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原始紅藻シゾンでアブシシン酸が機能―植物ホルモン獲得のルーツを解明―

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要点

  • 植物ホルモン・アブシシン酸が原始紅藻シゾンで機能していることを発見
  • シゾンは塩ストレスに応答してアブシシン酸を合成、ストレス耐性を獲得
  • 植物ホルモン(アブシシン酸)の起源と進化に重要な知見

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の小林勇気助教と田中寛教授らは、最も原始的な植物である単細胞性の原始紅藻「シゾン」[用語1]が、塩ストレスに応答して植物ホルモンのアブシシン酸[用語2]を合成することを発見した。さらに合成されたアブシシン酸が細胞周期の進行を阻害、その阻害機構に細胞内のヘム代謝[用語3]が関わることを明らかにした。

アブシシン酸はストレス応答や気孔の開閉を司(つかさど)る植物ホルモンで、原始的な植物からの検出例も報告されていることから、様々な植物ホルモンの中でも最古の起源をもつと考えられてきた。しかし、植物が進化のどの段階で、アブシシン酸を植物ホルモンとして獲得したかは謎だった。

被子植物におけるアブシシン酸シグナル伝達機構は非常に複雑で、その全体像の解明には困難が伴っている。原始藻類シゾンにおける詳細を明らかにすることにより、アブシシン酸シグナル伝達機構の起源と進化の解明が期待される。

成果は4月4日、日本の英文学術誌「プラント・アンド・セル・フィジオロジー(Plant & Cell Physiology)」オンライン版に掲載された。

研究の背景

植物ホルモンは低濃度で組織に作用し、シグナル伝達や生理作用を制御する。私たちが普通に目にする被子植物では植物ホルモンが分化や生長、環境応答など様々な生理現象に重要な働きをしている。中でもアブシシン酸は塩・乾燥・寒冷に対するストレス応答や気孔の開閉などの生理作用が明らかになっており、植物の環境への適応において極めて重要な役割を果たしている。

アブシシン酸は光合成を行うシアノバクテリアや単細胞藻類からも検出されており、種々の植物ホルモンの中でも、最も原始的な進化段階の植物で獲得されたと考えられている。しかし、シアノバクテリアや単細胞藻類での機能は不明な点が多く、どの段階で現在の植物のようなホルモンとしてのアブシシン酸の機能を植物が獲得したか不明だった。

研究の経緯と成果

小林助教らはシゾンのゲノム中にも、アブシシン酸の合成やシグナル伝達に関わる遺伝子が見つかることに着目した。シゾンにおけるアブシシン酸の働きを解明することで、植物におけるアブシシン酸シグナル伝達の起源を明らかにすることができると考えた。

まずシゾン細胞からアブシシン酸が検出されるかどうかを検証した。その結果、塩ストレスに曝されたシゾン細胞からアブシシン酸が検出された。さらに培養液へのアブシシン酸の添加によりシゾン細胞の増殖が停止することを明らかにした。細胞周期を開始するシグナルとして必要な代謝産物「ヘム」によるシグナル伝達を阻害することで、細胞増殖を阻害しているというメカニズムも解明できた。

また、アブシシン酸合成ができない突然変異株が、野生型のシゾンよりも低濃度の塩ストレスにより死滅することを見いだした。細胞は増殖時にストレスに曝されると傷害を受けやすい。そのため、ストレスに応じて合成されたアブシシン酸が細胞周期の開始を抑制することで、塩ストレスから細胞を守っていると考えることができる。

これらの発見は、最も原始的な植物であるシゾンがアブシシン酸を合成し、シグナル伝達因子として用いていることを示している。つまり、アブシシン酸応答システムは、植物細胞が多細胞化していく過程で獲得されたのではなく、原始的な単細胞藻類の段階で既に獲得されていたといえる(図1)。

植物ホルモン:アブシシン酸の起源と進化

図1. 植物ホルモン:アブシシン酸の起源と進化

今後の展開

高等植物では、アブシシン酸が受容体により感知され、そのシグナルが遺伝子発現へ繋げるシグナル伝達機構が明らかにされている。同様のシグナル伝達系が単細胞藻類でも機能しているかは今後の課題であり、解き明かすことでアブシシン酸機能の進化が明らかになるとみられる。

用語説明

[用語1] シゾン : 学名はCyanidioschyzon merolae(通称シゾン)。イタリアの温泉で採取された単細胞の原始紅藻(スサビノリ等の仲間)。真核生物として初めて100%の核ゲノムが決定された。モデル植物、モデル光合成真核生物として、近年研究が進んでいる。

[用語2] アブシシン酸 : 植物ホルモンの一種。休眠や生長抑制、気孔の閉鎖などを誘導する。さらに塩・乾燥・寒冷などのストレスに対応して合成され、ストレス応答遺伝子の発現を制御してストレス耐性を向上する作用がある。

[用語3] ヘム代謝 : ヘムは呼吸や生体内の代謝反応に必要な物質である。植物細胞内では、葉緑体とミトコンドリアで多くの代謝中間体を経て合成される。シゾンでは細胞周期を開始させるシグナルとしても働いている。

共同研究グループ

今回「Plant & Cell Physiology」誌に掲載された内容は、千葉大学大学院園芸学研究科華岡光正准教授らのグループとの共同研究の成果である。

研究サポート

この研究は、JST・CREST「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出outer」と科学研究費補助金の支援を受けて実施した。

論文情報

掲載誌 :
Plant & Cell Physiology
論文タイトル :
Abscisic acid participates in the control of cell-cycle initiation through heme homeostasis in the unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae
著者 :
Yuki Kobayashi, Hiroyuki Ando, Mitsumasa Hanaoka and Kan Tanaka
DOI :

問い合わせ先

科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
教授 田中寛

Email : kntanaka@res.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5274

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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