鉄系超伝導体の臨界温度が4倍に上昇
―絶縁性薄膜に電界印加で35ケルビンに―
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の平松秀典准教授、元素戦略研究センターの細野秀雄教授と半沢幸太大学院生らは、鉄系超伝導体[用語1]の一つである鉄セレン化物「FeSe」のごく薄い膜を作製し、8ケルビン(K=絶対温度、0Kはマイナス273℃)で超伝導を示すバルク(塊)より4倍高い35Kで超伝導転移させることに成功した。FeSe薄膜が超伝導体ではなく、絶縁体[用語2]のような振る舞いを示すことに着目し、電気二重層トランジスタ[用語3] [用語4]構造を利用して電界を印加することにより実現した。
トランジスタ構造を利用したキャリア生成方法は、一般的な元素置換によるキャリア生成とは異なり、自由にかつ広範囲にキャリア濃度を制御できる特徴がある。このため、元素置換によるキャリア添加が不可能な物質でも適用が可能なことから、今後の鉄系層状物質でより高い超伝導臨界温度の実現を狙う有力な方法になると期待される。
成果は3月29日(米国時間28日)に「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」のオンライン速報版に掲載された。
研究の背景
超伝導は、ある温度(臨界温度:Tc)以下で電気抵抗がゼロになる現象。2008年2月に細野教授らが発見した新超伝導体LaFeAsO(La:ランタン、Fe:鉄、As:ヒ素、O:酸素)とその類似構造を有する化合物は、鉄を主成分とすることから「鉄系超伝導体」と称されている。
超伝導発現には最悪と信じられてきた磁性元素である鉄を主成分として含むにもかかわらず、ヒ素と組み合わせ、かつ電子を添加することで、高Tcで超伝導を示すという意外性に注目が集まった。現在の最高Tcは55Kに達し、銅酸化物超伝導体[用語5]の130Kの次に高い温度となっているが、銅酸化物系のTcの方が2倍以上高い。
銅酸化物と鉄系超伝導体は、超伝導体のもととなる親物質(母相)が反強磁性体[用語6]であり、伝導を担うキャリア(電子もしくは正孔)を添加することで、その反強磁性の磁気的な秩序が消失し、超伝導が発現するという共通点をもつ。
一方、母相の性質として根本的に異なる点も知られており、銅酸化物の母相はエネルギーギャップを持つ「モット絶縁体」[用語7]であるのに対し、鉄系物質の母相はギャップを持たない「金属」[用語8]である。この違いが銅酸化物と鉄系超伝導体の最高Tcの違いに関係していると考えられる。すなわち、「絶縁体」母相のほうがより高Tcにつながる可能性があることになる。
鉄セレン化物FeSeは、バルクではTcが8Kの超伝導体であるが、試料の厚さをナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)オーダーまで極端に薄くすると超伝導体ではなく、絶縁体のような挙動を示す。
そこで、ナノメートルオーダーまで薄くしたFeSe薄膜は、銅酸化物超伝導体のような高Tcを示す物質の「絶縁体」母相となりうる可能性に着目し、外部から電界をかけて高濃度の電子を誘起することによって、絶縁体から金属のように電気がよく流れる状態、そしてさらには超伝導状態の実現に挑戦した。
研究成果
高品質FeSe薄膜は、分子線エピタキシー[用語9]により作製し、外部からの電界印加方法としては、電気二重層トランジスタ構造(図1)を用いた。6端子状に形成した厚さ約10ナノメートルのFeSe薄膜チャネル上に、ゲート絶縁体として働くイオン液体[用語10]を流し込み、コイル状の白金で作製したゲート電極から外部電界(ゲート電圧)を印加し、「ドレイン」-「ソース」間の電気抵抗の温度依存性を測定した。
図1. 本研究で作製した電気二重層トランジスタの概略図(左)と実際の写真(右)
- 図2.
- 電気二重層トランジスタ構造を使って、ゲート電圧を印加したときのFeSe極薄膜チャネルの電気抵抗の温度依存性。右図は左図の低温域の拡大図。
その結果、図2左に示すように、ゲート電圧を印加しない場合(0ボルト)は絶縁体に特徴的な、温度が下がると電気抵抗が上昇する様子が観察され、3.5ボルトまではその挙動に変化はほとんど観察されなかった。しかし、4ボルトのゲート電圧を印加すると、キャリア濃度の増加を示唆する(特により低温域での)電気抵抗の低下とともに、8.6Kで電気抵抗の落ち込みが観察され始めた(図2右)。
さらにゲート電圧を増加させることで、その抵抗の落ち込み開始温度が上昇し、5ボルト印加時にゼロ抵抗(超伝導)を観察した。最大の5.5ボルト印加時のTcは35Kに達した。このTcは、塊のバルク体FeSeのTc(8K)のおよそ4倍である。
FeSe極薄膜チャネルに誘起された最大のキャリア濃度(図3)は、ゲート電圧5.5ボルト印加時で、1平方センチメートルあたり1.4×1015個(チャネル全体で見積もると1立方センチメートルあたり1.7×1021個)と、電気二重層トランジスタ構造を利用することによってバルクFeSeのキャリア濃度より約1桁高い濃度までキャリア添加に成功したことが明らかとなった。このキャリア濃度の増大が今回の高Tc達成の要因と考えられる。
この結果は、絶縁性母相とみなせる鉄系物質で高濃度のキャリア添加をすることによって銅酸化物超伝導体並みの高いTcを狙うという、今回の研究成果の有用性を実証している。
- 図3.
- 超伝導臨界温度(Tc)と電子濃度・ゲート電圧の関係。Tconset:電気抵抗の落ち込みが観察された温度、Tczero:ゼロ抵抗が観察された温度。
今後の展望
今回の結果により、高Tc実現のための物質選択および実験手法の選択の両方の有用性を示すことができた。今後、より高いTcの超伝導体探索の新しいルートを提供するといえる。
この成果は、文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>により助成されたものである。
用語説明
[用語1] 鉄系超伝導体 : 鉄を主成分として含む化合物の中で超伝導転移を示す層状化合物の総称で、超伝導を担う構造としてFeAsまたはFeSe層をもつ。
[用語2] 絶縁体 : 金属(用語説明8参照)と異なりバンドギャップが開いた状態になっている物質の総称。
[用語3] トランジスタ : ゲート電極/ゲート絶縁体/半導体の3層構造に代表される電子デバイスで、ゲート電極に電圧を印加することによってゲート絶縁体の電気容量にほぼ比例した電気伝導を半導体中(「ドレイン」-「ソース」間)に誘起することができる。真空管では3極管に相当する。
[用語4] 電気二重層トランジスタ : 通常のトランジスタは、ゲート絶縁体としてアモルファス酸化物などの固体物質が利用されるのに対し、イオン性の電解液(イオン液体、用語説明10参照)を使うトランジスタ。厚さ1ナノメートル以下の非常に薄い絶縁層がゲート絶縁体として働くために、非常に大きな電気容量を得ることができる。具体的には、通常の固体をゲート絶縁体とした場合よりも約2桁高く、最大1平方センチメートルあたり1015個に及ぶ伝導キャリアを蓄積できる。
[用語5] 銅酸化物超伝導体 : 1986年に発見された銅(Cu)と酸素(O)を含む超伝導体の総称で、結晶構造の中にCuO2面を有するという特徴がある。
[用語6] 反強磁性体 : 隣接する磁気モーメント(スピン)が互いに反平行に整列している物質。
[用語7] モット絶縁体 : 電子同士の静電反発が強いことが要因となって、絶縁体(用語説明2参照)の状態(ギャップが開いた状態)になっている物質の総称。
[用語8] 金属 : ここでは、単体金属だけでなく、ギャップが開いていない(閉じている)状態を示す。
[用語9] 分子線エピタキシー : 真空中で加熱源を使って固体を蒸発させ、発生した分子の流れを対向する位置に設置した基板上にあてることで、薄膜試料を形成する実験手法。
[用語10] イオン液体 : 陽イオンと陰イオンが常温付近で液体として存在するイオン性物質。
論文情報
掲載誌 : |
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(和訳:米国科学アカデミー紀要) |
論文タイトル : |
Electric field-induced superconducting transition of insulating FeSe thin film at 35 K
(和訳:絶縁性FeSe薄膜の35ケルビンにおける電界誘起超伝導転移) |
著者 : |
Kota Hanzawa, Hikaru Sato, Hidenori Hiramatsu, Toshio Kamiya, and Hideo Hosono
(半沢 幸太、佐藤 光、平松 秀典、神谷 利夫、細野 秀雄) |
DOI : |
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