要点
- 核、葉緑体、ミトコンドリアのリボソームRNA合成が連動して調節されていた
- 細胞質と葉緑体を結ぶ新たなシグナル伝達系を特定
- 細胞共生による葉緑体進化の理解に重要な知見
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の今村壮輔准教授と田中寛教授らは、原始的な植物である紅藻「シゾン[用語1]」では、核、葉緑体、ミトコンドリアがそれぞれ持つリボソームRNA[用語2]の合成が、お互いに連動して調節されていることを発見した。
さらに、葉緑体のリボソームRNA合成は、細胞内シグナル分子ppGpp[用語3]を合成するタンパク質(CmRSH4b)が細胞質から葉緑体へ運搬され、その機能が発揮され調節されていることが明らかになった。
葉緑体は、植物細胞のエネルギー生産の場であり、葉緑体機能・増殖の維持において、リボソームRNA合成は要の反応である。しかし、葉緑体におけるリボソームRNAの合成が、核やミトコンドリアでのリボソームRNA合成とどのようにして連携して調節されているかは謎であった。
被子植物における増殖の調節は非常に複雑で、その全体像の解明は困難だった。原始藻類シゾンの葉緑体におけるリボソームRNA合成の調節や、その調節が核やミトコンドリアでのリボソームRNA合成とどのようにリンクして行われているかを明らかにすることで、植物の基本的な増殖制御を理解できると考えられる。この成果が、葉緑体の増殖を調節する仕組みの確立過程の解明や、穀物増産に向けた基礎的な知見となることが期待される。
本成果は2月14日、英国の科学雑誌「ザ・プラント・ジャーナル(The Plant Journal)」オンライン版に掲載された。
研究の背景
細胞の増殖は、タンパク質の合成量に依存し、タンパク質合成はリボソームと呼ばれる翻訳装置により行われる。リボソームは、リボソームタンパク質とリボソームRNAから構成される巨大な酵素複合体であり、その生合成量はリボソームRNA合成量によって決定づけられている。そのため、リボソームRNA合成は増殖と相関して厳密に調節されている。
植物細胞は、核・葉緑体・ミトコンドリアの3種の細胞内小器官それぞれにリボソームRNA遺伝子を持ち、それぞれが独立に合成されて機能を果たしている。核で合成されたリボソームRNAは、細胞質に輸送されリボソーム合成に用いられ、葉緑体とミトコンドリアではリボソームRNA合成とリボソーム合成がそれぞれの場所で行われる。しかし、それら3種のリボソームRNA合成が互いにどのような関係を持って細胞内で調節されているかは不明であった。
研究の経緯と成果
今村准教授らは、核のリボソームRNA合成が真核生物では一般にTORキナーゼ[用語4]で調節されていることに着眼した。そして、TORキナーゼが、核のみならず、葉緑体とミトコンドリアにおけるリボソームRNA合成にも関与するという仮説を立てた。
まず、シゾン細胞内の3種の細胞内小器官におけるリボソームRNA合成を検出可能な実験系を確立し、TORキナーゼ活性に応じた各リボソームRNA合成量の変動を観察した。その結果、TORキナーゼを特異的な阻害剤により不活化すると、核に加えて葉緑体とミトコンドリアにおけるリボソームRNA合成量が、同様のタイミングで低下した。すなわち、TORキナーゼが3種のリボソームRNA合成をリンクさせて調節していることが明らかになった(図1)。
さらに、細胞質に存在するTORキナーゼが、葉緑体内で起こるリボソームRNA合成を調節する仕組みについて解析を行った。その結果、核にコードされているppGpp合成酵素遺伝子(CmRSH4b)の発現が、TOR活性阻害により誘導されていることがわかった。
ppGppは、環境変化に対応するためにバクテリアが合成する細胞内シグナル分子として発見され、リボソームRNA合成を阻害することが知られている。その後の詳細な解析により、CmRSH4bタンパク質が葉緑体に移行・蓄積し、それにより合成されたppGppが、葉緑体内のリボソームRNA合成反応を阻害していることを明らかにした(図1)。
TORキナーゼによる増殖の調節は、真核生物のみが有する仕組みである。一方、ppGppにより引き起こされる応答は、バクテリアを起源とする増殖を調節する仕組みであり、真核生物では植物のみに存在する。葉緑体は、光合成を行うシアノバクテリアが真核細胞に内部共生し、それが進化して誕生した細胞内小器官であると考えられている。よって、葉緑体では、進化の過程において真核生物とバクテリアを起源とする2つの異なる仕組みが連結され、リボソームRNA合成が調節されていると言える(図2)。この連結された2つの仕組みは、葉緑体における増殖の調節の確立において必須であり、それゆえ、現存する微細藻類から被子植物までその仕組みが保存されていると考えられる。
今後の展開
TORキナーゼが、どのように環境変化の情報を感知して3種の細胞内小器官におけるリボソームRNA合成を調節しているのかは不明であり、植物における増殖を調節する仕組みの全体像を解明することが今後の課題となる。また、シゾン以外の生物におけるリボソームRNA合成を調節する仕組みの共通性や相違点を見出すことで、葉緑体の増殖を調節する仕組みの進化過程をより明らかできると考えられる。
用語説明
学名はCyanidioschyzon merolae(通称シゾン)。イタリアの温泉で見つかった単細胞性の紅藻(スサビノリ、テングサの仲間)。真核生物として初めて100%の核ゲノムが決定されるなど、モデル藻類、モデル光合成真核生物として用いられている。
タンパク質を合成するリボソームを構成するRNA。RNAとしては生体内で最も大量に存在し、その量は全RNAの7〜8割を占める。
グアノシン4リン酸の略で、栄養欠乏など増殖に適さない環境になると合成される特殊なヌクレオチド。ppGppがシグナルとなり、環境に適応する応答が引き起こされる。バクテリアと植物でppGppによるシグナル伝達システムが確認されている。
真核生物に広く保存されたタンパク質リン酸化酵素。アミノ酸やグルコースなどの栄養源により活性が制御されている。標的分子のリン酸化を通してタンパク質合成を調節し、細胞の成長(大きさ)を制御している。
論文情報
掲載誌 : |
The Plant Journal |
論文タイトル : |
The checkpoint kinase TOR (target of rapamycin) regulates expression of a nuclear-encoded chloroplast RelA-SpoT homolog (RSH) and modulates chloroplast ribosomal RNA synthesis in a unicellular red alga |
著者 : |
Sousuke Imamura, Yuhta Nomura, Tokiaki Takemura, Imran Pancha, Keiko Taki, Kazuki Toguchi, Yuzuru Tozawa, and Kan Tanaka |
DOI : |
- プレスリリース 細胞質と葉緑体のリボソーム合成をリンクさせる新規シグナル伝達系を発見 ―植物の生長制御に新たな知見―
- 藻類オイル抽出残渣から化学品原料の合成に成功 ―藻類バイオマスを徹底的に活用する技術を確立―│東工大ニュース
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- 田中(寛)・今村研究室 ―研究室紹介 #3―│生命理工学系 News
- 田中・今村研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 田中寛 Kan Tanaka
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 今村壮輔 Sousuke Imamura
- 生命理工学院 生命理工学系
- 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
- 研究成果一覧
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