数原子からなる白金クラスター触媒の大量合成に成功
―従来よりも1,000倍以上の効率で―
要点
- 環状の白金錯体を利用して白金原子数5から12の原子数のクラスター担持触媒をミリグラムオーダーで合成することに成功(フラスコスケールの有機合成反応に初めて適用)
- この白金クラスターは再利用可能な触媒として活用できる可能性がある
- 少し大きいナノ粒子と比べ、数原子のクラスターは興味深い挙動を示す
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の今岡享稔准教授、山元公寿教授らの研究グループは、原子数が明確な白金クラスター[用語1]をカーボンに担持した触媒をミリグラムオーダーで合成することに成功した。これまで構成原子数が明確な単分散クラスターの合成は、気相合成と質量分別を組み合わせるのが唯一の方法だった。本研究では原子数が明確な白金多核錯体を前駆体として用いる化学的手法で、従来法と同等の製造精度で1,000倍以上の大量合成を実現している。この触媒はスチレンの水素化反応に対して高い活性を有しており、触媒として再利用することも可能であることが確かめられた。これは原子レベルで単分散した金属クラスターを数ミリグラム程度のフラスコスケールの触媒反応に応用した初めての例になる。本成果は、2017年9月25日付の英科学雑誌Nature Publishing Groupの「Nature Communications」オンライン版に掲載された。
研究の背景
サブナノメートルサイズの金属クラスター(金属サブナノ粒子)はナノ粒子とは大きく異なる性質を持っていることが知られており、特にその触媒機能については活性と選択性が特異的で、注目されている。例えば白金サブナノ粒子は、プロパンの脱水素化反応がバルクの白金表面に比べて40~100倍の活性となったり、燃料電池の酸素還元反応が10倍以上の質量活性になるなどが知られている。しかし、金属クラスターの構成原子数が1つ変化するだけでその特性が大きく変化するため、クラスター触媒の特性を十分に引き出すためには、1原子のずれも許されない高い精度と単分散性が必要とされる。
クラスター触媒の多くはカーボンや酸化物などの担体上に担持された状態で、不均一系触媒として用いられるが、原子レベルの精度でこれらを得る方法はこれまで気相合成法[用語2]しかなく、合成量はわずかだった。
今回の研究は、従来の気相合成とは全く異なる化学的なアプローチで、スケールアップの限界という根本的な問題解決に取り組んだものである。その結果、白金5~12原子からなる各種クラスターを選択的にミリグラム(mg)スケールで合成することに成功した。
研究成果
今回、原子数が明確な白金クラスターを合成するための原料(前駆体)として白金多核錯体[用語3]に注目した。白金多核錯体はこれまで無数の構造が報告されているが、同一の基本構造を持ちながら、核数が1つずつ異なるバリエーションをすべて構築できるものは存在しなかった。一方、同族のニッケル(Ni)やパラジウム(Pd)では、チオラートと呼ばれる硫黄系の架橋配位子を含む環状錯体がすでに存在しており、その核数は5から12程度まで様々なものが報告されている。白金(Pt)でも同様の構造ができると考え、合成と精製条件を検討したところ、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)を用いることで5核から12核までのすべての純粋な環状白金チオラート錯体を単離精製することに成功した(図1)。
- 図1.
- 白金クラスター合成の(原料として用いた白金多核錯体の構造(左上)とその分離のHPLCチャート(左下)、単離した錯体の質量スペクトル(MALDI-TOF-MS)(左)
得られた各種白金錯体を原料として、その核数を完全に維持した状態で担体(カーボン)上に各種白金クラスター(Pt5~Pt12)を生成する方法を突き止めた。得られたクラスターの解析は主に原子分解能の走査型透過電子顕微鏡 (STEM)[用語4]を用いることで行い、各クラスターの構成原子数を直接観察し、大部分で原子数が設計どおり保持されていることが確認できた(図2)。その挙動は大変興味深く、粒径の比較的大きな(~2nm)ナノ粒子とは違い、非常に流動的なものであった。
- 図2.
- 8原子の白金からなるクラスターPt8の合成模式図と得られたクラスター担持カーボンの暗視野STEM像(上段)。同様の方法で核数の異なる各種白金錯体から得られたクラスター(Pt5~Pt12)それぞれの原子像(STEM)。原子配置は絶えず変化しており、決まった形に固定されていない(下段)。
各種の白金クラスター(Pt5~Pt12)を用いて、フラスコスケールでの有機合成反応のモデル実験を行なったところ、スチレンの水素化反応で明確な活性が認められた。なかでも10個の白金原子からなるPt10は他のものよりも高い活性を示した(図3)。金属クラスター触媒は一般に耐久性が低く、実用に足らないと考えられがちであるが、Pt10は反応後も多くが担体上に残留しており、再利用の可能性が高まった。
- 図3.
- 各種白金クラスターを触媒として用いた際のスチレンの水素化反応における触媒回転数の時間経過。
今後の展開
本研究で開発した金属クラスターの単原子精度での合成法は、従来の気相合成法に対して、桁違いに大きなスケールで行うことができ、原理的にはグラム(g)スケール以上で行うことも可能となる。触媒のみならず、磁気記録やエレクトロニクスデバイスなど、金属クラスターで期待されている応用展開を進める上で極めて重要な成果といえる。
今回の成果は白金(Pt)に特化したものであるが、この手法は白金のみならず様々な金属に適用することが可能であり、金属クラスター科学の発展の起爆剤になると期待される。
用語説明
[用語1] クラスター : ここでは原子や分子数個から十数個の集合体として表現している。金属クラスターは原子の集合体として、数千個の原子からなるナノ粒子を指す用語としても用いられるが、数個の原子からなるクラスターとは構造や性質が本質的には異なる。サイズの小さなクラスターはその原子数によって安定性などの性質が異なることが知られている。特に安定なクラスターとなる原子数を「魔法数」と呼び、表面が有機物などで保護された魔法数クラスターは、比較的大量に合成できる。しかし、表面保護されていないクラスターや魔法数から外れるクラスターは、単分散を要求される場合、気相法が唯一の合成法である。
[用語2] 気相合成法 : 薄膜を形成する手法。超高真空チャンバー中で気化した金属ガスの凝集と、それを加速して得られるクラスターイオンビームの四重極フライトチューブなどを用いた質量分別によって行われる。近年、その合成スループット向上が試みられているが、1原子の分解能を得るにはビームを大きく絞り込む必要があり、依然としてナノグラム(ng)からマイクログラム(µg)が事実上の合成可能な量の上限になっている。
[用語3] 白金多核錯体 : 金属錯体は金属イオンと配位子 (電子が豊富な無機イオンや有機分子など様々なものがある) が複合化した分子のこと。今回、配位子としてチオラートと呼ばれる負電荷を帯びた硫黄原子を含む有機分子を用いた。ひとつの錯体分子に複数の金属イオン(今回は白金)を含むものを多核錯体と呼ぶ。
[用語4] 走査型透過電子顕微鏡(STEM) : 極小領域に絞った電子ビームを試料に照射し、掃引しながら透過してくる電子線の強度をマッピングすることで、試料内部の原子像分布・形態・組成像・結晶構造などを画像化することができる顕微鏡。今回は原子1つを識別する能力を持った、球面収差補正された電子線を用いた装置で観察を行なった。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications (Nature Publishing Group) |
論文タイトル : |
Platinum clusters with precise numbers of atoms for preparative-scale catalysis |
著者 : |
Takane Imaoka, Yuki Akanuma, Naoki Haruta, Shogo Tsuchiya, Kentaro Ishihara, Takeshi Okayasu, Wang-Jae Chun, Masaki Takahashi, Kimihisa Yamamoto |
DOI : |
- プレスリリース 数原子からなる白金クラスター触媒の大量合成に成功
- 山元・今岡研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 山元公寿 Kimihisa Yamamoto
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 今岡享稔 Takane Imaoka
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