東京工業大学社会人アカデミーは11月14日、AI(人工知能)の進化と生活の変化について語り合うオンライン対談講演会「AIと将棋」を開催しました。元東工大准教授で人工脳SOINN(ソイン)を開発したSOINN株式会社代表取締役CEOの長谷川修さんと日本将棋連盟七段の棋士・中村太地さんが、AIと将棋を切り口にAI時代の今後を話しました。社会人アカデミーは、本学の研究成果を社会人に講義する「オープンアカデミープログラム」を新設しました。その開講記念講演会として東工大同窓会の蔵前工業会と共催で開催しました。
オープンアカデミープログラム開講
講演会はまず、工学院 経営工学系の妹尾大教授・社会人アカデミー長があいさつしました。東工大の社会人アカデミーについて、社会人が業務・学識の理解を深め、幅を広げるためのプログラムを考案・提供していると紹介し、本学の研究成果を社会人の方々に講義するために、オープンアカデミープログラムとして新設プログラムを開講することを説明しました。
講演1 : 長谷川修講師「AIの現在と未来 : 東工大発AI“SOINN”の挑戦」
最初の講師、長谷川修さんは自身が代表取締役CEOを務めるSOINN株式会社とAIの歴史について説明し、その後、人工脳SOINNの特徴と、今後の社会への展望について話しました。
長谷川さんは東工大工学院准教授だった時に人工脳SOINNを開発し特許を取得。東工大発ベンチャーのSOINN株式会社を設立し代表取締役CEOに就任し、東工大を退職してCEOに専念しています。
長谷川さんは今後の社会について「物理的にものを動かす必要のない事項は、電子化・ネット化し、個別化が一層加速するでしょう」と推測した上で、AIによって人間の仕事がなくなるという予想に対しては、「むしろ新たな仕事が創出される」という見解を示しました。また、AIが人間を超えるのではという懸念には「部分的には人間を超えるところもあるが、まだ人間自体に未知の部分も多く、人間には到底かないません。AIは道具であり、使う人次第なので、共通のルールが必須となります」と語りました。
講演2 : 中村太地講師「将棋界の今とAIの影響力」
2人目の講師、中村太地さんは17歳でプロ棋士となり、AIソフトを用いて研究しています。
中村さんはAIと将棋界の歴史や昨今の棋士とAIとの対戦を踏まえて、将棋のプロ棋士としてどのようにAIと付き合っているのか、その試行錯誤や経験から得た知見を語りました。今後求められることとして、まず「AIに上手く対応しようとする積極的な姿勢」をあげました。第2に、「AIの結論に踊らされず自分なりの判断基準を持つ冷静な分析力」を指摘しました。第3に、「AIは答えを出してもその理由を説明しないので、AIが出した答えを自分なりに解釈して、自分に落とし込む卓越した変換力」をあげました。さらに、中長期的なプランに基づいて次の行動を決められる能力と、あいまいな状況を許容できる能力が人間の強みだと強調し、「そうした人間の強みや能力を使って、AIと共同で新たなものを生み出せるのではないでしょうか」と展望を示しました。
対談 : AI開発者 長谷川修講師×将棋プロ棋士 中村太地講師
「AI開発者から見たAI時代に求められる人材とは?」
「自分なりに本質を捉え、解決策を探し、工夫を重ねていく姿勢です」
対談では、まず、プロ棋士の中村さんからAIを開発する長谷川さんに「AI開発者の目線から見たこれからのAI時代に求められる人材とは何でしょう」と質問がありました。
長谷川さんは、「現代では知識は検索で得られるので、知識そのものより、知識をどう活用するか、答えのない問題にどう対応するか、自分なりに問題の本質を捉え、自分なりの解決策を探すことになります。それが100%の答えでなくても、そこからさらに工夫を加えることができる人材が重要です」と答えました。
「AIが人間に理解しがたい結論を出した時は?」
「説明できるAIが必要となります」
さらに中村さんは「AIが人間に理解できない結論を出した時に、どう理解していくのですか」と尋ねました。
長谷川さんは「今、日本に限らず、説明できるAIを作ることが目標になっています。何を考え、何をしようとしているのか説明できるAIが出てくると、世の中でも安心してAIを使用してもらえるようになるでしょう。最後の判断をするのは人間ですから」と述べました。
中村さんも「将棋のAIも、指し手は示してもその結論に至るまでの説明はないので、棋士の方が自分で無理やり理由づけている側面もあります。解説してくれるAIがあるとありがたいですね」と「説明できるAI」に同感した様子でした。
「長くAIと付き合ってきた将棋界が得たAIに対する大局観とは?」
「AIは一緒に進化していくためのパートナーです」
長谷川さんは「将棋界がAIを柔軟に道具として取り入れていることは素晴らしい」と話したのに対し、中村さんは「100%将棋を理解している将棋の神様がいたとしたら、トップ棋士でも5%ほどしか将棋を理解していない。AIでもまだ10%くらいなので、パートナーとして一緒に100%に近づきたいですね」と答えました。
長谷川さんからは重ねて「将棋界は長くAIと向き合ってきた経験があるので、AIとはこういうものという理解が進んでいるのではないですか」と質問がありました。中村さんは「AIが出始めのころは何もわからず、ただただ怖い存在という認識が将棋界にもありました。一般社会でも同様に、AIと聞くだけで拒絶反応が出た人もいたと思います。しかし、理解が進むとAIがとても得意な分野と人間が圧倒的に得意な分野がわかり、それと同時にその使い方や付き合い方が見えてきたようです」と答え、経験者ならではの対話が続きました。
「AIのうまい活用法とは?」
「AIは使い方によっては人間が見えない可能性を見つけることがある」
中村さんからは「長谷川さんから見て、社会では勘違いされているけれどAIはこんなことができる、といったうまい活用法はないか」と質問がありました。
長谷川さんは「一時期、AIはなんでもできるという論調があったが、そのようなことは全くありません。自分が経営する会社でも職人さんがやっていることと同じことをロボットに行わせようとすると、そこで一番学ぶのは職人さんへのリスペクトなんです」と述べました。さらに、「AIは計算は早いけれども、知能というレベルでは幼稚園の子ども達にも勝てないところがあります。人間はやはりすごい」とも語りました。そして、「AIはツールであって、将棋ならプロ棋士が一生のうちに見るであろう、あるいは考えるであろう棋譜の数よりも桁が違う計算自体はできます。だからうまく活用すれば見たことのない将棋を発見できる可能性がありますね」と、将棋界での活用法と関連して話しました。
「将棋界から見たこれからのAIとの付き合い方は?」
「AIの価値をどうとらえるか、社会の考え方の参考に将棋界の経験を役立ててほしい」
最後に長谷川さんは「将棋界は名人がAIに負けたという衝撃から、最近では、『人間による逆襲が始まった』という印象があります」と述べ、「AIと最前線で向き合ってきたプロ棋士からみて、今後、AIがより一層世の中に広まった際の人間とAIとのあり方や付き合い方について、どのように感じていますか」と中村さんに尋ねました。
中村さんは「AIを使って棋士自身が強くなり、活躍するのがいい付き合い方であると思います」と述べた後に、今年流行した「AI超え」という言葉に代表されるように、藤井聡太二冠などが指した手はAIでも予想できなかった手であり、部分的なところでは、人間の方が勝っていることを話題にしました。「社会には答えがない問題が本当にたくさんあるのに対して、将棋の場合は究極的には理詰めで考えられるため必ず答えはあるものです。社会と将棋の間にはそうした違いはあります。AIとの付き合い方については、将棋界を実験台として使い、AIの価値をどうとらえるか、という考え方の参考として社会に役立てていただければ嬉しいですね」と締めくくりました。
また、Q&Aの時間では、参加者からの興味深い質問に講師の2人が丁寧に答えました。
講演後のアンケートでも、参加者から「面白かった」「新しい発見があった」という多くのコメントがありました。
社会人アカデミーでは、これからも魅力的な講座や講演会を開催します。