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温度変化により断熱と放熱を自発的に制御する材料を開発 結晶構造の次元性変化により熱の伝導性をスイッチ

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要点

  • 温度変化により結晶構造が可逆的に転移する、セレン化スズ―セレン化鉛の固溶体を作製
  • 低温での2次元構造から高温での3次元構造への転移により、熱伝導率が3倍に増加
  • 低温で断熱し、高温で放熱する、新たな熱伝導制御材料の設計指針として期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授、神谷利夫教授、同 元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らの研究グループは、結晶構造の次元性が温度変化によって可逆的に変化し、低温で断熱して高温で放熱する熱伝導制御材料を開発した。

近年、深刻化するエネルギー問題を解決する手段の1つとして、熱を高度に制御し、廃熱を削減・有効活用することが期待されている。熱伝導率[用語1]を大きく変化させる材料があれば、流れる熱量を制御でき、放熱・断熱を切り替えてデバイスの温度を調整することで効率のよい熱利用が期待できるが、そのような材料の例は極めて少なかった。

本研究では、2次元(2D)構造を有するセレン化スズ(SnSe)と3次元(3D)構造を有するセレン化鉛(PbSe)の固溶体[用語2]を作製し、温度を変えることによって2D構造から3D構造へ可逆的に転移させ、熱伝導率を3倍変化させることに成功した。半導体(2D構造)から金属(3D構造)へ変化することで電気伝導度が6桁増加し、電子の熱伝導率への寄与が大きくなる一方で、2D構造では層構造が格子振動による熱の伝搬を阻害するため、結果として熱伝導率の変化が大きくなるというメカニズムも解明した。本成果は、高度な熱制御に向けた、新たな熱伝導制御材料の設計指針となることが期待される。

研究成果は「Advanced Electronic Materials」オンライン版に速報として3月25日付(現地時間)で掲載された。

背景

日本における一次供給エネルギーのうち約3分の1は電力や動力などに利用されているが、残りの約3分の2は廃熱として環境中に排出されている。このため、廃熱エネルギーの削減と有効利用は、深刻化するエネルギー問題を解決する重要な課題になっている。

物質内を流れる熱量は、物質の両端に発生する温度勾配と熱伝導率(熱の流れやすさ)に比例する。そのため、熱伝導率が低い材料は熱を流さない断熱材に、また、熱伝導率の高い材料は熱を流す放熱材として用いられている。

一方、そのように一定の熱伝導率を持つのではなく、1つの材料で熱伝導率を変化させられれば、流れる熱量を制御することができ、断熱・放熱の切り替えといった、今までにない高度な熱制御を実現できる可能性がある。例えば、低温から高温にかけて熱伝導率が急激に増加する材料があれば、低温側では断熱し、高温側では逆に放熱する機能を持たせることができる(図1)。このような熱伝導制御材料を温度管理が重要な自動車の触媒やバッテリ等に応用すれば、デバイスの温度が自発的に調整され、効率のよい熱利用が期待できる。しかし、これまで熱伝導率が大きく変化する材料の例は極めて少なく、熱伝導制御材料の開発は難易度の高い課題とされていた。

図1. 今回目指した熱伝導制御材料の概念図。低温では熱伝導率が低く、高温では熱伝導率が高い材料があれば、低温では断熱し、高温では放熱するという自発的な温度制御が可能になる。
図1.
今回目指した熱伝導制御材料の概念図。低温では熱伝導率が低く、高温では熱伝導率が高い材料があれば、低温では断熱し、高温では放熱するという自発的な温度制御が可能になる。

研究の手法と成果

(1)結晶構造の次元性が異なる物質の熱伝導率の違いに着目

今回、片瀬准教授らの研究グループは、結晶構造の次元性によって物質の熱伝導率が大きく異なる特徴に着目し、新たな熱伝導制御材料の開発を目指した。

本研究で用いたセレン化スズ(SnSe)は、SnとSeイオンが結合した層が2次元(2D)的に並んだ層構造を持つ(図2左)。層構造に垂直な方向で、非常に低い熱伝導率を示すことが知られており、この層構造が熱の流れを遮断するとイメージすることができる。一方、SnをPbに変えたPbSe(セレン化鉛)は、PbとSeのイオンが3次元(3D)的に整列した結晶構造を持ち、SnSeよりも10倍近く高い熱伝導率を示す(図2右)。このように結晶構造の次元性の違いによって熱伝導率が大きく異なるため、結晶構造を2D構造と3D構造の間で交互に変化させれば、大きな熱伝導率の変化が起こるのではないかと期待した。

図2 SnSe(左)とPbSe(右)の結晶構造の違いと熱伝導の概念図。

図2. SnSe(左)とPbSe(右)の結晶構造の違いと熱伝導の概念図。

(2)SnSe-PbSe固溶体の作製と2D-3D構造転移の確認

2D構造と3D構造の間で構造を変化させるために、SnSeとPbSeの固溶体を作製して相境界を形成することを考えた。しかし、SnSeとPbSeのように異なる構造を持つ固溶体は一般的に固溶限が小さく、相境界を共有せず、混合相領域が存在するため、直接相転移は起こらない(図3(a))。この問題に対して、温度800℃の高温下であれば(Pb1-xSnx)Seが広い組成で固溶することに着目し[参考文献1]、高温固相反応[用語3]と急冷処理によって(Pb1-xSnx)Se固溶体を作製した(図3(a)中の赤矢印)。

次に、SnSeとPbSeの粉末を混合して圧粉した試料を作製し、温度800℃に加熱して固相反応させた。その後、試料を室温に急冷させることで高温相である(Pb1-xSnx)Se固溶体の構造を室温で凍結し、安定化させた。このような方法で作製した(Pb1-xSnx)Se固溶体では、2D構造相と3D構造相の両側の固溶限が大きく拡大し、x = 0.5の組成において2D構造相と3D構造相が直接接する相境界を形成させることに成功した(図3(b))。

この相境界組成のPb0.5Sn0.5Se固溶体についてX線回折の温度変化を測定し、2D構造相と3D構造相の相分率の温度変化を調べた(図3(c))。室温では2D構造相の分率が87%であったのが、377℃(650ケルビン)以上の高温では3D構造相の分率が100%になり、2D構造相から3D構造相へ完全に転移した(図3(c)の矢印A)。一方、高温から低温に降温すると、再び3D構造相から2D構造相へ戻っていき、マイナス173℃(100ケルビン)の低温では、2D構造相の分率が90%に到達した(図3(c)の矢印B・C)。その後、室温まで昇温すると元の相分率になり(図3(c)の矢印D)、温度変化によって2D構造から3D構造へ可逆的に転移することが確認できた。

図3. (a) PnSe-SnSeの平衡相状態図。(b) 高温固相反応+急冷処理によって作製した(Pb1-xSnx)Seの相状態図。(c) 温度に対する、(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体の2D構造相(青)と3D構造相(赤)の相分率の変化。

図3.
(a) PnSe-SnSeの平衡相状態図。(b) 高温固相反応+急冷処理によって作製した(Pb1-xSnx)Seの相状態図。(c) 温度に対する、(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体の2D構造相(青)と3D構造相(赤)の相分率の変化。

(3)2D-3D構造転移による熱伝導率の変化を実現

続いて、(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体について、2D-3D構造転移に伴う熱伝導率の変化について測定した(図4)。まず、作製直後の試料を100℃(373ケルビン)から350℃(623ケルビン)に昇温すると、2D構造から3D構造へ変化し、熱伝導率が0.29 W/mKから0.96 W/mKまで3.3倍に増加した。一方、高温から100℃(373ケルビン)以下の低温に冷却すると3D構造から2D構造へ変化し、熱伝導率が1.1 W/mKから0.49 W/mKまで急激に減少した。その後昇温させると、元の熱伝導率の値に戻ることが確認された。以上のことから、2D構造と3D構造の可逆変化によって、熱伝導率の大きな変調が実現された。

図4. (Pb0.5Sn0.5)Se固溶体における、熱伝導率の温度変化。

図4. (Pb0.5Sn0.5)Se固溶体における、熱伝導率の温度変化。

(4)2D-3D構造転移に伴う熱伝導率変化のメカニズムを解明

物質の熱伝導率(κ)は、電子による熱伝導率(κele.)と格子振動(フォノン)による熱伝導率(κlat.)の寄与の和から成る(κ=κele.+κlat.)。そこで、2D-3D構造転移に伴う熱伝導率変化の起源を解明するために、κele.とκlat.の温度変化を調べた。

図5左に電子熱伝導率(κele.)の温度変化を示す。昇温による2D構造から3D構造への変化によりκele.は大きく増加し、逆に降温による3D構造から2D構造への変化によりκele.は大きく減少した。2D構造は電気伝導度(σ)が小さい半導体であるが、3D構造はσが高い金属であるため、半導体から金属への変化によってκele.が6桁も変化することが分かった。

図5右に格子熱伝導率(κlat.)の温度変化を示す。100℃(373ケルビン)から350℃(623ケルビン)に昇温すると、2D構造から3D構造への変化によりκlat.が0.29 W/mKから0.77 W/mKまで増加した。一方、高温から100℃(373ケルビン)以下の低温に冷却すると、3D構造から2D構造への変化によりκlat.が0.82 W/mKから0.52 W/mKまで減少した。昇温時の2D構造相と降温時の3D構造相について100℃ におけるκlat.を比べると、2D構造相のκlat.が1/3になっている。これは、2D構造の層構造が強くフォノンを散乱するため、3D構造から2D構造へ変化する際にκlat.が大きく減少したと説明できる。以上のことから、2D-3D構造転移によって、κele.とκlat.を同時に大きく変化させることができ、大きなκ変化が実現されたことが分かった。

図5. (Pb0.5Sn0.5)Se固溶体における、電子熱伝導率(左)と格子熱伝導率(右)の温度変化。

図5. (Pb0.5Sn0.5)Se固溶体における、電子熱伝導率(左)と格子熱伝導率(右)の温度変化。

今後の展開

本研究では、温度変化による結晶構造の次元性の変化を利用して、熱伝導率が大きく変化する材料(Pb0.5Sn0.5)Seを開発した。実用化に向けては、相転移温度を向上させること、熱伝導率の昇温曲線と降温曲線のずれ(ヒステリシス)を小さくすることなど、解決すべき課題はあるが、さまざまな材料系や結晶構造系の固溶体に展開することでさらなる性能向上が期待できる。今回の研究で得られた、結晶構造を人為的に制御して熱伝導率を変化させるという全く新しいアプローチは今後、結晶構造や化学結合が異なるさまざまな無機結晶系においても、高度な熱制御が可能な材料開発につながると期待される。

付記

この成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>(JPMXP0112101001)により助成された。

用語説明

[用語1] 熱伝導率 : 物質の一端に熱エネルギーを与えた際に、どれだけの熱が物質中を移動するのかという、熱の伝わりやすさを示す指標。物質中の原子やイオンは互いに結合しており、熱を与えると激しく振動する。その振動が隣の原子やイオンに次々と伝わっていくことで熱が伝導する(格子熱伝導率)。電気伝導のある物質では電子も熱伝導率に寄与する(電子熱伝導率)。物質の熱伝導率が高いほど多くの熱を移動させ、熱伝導率が低いほど熱を伝えにくい。

[用語2] 固溶体 : 2種以上の異なる化学組成の物質が全体として均一に混じりあって、単相の化合物を形成した固体。

[用語3] 固相反応 : 化合物の合成法の一種。固体状の原料を粉砕、混合したのち高温で加熱し、固体内で構成元素を移動させて化学反応させることで、所望の化合物を得る手法。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Electronic Materials(アドバンスド エレクトロニックマテリアルズ)
論文タイトル :
Electronic and lattice thermal conductivity switching by 3D−2D crystal structure transition in non-equilibrium (Pb1-xSnx)Se
(和訳:非平衡(Pb1-xSnx)Seの3次元-2次元構造転移による電子・格子熱伝導率スイッチング)
著者 :
Yusaku Nishimura1, Xinyi He1, Takayoshi Katase1,*, Terumasa Tadano2, Keisuke Ide1, Suguru Kitani1, Kota Hanzawa1, Shigenori Ueda2, Hidenori Hiramatsu1,3, Hitoshi Kawaji1, Hideo Hosono3, and Toshio Kamiya1,3,*
(西村優作1、ホ・シンイ1、片瀬貴義1,*、只野央将2、井手啓介1、気谷卓1、半沢幸太1、上田茂典2、平松秀典1,3、川路均1、細野秀雄3、神谷利夫1,3,*)
所属 :
1. 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
2. 物質・材料研究機構
3. 東京工業大学 元素戦略研究センター
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 片瀬貴義

E-mail : katase@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5314

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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