachi, Keiko Moriya-Ito, Hironobu Tokuno, Eri Miyazawa, Gianluca Esposito, Hideyuki Okano, Katsuki Nakamura, Atsuko Saito, Kumi O. Kuroda
DOI :

生命理工学院

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2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 黒田公美

Email kurodalab@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5441

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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