東京工業大学のグローバル水素エネルギー研究ユニット(GHEU)は、将来の「水素社会」に向けて、水素の利用体系について総合的かつ技術的な検討を進め、産官学の連携の下、さまざまな活動を展開しています。
加えて、国内外の水素利用技術の現状と将来展望を関係者の間で共有するために、公開シンポジウムを1年に1回開催しています。
5回目となった今回のシンポジウムのテーマは「脱炭素に向けた水素導入の社会ビジョン」です。11月21日に東工大蔵前会館くらまえホールで開催し、来場者は今年も300人を超えて、308人となりました。
来場者の所属も多様で、大学や研究機関の関係者をはじめ、メーカーやエネルギー関連企業、建設会社、商社など幅広い分野にわたる企業の方々や、政府や自治体の方々など、多くの分野の方が集まりました。
講演の中でも、コストについての話題が多く出て、水素利用技術の実現に向けて現実味が増していることを感じる内容となりました。
また、シンポジウムの後には意見交換会の場も用意され、多数の方が参加。異分野の交流の輪が広がっていました。
最初に、グローバル水素エネルギー研究ユニットの岡崎健ユニットリーダー(東京工業大学 科学技術創成研究院 特命教授)が開会のあいさつをしました。
岡崎ユニットリーダーは、東京2020オリンピック・パラリンピックが水素を社会に導入するフラッグシップになっているが、その後にさらなる拡大に向けた努力が必要だと訴えました。
そして、「水素の量的かつ面的な拡大だけではなく、地産地消、分散電源、水素エネルギーに対する社会の理解も拡大する必要がある。CO2フリー水素の定義や認証、制度設計も重要だ。これらについて自由に発言をしてほしい。水素エネルギーの普及について多角的に議論したい」と呼びかけました。
今回は、脱炭素に向けた新しい社会ビジョンや国内の水素エネルギー戦略の最新情報について、二つの招待講演を実施しました。
招待講演
「プラチナ社会へのイノベーション ~2050年、脱炭素化への社会ビジョン~」
株式会社三菱総合研究所 理事長(東京大学 第28代総長) 小宮山 宏氏
東京大学総長を退任した後、現在は株式会社三菱総合研究所理事長を務めている小宮山宏氏を招き、新しい社会ビジョンとして提唱している「プラチナ社会」とは何かを語っていただきました。
小宮山氏は、再生可能エネルギー由来の電力は、すでに低コストであり、再生可能エネルギー社会が目指すべき方向性で、中でも蓄エネルギー技術としての水素エネルギーの役割が重要であると話しました。さらに、水素利用技術についても触れ、製造コストを下げること、特に褐炭からの水素製造コストや水電解装置のコストを下げることができれば、今後の展開は大きく変わるという見方を示しました。
「水素社会実現に向けた経済産業省の取組」
経済産業省 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部 新エネルギーシステム課
水素・燃料電池戦略室 課長補佐 宇賀山 在氏
経済産業省の宇賀山在氏を招き、日本の水素エネルギー戦略について、政策的な観点から最新情報を伝えていただきました。
国際水素サプライチェーン構築の一環として、日本とブルネイの水素プロジェクトや日本とオーストラリアの褐炭水素のプロジェクトが2020年度から実証フェーズに入り、どちらもキャリアに応じた特徴があり、いかに最適化するかが重要になると語りました。
パネル討論
「オリパラ後の水素導入拡大に向けた取り組みについて」
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パネリスト
前 東芝エネルギーシステムズ株式会社 水素・燃料電池技師長 中島良氏
一般社団法人 日本ガス協会 企画ユニット 環境部長 深野行義氏
一般社団法人 燃料電池開発情報センター 事務局長 羽藤一仁氏
川崎重工業株式会社 技術開発本部 水素チェーン開発センター プロジェクト推進部 部長 新道憲二郎氏
東京工業大学 工学院 機械系 平井秀一郎 教授
東京工業大学 環境・社会理工学院 技術経営専門職学位課程/イノベーション科学系 梶川裕矢 教授
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モデレータ
東京工業大学 科学技術創成研究院 特命教授
グローバル水素エネルギー研究ユニット 岡崎健ユニットリーダー
招待講演の後は、パネル討論が開かれました。岡崎ユニットリーダーがモデレータを務め、6人のパネリストがさまざまな話題を提供しました。
その中で、「オリパラ後のさらなる水素利活用を進めるには、ゴールの量的ポテンシャルをにらんだ上で『導入中間シナリオ』が必要」という意見や、「水素利用技術を導入する時期の初期はインセンティブ制度が重要」という指摘が出ました。
また、「大きなビジョンを描き水素をいろいろな形で使って需要をまとめる」ことの重要性や、「水素キャリアを合成メタンにすることで都市ガスのインフラを活用し社会コストを抑制しつつ脱炭素化に貢献できる」という考えも提示されました。
さらに、「オリパラを契機に水素の新しい魅力を考える必要がある」という声や、「水素エネルギーは国際的な安全保障にも寄与する」という見方など、いろいろな発言が次々に出ていました。
東工大 新エネルギー研究/教育コンソーシアム発足講演
「ビッグデータ科学を活用して新しいエネルギー社会をデザインする」
―東工大 InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアムの設立―
講演1: 「コンソーシアムが目指すエネルギー社会と研究概要」
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 伊原学 教授講演2: 「最適化アルゴリズムのエネルギーシステムへの展開の可能性」
東京工業大学 情報理工学院 情報工学系 小野功 准教授講演3: 「再生可能エネルギー大量導入に向けた連系用インバータによる系統安定化機能の開発」
東京工業大学 工学院 電気電子系 河辺賢一 助教
本学は、新しいエネルギー社会構築に関する研究/教育コンソーシアム「InfoSyEnergy(インフォシナジー)研究/教育コンソーシアム」を新設します。このコンソーシアムは、ビッグデータ科学を活用して新しいエネルギー社会をデザインしていきます。
今回のシンポジウムでは、その概要と関連研究の紹介もしました。
まず、本学の水本哲弥理事・副学長(教育担当)があいさつをしました。
その中で、本学における三つの重点分野の一つがエネルギーであり、ビッグデータ科学を水素エネルギーなどいろいろなエネルギー研究に積極的に活用し、産業界も巻き込んで総合的なエネルギーの共同研究や特徴的な教育プログラムを実施するための組織として、この「InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアム」を設立したと説明しました。
続いて、このコンソーシアムの代表を務める伊原教授が、「InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアムが目指すエネルギー社会と研究概要」と題して、学内の60名以上の教授、准教授を中心に、ここで取り組んでいく9つの重点研究テーマについて説明しました。
10年以上の枠組みとして作ったこのコンソーシアムで、大学と企業が一緒になって、学理をベースにした共同研究の実施とビジョンの共有をしていきたいと抱負を語りました。
また、すでに10社以上のInfoSyEnergyコンソーシアムへの参画が決まっており、企業紹介がありました。
また、このコンソーシアムに参加する小野准教授が、「最適化アルゴリズムのエネルギーシステムへの展開の可能性」という題で、自身の研究を説明しました。
試行錯誤を通じて目的関数を最小にする解を探索する「進化計算」が、エネルギーシステムに展開できる可能性を示しました。
最後に、若手の河辺助教が登壇しました。「再生可能エネルギー大量導入に向けた連系用インバータによる系統安定化機能の開発」と題して、再生可能エネルギーが電力系統の安定性に与える影響を解説しながら、インバータ連系リソースが系統の安定化に貢献することを説明しました。
シンポジウム後には、東工大蔵前会館 ロイアルブルーホールにて意見交換会が行われ、本学の益一哉学長があいさつしました。シンポジウムの熱気が引き継がれ、活発な議論が交わされました。
- 東京工業大学 科学技術創成研究院 グローバル水素エネルギー研究ユニット
- 研究ユニット|東京工業大学 科学技術創成研究院(IIR)
- 東工大グローバル水素エネルギー研究ユニット 第4回公開シンポジウム開催報告|東工大ニュース
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