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青色有機ELの電子移動を促進する材料選択 超低電圧青色有機ELの実用化に向けて

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要点

  • 強い分子間CT相互作用と最小の駆動力で電子移動が促進されることを実証
  • 45通りの材料の組み合わせによる系統的な電子移動の解析
  • 効率的な超低電圧青色発光のための材料選択指針を提案

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の伊澤誠一郎准教授、静岡大学 工学部 化学バイオ工学科の藤本圭佑准教授らの研究グループは、超低電圧で発光する青色有機ELにおいて、適切な材料の組み合わせを用いることで、エネルギー損失のない高効率な電子移動が可能となることを実証した。

有機ELは、テレビやスマートフォンディスプレイ等で実用化されている一方で、光の三原色の中で最もエネルギーが高い青色の発光については、駆動電圧が高く(3 V以上)消費電力が大きいという課題を抱えている。同研究グループの伊澤准教授らが開発したアップコンバージョン[用語1]有機EL(UC-OLED)では、2種類の有機分子の界面におけるアップコンバージョン過程を利用することで、世界最小電圧の1.5 V以下での青色発光を実現した。一方で、UC-OLED内部の電子移動反応の詳細はこれまで明らかにされておらず、高効率化のための材料選択指針が求められていた。

今回、共同研究チームは、45通りの材料の組み合わせを用いてUC-OLED内部の電子移動反応を解析することによって、分子間CT相互作用[用語2]が強く、かつ電子移動の駆動力が小さい組み合わせにおいて、電子移動が促進されることを見出した。本研究成果は、超低電圧青色有機ELだけでなく、類似のメカニズムを利用する光アップコンバージョン[用語3]の材料選択指針にもなり、エネルギー利用効率の高い社会の実現に寄与することが期待される。

本研究は主にJST研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ、科学研究費助成事業の支援を受け、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の伊澤誠一郎准教授、真島豊教授、岩崎洋斗修士課程学生、Shui Qingjun(スイ・チンジュン)大学院博士後期課程学生、静岡大学の藤本圭佑准教授、高橋雅樹教授、坂野公紀大学院修士課程学生らによって実施された。本研究成果は2024年6月24日付(現地時間)の「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

背景

有機ELは、高コントラストで色彩性が豊かであり、薄膜化やフレキシブル化が可能であるという特長を有しており、大画面テレビやスマートフォン等のディスプレイで実用化されている。一方で、青・緑・赤の光の三原色のうち、最も高いエネルギーを有する青色有機EL素子では、駆動電圧が3 V以上と高いことや、長期動作安定性が低いことが課題となっている。

そこで開発されたのが、2種類の有機分子の界面におけるアップコンバージョン過程を利用したアップコンバージョン有機EL(UC-OLED)である。UC-OLEDの発光メカニズム(図1)は、まず注入された電子と正孔(ホール)が電子ドナー/アクセプター分子の界面で再結合することによって、電荷移動(CT)状態という励起状態を形成する。続いて、CT状態から電子移動が起こり、ドナー層中で三重項励起状態(T1[用語4]が励起される。その後、2つの三重項状態から、三重項―三重項消滅(TTA)により高エネルギーの一重項励起状態(S1[用語4]が生成し、青色発光が得られる。本メカニズムを用いることで、従来素子の約半分の電圧である1.5 V以下で高効率な青色発光を得ることができるようになった。

一方で、UC-OLEDの社会実装に向けてはさらなる高効率化が急務であり、そのためには素子内部での電子移動の詳細な解析と材料選択指針が求められている。また、UC-OLEDにおいて中心的な役割を担うCT状態は、光アップコンバージョンや有機太陽電池[用語5]においても重要な中間体となるため、CT状態ダイナミクスの理解はこれらの有機光デバイスの包括的な理解につながる。

図1 UC-OLEDの発光メカニズム

図1. UC-OLEDの発光メカニズム

研究成果

本研究では、UC-OLEDの系において45通りの材料の組み合わせ(図2)を用いて、CT状態からドナー分子のT1へのCT→T1電子移動反応を系統的に解析した。一般的な有機分子では、T1に移動した電子は無輻射的に失活してしまうため、エネルギーや効率等の情報を取り出すことが難しい。しかしUC-OLEDでは、CT状態からT1に電子移動した後に、TTAによってS1を形成させることで、発光として観測することができるため、素子の発光効率から間接的にCT→T1電子移動の効率を議論することが可能である。

図2 本研究で用いた材料の化学構造とエネルギー準位

図2. 本研究で用いた材料の化学構造とエネルギー準位

UC-OLEDのEL発光スペクトルでは、TTAを経由した青色発光(TTA-UC発光)と、中間体であるCT状態の輻射的な失活であるCT発光が観測される(図3a)。そこで、材料の各組み合わせのCT発光ピークよりCT状態エネルギー(ECT)を、青色発光より発光効率を算出した。そして、45種類のデバイスについて、発光効率と電子移動の駆動力(ECTET1)の関係性をプロットしたところ(図3b)、電子移動の駆動力が小さい、すなわちドナーの三重項エネルギーとCT状態エネルギーが近い領域で発光効率が高くなる傾向が見られた。

図3 (a) 典型的なELスペクトル (b) 45種類のデバイスの発光効率と電子移動の駆動力の関係

図3. (a) 典型的なELスペクトル (b) 45種類のデバイスの発光効率と電子移動の駆動力の関係

次に、界面相互作用が電子移動に与える影響を考慮するために、光電流応答スペクトル(IPCE)よりCT吸収の観測を行い、各デバイスの分子間CT相互作用の評価を行った。電子移動の駆動力(ECTET1)が同程度である場合には、分子間CT相互作用の強い組み合わせほど、効率的に電子移動できることが示唆された。CT吸収はドナー/アクセプター(D/A)間の距離や分子配向、分子軌道の形の情報を含むため、CT吸収強度はD/A間の電子カップリングを反映している。そこで、発光効率をCT吸収強度で割ることによって、電子カップリングで規格化した電子移動効率が得られる(図4a)。ここで、半古典的マーカス理論[用語6]に基づいて、プロットの形よりフィッティングを行ったところ、0.1 eV以下の再配向エネルギーで実験結果をよく再現できることが分かった。これは、小さな再配向エネルギーに由来して、0.1 eV以下の駆動力で電子移動が促進されていることを意味する。

最後に、探索した材料系の中で最も効率の良かった組み合わせについて、デバイス構造の最適化を行った。その結果、1.5 V乾電池1本で青色発光が得られた(図4b)ことに加え、従来までの3.3%よりも高い4.0%の最大外部量子効率(EQE)を達成した。

図4. (a) 電子カップリングで規格化した電子移動効率と電子移動の駆動力の関係(プロット)と、フィッティング曲線 (b) 最適化デバイスの電流密度-電圧-輝度特性と、1.5 V乾電池1本で得られた青色発光(グラフ内の写真)
図4.
(a) 電子カップリングで規格化した電子移動効率と電子移動の駆動力の関係(プロット)と、フィッティング曲線 (b) 最適化デバイスの電流密度-電圧-輝度特性と、1.5 V乾電池1本で得られた青色発光(グラフ内の写真)

社会的インパクト

効率的なCT→T1電子移動を達成するためには、分子間CT相互作用が強く、かつドナーの三重項エネルギーとCT状態エネルギーが近い(電子移動の駆動力が小さい)材料の組み合わせを用いることが重要だと分かった。本知見は、超低電圧青色有機ELだけでなく、光アップコンバージョンの材料選択指針にもなり、エネルギー利用効率の高い社会の実現に資すると言える。

今後の展開

超低電圧青色有機ELの社会実装に向けては発光効率の向上が求められる。今後は、本研究で得られた知見をもとに新しい材料の探索を行い、市販の青色有機ELと同程度の発光効率の達成を目指す。これにより、従来よりも大幅な消費電力の低減が可能となる。

付記

今回の研究成果はJST研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)(JPMJTR23R8)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR2101)、科学研究費助成事業(21H05411, 22K14592)、分子科学研究奨励森野基金の支援によって実施された。

用語説明

[用語1] アップコンバージョン : エネルギーの低い励起状態からエネルギーの高い励起状態を作り出すプロセス。三重項―三重項消滅(TTA)はその一種であり、2つの三重項励起状態が衝突することによって、1つのエネルギーの高い一重項励起状態を作り出す。

[用語2] 分子間CT相互作用 : ドナー分子とアクセプター分子の分子間で生じる電荷の移動による相互作用のこと。一般的に、ドナー分子とアクセプター分子の分子軌道が重なり合うことによって促進される。

[用語3] 光アップコンバージョン : 長波長(低エネルギー)の光から短波長(高エネルギー)の光に変換する技術。未利用の近赤外光の有効活用や生体イメージングへの応用が期待されている。本稿では特に、CT状態を中間体としてTTAによりアップコンバージョンさせる光アップコンバージョンのことを指す。

[用語4] 三重項励起状態一重項励起状態 : 外部からエネルギーを受け取り、分子内の電子が通常よりもエネルギーの高い準位に存在する状態を励起状態という。その電子の自転が生み出す磁気情報をスピンと呼ぶが、対となる2つの電子のスピンが平行で磁気情報が打ち消されない場合を三重項と呼び、逆に反平行で打ち消される場合を一重項と呼ぶ。

[用語5] 有機太陽電池 : 有機分子を発電層に用いた太陽電池。太陽電池は光(フォトン)を電流(電子)に、有機ELは電流(電子)を光(フォトン)に変換する素子であり、それぞれ逆過程となるため、密接に関連している。

[用語6] 半古典的マーカス理論 : ルドルフ・マーカスにより提唱された、電子移動を記述するための理論。ここでの「半古典的」とは、分子内振動による量子効果を取り入れていることを意味する。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Electron Transfer Enhanced by a Minimal Energetic Driving Force at the Organic-Semiconductor Interface
著者 :
Hiroto Iwasaki, Keisuke Fujimoto, Koki Banno, Qing-jun Shui, Yutaka Majima, Masaki Takahashi, Seiichiro Izawa
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 准教授/科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者兼務

伊澤誠一郎

Email izawa.s.ac@m.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5341

静岡大学 工学部 化学バイオ工学科 准教授

藤本圭佑

Email fujimoto.keisuke@shizuoka.ac.jp
Tel / Fax 053-478-1177

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661

静岡大学 総務部 広報・基金課

Email koho_all@adb.shizuoka.ac.jp
Tel 054-238-5179 / Fax 054-238-4450


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